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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 6 喪失の咎

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白珠の双子

 女性の価値は高い。その事実はこの町に住んでいるなら誰しも実感する事だ。男の価値なんてものは大抵が労働力で、それ以外は人体という素材に基づく価値ばかり。女性の価値とは一言にいえばそれ以外だ。かつて川箕が家に様々な防犯機構を用意していたようにこの町で生きる女性にはそれなりの用意と強さがある。ティカだってこの矮躯ながらリボルバーを片手撃ち出来るというとてつもない技術を持っているだろう。

 さて、では用意のない女性達がどうなるかと言えば捕まって利用されるのがオチだ。特にその身体を使った性商品は悪党にとっていい稼ぎ口となる。勿論これは人生の破滅を意味するが、使い方次第では身を護る事にも繋がるだろう。死にたくないなら、命以外の全てを差し出せば、という奴だ。

 勿論相手に守れるだけの権力があればという話だが、そこで一つ思い出した。女性好きの大物の事を。美人が必要なのは正にその男を一本釣りする為の餌だからである。

「あたいじゃダメっすかね」

「ティカはやるべきじゃないと思うけど」

「そりゃ色仕掛けの訓練なんかしてないッスけどね。うちのボスそういうの大っ嫌いなんで、どうせやるなら殺しをやれって言いますよ。けどあたい、結構可愛くないスか? 自信あるッスよ!」

「…………」

 ティカが可愛いのは認める。実際の年齢は聞いていないが制服を着ていてもなんら違和感がない程童顔で―――これはボブカットという髪型のせいもあるかもしれないが、本当に『可愛い』という表現がぴったりなくらいだ。けど、違う。そうじゃない。

「…………とびきりの美人には、条件があるんだ。ティカは残念ながら満たしてない。着痩せしてないのであれば」

「ジュード先輩、そりゃないっすよ! こういう体型は動きやすくて組織人としては中々有難いんスよ? 幾ら先輩がおっきいの好きだからってそんなの―――」

「俺の趣味の話はしてないし! 一言もそんな事言ってないだろ! ……相手の好みだよ。龍仁一家の長、龍仁一之介だっけ? その人がそういう女性を愛してるって聞いた事があるんだよ」

 

『……堪忍してください、ありゃオヤジの悪い癖です。外人の女は乳も尻もデケぇからって見境のない。赦されるならアンタだって抱きますよ』


 それはかつてผีに向けられた言葉。当時の俺には全く関係ない話だったがこんな形で糸口として機能するとは。ティカはどちらかと言えばお尻の方が大きいから部分的に条件を満たしているとは言えるが―――そういうのを抜きにしても、やはり彼女は使えない。

「大体ティカは『鴉』になって長いんだろ。手先がぶらぶらしてても餌っぽくないじゃないか」

「まー罠ッスよね。逆の立場なら同じ事考えるッスよ。自分が女だと、こういう時代用出来るから楽だったんスけどね……」

「仮に代用出来てても気は進まないけどな。動けない間ずっとお世話してもらってたし。だからって何もするなとは言わない。条件に当てはまる美人を一緒に探してくれ。出来れば、銀髪の人がいい」

「銀? 染めてるんすか?」

「染めてるかどうかは判断出来ないけど、凄い綺麗な髪なのは間違いないから一目見れば分かると思う。あの人が居てくれたら……後ろめたさはないよ。今までも頼ってきたし、何となく引き受けてくれる気もしてるんだ。優しいからさ」

「この町で優しいって大分ハンデッスよ。付け込まれて人生終わった奴をどんだけ見たか分かんないッス。しかも今は透子さんがかばね町を破壊してくれちゃったんで、猶更そういう奴は生きてなさそうですけど」

「取引っぽくも出来るから大丈夫だ。あんまり恩着せがまし言い方はしたくないけど……居て、引き受けてくれなかったらやるしかない。女の子を脅すってのは……自分が凄く最低な奴になったみたいで、気分が下がるな」

「ジュード先輩は何をされている方なんスか? そんな精神でよく今まで生きてこられましたね。透子さんマジ神じゃないッスか」

「それは認めるしかない……」

 透子のお陰で俺は平和だった。目を背けられない事実だ。手に負えないトラブルなんて存在しなかった。彼女の圧倒的な暴力が、遍く全てに向けて抑止力となっていたから。


 ―――透子。


 会いたい。凄く。会えるなら自分の何を差し出してもいい。もう一度だけ会わせてほしい。俺の、俺だけの人間災害。

「あ!」

「ん?」

 彼女が指を俺の顔を引っ張った方向には、右手いっぱいに食材を抱えた銀髪の女性―――ティストリナ・アーバーが立っていた。今も正に小麦粉らしきものをバッグに詰めてもらっている。

「でかした! おーいティルナさーん!」

「え、あ。早速声かける感じなんスね……?」

 遠くから声をかけようとすれば必然大声になる。駆け寄りながら継続的に声をかけていると、すぐにティルナさんは気づいて―――俺の顔を見るなり、怯えて逃げ出した。

「―――えっ! ちょっと!?」

「ジュード先輩最低ッス!」

「何もしてないだろ! ―――と、とにかく後を追うぞ! 何で逃げるか分かんないけど、今なら追い付ける!」

 そう。俺の身体にはジャックの血が流れている。余命宣告と引き換えに貰ったこの身体は疲れ知らずだ。ティルナさんの足がどれだけ早くても逃がす事はない。体の内側を溶けた鋼のような重さが満たし、駆け出すと同時にそれらの勢いは一気に加速。ティルナさんはもう既に大通りから姿を消して三回も小道に入り直していたが一瞬で追いついた。

「きゃあああ! や、やだ、や、や、や、ゆ、ゆるしてください!」

「ティルナさん待って。俺です。ジュードですよ。あー……えっと、名前って言いましたっけ? 透子の……」

「やだー! やだー! たすけておねえちゃん! たすけて!」

 鞄に入っていた食材が次々と体に投げつけられる。避けるとそれはそれで食材が汚れそうなので全部受け止めたが、何かが噛み合わない。おかしい。俺の知っているティルナさんとは違って随分余裕がないというか。


 ……おねえちゃん?


「おろろ? お兄さん? ティルナさんはこっちだぞ?」


 振り返ると、俺の良く知るティルナさんが視線が合うなりウィンクをしてくれた。





















 暫く後にティカも追い付いてきた。俺達は活人会を一時離れ、ボロボロになった倉庫街の方へと移動する。勿論、車で。三か月の間に最低限は舗装されたらしく、一部の道路でのみ使える交通手段として生き残り同士で使いまわしているとか。

「そうですか、幾らあの店が頑丈でも無理だったんですね」

「はい♪ ま、透子がちょっと本気になったら崩れるくらいこの町は脆いって事ですよっ。それと……会う機会がなかったから紹介し忘れちゃいましたね~。その子は妹のヒルダ。見ての通りだけど、ふ・た・ご♪」

「は、はじめ、ま、ままして…………こ、ころさないでください」

 俺をヒットマンか何かと勘違いしているのか分からないが、ずっと怖がられている。助手席に座っているがずっとお姉さんであるティルナさんにしがみついていて彼女は凄く迷惑そうに眉を顰めていた。壁に衝突する危険があるので実際やるべきじゃないが―――俺は一体何をしたのだろう。

「うーわ、でっか。ほっそ」

「おい……」

「何すか。ジュード先輩、目当ての人が来たんだから言っちゃっていいでしょ。あーあ、あたいみたいに貧相な体型じゃ無理って事ですかーそうですかー。ストリートキッズで悪うござんしたねー」

「何で急に不機嫌なんだ」

「でもあたいはジュードさんのお世話したッスからね! まじ無敵っす、負ける気がしねー」

「何を張り合ってるんだ」

 こっちはこっちで良く分からないが。


 しかし本当にそっくりだ。


 髪型でしか判断出来ない。俺のところは正直見て分かるレベルで似ていないからそういう識別スキルが育っていないだけかもしれないが。現状髪を太く一本に編んでいる方が妹のヒルダで、フードの中に隠している方がティルナさんという認識だ。髪型が変わったらもう分からない自信がある。

「いやーまさかお兄さんと再会するなんて思ってもなかったですよ~。透子がおかしくなっちゃったのはてっきりお兄さんが死んでしまったからかと」

「……間違ってませんよ。詳しい事情は聞きたかったら後で教えますけど、三か月くらいは死んでたんで」

「へえ。それで生き返って早々探すのが透子じゃなくて私なんですかっ? 悪くない気分ですけど、もうカラオケはございませんよー?」

「姉さん、この人と仲良しなの……? 本当の名前、教えてないのに」

「え……あーティルナって偽名なんでしたっけ? まあ何でもいいですけど。俺にとってティルナさんは貴方しか居ないし」

「お兄さんやっさし~♪ ね、ヒルダ、分かった? この人はこんな死に絶えた町に相応しくないくらい穏やかな人なのっ。あの透子がべた惚れだったんだから、そりゃもう素敵なんだから!」


 ―――この会話、聞かないフリをするべきだろうか。


 なんか、こう。説明出来ない恥ずかしさがある。車から飛び下りたくなってきた。

「カラオケじゃなくて、別の用件があって来たんです。ティルナさんが一番頼みやすいかなと思って……って、成り行きで乗車しましたけど何処に向かってるんですか?」





「そんなの仮設住宅地に決まってるじゃないですか~! これでも私、個人で経営してただけの一般市民ですよっ! そりゃもう、国からの支援ばっちばちに決めちゃって、安全安心な生活をしているところなんです!」

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