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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 5 禍混じりて共に逢

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時限が二人を分かつまで

「なんだあ、てめえ!」

 正面口の服装のバラバラな人間が忽ち集ってくる。連係が取れている……という言うべきなのだろうか。俺が話を切り出すより前に後方も囲まれ、退路は断たれた。この事務所からアクセス出来る主要な道も瞬く間に車でせき止められ、無関係な通行人は異常事態を察して逃げるように去っていく。

 関係ない。

 俺がやるべき事だ。

「……カフェの関係者だ。それだけで用件は伝わると思うんだが、違ったか?」


「おい、こんな奴リストに居たか?」

「……いや、居ねえな」

「どうする?」


 俺を目の前に放置したまま携帯を開いてあれこれと話し合う構成員。ぱっと見で何の武器も持ってない人間は舐められて当然と思う反面、状況としてそのなめてかかった警備員が文字通り粉砕されたからもう少し警戒心を上げてくれてもいいのに、と思う。

「示月会が何であのカフェにやってきて、店にも入らず周りで潜伏してたかを聞きたいんだ。教えてくれたら帰るよ」

「帰る? てめえ今帰るつったか? なあ、おい。聞いたか! 帰るってよ!」


「「ぎゃはははははははは!」」


「どう帰んだ? ガキ。うちのモン殺しといて帰るなんて許されると思ってんのか? 指詰める程度じゃ済まねえぞ!」

「………どうしても教えてくれないんだな。それだけ大掛かりな作戦なのかっ―――!」

 話が終わる前に殴られ、もんどり打つ。危うく舌を噛む所だったが反射的な首振りが威力を殺せていたようだ。地面に崩れ落ちる俺を見てまた全体から笑いが巻き上がる。殴った男だけが不満そうに俺を見下ろしている。

「……てめえ、生意気な事してくれるじゃねえか。大人しく殴られときゃいいものを」

「……」

 ポケットを上から触る。リモコンの感触を見つけた。

「おい、何取り出そうとしてやがる。動くな!」

「話し合いに応じないなら……それでもいいさっ」

「誰かコイツを抑えろ! 取り上げろブツを!」



「お返しだ!」



 ポケット越しにボタンを押すと、俺に跨ろうとした男の脳みそに一発。それをきっかけに次々と高所から銃弾が雨の様に降り注いで構成員達を一撃で仕留めていく。

 射線を見切って素早く物陰に隠れた数少ない人間も間髪入れず正反対の方向から狙撃されて絶命。

「な、なん―――」

「くそ、だれがう―――!」

 かかった時間なんて一々数えていないが、十五秒はかかっていない。俺を対処しにやってきた人間は全滅した。


 ―――す、凄いなこれは。


 俺が押したボタンは『雨』という指示だ。恐らく俺が気づいていないだけで無数のなの子がついてきていたのだろう。無数の銃弾は予め向けられていた銃口という訳だ。

「お兄ちゃーん!」

 死体だけが横たわる正面口に向かって後方からなの子が手を振りながらやってきた。肩には本人の二倍以上はある巨大なライフルが天を衝くように提げられている。

「なの子、来ていいのか?」

「お兄ちゃんだけ行ってもどうせ話聞いてくれないの! なの子も行くの!」

「……心配してくれるのは有難いんだけど、それだけでかい銃って室内だと振り回せないよな」

「別に使わないの! 圧力なの! 大きい人はみんな怖がるの!」

 俺の身長よりも大きな銃を、俺の半分くらいしかないような女の子が担いでいる。圧力……というか不気味だ。現実味がなさすぎる光景を見て相手は何を思うだろう。なの子の正体を知っていれば違和感はないのだけど。

「……じゃあ行こう。拗れたら、その時はよろしく」

「なの!」

 屍に舗装された正面口を悠々と通過して事務所の中に立ち入ると、既に多くの銃口がこちらを向いていた。事務所は大きいが、幾らなんでも人が居すぎるような。こんなものなのだろうか。

「―――あー。カフェの関係者だ。お前達がなんであそこに来たのか聞きたいだけで―――」

「ファイア!」

 なの子が同行したのは最初に話し合いを望む俺が気に食わなかったのだろうか。俺の指示とは無関係に無数の砲撃が壁もろとも全員を吹き飛ばし、入り口が物理的にもスッキリしてしまった。

「……なの子? 実は壊された事怒ってるのか?」

「お兄ちゃんは甘いの! 向こうに話し合う気なんて見えないから見えるまでびっくりさせるの!」

「マジかよ……」

 一度ならず二度までも一瞬で人を蹴散らしてしまった影響か、階段を上がっても誰かが邪魔しに来る事はなかった。初対面だけでも穏健派で行こうというプランは……崩壊したけど、もうこの際何でもいい。話さえ聞ければ。まるで俺達が人の話も聞かずに撃滅する危ない人間に見えるが、カフェの一件を聞くと頑として話に乗らない向こうにも問題がある。

 二階はがら空き、つまりさっき出てきた人間達が居たのだろう。最上階に位置する三階まで上ると、見るからに場慣れしていなさそうな青年が既に腰を抜かして俺達に怯えていた。恐らくまだ未成年で、年は俺と同じくらいか上か。ここにいる経緯は分からないが鉄火場には慣れていないようだ。


 ―――俺はいつ慣れたんだ?


 なの子は制御不能なので抵抗しないでくれるならその方がいい。理想を言えば本当に話し合いだけで終わらせたかったのだから。

「ここのボスはそこの部屋に居るのか?」

「は、はい……!」

「そうか。ありがとう」

 扉を開けて中に入ると、サングラスをかけた大層恰幅のいい男が神妙な面持ちで机の上に肘を突いていた。俺達を見るや、溜息を吐く。

「……うちのモンは血の気が多くていけねえな。ま、座ってくださいよ。話しましょうや」




















 一階は半壊していると言っても差し支えないが、素早く話し合いを望んでくれたお陰で三階には傷一つない。棚にあるファイルは贋作の管理や顧客情報などが載っているのだろうか。ここまで破壊されたら堪ったものじゃないと考えてくれたなら何よりだ。贋作は良くないと思うけど、今の俺にはどうでもいい。

「俺がここに来た件は一つだけです。率直に言います。人間災害・祀火透子の働くカフェに人をよこしましたよね。そして店内には入らず、周辺に潜伏した。カメラで確認済みです。理由を教えてください」

「……まず、おたくのスタンスを確認させてもらいましょうか。どういう立場から私達に物申してるんで?」



「透子の恋人です」



 今度は、嘘じゃない筈だ。お互い告白なんてしてないけど、関係を持っちゃったし……恋人で間違いない。力士のような体型の男は意外そうに目を見開くと、頭を抱えてソファの背もたれに寄りかかった。

「あ~……そう、ですか。そりゃあ説明くらい聞きたいでしょうな。あー、その。恋人って言うのは。脅されて?」

「脅されて? ……もう誰が透子に対してどんなイメージを抱いていようと気にしませんけど、俺は彼女と愛し合っています。決めつけないでください」

「これは失敬。信じがたい話ですな。あの怪物が愛などと……よろしい。正直に話しましょう。隠し事をしてもうちの手下はもう、おたくが大体片付けちまったもんでこの場所はもう使えそうにねえ」

「しょーじきに話すの! 嘘は嫌いなの!」

「ちょっと黙ってような」

「…………」

 言う事聞けて、偉い。

「マーケットからの依頼なんですよ、正直な所。簡単な話です。あそこで働く店員を殺せってだけのね。それが終わった後はマーケットの使いの男に人をやって、マーケットが関与する証拠になるからって車を破壊させましたよ」

「随分あっさり喋りますね」

「私だっておたくが人間災害の彼氏なんて信じたくないですが、それとは無関係に随分派手に人を削られましたからね。これ以上無駄な抵抗はしませんとも。ええ」

「クリスマスも含めて一週間。一部の人間が指名手配を受けていて、ここ数日はそいつらが狙われています。その件は無関係ですか?」

「それも依頼の一部です。ビンゴブックに載った人間を見つけ次第殺せというね。別に構いやしないでしょう。おたくらも私らも、悪党に代わりはないんですから」

「…………本当にそれだけですか?」

「私らが受けたのは本当にそれだけです。ま、そっちの仕事は続けますがおたくらを見たら逃げるように言っときますよ。これ以上無為に殺されたくないんでね……独り言ですが、この依頼、随分法外な値段でしたよ。相場をぶっ壊すレベルの額だ」

「……?」

「へっ。闇市なんてもんを仕切ってる奴が相場ぶっ壊す真似なんざ普段はしないんですよ。何か大きな賭け事が待ってるんでしょうね。人間災害の恋人だってんなら十分気を付けて下さい。この町で一番あれを恨んでるのはマーケットの連中だ。ぶち殺せるならどれだけ時間がかかってもぶち殺す。そんで―――」

 男は机の下の空きスペースから携帯を取り出し、画面を上に向けて滑らせた。





「ここでの会話は全部向こうに聞かせてます。どうぞ、後はお二人で」







『詮索屋は嫌われると誰かに教わらなかったのか? 災害をかさに着てこそこそ情報集めなんぞネズミのような真似をしてくれるじゃないか、ジュード』





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