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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

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仁義なき戦い

 仮設住宅地と聞くとやっぱりプレハブ小屋群を想像するが、中には単なるコンテナに住んでいる人間もいるようで、住居の手配が十分とは言い難い。またここに住む人々は元々かばね町に住んでいた中でもまともよりの人間だったのか、町を歩いた時のような無条件の敵意は感じなかった。

 共有スペースらしき場所に車が停まる。アーバー姉妹は仲間として受け入れられているのか俺達を含めても大して目立つような事はなかった。

「こんな場所あったんスね~」

「『鴉』も把握してなかったのか?」

「無茶言わないでほしいッスよ~。うちの対面方向じゃないッスか。うちは支部は全部消えちゃってあそこだけなんス、だから表立って塗り絵を確かめる事が難しいッス」

「塗り絵……?」

「勢力関係ッスよ。マーケットからも遠いんで、普通に考えたら龍仁一家がもう握ってそうだって思うじゃないッスか!」

「ちょっと、その話小声でしてくれませんか? 刺激するのNG。私達も追い出されたくないんで」

「あ、ごめんなさい…………」

 幸いにしてそこまで張り詰めた空気ではなく、人々は各々のコミュニティの中で会話している。セーフかどうかはともかく、これからは気を付けた方がいいだろう。俺達を見る視線が、少し変わったような気がしている。

「うちらなんもしてないッスけどね。ビビりすぎなんじゃないスか?」

「……人間災害、この場所は言うなれば透子支持派のエリアなんですよ。あれを糾弾するべきじゃなかった。居なくなってほしいなんて言ってた奴は馬鹿だっていう派閥の……」

「それは……やっぱり騎士達の件ですか?」

「はい。普通の人は細かい事情なんて知りませんからね。人間災害が遂にこの町を見捨てたって言って怖がってるんです。ヒルダもその一人だよね」

「だ、だだって……透子、さん。優しかったから…………強くて、どんな相手が来ても負けなくて……格好良かった……」

「はい、そんな感じです。仮設住宅の並ぶエリアはまだずっと奥に続いてますけど、分裂してるんですよ。奥は勿論、この対極」

「人間災害が居なくなって正解だったって派閥ですか……」

「正確には死んでよかったっていう派閥ですけどね」

 祀火透子は無敵の身体を持っている。そのような情報を知るにはどうしても悪党と身近な関係を築くか、俺のように直接近しい関係でいる必要がある。透子の姿を見た事あってもなくても、人間災害の名は住民の頭に強く刻まれているから、マーケットや龍仁一家の動向が多く変わった時点で死んだと判断するのは無理からぬ事だ。彼らが透子によって抑圧されていたのは、殆どの人間の知る所にありそうだし。

「……あれ? でもこの話ってジャックから聞いた事あるような。死んで良かった派閥なんて存在したんですね。透子が居なくなってからもうてっきり、そういう空気なのかと」

「……お兄さんなら知ってると思うけど、透子は自分の正体を曖昧に一般人に紛れ込む事で犯罪者の増長を抑止してた。透子が居なくなって突発的な災害は発生しなくなったけど、引き換えに得たのがこの生活じゃね。死んでよかった派は要るけど、本当にごく少数だよ。意固地になってる……ま、自分の意見を変えられない頑迷なおバカさんって所」

 思想が合わなくても争う気力なんて私達にはないけどね、とティルナさんは自嘲気味に嗤った。それから黙って彼女の背中に着いていくと、二人が暮らしているプレハブ小屋に通してくれた。

 あのカラオケ店が自宅を兼ねていたかは分からないが、プレハブ小屋の生活にはあまり満足していなさそうだ。何でそう思ったかは……良く分からないけど。部屋が散らかっているから?

「さて、じゃあお兄さん? 用件を聞いてあげましょう」

「え?」

「ヒルダを私と間違えたんですから、私に用事があったんですよねっ。何ですか?」

 そういえば、そんな流れだった。成り行きでついつい車に乗ったせいで自分でも目的を忘れかけていたが、本来そんな余裕すらない。体に痛みがある訳でもないからつい忘れそうになるが、俺の命は三か月を切っているのだ。

「……率直に言います。ナンパされて欲しいんです」

「お、おねえちゃん、ナンパ? や、ヤダ、ヘンタイ……!」

「それは、誰に?」

「龍仁一家の長、龍仁一之介に。本人が出歩いてるとも思えないから、一家の誰かでも最悪……でも出来れば一之介を引っ張り出してほしいんです」

 ヒルダでもいい、なんて言わない。彼女にとって妹がどれだけ大事な存在かは一瞬聞いた発言でも良く分かった。気の進まない表情をされても「じゃあ妹の方は」などと妥協するつもりはない。

「……つまり、お兄さんは、見ず知らずの人に抱かれろって言いたいんですね?」

「そうは言ってません。ただ引っ張り出してほしいんです。ティルナさんを餌に、話をする機会を作ってほしい。透子は居なくなって、川箕は生死不明、横のコイツは『鴉』だし、ティルナさんしか頼れる人が居ないんです」

「ほうほう…………」

 まだ押しが足りないのだろうか。何かを期待するような眼差しをずっと向けられている。でも俺に期待するような事って何だろう。透子への便宜……なんて、アイツはそんな気難しい人物じゃない。ただみんなが勝手に孤独にしただけだ。

「先輩、もうお願いとか温い事やってないで力ずくにしましょうよ」

「やめてくれ。お前はそういう物騒な世界で生きてきたかもしれないけど、この人はちゃんと話が通じるんだ。お願いしますティルナさん。お願いします!」

 頷かなかった時の策は用意してあると言ったが、別に使いたいと言った覚えはない。そういうのは嫌いだ。この人には出来るだけ誠実でありたい。透子が俺に正体を隠さなければいけない時、彼女は代わりに俺の身を保護してくれた。その意図は単に透子への恩返しや常連になってほしくてのサービスだったのかもしれないけど、それでも嬉しかった。この町に居続ける事で道徳とか倫理とか、様々な人間性が堕ちていると自分でも思う。けれどその堕ち方が緩やかなのは間違いなく川箕やティルナさんのように―――比較的まともな人のお陰だ。

「…………いいですよ」

「お、おねえちゃん!?」

「お兄さんには恩もあるし、何より透子から幸せなんて言葉を聞けたのは貴方と出会ったからだよね」

「……いつそんなサシで話すような日が?」

「別にお兄さんも一日中透子と一緒に居た訳じゃないでしょっ。詳しい話をしてあげてもいいけど、一つ一つ話を片付けてからね。えっと、そう。承諾はしたけど、条件をつけていい?」

 条件?

「それ、俺が出来ない事は無理ですよ。透子を連れ戻せなんて本末転倒ですから」

「まさにその為に今、ジュード先輩は情けなく女に頭下げてるっスもんねえ」

「黙れ」

「大丈夫大丈夫、条件は誰にもこなせますよ~。そうですね、お兄さんに頼んだのは、この住宅地に住んでる人じゃなくて、それでいて最も信用出来るから、ですかね!」

「信用って程、関わった記憶ないんですけど‥…? それは、警戒心がなさすぎるんじゃ?」

「透子が信じたんだから、私も信じますよ。お兄さんはどうやらわかってなかったみたいですね。祀火透子の傍に居られる事がどれだけの幸運だったか」




















 透子が傍に居る事で俺は安全な生活を得られた。言い方は軟派だが可愛い女の子に囲まれて、充実した生活を送れていたと思う。危ない事ばかりだったけど、この町に居たくないと思う事はなかった。誰一人俺の意思を抑圧せず、あまつさえ応援もしてくれた彼女達にどうして恨みがあろうか。

 そんな事は分かっていたのに、分からなかった。透子の優しさが。正体を無理やり隠してでも俺の傍に居たかった理由が。自分の為以上に、それはきっと。

「………………透子は、なんであんな優しいんだろうな。幾ら無敵の身体を持っていても、心までささくれない訳ないのに。この町を滅ぼしたって……誰も文句は言えないのに」

「そういう話はジャックさんにしてくださいよ~それよりやる事、覚えてるッスか? 変に考え込んでこの話をオシャカにしたら元も子もないッスから」

 分かっている。その為にティカを連れて目的地まで向かっているのだ。







 条件は、透子否定派の殺害。即ちこの仮設住宅地における派閥争いに終焉を与えろという事だ。

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