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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

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誰もが君の紛い物

「…………貴方は」

 足元から広がった水が彼女に向かって収束していく。ニコニコ笑って誤魔化そうったって、この目は確かに真実を見た。今しがた流れてきた水が顔になって、それまでのティストリナ・アーバーはのっぺらぼうだった。

「ば、化け物ッス! これはマジの怪物じゃないですか!」

「酷い言い草ですねー。お兄さんがピンチに陥ってるとみて助けてあげたのに」

「俺は怖がりませんよ。怖がりませんけど……ど、どういう事か説明してもらえますか? あ、えっと、後。ありがとうございます」

「ふふ♪ 律儀なんですね。大丈夫、説明してあげますよ。あげますけど……ちょっとお兄さんの脱出方法は目立ちすぎましたね。沢山の人が集まってきてますし、何処か人目のつかない場所まで一緒に運んでくださいませんかー? そしたら全部お話ししますよ」

「えー、あたい嫌ッス! ジュードさんをタクシー代わりに使うなんてとんでもない下衆女です! こんな奴は蹴っ飛ばして逃げるべきですよ先輩!」

「急に後輩面されてもな……ティルナさんが怖いんだろうけど、大丈夫だって。この人にそんな事する理由はないから」

「流石お兄さんっ。話が分かりますねっ!」

「―――ああもう、好きにすればいいッスよ。ふん!」

 人間二人を抱えて移動する事など造作もない。この身体になって、そしてつい先程真司より少しマシ程度に穴だらけにされたお陰で力が溢れ出てくる。たとえ警官が総出を上げて車やヘリを出動させたとしても到底追い付けやしないだろう。そもそも追いつくような人手があるとは思えない。何のために真司を土産にしたと思っている。

 活人会を矢の勢いで飛び出し、到着したのは龍仁一家のエリアを超えてマーケットの管轄エリアと思わしき場所。その廃ビルの屋上だ。三大組織の頃から彼らは悪戯にお互いの領土を踏み荒らさなかった。透子のせいだったかもしれないが、ともかく今は安全だ。

 二人を降ろすと、ティルナさんはお礼代わりにと頬にキスをしてくれた。身体が動かなかったのは、キスが早すぎたから? そんな事は、全く無い。対するティカは足をふらつかせながら青ざめた表情を浮かべて俺の様子を窺っていた。

「……ど、どうした?」

「―――ちょっと、幾らなんでも。いえ、何でもないです。気にしないでください……」

「そっちの話が済んだなら約束通り私の事について話したいんだけど、いいかな?」

「あ、はい。どうぞ」

 目で見た物が全て真実。そんな思想に対する配慮も兼ねて、彼女は自分の左手を溶かした。指先から形が無くなり、コンクリートの地面に滴っていく。どろどろと皮膚の色が液体として流れ出て足元を包むように広がっていく。

「見て分かるように、私は液体人間……概ねスライムだと思ってください。液体の状態と人間の状態を行き来出来る怪物です。お兄さんに帰してもらった時、外からここに雪崩れ込んでくる音が聞こえたので、助けるには貴方達にこれを見せるしかなかった。本当は、誰にもバラしたくなかったんですよ?」

「…………何で、そんな事になっちゃったんですか。まさか最初から?」

「最初からこれだったら……悩む事もなかったんでしょうね。透子の正体は知っていますか? もし知っているなら話が早いです。私は、あの子のせいでこんな体になっちゃったから」

 足元を見てほしいと言われたので視線を落とすと、コンクリートの床の上に世界地図が広がっていた。原料は全てティルナさんの身体が液状化したものだ。だから少し気持ち悪いけど、害はない。

「人間災害―――当時はそう呼ばれていなかったけど、そのデータが流出した事があったの。私は元々ロシアの田舎に住んでたけど、たまたま偶然不幸な事に被験体として目をつけられたの」

「それ、本当に偶然ッスか?」

「…………色々事情があるんだよ。私も妹以外の家族と上手く行ってた訳じゃないから、さ」

「話したくないならいいですよ。気持ちは……分かりますから」

 データの流出。透子は確か、元々人工的に人類を増やす為の計画で偶然生まれたエラー品が自分だ、というような事を言っていたっけ。そしてそのエラー品があまりに強すぎたせいで外付けの強化人間―――ジャックやクロウのような存在が作られるようになったんだったか。

「けど流出した情報は正確じゃなかったんだと思うんだよね。研究員が私の身体を弄り回して、三か月もしない内に私の身体から全部骨がなくなっちゃった。透子二号を作る予定がいつの間にか使い勝手のいい工作員を作る目的にすり替わって、その慣れ果てが私なんだ」

「…………」

「実際、私も少しは強いと思うよ。切られたり撃たれても死なないし、人の口に自分の身体の一部を入れたらもう私の勝ちだし、もしかしたらそれで透子に対抗しようと思ったのかもしれないけど、あの子には効かない」

「試したんですね」

「体の中に入った瞬間動かせなくなって、そのまま分解されちゃった。ま、それが分かったのはここに来てからの話。それまでは有効な対策として重宝されていたし、従順な兵器としての育成も兼ねて色んな仕事を受けたりしたな。勿論嫌だったよ。嫌だったけど、妹が。ヒルダが人質に取られてたから」

 家族を人質に取られたとしても俺は何とも思わなかっただろう。だがその「家族」が川箕だと思ったら。ニーナでもいい。同じ考えのままで居られるだろうか。そうは思えない、大切な人だ。幸せで居てほしいって、そう思う。

「私が従順で居ればヒルダが幸せになれるらしくてさ。政府からの支援を受けて実際暮らしは良くなってたと思う。だからずっと我慢してた。けど、ある日あの子が実験施設に来ちゃって―――」

「逃げるしかなくなった?」

「うん。お兄さんの想像通り。ヒルダは私がこんな酷い目に遭わされてるって知らなかったみたいで正直に抗議しようとしたのが良くなかったの。丁度その時は、透子が人間災害として世界中で暴れ回っていた時だったからこれ幸いとして、あの子まで人間を辞めさせられそうになった。だから逃げるしかなかった。私には、あの子しか居なかったから」

「家族って普通人質として最強なんですけどね。妹と逃げるなら両親の命がって、関係性の悪化に気づけなかったのが落ち度ってところッスか」

「私がこの町に来たのはここが無法の町だって聞いたからだよ。それで犯罪グループに紛れ込んで入らせてもらった。妹と暮らせるならここしかないと思ってた。私の顔は幾らでも変えられるけど、あの子は人間で、顔を変えたかったら整形しないといけない。けどそんなお金はなかったし。何より私達が双子なのは本当の事だから、顔を変えられると私はもう自分の顔が何だったか分からなくなっちゃいそうで、怖いから」

 写真を撮ればいいじゃないか、なんて軽率な発言はしたくない。写真と実際とでは違うだろう。写真は飽くまで記憶を切り出し、過去を保存する行為だ。体験した感動や懐かしさを呼び起こす触媒と言ってもいい。体験の伴わない写真に果たして『自分』を再認識させるだけの役割が務まるかは微妙だ。

「……ティルナさん以外に似た経緯の人っているんですかね」

「居ても不思議ではないですよ? 透子の流出データを手にした所は沢山ありますから。もし逃げ出せてるなら安全地帯を求めてここにきて。十分考えられま―――」

 そこで彼女がポケットに入れていた携帯が綺麗なメロディーを響かせて着信を知らせてくる。夕方に待ち合わせして一悶着あったから、もうすっかり辺りは薄暗く鎮まっている。もし今からティルナさんが家に帰ろうとするなら、到着する頃には間違いなく夜の帳も下りているだろう。

「はい、なに? え、ヒルダ!? ちょ、わ、分かった! 隠れてて! お姉ちゃんすぐ向かうから!」

 ティルナさんが携帯を身体の中に沈ませると、こちらに振り返って申し訳なさそうに言った。

「お兄さん。あんまりそっちの事情は聞きたくなかったけど何かしたの? 否定派の人達を殺す時、何か奪ったりした?」

「…ああ、奪ったよ。露骨に隠してたっていうか、どこかに持って行こうとしてたから気になったんだ」

「あれがどうかしたんスか?」

「……多分そのせいだ。警察の人が犯人探ししてるみたい。表向きは殺害犯だけどどう考えてもおかしいよね。私がこっちくるまでは騒ぎになってなかったもの!」

「警察!? 待ってくれ、じゃあもしかして透子否定派の奴らはあれを楯に大量の銃火器を持ち込んでたのか? 警察も押収したかった? それはなんで!」

「なんでもいいよ、早く帰らせて! 部外者ってだけで二人は目立ってたはず、聞き込みしてけばうちにいつか辿り着くんだから急がないと! あの子が警察を誤魔化せるわけない!」

「ちょー。待つッスよ。あそこも法律が働いてる筈じゃないスか? じゃなきゃ仮設住宅なんて罷り通らねえッス。警察が来ても精々拘束されるくらいで」





「犯人が捕まるまで手当たり次第に殺して回ってるの! お願い! 私の妹を殺させないで!」

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