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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 5 禍混じりて共に逢

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禁断の一夜

「おう。次の隠れ場所を見つけたぞ。悪いな十朗」

 このお店はホテルじゃないのでいつまでも居座る訳にはいかない。兄ちゃんが帰ってきたところでエリちゃんを引き渡した。夜も暗く、いい加減帰らないと透子に心配をかけてしまう。いや、もうとっくにかけているだろう。エリちゃんと会話していたのと制作作業に取り掛かっていたから電話をする余裕がなかった。もう帰らないといけない。

「良かったね。じゃあ俺は帰るよ。お願いだから静かにしててくれ。誰かを助けるのはこれっきりで頼む。兄ちゃんはマトにかけられてるんだからな?」

「そんなに心配なら俺と一緒に来るか? お前が居てくれた方が頼りになりそうだ」

「お兄さん来てくれるんですかっ?」

「いや、遠慮しておくよ。俺にも生活があるし……何より、本当は交わるべきじゃないんだ」

 朱に交われば赤くなる。自覚こそないが他人からすれば変わっているのかもしれないと思っていたから、変わっていないと言われた事は少し嬉しかった。けどそれは、幻覚だ。俺一人しか見ていないからそうなる。

「二人に改めて言っておくよ。俺は……この町の中じゃお人よしなのかもしれない。けど、この町は日向に生きる人間を一瞬で取り込む影の国だ。国なんていうには小さいかもだけど、でも二人が居る世界とはルールが違いすぎるからさ。たとえ元々の出身が違くても今の俺はこの町の住人で、善も悪も曖昧な世界で生きてる。この町でとんでもない悪党と出会ったとしても、それは俺の知り合いで、そこそこ仲良くやってるかもしれない」

「お前は、悪い奴となんてつるまないだろ」

「俺の何を知ってるんだよ兄ちゃん。アンタは俺の何を理解して暮らしてたんだ?  俺は…………いや、恨みたい訳じゃない。けど知った風に話さないでくれ。そして出来れば、やっぱりこの町の外で生きてくれ。一週間逃げ切る方法は何でもいい筈だ。警察に保護してもらうとか確実じゃないか? とにかく町を出る事を最優先にしてくれ。じゃあな」

 人混みの中に消えていく。二人を残しても問題ないだろう。むしろ追いかけてほしくないから、敢えて危険そうな道を歩く。トラブルに巻き込まれるリスクを考慮しても追いかけられたくなかった。俺と関係性があると思われたら二人に何があるか分からない。二人をおびき出す為に俺を捕まえようとする誰かが居たら、今度はそれに透子が反応する。そうなったら手がつけられない、穏やかなクリスマスなんて夢のまた夢だ。まあ、同僚が死んだ時点で穏やかからはかけ離れているけど……

 しかも事件については何も分からないし。

 フェイさんのところに立ち寄る予定だったが兄ちゃんが勝手に請け負ったトラブルのせいでとんだ時間を食ってしまったし後日でもいいか。時間が経って変化があればそれだけ目的を絞り込むのも楽になるし。今日一日が骨折り損のくたびれ儲けかと言われたらそうでもない。時間があり余っていたから川箕にプレゼントする予定の物が完成した。とりあえずこれで帰れる。


 ―――俺も、すっかり馴染んだな。


 よくよく考えればエリちゃんの動きが浮いて見えたり、こうして何気なく歩いていても誰にも注目されない辺り、外様の匂いが消えたのかもしれない。恐れる必要はない。この町は俺が馴染む随分前から『人間災害』に白旗を挙げて大人しくなったのだろう。彼女が今も正体不明の災害扱いで抑止力のようになっているのが何よりの証明だ。

 




 三〇分程かけて家に戻ってくると、玄関前で日傘を差した女性が銅像のように固まったまま俺を待っていた。





「……透子?」

「遅い」

 弁明の一文字目が出るよりも早く、いつの間にか彼女の差していた日傘が頭上を覆っていた。

「連絡したのに」

「ご、ごめん。でも俺が無事かどうかは聞こえるんじゃないのか?」

「無事だと分かってるからこそ連絡を受け取らないのが分からなかったの。何があったのかって……でも無事だから……」

「ごめん。ごめんって! 手が離せない状況だったんだ。あ、あーそうだ! お前はクリスマスプレゼント何を貰ったんだ!? さ、サンタさん……から」

「―――ふふ。大した物じゃないわよ。そういう君こそ何を貰ったの?」

 話を逸らす事に成功したかと思えば無限ループだった。厳密にはまだ何も貰ってはいないが……それは今朝直ぐに別れてお互い接触する機会がなかったからである。

「俺のは……まあ、楽しみにしててくれよ。透子にも関係あるからさ」

「君へのプレゼントなのに?」

「ああ。詳しい話は川箕との約束を果たしてから言いたいな。アイツ何処に居る?」

「地下の作業場じゃないかしら。今日一日は殆どそこに居るわ」

「そっか」

 透子に殿を務めてもらってガレージに入ると、普段駆け寄ってくるであろうニーナの気配を感じられない。軽く声を掛けても状況は変わらなかった。後ろから背中を押しながら透子も入ってきて、呟く。

「ニーナちゃんなら眠ってるわよ」

「は、早すぎないか?」

「プレゼントがよっぽど嬉しくて暴れてたのもあるけど、一番はバイザーの調整ね。より視界を明瞭にする為にもっと脳との接続を強めないといけなくて……それで、疲れたんだと思う。例えるなら……何も考えたくないのに頭が勝手に動いて考えたみたいな」

 それが例えなのかどうかは置いといて、二人きりで話したいからと伝えると透子はニーナの様子を見に行くと言って快く送り出してくれた。やっぱり俺達の仲は良好な筈だ。レスとか……関係ない。そもそも一回もしてないし。

 地下室に入ると、やはりというか熱中した様子の川箕が隅っこのパソコンを弄って何やらリモコン型のデバイスを弄っていた。特別足音を消したつもりはないが俺の来訪には全く気付いていないらしい。中腰になって画面を覗いているので突き出したお尻がフリフリとこちらに向かって動いている。

「―――か、川箕!」

「……ん? あ、夏目じゃん。おかえり!」

 いつどんな時に見ても、川箕の笑顔からは沢山の元気を貰える。俺がここに来た要件を理解している顔ではなかった。シチュエーションだけで察しろというのは無理筋か。

「…………や、約束通り作ってきたぞ。プレゼント」

「え? あ、ほんとっ? やるじゃんっ! 見せて見せて!」

「ああ、これなんだけど」

 どういう形にせよ一日中外を歩き回って完成させた訳だ。サプライズと言うにはあまりに予定調和だが、完成させるまでの工程は見せたくなかった。些細な意地だが、全てはこの時の為だ。後ろ手に隠していたオルゴールを、川箕の掌に置いた。

 作れと言われるまで、オルゴールがお手製で作れるとは思ってもいなかったくらいだ。完成したのは正直自分でもびっくりしている。

「回したらちゃんと音も出るぞ」

「回路は自力で作ったの?」

「無理だろそれ。流石に買ったよ。だから、まあ……完全な手作りとは行かないけど。えっと。川箕のサンタさんは俺だ。メリークリスマスっ!」

「あはは、勢いだけだね! でもありがと! 本当に…………嬉しいな」

 川箕は目尻に浮かぶ涙を指で拭うと、誤魔化すように机の上から何かを取って、お返しの様に渡してきた。

「約束を守ってくれたサンタさんにお返し! メリークリスマス、夏目っ!」

 俺が川箕に頼んだ物は指輪だ。エンゲージリングのような特別な意味を持つ装飾品じゃない。ただ単に指輪というだけ。これはこの先町を生き抜く上で必要な道具だと思ったのだ。何かと……関係性が人生を生きやすくするならそれを演出する道具は幾らあってもいいと思った。

「透子ちゃんに渡すの?」

「変な勘違いしないでくれ! そ、そういう意味だったらきちんと自分の手で買うから……これは、お前達の身を護る為の道具だよ。外に出る時さ、お互いに指輪をつけておけば恋人のように見えるだろ。最悪、ニーナも守れる」

「うーん、それはどうだろ。指のサイズは私と透子ちゃんの二つしか用意してないから近い大きさの人じゃないと難しくない? ニーナちゃんの指ってまだちっちゃいよ」

「とにかく! 変な意味で使いたい訳じゃない! じゃないけど……」

「けど?」

 性交渉の有無が恋人との関係値に関わるという話を否定する気はない。だがそもそも俺は透子と恋人じゃないから気にする必要もない。ただ、その。


 今日は、クリスマスだし。


「―――きょ、今日だけは二人に、着けてもらいたい、かも」

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