瞑目の町に轟く盲の嚆矢
「殺して回ってるなんて警官の横暴だろ! なんで罷り通ってる!」
「私にもわかりません! 普段こんな事はないんですけど!」
……元も子もない事を言えば、法が機能していようが何だろうがここがかばね町だから、なのだろうけど。そうじゃない。そこまで治安という概念が形骸化しているなら普通の人だって住み着かない筈だ。住み着いているからにはそれなりの治安はきちんと維持されていた訳で。透子否定派の人間だってあんな壁まで作って自ら孤立していたものの、それで被害が出る事はなかった。
思い出してほしい。否定派の人間は最初俺達を拒んだだけだ。怪しい動きをしたせいで撃たれただけで、これがもし本当に住人だったら直前のステップで終わっていたのではないか。
二人を連れてヒルダの元まで飛び出したはいいが、空中制動は不可能だ。一度飛び出したら飛び出した速度のまま突っ込むしかない。減速は可能でも加速はどうすればいい。これ以上は早く出来ない事がこんなにももどかしいとは思わなかった。もう十分早いのに。
「ジュードさん、もしかしてなんすけど!」
「なんだ!?」
「警察官……つうか政府側もあの映像を狙ってたんじゃないんですかね! その為に泳がせてたとかって、考えられないですか!」
「…………何の為に?」
「そんなの知らねえッスよ! でもあれはこの町の真実ッスよ! 公僕なら国を守る為に握りつぶしたいって思うのが自然だと思うんですけど、違いますか!?」
「…………」
成程、何か悪用をしたいのではなく、悪用されないようにという訳か。透子と過去に接触した際もわざわざ職務外と知った上で公安の人間を使ったくらいだ。注意に注意を重ねて、それでも流出した事がバレたから全力でもみ消しにきたと考えるのそう不自然じゃない。
「でもそれで国民を殺しちゃ色々と駄目だろ!?」
「どんだけ姿形が変わってもここはかばね町ッスよ! 悪い奴も良い奴も等しくみんな犯罪者! 対外的な印象はみんな一緒ッス! 別に警察がんな事したって外の人がそこまで躍起になって咎めるとは思わねえッスね! 別に今に始まった事じゃねえし!」
離している内に仮設住宅街に到着した。殆ど地面に激突するような着地だったが俺の身体には傷一つない。手から降りるなり、ティルナさんは慌てて自分の家に向かっていく。
「……あの人の事、頼めるか?」
「え~? うーん、でも自分で強いって言ってたしいいんじゃないんスか? あたいはそれよりジュードさんの身体が……」
「透子と過ごしてたから分かるんだ。強かろうが自分の異常さに気づいてほしくないっていう気持ちはさ。あんなの聞かされたら、強いからじゃあいいかとはならない。頼む」
「…………特別ッスよ?」
あまり納得はいっていなさそうな顔でウィンクして、頼れる後輩は彼女を追って町の中へと消えていった。警官達の横暴はこんな遠い場所に着地してもすぐにわかる程であり、銃声がとめどなく聞こえていた。それとサイレン。何台ものパトカーがサイレンを鳴らしたまま何処かに止まっているのだろう。
―――避難ルートを作るべきだよな。
ティルナさんの家の付近の構造はよく覚えている。姉妹を逃がすとすれば『鴉』の拠点でもある教会へ誘導するしかないが、その為に守るべき道は何処だ。己の身体一つになってからは軽々と建物を飛び越えて直線距離で移動する。足元に広がるのは逃げ惑う住民達の背中と、否定派の人間を殺害したのは誰だと暴れ回る警官の姿。しかし彼等の様子は正義のそれではなく、むしろ撃ち殺した人間の身体をくまなく調べて物を探す泥棒のそれだった。
金目の物も個人情報の詰まった物も奪う様子はなく、目当てがなければすぐに次の人間を見つけて追い回す。やはりあのデータを……USBメモリに入れていた事を把握しているのだろうか。大きな物を探している素振りではない。
―――いや、もしかしすると警察に譲渡される予定だったのか?
否定派は透子をこの町の守護者としてではなく犯罪者として二度と帰ってきてほしくないのだから、当然真実を暴く事にも躊躇いはない。警察にその約束をしていたなら、データを移して所有していた事にも納得がいくか。いずれにせよ、そのデータはもうない。殺すのも殺されるのも全くの無意味だが、ここまで来ると俺が名乗り出たところで事態が鎮静化するとも思えない。
それに申し訳ない気持ちはあるものの、鎮静化させる気もない。分かるだろう、寿命だ。俺には時間がない。急速に強くなっていく身体能力を見て誰よりも不安を覚えているのは俺だ。寿命は後どれくらい? いつまで生きられる? 警察の相手なんて透子を見つけるのには邪魔でしかない。だから―――そんな事をしている暇なんか、ない。
「ふはははははははは! 遂に狂ったか公僕共! よろしい! ならばこの町をどちらが支配するか決める時だ! 偉大なる私こそが順守するべき法であると知らしめてやろうではないか!」
聞いた事のある、尊大な態度と不遜な声。
派手な銃声に引き寄せられると、何人かの部下を連れたメーアが警官隊と銃撃戦を展開していた。
「な、何してんだ!?」
「おお、少年! 見ての通り、争っているのだよ。今や敵は中だけではなく外の人間もだ! とはいえ弾もタダではない! 事を荒立てる気は全く無かったが、向こうにその気はあったらしい! このザマだ!」
確かにデータは『鴉』が所有しているから標的としては正しいが、警官は別にそれを把握していない。しているならもっとメーアは包囲されている筈だ。
「言ったろう! いつ、どこが鉄火場になってもおかしくはないと! 用事が済んでいるのなら是非手を貸してくれ! 神の力の一端を私に見せてみろ!」
「ジャックは!?」
「あれは別件だ! 具体的には…………む!」
頭上を掠める銃弾。メーアは手榴弾を投げてから素早く一つ後ろの壁に退避する。そして俺を手招きすると、無線機を押し付けた。
「……もしもし?」
『あんたか。何でまたこの無線機からかけてきた。メーアは死んだのか?』
『そうじゃないけど。えっと。何してるんだ?』
『マーケットのカス共が突然龍仁一家に向かって戦争を仕掛けてきた。互いの領地、そして保護した住民を巻き込んでの戦争だ、ついさっき一家の方にはお前達が行っていた筈だ。何をしやがった』
『……真司を、二代目人間災害を拘束させたくらい、かな。後は龍仁一之介に人間災害はまだ無敵の存在じゃないって事を教えたくらいで』
『くらい、くらい。十分だこのたわけが。それなら応戦した理由はさしづめ人間災害の取り合いか。ちっ、そりゃ厄介だ。大勢死人が出るぞ。逃がしきれん』
『逃がす? 何を言っているんだ?』
突然、静観を決めていたメーアが無線のやり取りに割り込んできた。
『元は貴様がマーケットが何処まで情報を掴んでいるのか知りたいと言ったから単独行動を許したんだぞ。今はがら空きの筈だ。誰かを助けている暇はあるのか?』
『俺はトウコに顔向けできないような事はもうしない。それに、どこかの馬鹿が攻略法を教えたせいだろうな、俺にも効く銃弾をぶち込んできやがる』
『え? 俺は別にそんな大した事は。真司は不死身なだけで全然攻撃は通用するって事だけしか―――』
『そのシンジの肉片を銃弾の中にぶちこんで撃ってきやがるって言ってんだ。肉体は再生する。身体ん中に銃弾が残ったら全員一か所に引っ張られちまうんだぞ。そんである程度集まったら爆破でもすりゃいい。一網打尽だ』
『は!?』
『もしくは体ん中にあるトウコの血で侵食されて死ぬか? 幾ら俺でもあの血に抗う事は出来ない。俺の現在地は抗争地帯のど真ん中、どっちの勢力にも背中撃たれそうな場所だ。身動きが取れそうもないな』
『……ふむ。ならばこうするか』
メーアは無線から顔を遠ざけると、今度は俺に向かってハッキリと言った。
「命令ではない。少年は飽くまで客人だからな。しかしどうか、ジャックの代わりにマーケットの本部へ乗り込んではくれないだろうか。我が神の情報が見つかるかもしれない。その期待値はある」
「……そういう情報が入ってきたんだな?」
「ああ。そうだ。ここは別に任せてくれても構わない。少年が居れば楽だったが、私達でもどうにかなる。問題は向こうのセキュリティだ。手薄な今しかチャンスはないのではないか?」
パァン! パァン! パァン!
鋭い銃声が三発。程なくして奥で遮蔽物代わりに使われていたパトカーが炎上。狙撃の援護のようだ。
「ほう。いよいよ行ってほしいと見えるな」
「な、なにが?」
「狙撃支援など私は頼んでいない。誰かが少年を向かわせたいんだ。さあ行った行った。時間は待ってはくれないぞ」
でも、ティルナさん達の様子も気になる。勿論あの三人だけでも籠城くらいは出来るかもしれないが。あの人が恐れているのは自分の力その物より妹の暮らしが脅かされる事の筈だ。怪物とバレたらたとえこの騒動をやり過ごせてもまともに暮らせなくなる。だからどれだけ追い詰められても多分あの人は、自分の正体を明かすような力は使ったりしない。
どうする?
俺は、どっちに行けばいい?




