背徳の家族愛
「はー…………楽しかったな」
夜十二時を回ると、幾ら楽しい一時もそろそろ余韻となって滲むだろう。ニーナをお風呂に入れて、寝かしつけたばかりだ。俺も一緒に寝てほしいと誘われたがそういう訳には行かず、何となくで子守歌を謳って寝かしつけた。
―――お風呂じゃ、あのバイザー機能しないんだよな。
試作型故、耐水性について何も考えていなかったようだ。補聴器も最初に用意したままの性能なのでお風呂に入るときは相変わらず目も耳も聞こえない少女になってしまう。前までと違うのは、目も耳も聞こえない状態で俺に甘えてくる事か。触覚を頼りに密着して、自分の耳が聞こえないなりに鼻歌なんか歌って。ああ本当に、楽しかった。
「後片付けは私がするのに」
「川箕は散々頑張ったんだからこれくらい俺にやらせてくれよ。片付けなんて何でもないからさ」
意外かもしれないが、透子は机を枕に眠ってしまった。やはり直前のワンオペが堪えたのかもしれない。体は疲れてなんかいないと言っていたけど……やっぱりそれは強がりだった訳だ。それで幻滅なんかする訳ない。むしろ気を許してくれているという事実が嬉しい。
たとえ無敵でも、意識のない時に攻撃されるのは嫌だろうから。背中にかけられた毛布越しの呼吸を見ているとそう思わされる。
「プレゼント、どうするんだ?」
「へ?」
「どうせサンタさんやるんだろ。俺もどさくさに紛れて書いたけど、要求を満たせるのか?」
具体的には、クリスマスカードを渡した前後くらいに書いてみた。と言っても物欲なんて殆どないから、逆に難しかった。
「ま、何とかしてみるよ。多分大丈夫だから」
「成り行き任せに見えるぞ……大丈夫か?」
川箕は飾られたツリーの近くに行って全員分のお願いを確認する。俺達はもう信じる年齢ではないが、ニーナだけでも叶えてやればいいと思う。まだあの子には、その存在を信じるくらい純粋であってほしい。大人の身にも余るような暴行を受けたのだから、せめて子供らしさを取り戻す手伝いが出来れば。
「…………ね、ねえ夏目。本当にこの願いで大丈夫?」
「え? そんな難しかったか? 自分で言うのもなんだけど、買えると思うぞ」
「その返答に夢はないけど、そうじゃなくて! ほ、本当に? 本当に本当? す、凄く恥ずかしいよこれ! 夏目と一緒にお風呂入る方がまだ恥ずかしくないかもってくらい!」
「そこまでじゃないだろ! 絶対そっちのが恥ずかしいわ! 大体さ……こ、ぐお。これも自分で言うけど、ニーナとは訳が違うんだからな。二人のどっちか片方とでもそんな事したら……ごめん。目を瞑ってやり過ごす自信はない。多分ガン見するし、触らないなんて不可能だ」
「そ、それは…………! 私だって、見るし……!」
そんなつもりじゃなかったのに、お互いが致命傷を負った。この話はやめようという無言の合意が沈黙の中で交わされ、多少不自然でも話が元に戻る。
「で、でも恥ずかしいよこれ。外の人にどう見えるかって考えないの……?」
「ワンポイントアクセサリーにそこまで目を向ける奴いないだろ。なんなら町に怖い奴いるじゃん。全身ピアスまみれのピアピア人間。ベロだの鼻だの眉だの……あれのが確実に目立つ。
「…………」
「―――まあ、その。さ。カードの言葉に嘘はついてない。それじゃ、駄目かな」
「……そんな言い方はずるいよ夏目。そんな、そんな言い方されたらさ、期待しちゃうじゃん」
「言ってる意味があんまり分かんないんだけど、他の奴らは? 特にニーナだけど」
「うん、どっちも大丈夫。透子ちゃんのは……あー。どうだろ。今から作れば間に合うかな。あんまり過程を見られたくないし夏目には早く眠ってほしいんだけど、まだ起きていたいなら私のサンタさんになってくれたら嬉しいんだけどな?」
川箕はツリーに俺を手招きすると、彼女自身が書いたであろう紙を見せて無邪気に微笑んだ。
「これ、出来る?」
「…………あ、明日が終わるまでに頑張ってみる」
「ほんとっ? じゃあ、期待して待っててあげるよ! だから……ちゃんと渡しに来てね!」
俺がプレゼントしてからというもの、川箕は常にルビーのネックレスを着けてくれるようになった。やはりプレゼントが日常的に身につけられていたり使用した痕跡があると嬉しいものだ。作り方なんてさっぱりだけど、やるだけやってみよう。何のためにここで働いているのか、それはプレゼントを手作りする為だ。
「ふぁ~…………じゃ、俺も寝るかな。お休み、川箕」
「うん。明日はクリスマス当日だから、またパーティーになるのかな? ニーナちゃん次第だけど、楽しく過ごそうよっ。もしくは……透子ちゃんと協力して、夏目ともっと仲良くなっちゃおうかな……なんちゃって!」
「なんだそれ。まあ何でもいいや」
扉を閉めると、頭の中に嘘つきの言葉が蘇る。
『家族は素晴らしいんだよ十朗! 家族の居なかった俺には分かる! 居たお前と違って! 血の繋がり程尊い物はないんだ! だって、無条件で味方だって分かるじゃないか!』
家族。
無条件の味方。
血の繋がりなんてなくてもそれは存在している。真司の発言は間違いだ。あの時も似たような事を言い返した。それでももしアイツがまだ近くに居たら、華弥子の時みたく俺から引き離そうとするのだろうか。俺を泣かせる方向に唆そうと。
「…………」
疲れて感傷的になっているだけだ、俺らしくもない。兄ちゃんの一件から連想ゲームのように真司の事を思い出してしまった。過去が己を殺しにやってくるのだとしても、それはきっと今じゃない。今はこの幸せを、ずっと噛みしめたい。生まれてから十数年……ずっと欲しかった、温かさなんだから。
「―――子供……十人も居たら寂しくないとか感じる前にうるさいだろ、透子」
ニーナも、川箕も、透子も、この俺も。等しく寂しがり屋なのかもしれない。
睡魔に負けるその直前、そんな事を考えた。
『兄ちゃん! 何で…………何で俺なんか!』
『……おい、おい。弟を守るの、は。そりゃ、兄だろ。こんな事で兄貴面、迷惑、だよな。これくらいしか、兄貴っぽい事してねえのに』
『違う……違う違う違う! アンタが兄貴じゃないなら俺だって弟じゃないだろ! こんな事する必要なんて!』
『―――う――――――いー――――――だが―――――てに。本当――――――兄――――――じゃな』
「うわっ!」
夢の内容に驚き、その勢いで目が覚めた。だが夢とは不思議な物で、あんなに鮮明に見えていた景色が、いざ現実に帰還すると朧気で、思い出そうとするともう細部が分からない。夢を見ていた時は正に現実を見ているようにハッキリしていたのに。
「…………兄ちゃん?」
賞金首になってしまったと知って、それが夢に現れた? 夢で死んでいたような……不安の、表れだろうか。
―――やっぱり連絡を取る手段を探さないとな。
俺はもう夏目十朗ではなくジュードであり、この町の名もなき一般人だ。弟とか兄とか関係ないが、流石にあんな夢を見るとせめて安否だけは確認したくなる。それで出来れば―――この町の住人として警告を出してあげたい。それくらいは人情だろう。
後は、そう。川箕へのプレゼントを造らないと。
「うわあ! お姉様! サンタさんが私にプレゼントを持ってきてくださいました~!」
扉の奥から歓喜に満ちた少女の声が聞こえてくる。扉を開けると、ニーナは自分の背丈を同じくらいはある大型犬のぬいぐるみをだきしめて床で転げまわる勢いだった。動きがぎこちないのは、バイザーが傷つかないように気を払っているのだろう。
「良かったな、ニーナ。いい子だからプレゼントが貰えたんだ」
「ジュード様っ! 貴方様に出会えてから私、本当に幸せです! このお気持ちをどう表せばいいのやら……うふふふふ♪ 柔らかい♡」
足元で喜ぶ少女を踏みつけないように気を付けつつもう一人を探す。透子は何処へ行ったのだろう。机は既に片付けられ、毛布もしまわれているのに。
「夏目、おはよっ」
「おはよう川箕。透子はどうしたんだ?」
「あー…………お店に行っちゃったよ。なんか朝に連絡あったみたい。心配なら行ってくれば? お昼になったらもう外とか危なさそうだし」




