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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 5 禍混じりて共に逢

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かばねの嘆き

「透子はともかく、お店の方が無事だといいけどな」

「……ジュード様。このまま進めば本当にお店が? 私の選んだルートとは違うのですが」

 ちょっとした心配事の処理にニーナがつきあう必要はなかったが、バイザーの改良の為にデータが欲しいらしく、連れて行く事になった。技術的な話は全く分からないが、川箕も動力が血その物なデバイスを扱うのは初めてらしく、その性質を知る為にもデータを取りたいとの事。

 単なる分析ならサンプルでも取ればいいのかもしれないが、透子は自傷行為すら恐らく出来ない(それが出来たらもっと早くバイザーを用意出来た筈だ)。全く未知の技術をどうにか形にするアイツもおかしいが、それはそれ。俺も協力出来る事なら協力した方がいい。

「君が使ったルートは多分、大通りを通るんだろう? 一番簡単で分かりやすくて、人通りも多いからトラブルに遭わないルートだ」

「ジュード様はトラブルをお求めなのですか?」

「そういう意味じゃないけど……」

 ニーナを追う勢力はもう居ない。そうと分かっていてもやっぱり、堂々と歩かせるのは勇気が要る。人通りが多いという意味で安全だが、この町には無法者しか居ないという意味では非常に危険だ。今だって朝っぱらから薬物を服用する人間が路上で倒れており、近くを通るだけで何だか面倒が起きそうな気配がした。足を掴まれるだけでも困る。

 『鴉』がゴミ収集車で回収作業をしていてもこの量だ。あれ自体は全く非人道的だが、そんな行為があってもこの手の人間は減らない。人間が畑から生えてくる訳ないのに、ここまで深刻だとどうにも、本当に作物なのではないかと錯覚だってしてくる。

「ニーナは大丈夫か? この前は一人で帰ってきたけど、あの時は多分、透子が遠くで見守ってただろうし」

「はい……で、ですけどここは人気がないので見えづらいです。匂いも、それほどなくて……」

 他の感覚で得た情報を視界構築のサポートに充てているだったか。音も匂いもなければ頼れるのは触覚だけ。だが足に地面が着いている感覚すら分からなくなったらそれは仮に目が見えていても歩きにくいだろう。

 わざと足音を立てて歩くと、おっかなびっくり歩いていたニーナの姿勢が少し良くなった。

「大丈夫か?」

「はい……!」

 耳は心因性らしいからいつか治るとして、目は本当にどうしようもない。このバイザーは空っぽの眼窩を通して脳に接続しているそうなので今更義眼をハメる事も難しい。本当に困った。せめて彼女が生きている間に技術の革新が起きて目が治せるようになればいいのに。それか、神様が本当にいて、治してもらうとか。

「そういえば、ジュード様はサンタさんにプレゼントを貰われたのですか?」

「あー……うん。実は貰ったんだ。だけど透子にも見せたいからさ、まだ秘密な」

「透子様にも?」

「あんまり物欲が……まあシンプルにゲームソフトが欲しいとかでも良かったんだろうけど、あげるサンタさんも喜んでくれてるなって分かるような物の方がいいだろ」

「成程……?」

「それにどうせ貰えるなら、高い方がいいだろ」

「な、成程!」

 本当に分かってるのか?

 ニーナは元々資産家の娘だから、この辺りの俗物的感覚は案外馴染みがないかもしれない。俺にだって浅ましさくらいある。どうせタダで貰えるならうんと高い物が欲しい……現実は上手く行かず、俺がその高い物をあげていた側だったと思うが。

 俺達のいずれもビンゴブックには載っていないお陰だろうか、特にトラブルもなくお店に到着したが……足を止めざるを得なかった。通行を邪魔するどころか完全に道路を封鎖していた車たちが一台残らず廃車にされていたのだ。どれもこれも黒ずんですっかり燃え尽きた残骸である。

「な、何が起きたんだ?」

「ジュード様? 何が見えるのでしょう。私には壁にしか見えませんが」

「車が大量に壊れてる。ちょっと危ないな。ニーナ、少しそこで屈んで」

「きゃっ」

 また車の上を堂々と歩かなければならないらしい。この程度の事を咎める人間なんて居ないが、どうも俺の中の良識は車の上は道じゃないぞと本人を攻め立てるのだ。ニーナを落とさないように気を付けながら昨夜のように階段まであるき、踊り場で彼女を降ろした。

「昨日何があったんだ……?」

「透子様、ご無事でしょうか……」

 少なくともこの一件が原因で電話がかかってきた事は明白だ。何か面倒に巻き込まれていなければいいけど。扉を開けてこっそりと中を覗くと―――


 透子が、立っていた。


 立ち尽くしていた。

「……?」

「…………」

 視線を斜め下に、恐らくは床を見ている。だがそこに何があるかはカウンター越しには分からない。邪魔だ。


「そこにだれかいるの」


 ―――!

 刃物で撫でるような感触が全身に伝わる。幽鬼のように虚ろな瞳がふわりとこちらを向いて―――俺と目が合った途端に、その気配が消えた。

「……ジュード君。どうしてここに?」

「よ、よう……いや、朝から電話があって飛び出したんだろ。それを聞いて心配になったんだ。なあ、何があっ―――」

 お店の中に入った途端、彼女が立ち尽くしていた理由を知った。床に転がっているのは死体だ。それも透子の同僚。漏れなく全員、死んでいる。綺麗に整列しているのは移動させた形跡もないので元からだろう。

 全員が喀血して死んでいるように見える。毒か……何かだろう。いつぞや死体をまじまじ見る機会があったせいでそれくらいの判別は出来る。

「……お客の誰かに殺されたのか?」

「そう考えるのが自然ね。別に、不思議な事ではないわ。今日知り合った人が、翌日原型を辛うじて留めているような姿で発見される事もある。この町はそういう町だから、自分が傷つきたくないなら距離感を考えて付き合わないといけないの」

「透子様。泣いて……いらっしゃるのですか?」

「貴方のバイザーにはそう見えているのかしら。私はこんな事で泣いたりしない。この子達は……援助交際はやっていたけど、それ以外は特に何もしていない子。誰にとっても害とは言えない、ううん。この子達より危ない事なんて山ほどあるから、害にはならないと言った方がいいかしら」

「…………えっと」

「私にとっては、同僚だった。それ以上でも、それ以下でも」

 正面から透子を抱きしめて、喋り続ける口を無理やり止めた。悲しい気持ちを誤魔化す為に言葉が次から次へと出てくる。その挙動が良く分かる。昔は俺もそうだったからこそ。耐えきれなくなって、ただ泣きじゃくっていたからこそ。

「透子、今日は川箕のところに戻ってゆっくりしててくれ。俺が変わりに調べに行くよ」

「…………ぅん」

「ここにトラブルを持ち込むのは禁止の筈だ。たとえ殺人が罰せられない世界でも、ルールを守らないのは違う。安全地帯を消すのは、誰にとっても迷惑な話だ。俺が調べに行く。昨夜ここに居た全員に話を聞きに行くよ」

「ぅん……」

「ニーナ。悪いけど透子をよろしく頼む。ちゃんと、家まで連れて行ってやってくれ」

「は、はいっ! 承知しました!」

 探偵の真似事なんて柄じゃない。だが大物銃ぶっこぬいて走り回るよりは遥かにマシだ。平和的解決なんて望める筈もないが、犯人を見つけたら必ずや思い知らせる。透子を泣かせる奴は俺が許さない。




















・このお店は二十四時間営業ではなく、早朝から開いている事はあっても深夜は必ず閉めるように言われている。

・外でごった返している車は昨夜集まった車種のなれの果てである。


 透子から聞き出せた情報はこれくらいだ。営業時間が曖昧なのは客入りやかばね町の動向次第で変わるからとの事。だからここで大事なのは厳密な時間帯ではなく、少なくともここに避難してきた人間は深夜には追い出されていなければならない。

「…………」

 死体を見て死亡時刻を割り出す知識が俺にはない。だけどこのお店がいつ閉まったかを判断する術はある。元々別の用事を済ませたかったし、二重に丁度いい。




 頼れるのは、町中にばらまかれた監視カメラだ。 

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