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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 5 禍混じりて共に逢

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最上の獲物

『…………やっぱり、アンタだったのか』

『私を敬う気は更々なくなったらしい。マーケットの動向はイコール私の指示でもある。当然だな? 率直に言おう、これは私からの餞別だと思ってくれて構わない。今すぐあの女と手を切り、この町から出ろ。望むなら車を出してもいいぞ』

『……それは、何でだ?』


 電話越しに聞く声は随分と上機嫌な様子。ผีとはこれまで透子の存在を楯に上手く付き合ってきたつもりだが……今回ばかりは俺も譲らないし、恐怖もしない。


『理由を貴様に聞かせる理由がない。これは慈悲だ。死にたくないなら貴様はただ私の言葉に耳を傾け首を縦に振ればいい。死にたいなら、そもそも聞く必要はない』

『俺は透子の恋人だ。自分の恋人がどうにかなりそうって時に聞かない理由の方がないだろ』

『人、ではないな。あれは怪物だ。誰も殺せやしない無敵の存在……だったが、もう私にとっては怖くない存在だ。殺せはしないが排除する事は出来る。分かるかジュード? もう貴様に後ろ盾はないも同然だ。今まで私と連絡を取っていたのが当たり前だったかもしれないが、貴様にもうそんな価値はない。これ以降、連絡する事もない』

『……何?』


 透子を……無力化出来ると?


『いや、それは嘘だ。貴方は透子の耳の良さを知ってる筈。本当にそれが出来るなら今頃貴方は死んでないといけない』

『だがその耳の良さは少なくとも集中している必要がある。伊達に災害を殺さんと仕掛けてきた訳ではないぞ。この私には第六感がある。幾度も部下を殺され、上司を殺され、私自身も痛い代償を支払う事になったその恐怖が力を与えてくれた。奴が私に対して聞き耳を立てている時、感じるんだ。それをな』


 それこそ透子に対して敵対的行動を取り続けてきた収穫とでもいうつもりか。確かに俺には起こり得ないギフトだ。一度だって透子から敵意や殺意と言ったマイナスな感情は向けられた事がない。だから習得の機会すら存在していない。


『ジュード、私は貴様に感謝しているぞ。貴様があの怪物を弱くしてくれた』

『は?』

『昔のアレは恐ろしい存在だった。正体不明で誰にも心を許さず、弱点も掴めず……だが貴様が来てからというもの、奴は幼稚な恋愛ごっこに興じ、我らを舐めてかかり、あまつさえ自ら弱点を教えてくれた。感謝してもしきれない。これでようやく。ようやくだ。マーケット・ヘルメスがかばね町の王となる!』

『……透子はそもそも下らない勢力争いになんか関わってない。龍仁一家と『鴉』はどうするつもりだ? 勝算があるのか?』

『あの災害さえどうにかなればどうとでもなる。この町が平穏に腐っていられたのは災害をどうする事も出来なかったからだ。だがそれも……直に終わる。どうしても貴様が災害に死んでほしくないというのなら一緒にこの町を出ればいい。止めはしないぞ』

『殺すのに拘らないのか?』

『対抗手段とはいつ如何なる時も使えるから対抗足り得るのだ。二度とこの町ででかい顔はさせない。人間型災害も遂に私の前では取るに足らない現象となった。後は準備を済ませるだけだ。下らないハンティングなど前座に過ぎないが、貴様にはそれすら止められまい。好きな女の心が砕けていくのを無様に眺めているがいい。知り合いが日毎に死んでいけば、奴も理解するだろう。自分は災害などではなく、ただ無力な死神に過ぎなかったとな』


 電話が切れて、周囲が静寂に包まれる。


「…………へえ、こりゃまた何とも。いよいよこの町のバランスが変わるんですね」

「お兄ちゃん帰った方がいいの! 早くするの!」

「ああ、そうするよ。なの子は?」

 そう言った直後、窓から飛び込んできた銃弾が大男の頭部を撃ち抜き、示月会は壊滅した。別のポイントから見ていたなの子自身が狙撃したのだろう。俺の用事についてきただけでなの子には元々破壊された恨みがある。後頭部を撃ち抜かれた男はきっと何がなんだか分からないまま死んだのだろう。机に突っ伏したまま絶命している様子から、それがありありと伝わってくる。

「用事終わったから帰るの!」

 

 ―――透子はこの話を聞いたら、対処しに行くのか?


 それも罠の可能性は否めない。だってこの話を聞いたら透子が一人で向かう事は容易に想像がつく。それが正しく目的なのだとしたら―――そして彼女の後ろ盾を失うという事は、俺達の安全は保障されなくなるという意味でもある。特にニーナは機密情報とやらがまだ体内に残っている。研究内容に関しては全くの無知だが、誰も欲しがらない情報だとも思わない。彼女の父が紛失したのを知ったイギリスが独自に回収しにやってくる可能性だってある。

 廊下に出ると、なの子が突然足を止めた。

「お兄ちゃん! ちょっと待ってほしいの!」

「何だ? もう用事は済んだろ。生き残りまで殺す必要はないと思うけど」




「そうじゃなくて、外に沢山の人が居るの!」




 ―――何?

 反射的に伏せて廊下の壁に隠れてしまう。窓から外を覗く勇気はなかった。頭を撃ち抜かれそうで。

「誰だ?」

「分からないの! ただ戦車が三台くらいあるの! この建物のどの場所から出てもなの達撃たれるの!」

「……そうか! ずっと通話してたんだ。話してる間にマーケットが私兵を向けるくらい出来るよな!」

 となると、さっきの言葉とは裏腹に透子に事態を察知してほしくないのだろうか。慌てて携帯を取り出して連絡を取ろうとしたが―――電波が、入らなくなっている。

「は?」

「妨害されてるのっ。きっとさっきのお話が終わった直後に装置を動かしたの!」

 これじゃあ透子どころか誰にも助けを求められない。頼れるのはなの子だけだが…………

「なの子は他の自分と通信出来るのか?」

「電波使ってないの! でもなのより数がずっと多いの! 戦ったらお父ちゃん怒るの!」

 多勢に無勢は全く以て共通原則。世界の理から外れたような理不尽な強さがないと到底覆せない。隠れてるなの子よりもずっと多くの人間が待ち伏せをしているとなるとこの建物から出る方法がない。

 そして出る方法がないという事は先制攻撃を許してしまうという事だ。

 だから例えば、この間に建物の壁という壁に爆弾を設置されて起爆されたら俺達にそれを防ぐ手段はないし、受け入れるしかない。設置されていると分かっていても外に出ればハチの巣だ。出られない。


『……君の温かさ。染み込む感覚が愛おしくて、今日はずっとぼうっとしてるの。帰りを待っているわね』


 ………………透子…………!


 帰りたい。

 大好きな人が待ってるあの家に帰りたい。その為にどうすればいい。考えろ。俺に出来る事は何だ。貸してもらった権限だけでは状況を突破出来ない。助けてくれなんて祈ったって、この瞬間に助けは来ない。

「………………」

「お兄ちゃん……」

「大丈夫だよなの子。考えてる。きっと何か手はある筈だ……」

 長く考えればいいという話でもない。きっと制限時間はある。目に見えていないだけだ。不安そうにこちらを見つめるなの子の頭を撫でながら活路を見出さんと状況を整理する。絶対に詰んでなんかいない。だってこの町は何でもありの場所で、悪党だらけの場所だ。悪者の逃げ足が速いのはきっと世界共通の道理だから、この建物にもきっと何かが―――!

「こんな事になるならさっきの人も倒せば良かったの! そしたらなの、自爆したの!」

「俺が死ぬからやめてくれ。幾らヤケクソになってもそれだけは…………あ」

「どうしたの?」



「いや、俺達が見逃したあの青年は何処に行ったんだ?」



「逃げたの?」

「逃げた……のか? その可能性もあるけど、俺は一つの可能性を信じたい。示月会の人が会話をずっとผีに聞かせてたって事は、包囲網も実は随分早くに作られてたかもしれないよな。俺達を殺すのに確実なのはそもそも見分ける事なく建物から出る人間を片っ端から殺せばいい。一々識別して時間かけてたらその間にすり抜けられるかもしれないしな。だからもし、さっきの奴が逃げてたんだとしたら―――何処かに隠し通路があるんじゃないか?」

 勿論、可能性。ただ俺が生き残る方法はこれくらいしかない。透子にこの事を何としても知らせないと駄目だ。もし透子を排除する事が本当に可能なら俺は。

「―――なの子、足跡を追跡する機能とかないのか? 特殊な機械ならありそうだけど」

「ある訳ないの! お父ちゃんがなのに何でも用意してると思わないでほしいの!」

 じゃあ、虱潰しか。制限時間は分からないけど。




 やるしかない。







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