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青春は日傘を差すくらいが丁度いい  作者: 氷雨 ユータ
TRASH 4 親愛なる災禍へ

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残夜の恋に刹那と生きる

 透子が就寝した後、俺は一人で彼女の言った言葉の意味を考えていた。子供が十人居れば寂しくないなんて……それは単なる願望というより、彼女の正体に起因する寂しさだ。

 言及しなかったが、俺と透子の間には―――いや、透子とそれ以外の人間には大きな隔たりがある。寿命差だ。彼女はずっと前から今のままの姿だと言っていた。それは彼女の長寿を表しており、また同時に、決定的な孤独を抱えている。まだ俺達は友達の関係で済んでいるが、これが例えば恋人になったとしよう。 

 死が二人を分かつまで。いい言葉だ。だが同時に死ぬ事はあり得ない。統計でそうなっているのではなく、現実的に無理だ。透子は傷を負わない。病にかからない。人体の急所を傷つけられようが即座に修復し、出血の意味を為させない。それでも俺は彼女を人間だと思っているが、生物的な話をするなら全くかけ離れた新生物だ。

 だから確実に、俺が死ぬ事になる。どれだけ長生きをしたとしても変わらないだろう。一切の傷病なく老衰まで生きられたらの仮定でこれなら俺が彼女より後に死ぬ事は殆どあり得ない。

 眠る透子を抱きしめて、朝が来るのを待った。決して眠れなかった訳じゃない。ただ、どんなに強くても、どんなに災害であろうとしても……本質は寂しがり屋の女の子のままな事を思うと、俺だって怖い。彼女を置き去りに死んでしまう事が。永遠に生きられたらどれだけいいだろう、永遠に傍に居られたら、どれだけ幸せでいてくれるだろう。

 けど、それは人間をやめるような物だ。現代科学にそんな技術はないだろうし、透子は恐らくそれを望まない。彼女は優しいから。一緒に暮らせば暮らす程その想いは強くなった。災害なんてとんでもない。怪物なんてあり得ない。誰も彼もがそういう風に見ないなら、俺だけでも見てやろうという気分になる。それこそ、何が何でも。


 ドンドンドンドンドン!


「……え?」

 ガレージの扉が叩かれている。携帯から時計を見ればもう朝の五時だ。朝は朝だから人が来ないとは言い切れないが、こんな時間に来客なんておかしい。それもガレージを叩くなんて。普通は電話だろう。

 ニーナも起きていなければ川箕だってまだだ。起きているのが俺だけとなれば、貧乏くじを引かされた形になる。透子を避けながらベッドから降りてガレージに向かうと、まだ扉を叩かれていた。

「はいはい。今行きますよっと」

 横の扉を開けると、額に銃口が付きつけられ―――


 パァンっ!


「うお、お、お!」

 目の前のそれが銃口と認識するより前に身体が動いた。本当にただ、目の前に何か飛び出してきたから振り払っただけだ。受け流してから、それが銃口と気が付いた。

「え、え、え、えええええ!」

思わず飛びのいてガレージの奥に逃げる。川箕の車を盾にするのは気が引けたが命には代えられない。開いた扉から続々と男達が銃を構えたまま入ってきて最後に皺ひとつない綺麗なスーツを着た男が姿を現した。

「他人の家に入る時に銃をぶっぱなすなんて礼儀がなってないんじゃないか!」

「ニーナの死体を渡せ」

「はあ!?」

 という事は、あの身綺麗な男性がニーナの父親か。控えている男達は騎士のような特殊な恰好でもなければ洗練された動きもない荒くれもので……この町の何処かでお金を握らせて雇ったのだろう。

「な、何の話だ?」

「とぼけるな。貴様がニーナの死体を保管している事を聞いているぞ。早く出せ。さもなくば、この家を爆破する」

「…………」

「保管?」

「夏目十郎から死体を受け取ったのだろう。早く渡せ。貴様らには不要な物だ。引き取ってやろうというのだから大人しく従うべきだろう」

 いつ俺の顔がバレたのかと疑ったが、情報を流した相手は何も真実ばかり伝えた訳ではないようだ。意図は掴みかねるが、かばね町の名もなき住人だと思い込んでくれているなら話は早い。

「いやいや、全くそういう訳にはいかないだろう。俺は夏目十郎から確かに死体を処理するように言われたんだ。仕事を今更取りやめるなんて俺の流儀に反する」

「幾らでも、貴様の望む額を支払おう」

「アンタが幾ら持ってるかは知らないけど、それはアンタが人間災害を殺せるくらいあり得ないな。少なくともこの瞬間、お金は用意されていないよな」

「ほう」

「銃を持った野郎が数人、そいつらの身なりから私兵とは言い難い。手持ちの金が潤沢に用意されてるならそんな奴等に頼る必要なんてないよな!」


「てめえ! 口には気をつけろお!」


「それとも雇った奴はこれで全員じゃないか!?」

「貴様は何か勘違いしている様だな。これだけの人数を一人でどう乗り切る。私はここで貴様を穴だらけのチーズにし、死体を回収して引き上げてもいいというのに」

「…………そうか」

 飛び出せば撃たれるだろうが、銃の一つも持ってない俺に出来る事はもうない。大きく息を吸い込んで、少しでも気を引けるように。




「燕! 全員入ってる!」




 次の瞬間、何かを察知したならず者たちが車の陰を制圧せんと近寄ってくる。同時に俺も車のボンネットを踏みしめて飛び上がると、入れ違いになった銃口の狙いが逸れて、全員が俺を狙わんと足を止めた。

 ぷしゅうと何処からともなくガスが噴き出したのはその時だ。口を閉じ、呼吸を最小限に抑え込んで体を丸める。ガスが高い場所に留まるなら慰め程度の抵抗だが、全員道連れだ。ニーナの父親は確かに、『これだけの人数』と言った。外に増援はいない。これで全員無力化出来る。

「…………くっ……う」

 俺も含めて。




















「夏目……夏目!」

 聞き覚えのある声に起こされて意識を取り戻すと、川箕が心配そうに俺を見つめている様子が目に入った。その少し下では縛られた男達を監視する透子の姿があり、「あっ」という声に反応して彼女も振り返った。

「ジュード君、怪我はない?」

「……上手くやれたか?」

「私に頼らなかったのは……」

「ガレージが全部ぶっ壊れるからだ。お前は銃弾を止められるかもしれないけど、周りの建物まで無傷に出来ないだろ。外に大勢いたら、頼ったけど」

 それはもう俺の手に負える内容ではないし、この家を爆破されたら出来るだけこちらに関与しないでくれている川箕の家族やニーナが巻き込まれてしまう。それだけは避けたかった。死んでいないのに改めて殺してしまう。

「いやあ私もびっくりしちゃったよ。急に銃声鳴ってさ、ニーナちゃんが泣きそうになったのを慌ててあやしてたんだからっ。こっそりおりてったら夏目がなんか絡まれてるし、私が起動しなかったら死んでたよっ?」

「起動してくれるって信じてたよ。この家の事はお前が一番良く分かってるからな。はは、上手く行った……」

 正直生きた心地はしなかったが、上手く行ったなら何でもいい。世の中結果論だ。事情はどうあれニーナは生きているし、指名手配を受けていても俺は今が人生で一番楽しい。特に楽しいのは、ネックレスを早速着けてくれている所を見た時。

「この男が父親で間違いないけど、どれくらいで起きる予定?」

「強い衝撃を与えたら起きると思うよ。何もしないなら三時間くらいは眠ってるんじゃないかな。それで、どうしよっか。他の人達は警察にでも引き渡せばいいと思うけど」

 部屋の一階と二階。それだけの距離を挟んで父娘がいる。会わせるべきか会わせないべきかなんて、本人に聞いた方が一番早い。帰りたいと思わないくらいの父親でも、やっぱり顔を合わせたら聞きたい事は生まれるだろうし。

「透子はその人を見張っておいてくれ。俺はニーナと話してくる。えっと、泣き止んでるよな?」

「あはは、私の胸がべちゃべちゃになっちゃったけどね。あ、ニーナちゃんに会いに行くなら驚いてあげてね。あの子、きっと驚かせたいと思うからさっ!」

 言いたい事が呑み込めないが、要するに早く行けという意味らしい。川箕に背中を押されて階段を上っていく。扉を開けていつものように声を掛けようとすると、

「あ、ジュード様! おはようございます!」

 こちらよりも早く、正確に顏を向けて。ニーナがにこっと笑顔を浮かべた。そしてベッドの傍に置いてあるスリッパに足を入れると、不慣れながらとことこと近くまで歩み寄ってくる。

「……………………に、ニーナ。君は」

 少女は目隠しのように頭部を覆うバイザーを触ると、言葉で表すでもなく、自らの意思で俺の足元にしがみついた。




「はい……! お姉様の試作品で、ジュード様のお姿をぼんやりと認識出来ております! お慕い申し上げますと、こちらから伝えられるのです!」

 


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