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12、地下に潜り込みました

「はいそれじゃあこの文章が読める人ー」


月日というのはあっという間に過ぎていくもので、教師生活が始まってもう一ヶ月が経った今、僕は今日も教鞭を振るっていた。


見渡すと多くの生徒が手を挙げて、当ててくれと言わんばかりに目を輝かせていた。


「それじゃあ……ハストルさん」


「はっ、はい!えっと……『この本は…彼のもの…です』」


「はい正解。よく復習してるね」


「えへへ……ありがとうございます!」


ちなみに今は異世界語……つまり日本語を勉強しているところだ。


まだたったの数週間しか経っていないというのに、この習得スピードは尋常じゃない。この子だけでなく、他の生徒も差異はあれども、かなり上達が早いので驚きだ。


まぁさすがにまだ『書き』のほうはほとんどできないけどね。


『~~~~~♪』


っと、もう授業終了の時刻みたいだね。


この学園は授業の終わりを告げるのがチャイムではなく、綺麗な歌声だったりするんだけど、どこかで聞いた事があるような声なんだよね……


他の先生は、「女神の歌声だ!」とか言ってたけど……さすがにそれはないかな?


「さて、ここまでの授業はすべての基礎になるものです。各自予習復習を忘れないようにしてください。それじゃあ委員長さん、号令を……」







◆◆◆◆◆◆





お昼の喧騒に包まれた廊下に、ドカドカと更なる騒音が加わる。


『マナ!そっちにいた?』


『駄目……完全に見失っちゃったみたい……』


『仕方ない……みんなで手分けして探しましょ!!』


『『『了解!』』』


女の子とはとても思えないほどの気力で、あたりに散開する女生徒たち。


地響きが遠のいていくのを肌で感じ取ると、僕は自身の体を隙間に捻じ込んだ。


「……なんとか撒いた……かな?」


広い空間に体を投げ出し、あたりを慎重に伺う。


まわりには他の生徒がちらほらといるだけで、相手の気配は感じ取れない。


『センセ……またそんなところ入ってたんすか?』


『お疲れ様です……』


『……アルファミランセ……』


まわりから男女問わず生徒が数人集まってきた。みんな、その顔にはどこか申し訳なさというか、そんなようなものを漂わせていた。


ある男子生徒は伏し目がちに、ある女子生徒はパンを僕に差し出しながら、またフードを被った謎っ気たっぷりな生徒はお祈りのポーズをしながら。


アルファミランセ……僕らで言う『南無阿弥陀仏』みたいなものだったけ。そんなものを唱えられるほど僕の状況はよくないらしい。


ちなみに僕が隠れていたのは掃除用具入れと壁の隙間だ。これでも猫レベルで狭い所には入り込めたりする。


『すみません先生……わたしたちも何か力になれれば……』


『くっ……もっと俺に力があればセンセ一人に任せることになんて……!』


「そ、そんなことないって。それに、これは僕が独自にやっていることだからみんなが気にするようなことじゃないし……」


……改めて確認するけど、ここはお昼の楽しい時間が流れる教室棟の廊下、断じて血生臭い戦場や、悲しみに包まれた墓場などではない。


まぁ僕と連中(、、)に関しては『戦場』と言わざるを得ないけど。


「さて…と。そろそろここも感づかれるかな……それじゃあみんな、午後は武術棟で『回避』について学ぶから遅れないようにね~」


『あ、先生っ!』


『いやあああああああああああ!?』


そう生徒たちに言い、僕は扉から中枢区の空洞に躍り出た。


背後から叫び声が上がるが、僕はそれを気にすることなく壁を蹴り上げながら上部を目指す。


至る所に空飛ぶ床やら絨毯、それに乗る人を見かけるも、それすら意識の隅に飛ばす。


「っとと」


壁に着地する、と同時に気配を察知した僕はその場からすぐさま離脱。そのコンマ数秒後に先ほどまでいたところに空気の塊がぶつかり、壁に直撃した。


崩れはしなかったものの、かなりの轟音をあたりに響かせて気弾は拡散して消え去った。


『チッ、あと少しだったのに……』


落下しながら見上げた先には、魔導杖を携えた女生徒が鬼の形相でこちらを見据えていた。


胸元にはやはり黒獅子くろじしのエンブレム―――――風紀委員の紋章が鈍い輝きを放っていた。


「……まったく、これじゃあお昼ご飯もまともに取れないじゃないか」


どんどん遠くなっていく風紀委員を見ながら、僕はのんきにもそんなことを考えていた。


だってしょうがないじゃないか。ここ最近、まともに昼食を取ってないんだから!


……お昼の時間にまで風紀委員に狙われる、なんてことは最初っから想定の範囲内ではあったけど、やっぱりお腹は空くんだって。


「よっと……さて、今日はどこで昼食を取ろうかな……」


地上に到着し、あたりを見渡して今日のランチに更なる想いをせる。


ちなみに床には足を曲げて衝撃を吸収しながら着地した。これが秘儀『猫足』だったりする。


「……まずい、完全に囲まれてる」


目を閉じて、気配を感じ取ってみると、四方八方の通路から人が押し寄せてきているのがうかがえた。


勢いからして、購買のパンを求める一般生徒とも取れそうだけど、僕のいるここに集まってきていることから、風紀委員が集おうとしている可能性はかなり高い。


どうするか……これじゃあ完全に袋の鼠だ。捕まったら何されるかわかったものじゃない。


「(カイト様!こっち!こっちです!!)」


「え?」


急に足元の床のタイルがガコンと音を立てて外れた。その隙間からは聞いたことのある声と手招きする白い腕が伸びていた。


すぐさま状況を理解した僕は躊躇ためらうことなくその隙間に潜り込み、体が完全に入ると同時にタイルを無理やり元に位置に裏側からはめ込んだ。


その数秒後、あたりからものすごい数の足音が響いてきた。


『いない!?』


『全通路から完全に挟み込んだはずだぞ!』


『上に逃げたかもしれない!手分けして探すぞ!!』


『『『おお!』』』


また地響きが響き渡るも、しばらくしたら静かになった。


ようやく撒けたことに安堵した僕は、気を張りすぎていたせいか、その場に崩れるように座り込んでしまった。


「な……なんとかなった~」


息を吐くようにしてつぶやき、新たに空気を吸い込む。カビ臭くも冷たくて気持ちのよい空気が肺を満たしていく。


「ふふっ、お疲れ様でした」


視線を上げる。暗い空間を照らす唯一の明かりであるカンテラを手に、一人の少女が優しげに微笑んでいた。


学園長……エルはいつもの深緑の魔導服ではなく、ツナギのような作業服を着込んでいた。


こう言っては失礼かもしれないけど、いつもの華美な服よりこっちのほうが快活なエルの性格には似合っている気がする。


「……今、『こっちのほうが似合ってる』とか考えていませんでしたか?」


「え、い、いやぁそんなことはっ!」


まさかエルまで僕の心が読めただなんて……女の人って、やっぱり怖い……


まったく、とでも言わんばかりにエルは頬を膨らませながら腰に手を当てて僕を睨み付けてきた。


「そ、それにしても、本当に助かったよ。まさかこんな地下道があっただなんて」


これ以上問いただされるとまずいと感じたから話を逸らした、なんてことはないのであしからず!


実際、まわりを見るとレンガやらで造られたかなりしっかりした通路で、数日やそこらで出来た代物とは思えなかった。


しかしこの数週間、学校中を歩き回ったけど、こんなところに繋がっている通路なんてどこにも見当たらなかったと思うんだけど。


「この地下道は、わたしの部屋と城を繋ぐもので、いざというときに使う非常用経路です。といっても一度もこれを使う機会がなかったので、造った意味があったのかはなはだ疑問ですけどね」


まぁ非常経路なんて使わないに越したことはないしね。


僕は中学と高校で、人から逃げるために使いまくってたけどね。災害からじゃなく、あくまで人から。


「あれ、それじゃあなんでエルがこんなところにいたのさ」


「あ、それはですね……じゃんっ!」


得意げにエルが取り出したのは……スパナとドリル、それにスコップ?


いったいそんなもの持って……ま、まさか…!?


「いやああぁぁぁぁ猟奇殺人だあああああああぁぁ!?」


「どうしてそうなるのですか!!」


だってそんなもの使う用途っていったら工事か武器かのどっちかじゃないか!


お姫様であるエルが工事なんかするわけないし、選択肢は強制的に一つに……つまり猟奇殺人ということに!


「違います!わたしはただここの通路の整備をしていただけです!」


「え、そうなの?」


意外な言葉にちょっと気が抜けたような返事をしてしまった。


本当に猟奇殺人じゃないんだ。


「この通路を知っているのはお父様とわたしだけなんです。そうでないと、非常経路の意味がありませんから。それで定期メンテナンスはどちらか片方がしなくてはならないのですが、お父様はああ見えて多忙を極めておりますから……」


僕には道楽好きの見た目二十代の若ジジィにしか見えないんだけど。


しかしなるほど、だからエルはツナギなんてものを着てたのか。そう言われると、確かにエルの頬や服には黒いスス汚れがついていた。


「で、補修などをしていたら、上のほうからカイト様の悲鳴が聞こえてきたので、すぐさまこちらに手招きさせていただいた次第なのです」


悲鳴を上げた覚えはないのだが、そういうことだったのか。いろいろと納得できないところ……というかエルにこんなことさせてるサファールに軽く殺意を覚えるんだけど、まぁそれはあとでいっか。


「なんにせよ、本当に助かったよ、ありがとね」


「いえいえ、一国の姫として、当たり前のことをしたまでですわ!」


今すぐ高笑いでもしそうなお嬢様ポーズをとるエル。


その格好がエルの性格やら格好やらに全く似合っておらず、お互いに笑い飛ばした。


いや、本当に似合ってなくて……ぷっ






~ただいま爆笑中です。のんびりとお待ちください~






「あははは……ああ、お腹痛い……お腹空いたぁ……」


「くふふふ……カイト様、サンドイッチがあるのでよかったら一緒に食べませんか?」


笑い転げながら、空腹のところにそんな提案をされて、断るバカは本当のバカだろう。


僕はそこまでのバカではないのでもちろんいただくことにした。







◆◆◆◆◆◆







結論から言うと、エルからもらったサンドイッチはものすごく美味しかった。


具は卵とベーコン、それからレタスらしき野菜などを黒胡椒くろこしょうで味付けしたものだ。


何でも前に僕が教えたのを自分でアレンジして、今日のお弁当にしたんだとか。


こっちの世界に来たばかりのときに食べた食べ物はあまり美味しくなかったけど、エルの腕前に関してはもはや僕らの世界の食べ物と大差ない……どころか、むしろ美味しいくらいだ。


「ごちそうさま……いやぁ、本当に美味しかったよ」


「お粗末さまです。ふふっ、喜んでもらえたようでなによりです」


器用に僕の教えた日本語まで使いこなすとは……なかなかやるねエル。


「……ところでカイト様、彼ら(、、)のほうはいったいどんな状況ですか?」


急に口調が静かになったエルに、僕は無意識で身構える。


彼ら、というのは間違いなくさっきまで僕を追い掛け回してきた『風紀委員』のことだろう。


風紀委員が僕だけに攻撃の的を絞ったのはつい数日前のこと。最初は10人ほどの規模だったのが、たったの数日で60人ほどに膨れ上がったって言うんだから冗談じゃないや。


「まぁここまで予想通りだから、特には問題ないかな」


僕の作戦の真骨頂まではまだだが、着実にそこまで進んできてはいる。


そのおかげで、少なくとも他の生徒やら先生やらが風紀委員に理不尽に処罰されることはなくなった。


本当に悪さをしている人たちは例外だけど……


僕の報告を聞いたエルの顔は、やはりどこか浮かない感じがしていた。


「……カイト様、本当に、本当にこのままお続けになるのですか?」


「エル…?」


「確かに生徒や先生の安全は保障されるでしょう。しかし、それと比べてもカイト様の抱える負担のほうが遥かに規模が大きいです。いくらカイト様でも、もし捕まったりなどすればどんな仕打ちをされるか……!」


「…………」


確かに、捕まったらただではすまないだろう。


魔物を平気で惨殺するような連中だ。どこの馬の骨とも知れない異世界人くらい、平気でほふりにかかってきてもおかしい話ではない。


烏合の衆とは言え、素手で全員を穿うがつのは少々厳しいかもしれない。


「けど、これ以外に作戦はないからね」


「けど……!!」


「大丈夫だって。王様はあの依頼用紙に『Zランク指定』って書いたんだ。そのZランクである僕がこなせない仕事なわけがないんだ」


そう、昔の偉い人が言った言葉が僕の胸の内にはある。


「『クリアできない現実ゲームなんて、この世には存在しない』」


たとえ僕の体力がガリガリと削られようとも、お昼ご飯を抜かれる日々でも、生徒との壮絶な『鬼ごっこ』を繰り広げることになろうとも、最後までやりきってみせる!


これが、この作戦最大の要であり、原動力だ。








……でも、やっぱりお昼ご飯はキチンと食べたいな…


いい感じに話がノッてきました。この調子で続けていけたらなと思っています。


感想・評価、新しい東方にホクホクしながら待ってます!こいしが可愛いです♪

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