機械仕掛けの『 』害
「ジュードさんを探してる奴ってのは、気にしなくていいんスか?」
「どうせ兄ちゃんだろ。自分から会いに行ってもトラブル起こすだけだ。真司が近くに居たのも悪いけど、結果的に俺達は死にかけたし」
ティルナさんの車で送ってもらう事も考えたが、曰く『鴉』の拠点が部外者に知られるのは都合が悪いようで、近くで降ろしてもらった。近くと言っても……結構歩く事になる。
どうせ教会なんて目立つ建物使っているのだからバレるくらい何だと言いたい気持ちをぐっと堪えて大人しく徒歩に切り替えた。約束の時間は夕方。それまでは少し時間があるので成果物の確認をしたい。
「パソコンとUSBの中身を調べられる設備ってあそこにあるのか?」
「それくらいなら大丈夫ッスよ! もうさっき連絡しといたんで準備もばっちりッス! よっぽど頑丈なセキュリティ組んでない限りはすぐにでも開けられる筈ッス」
「助かるよ」
教会の門扉を抜けると、見覚えのある人物が外のベンチに座っていた。
「……え、メーア?」
「おや、お前達か。何か成果でもあったような顔だな! 素晴らしい! それもこれも偉大なる私の知見あってこそだ! クハハハハ!」
発言の傲慢さは相変わらずだが、それに反して姿勢は随分寛いでいる。しかもさっきは座っていたのに俺達を見るや寝転んだくらいだ。メーアの高身長が忽ちベンチの空きスペースを埋めてしまった。
「ボス、こんなとこで寝てたら襲われますよ。ボスが死んだら誰がここの支部を引っ張るんです?」
「私が死ぬか! 全くあり得ないな! 偉大なる私を殺せるのはこの世界でただ一人……そして今は、雲隠れしてしまった。だが心配は受け取っておこう。その心配通り、ここに私が居るのは緊急避難の為だ」
「は?」
「中が危ないって事ですか? ジュードさん、ちょっと待っててくださいね。見てきますから」
「……そこまで緊張しなくてもいいだろ。メーアがこれなら危機的状況とも思えない。俺が行くよ」
教会の中に入ると、長椅子の中に小さな影が一つ、ちょこんと座っていた。
「…………なの子?」
「お兄ちゃんなの! 久しぶりなの!」
核心を持てなかったせいで声も随分小さかったが、なの子は決して聞き逃さなかった。弾けたように勢いよく振り返ると、椅子からぴょんと飛び上がって俺の顔に飛びついてくる。人間だった頃なら為す術なく崩れ落ちていただろう。
「元気そうで良かったの! ニオイは変だけど間違いなくお兄ちゃんなの!」
「なの……子! ちょ、待って! 暑苦しい! 離れてくれ!」
「ジュードさんから離れるッスよ」
背後から鋭い蹴りがなの子の頭部を捉え、吹き飛ばした。構成員達はこの騒動に対してどういうリアクションを取ればいいか分かりかねているようで、長椅子に吹き飛ばされたなの子には警戒しつつも、当のボスが緩く外に避難するのみに留めているせいで、遂にはこの状況に関わるまいとする者もいた。何気なく脇を抜けられ外に出られると、何とも空しい気持ちになる。
「なの……お父ちゃんの言う通りここは危ないの! お兄ちゃん監禁されてるの? なのが助けるの!」
「ば、や、やめてくれ! 監禁はされてない! むしろ命を助けられてるんだ! おいノット! 止めろ! 止めてくれ! ここでデストロイするな!」
「なの子、もう止めなさい。僕達は戦争しに来た訳じゃないんだ。余生を過ごせなくなるからね」
柱の陰から声がして、ようやく存在に気が付いた。ノットは脇にもう一人のなの子を抱えながら事の成り行きを見守っていたらしい。自分が蹴った女の子が二人いる事にティカは狼狽を隠せないでいる。
「…………え? え? 何、何スか?」
なの子の秘密は明らかにされてはならないそうなので双子と説明すれば納得してくれるだろうか。戦争をしに来た訳ではないとは、その用意が出来ていないという意味ではない。なの子がフルに稼働すればそれはもう立派な一陣営だ。
「あー……えっと、場所を変えようか。ティカはついて来ないでほしい。命に関わるから」
「訳アリッスね。危なそうなら呼んでください。声が聞こえないギリギリ外でいつでもスタンバッてますんで!」
「勝手な事ばっかり言ってごめんな。じゃあ、二人共。行こうか」
てっきり外に出るのかと思ったが、腐っても『鴉』も部外者を警戒しているのか外は全て囲まれているらしい。なの子センサーによると最適な話し場所は俺が普段就寝している個室しかないようだ。
「はあ、だから僕は来たくなかったんだ。あの状況で君が生き延びるとは到底思わなかったし、もし誰かに助け出されたらそこは碌でもないと分かっていたからな。敵に大勢囲まれている状況は苦手なんだよ」
「どうして俺の居場所が?」
「なの子にはそれぞれ定期的に信号を発信する機能がついているというだけだ。地下は難しいが、掘り出されたならそれを辿ればいいだけだよ」
脇に抱えたなの子を降ろす。「起きろ」とノットが一言告げると、今まで人形の様に大人しかったなの子が起動して、二人になった。
「なの! ふっかーつ!」
「―――そっか、回収しに来たんですね。良かった。いつまでも壊れたままじゃかわいそうだと思ってたから丁度いいです。俺には直せそうもなかったし……引き取って下さい」
「まあ、そう言うなよ。何か準備をしていたようだな。僕よりも機械に強い人間はそう居ない。帰れというなら帰るが、してほしい事があるなら引き受けよう」
「―――やけに親切ですね?」
「君はここの客人なんだろう。なら穏便に外へ出たかったら恩を売るのが一番だ。便宜を図ってくれと言っているんだぞ」
そういう事なら、信用出来る。とはいえパソコンとUSBはティカが所有していた筈なので貰ってくるのは……と。殆ど癖でポケットを弄っていたら、あれを見つけてしまった。
―――この人なら、分かるのかな。
携帯型のデバイスをノットに渡すと、彼は少しそれを眺めた後、なの子に渡した。
「これは?」
「俺の……大切な人が遺してくれた機械です。あ、透子じゃないですよ。その、もう一人居て」
「大丈夫、分かっているさ。僕は他人の女性関係に突っ込んだりしない、好きにすればいい。見る限り単なる携帯に見えるが……」
「なの…………これ自体におかしい所はないの! でも中に入ってるアプリが、これ―――凄いの!」
「なの子は機械に強いんだな」
「機械が機械に弱いとでも?」
「プログラム次第でしょ…………」
なの子はデバイスを起動したまま少し傾け、部屋にあるテレビに向かって画面をタッチ。テレビが点いて、バラエティ番組が始まった。続いて傍のラジオに向けると、音楽が聞こえてきた。
「え?」
ノットは提げていたハンドバッグから小さな宝箱を取り出すと、なの子に向かってそれを差し出す。間もなく開錠された。
「…………成程」
「あの、どういう事ですか? 万能リモコンですかね。あらゆる家電に対応してるみたいな」
「当たらずとも遠からずだな。なの子、返してあげなさい。彼の物だからな」
「はーい! お兄ちゃん、これ凄いプレゼントなの! なのも欲しいの!」
なの子からデバイスを返してもらうと同時に、ノットは宝箱を閉じてから言った。
「君にその機械をプレゼントした人物の名は?」
「……か、川箕燕ですけど」
「色んなもの直してくれる親切なお姉ちゃんなの! なのもすっごい前に三輪車直してもらったの!」
「―――所属勢力は」
「……何処にも所属してなかったと思いますよ。アイツが隠してたとしても、透子が俺に隠す理由はないし」
「それはまた、素晴らしいな。僕に負けず劣らず危険人物というしかない。人間型災害の力を借りたのかもしれないが、このシステムを組んだのは紛れもなくその子だ。君の発言からして生死不明なのだろうが、仮に生きていても姿は現せなさそうだ。諦めた方が良い」
「―――は、は?」
「そのデバイスは恐らくこの町に存在する全てのセキュリティを無効化し、機械製品をハック出来るぞ。それを持っている限り君に触れない秘密などない。この宝箱はなの子の性能テストに使っている物で、あらゆるセキュリティが組み込まれている。これを開けられるのは現状なの子だけだった」
「…………って事は、なの子も同じ事が?」
「勿論。違いがあるとすればなの子は物理的な接触を介さないとハック出来ない。だから少なくともこの町の秘密を荒し回る事においては……最高の発明品と言えるな」




