命の種火は煙となって
手術は無事に成功した。趣味の悪い吸血鬼になった真司によって血は一部吸われたが、ジャックの血はまだ身体に残っていたようだ。一方その血のせいで麻酔が効かず自分の身体が縫合されていく様子を眺めなくてはいけなかったのは精神的に辛かった。ただ、こんな事でまだ泣けるというのは、まだ自分を見失っていない事の証明であり、そこだけは嬉しい。
「いたた…………ジュードさん、お揃いッスね。お互い、安静なんて」
痕から聞いたが、ティカは腹部に鉄が突き刺さっていたらしい。動かなければそれが血を止めていたのに、俺を助ける為に無理して動いたから失血死も有り得たとか。今は二人して部屋で横たわっている。怪我人に出せるようなベッドはないらしく、ソファをくっつけて使うくらいが限度らしかった。
「…………俺の腕、誰が持ってきたんだ?」
「そんなのあたいは知らねーッスよ。ただあたい等が戻ってきた後に入り口前に置かれてたらしッスよ。あの状況で腕をパクれる奴なんているんスね。マジびっくりッス」
「……お礼を、言わないといけないな。誰か知らないけど」
「誰か分かんないなら忘れちゃっても大丈夫ッスよ。ジャックさんから聞いたでしょ? 傷を再生させるって事はそれだけ血との結びつきが強くなるって。寿命縮まりましたよ。こうなったらもうジャックさんにもどれくらいで貴方が死ぬのかは分からないッス」
「…………透子に会えるなら何でもいいよ。だからお前にもきちんとお礼は言う。助けてくれてありがとな。真司に達磨にされる所だった」
「そりゃ世話役ッスから! ……あーいたた。脳内麻薬が切れると人ってこんな死にかけるんスね。鬱過ぎて死にそうです。つかジュードさん、シンジと知り合いだったんスね?」
「…………友達だったんだよ。一応、な」
それも昔の話だ。息をするように嘘を吐き、俺の泣き顔を何よりの肴とする男とは直接やりとりしないまでも絶交したつもりだ。そもそも、かばね町が一度広がる要因を作ったのはアイツ。俺達が学校に通えなくなったのはアイツのせいだ。死ねと面と向かって言う程嫌ってもないが、マーケットに捕まってどこか知らない場所で死ぬくらいの報いはあってもいいと思っていた。
それがまさか、そう願った報いなのか。こんな形で俺に返ってくるとは。
「アイツは……虚言癖だ。何か色々言ってたけど、あんまり当てにしない方がいい。本音は、絶対言わないからな」
「何スかそれ……嘘は絶対言わないっつう無限ループになるッスよ。全部嘘なら矛盾して、どれかが本当なら嘘しか言わない事自体に矛盾して」
「それでいいんだよ。アイツは、そういう奴なんだ。嘘を吐きすぎて、自分でも何が本当なのか良く分かってない。だから……何か引っかかる発言があっても、文字通り気を引きたいだけだ。深く、考えなくて……いい」
嘘にしたくない気持ちはそもそも口にしない。アイツは呪いのようにそう言っていたし、そんな気持ちが表れるとすれば恐らく行動だけだが、必要性を問わない嘘に付き合う行動も同時に存在する為、知り合いでもなければそれらを見抜く事は出来ないだろう。
―――なんて得意げに語ってはみるが、実際俺も本音は分からない。そして分かるように努力している時間はない。そんな事よりも透子の行方だ。
「……治るのは、三日くらいかかるって言ってたな? 最悪……だ。ホント」
「三日で済んで良かったじゃないスか。あたいは……ま、完治まで待たないッスけど、そんなもんじゃ治らないですよ」
「休んでたらいい」
「そういう訳にも行かないでしょ。ジュードさん守るのはあたいの役目ッスから」
「…………」
これ以上自分のせいで知り合いが死ぬのは見たくない。そう言いかけて気づいた。透子も本当は……ずっとこんな気持ちを抱えていたのでは、と。
大好きだった人が居なくなった今、俺が縋れる人間は非常に少ない。ティカはその中で最も俺に好意的な人だ。顔がタイプなんて理由は随分単純だけど、それでも今はそのお陰で自分を見失わずに居られる。だから居なくなってほしくない。
俺より遥かに死にやすい、この可愛らしい悪党には。
自分の方が遥かに強い……と今の俺が言うのは無様すぎるが、相手が簡単に死ぬ存在である事に変わりはない。その差異を考えるだけで、この災害の血その物に孤独を感じる。だから透子は寂しがり屋で。自分の孤独を忘れる為にリスクを負ってでも俺と恋人関係になりたかった……今はそう思えてならない。
「ティカ」
「はい?」
「…………ごめんな」
ティカは呆気に取られたように目を見開くと、今度は一転、伏し目がちになって軽く俺の足を蹴った。
「謝んないで下さいよ。これも仕事ッス」
「やあ、調子はどうかな?」
「きっちり三日後に尋ねてきてそりゃないでしょ」
体は無事に再生した。こういう言い方は変だが、体調不良を治す感覚だった。ご飯を食べて、体を休めて、早く眠る。それだけで重傷も素早く回復するんだからこの血は異常だし、そもそも傷自体負わないし負ったところで意味のなくなっていた透子を化け物呼ばわりは仕方ないのかもと、最近は思い始めている。ティカの方は俺と違ってまだまだ療養中だ。眠っている。
「あの日は実に災難だった! 少年が死ななかったのはひとえに幸運が重なったと言う他ない。闇市にシンジの姿がなくおかしいとは思っていたんだ。決め打って戻ったのはある意味正解だった……それに、我が神の血は人類にとって想像以上の猛毒らしい。身体の強度を高める以上にその毒性が身体を蝕んでいるな! クハハハ! 偉大なる私には全てが見えているぞ! あれも同様に長い命ではない。何か策を打たなければマーケットは最強の矛を喪うとな!」
「……まともに戦ったら俺の方が先に死にそうだけど」
「我が神の血は『召使』なんぞに負ける程濁ってはいないという事だ。何、直接戦えとは言わん。偉大な私の考察を聞く前に判断するな。奴は……後任の人間災害となったあの男は今やマーケットの天下を維持するのに必要な存在だ。顔を立てているのも、マーケットから離れられたら困るからだろう。求められているのは暴力装置、だがその抑止力は見せつけなければ話にならない」
「…………えーっと。真司が活人会にやってきてたのは意味があったって事ですか? 俺を狙い撃ちしたんじゃなくて?」
「狙い撃ちしたならもっと早く襲われていたとは思わないか? 活人会の都合などマーケットが考慮する道理もない。対抗馬を力ずくで潰せるならその方が楽だと知っているからな!」
「……確かに」
口から出まかせは置いといて、俺は別にこそこそ動いてもなかったから見つけようと思えば簡単に見つけられた筈だ。その結果何が起きたかと言うと生存していた兄ちゃんと遭遇し、そして拒絶した結果、その兄ちゃんに通報された。
一応まだそれは疑惑止まりだが、会ったのが真司ならもっと直接的に襲ってきてもおかしくはない。人間災害を抑え込める法律も武力も存在していないのだから(銃弾が効く事を誰も知らなかった辺り、人間災害の名前が想像以上に盾として機能しているようだ)。
「話を少し戻そうか。少年もシンジも共に余命宣告されたであろう事は想像に難くない。我らは少年に我が神との再会以外を望んでいないが、奴らはこれからも独占した蜜を吸うべくその余命問題を解決しようとするだろう。シンジが活人会に足を運んでいた……つまりそこに余命を解決する何かがあるとみるべきだ。とても前向きに考えるなら―――我が神の情報も或いは」
「二人は闇市で何か情報を手に入れなかったのか?」
「我が神の消息に関わる情報は何も、そして少年にそれ以外を教える義理はない。勢力争いに加わりたくはなかろう。偉大な私が少年に命令するとすれば我が神と再会し、その愛を告げる事ただ一点だ。それ以上は求めない」
「……なんでそんなに、透子を信仰してるんですか?」
「それは私の原点だ。やはり話す必要はないな。もしそれを知りたいなら……我が神を見つける事だ。神への告白を盗み聞く事くらいは見逃そう」




