11、溶かされました
地面に足をつけると、ぐじゅっという不快音とともに少し足が沈み込む。
草が靴に絡みつき泥が密着して、足を上げるのにも一苦労だ。
見上げれば、鬱葱と茂る謎の植物と、その間から見た事もないような不気味な生物がこちらの様子を凝視している。
まだ午前中だというのに、あたりはものすごく薄暗い。
「美琴……本当にこっちでいいの?」
不安に駆られた僕は、後方にいるであろう美琴に話しかける。
案の定、少し遅れて美琴の足音も聞こえてきた。
「……問題ない。アレはこの森のどこかに群生しているはずだから」
そう言う美琴の足取りは気のせいか、妙に軽く感じられた。
このぬかるみでそんなわけがないので、やはり僕の気のせいなのだろう。
「さいですか……」
そう返事をして、僕はふたたび妖しさ満点の樹海に視線を戻し、今朝の出来事をちょっとだけ思い出した。
◆◆◆◆◆◆
「……え、今日は学校が非番なの?」
「うん、さすがに一週間全部仕事なんていうことはないからね。学園側の今日は僕らの世界で言う日曜日みたいな日らしいんだ」
朝食後、僕は美琴と談話室で今後の展開について話していた。
美琴の最終武装―――――仮の名前として『ニード』と名付けた―――――に必要なものは、大まかに分けて三つ、改造パーツと連結コード、電磁式制御パネル、らしい。
その三つに必要な素材を集めるというのが今回の僕の仕事だ。
「改造パーツとかコードとかはまだわかるけど、『電磁式制御パネル』って何?」
「……説明するのは難しいけど、イメージとしてはアニメとかに出てくる空中に浮かぶ半透明の液晶、ってところ…」
空中に浮かぶ半透明の液晶って……ずいぶんとシュールな光景のような…
あ、いや待てよ?未来をモチーフにした作品とかで空中に画面が浮かび上がっているやつとかあるけど、もしかしてあれのことかな?
もしそれだとしたら、相当すごいと思うんだけど…
……美琴って本当に何者なの?
「そ、それじゃあさっさと仕事を始めるとしようか。素材がどこにあるかとかはわかるの?」
これ以上考え出したら、そのうち宇宙の起源についてとかとんでもないことにたどり着きそうだったので、無理やりに話を逸らす。
大丈夫だ、美琴は人間のはずだ。ちょっとストーカーチックで変態で頭がいいだけであって、創造神と同じ存在のわけがない!
そんな僕の意図など知らぬとばかりに、美琴は新たな用紙をインデックスのなかから取り出した。今度は白紙ではなく羊皮紙だ。
「……ここにすべてメモしてある…ここから一番近い素材位置は……たぶん、ここだと思う」
美琴の指差すところには、チューブ素材という枠に書かれた素材群のひとつ、『バリアローブの蔦』と書かれていた。
「……確かこの蔦の群生している『プラント・ヘブン』っていう森が、この中では一番近かったはず」
「プラント・ヘブン……聞いたことがあるようなないような…」
依頼掲示板の隅っこのほうにこんなような単語が書いてあったような気がする。
えっと、確か危険な魔物が大量に棲みついているとか――――――
「まぁ、なんだっていいか」
美琴がそこにあるっていうんだから、僕はそれに従えばいいだけなんだし。
「よし、とりあえずは理解した。それじゃあさっさと取ってくるよ」
準備のほうはもうすでに出来ているので、あとはムラマサをつれて森に直行するだけだ。
「……うん、いってらっしゃい」
笑顔で美琴はそう見送りの挨拶をしてくれた。これだけで今日はばっちり動けそうだよ。
……あ、あくまで家族の声援を受けてって意味だからね!そこのところ、勘違いしないようにっ!
(誰もそんなこと知らないっての、ってのわぁ!?)
よし、妖精さんも完璧に封じ込めた。これで今日一日邪魔をされることはないだろう。
不安要素のなくなった今、もはや僕に怖いものなどない!
僕はそう意気込み、僕は談話室の扉を意気揚々と開け放った。廊下のほうから朝の冷たい空気が押し寄せてくる。
若干身震いしつつも、僕は足を前へと進める。いつも歩いているはずの廊下の感触が、今はとても心地よい刺激になっているような気さえしてきた。
途中ですれ違った子供たちに出掛ける旨を伝え、なぜか玄関前で寝そべっていたムラマサを担ぐ。
そして玄関の扉を開け、朝の清々しい空気を感じたところで、ふと気がついた。
「(なぜ美琴がついてきているんだ……)」
振り返らなくても、僕にはわかる。
首元に掛かる熱い吐息、密着してきている人肌の温かさ。
そして何より、足元に広がりつつある真っ赤な血溜まり。
微かに漂うのは、美琴の持っているアサルトライフルに染み付いた火薬臭だろうか。
「(だが、ここで定番のようにツッコんでしまったらダメなような気がするのはなぜだろうか!?)」
いつもなら『なんでついて来ているんだ』と言っているところだけど、今それをしてしまったら悲惨なことになりかねない。
もし、そんなツッコミをしてしまえば、『……海斗に植物の見分けはつかないし、そもそも場所とか生息地の特徴とかもわからないでしょ?』という心にザクザクと刺さる言葉が返ってくるのは火を見るよりも明らかだ。
だから、ここはあえてツッコまない方針で行くとしよう!
「(……でも言わないと、美琴の魔の手が……っ!?)」
早足で歩いているはずなのに、美琴との距離は離れることはなく、むしろ縮まってきている。
背中にひんやりとした感触があるのは、おそらく美琴の手が服の中に入り込んできているからだろう。
くっ、これ以上はもう我慢できない!
「っ、美琴、いい加減にしな――――――」
「はぁはぁ……海斗の朝一番……ふぅふぅ……」
発情すると姉さんも鼻から真っ赤な液体を流すこと、そして体が擦れることによって膨大な熱が発生することがわかった瞬間である。
「いいぃぃぃぃやああぁぁぁぁぁぁ!?」
◆◆◆◆◆◆
……ああ、変なものまで一緒になって思い出しちゃったよ……
えーと、確かあのあとは……姉さんをなんとか振り切って、庭と街道を隔てる鉄柵門を飛び越えて、で、そのさきになぜか準備万端の美琴がいて……
美琴の案内に従った結果、富士の樹海のように妖しげなこの森に辿り着いたんだった。
「……?どうしたの海斗、ここの地面はぬかるんでいるから膝なんかつくとあとが大変だけど…」
「いや、ちょっと自分の人生の濃さに呑まれそうだったものだから……」
やはり前を見ても過去を振り返っても、一高校生の送る人生には到底思えないのは僕の頭がバカだからなのでしょうか!?
「……!カイト、敵!前方2、後方3!」
「っ!了解!!」
言われたとおり、前後方から人ならざる気配が感じ取れる。
すぐさま気持ちを切り替え、足に力を込めて、その場から退避。
その瞬間、さっきまで僕が座り込んでいた場所に6本の蔓が突き刺さった。
獲物の感触を感じ取れなかったのか、蔓は地面から先端を抜き、蛇のようにこちらに鎌首をもたげた。
蔓を操っているやつは……だめだ、森の奥にいるみたいだ。暗くてさっぱり見えないや。
「……海斗はこの蔓を。わたしは本体を叩いてくる」
「なっ!?」
鋭く伸びて来る蔓を斬り捨てながら、僕は美琴のほうへと首を回す。
防弾ジャケットのような装備を身に纏い、大型のアサルトライフルを構えたその姿は、さながら歴戦の傭兵のようだ。
だけど、それでも美琴なのにかわりはない。
「だめだ美琴!一人じゃ危険だよ!」
「……いってきま~す」
「人の話を聞けーっ!!」
信じられないことに、美琴は僕の話をガン無視して、ものすごい勢いで森の中へと突撃していってしまった。
そんな美琴の背中に、僕は情けない怒声をぶつけることしかできなかった。
というか軽すぎるでしょ!無表情な顔とのギャップがありすぎだよ!
「ああもう、仕方ないなっ!!」
ふたたび襲い掛かってくる蔓をみじん切りにしていく。
蔓の数はおよそ10といったところだろうか。美琴は『前方2、後方3』と言っていたから、おそらく一体で二本の蔓を操っているのだろう。
推測するに、前に戦ったことのあるドリアードか、それに近い種族だろう。
「あぶなっ!」
腰あたりにものすごい勢いで、蔓の一撃が繰り出される。間一髪で避けたものの、避けた蔓はそのまま木の幹に突き刺さり、木を切り倒してしまった。
……あんなものを喰らったら、あまり無事ではいられなそうだね。
美琴の安否が気になるけど、まずはこの場を切り抜けないとまずそうだ。
森の中からはさっきから絶えず銃声と爆音、耳をつんざくようなおぞましい断末魔が聞こえてくる。
……やっぱり美琴は伝説の傭兵か何かなのかもしれない。
「って、だから危ないって!」
今度は正面に捉えていた蔓の先端が開き、謎の液体をこちらに向けて飛ばしてきた。
避けきれず、服の袖で受ける。液体はそのまま服に付着するも、それ以上の衝撃はなかった。
いや……違う!
「これ、もしかして酸!?」
液体の掛かった部分が見る見る溶けていく。
すぐさま袖を破り捨てて、初めて現在の状況の危険性を認識した。
「下手をすれば、僕はここでヨーグルトになってしまう……」
味付けはきっとブルーベリーやらストロベリーになるのだろう。さっきそこで木苺とか見かけたし。
……絶対美味しくないよ、それ。
『むにゃ……ようぐるととな……それはまことに美味そうな……うへへ…』
手に持った得物から場違いにも程があるのんきな寝言が聞こえてくる。
どうやらデザートであるヨーグルトの単語に反応したみたいだけど、それでいいのか妖刀として!
すると任せておけとでも言いたげに、すべての蔓の先端部が開かれる。
……嫌な妄想が頭の中を駆け巡る。
冷や汗が頬をつたる。それに促されるかのように、蔓の喉元(?)の膨らみがだんだん先端部へと移動していく。
まずい、これは非常にまずい!!
「全力で退避ーっ!!」
上方へ跳躍、その刹那、蔓の先端からさっきの比ではない量の酸が吐き出され始めた。それはまるで、消防車の消火ホースみたいだ。
なんとかその場から移動しようとして、肝心なことに気がついた。
「……しまった、空中だと身体の制御ができないんだった」
とんでもなくアホな展開だけど、忘れてたんだから仕方ないじゃん!
空気を蹴れない以上、僕の身体はそのまま下降を始める。
もちろん、僕の下では蔓たちが酸を吐き出しながら待ち構えている。
必死にもがくも、そんなので身体が浮くはずもなく、僕の身体はどんどん地面へと吸いつけられていく。
そして、もはや濁流のようになっている酸の奔流に身体が飲み込まれていった。
生温かく、身体に絡みつくような酸が見る見るうちに僕の衣を剥いでいく。厚着でいたにもかかわらず、僕の服はかなりの速さで溶けていった。
服だけが溶けるなどというふざけた代物かとも思ったけど、剥き出しだった腕から伝わる熱さから命の危険を嫌が負うでも感じる羽目になった。
このままだと……
「海斗っ!!」
「うぐっ……美、琴…?」
腕……そして剥き出しにされた足から感じる痛みに耐えながら、声を絞り出す。
遠目に美琴の姿が見えた。ところどころ血がついているけど、どうやら美琴の血ではなさそうだ。
「っ!あ、ああ……」
「うわあああああああああああああ!!!」
美琴絶叫、とともに聞こえる激しい銃声。
それが、僕の聞いた最後の音になった。
◆◆◆◆◆◆
「で、お前はまた服をやられたのか」
「うぅ、面目ない」
屋敷に着くなり、孝に正座&説教をされること早一時間が経過した。
結論から言うと、僕はまったくの無傷で生還することができた。目的であった『バリアローブの蔦』なるものも無事に獲得することができた。
あのとき受けた酸は結局、服の繊維だけを溶かすというしょうもないものだったらしく、おかげで僕の服は全滅し、僕は真っ裸に剥かれてしまった。
手や足に感じた痛みは酸ではなく、酸の中に紛れて飛ばされていた毒針だったらしい。すぐに応急処置をしたおかげで特に問題はなかった。
さすが創造神が創り出した世界なだけあるよ。いくら死亡フラグが立とうと、実行されることがまったくないんだから。
「……ごめん海斗…わたしが…」
僕が敵に陵辱されていたことにショックを受けたのか、美琴はさっきからずっとこの調子である。
別に気にするようなことはなにもなかったというのに、いつまで経ってもまったく立ち直る気配がない。
「美琴だからあれは――――」
「……わたしがドリアードに対して、海斗のすばらしさについて語らなければこんなことには……!」
気にしてるとこそこっ!?というかそんなことしてたのっ!?
あの銃声は?爆音は?断末魔はっ!?
一体僕の知らないところでいったいどんなことが繰り広げられていたって言うのさ!!
「……まさかあのドリアードが海斗の裸体にあそこまで反応するなんて……やはり魔物は変態の集まりのようね…」
前言撤回、全面的に美琴が原因じゃないかそれ!
はぁ~……今日は、なんだかものすごく疲れたよ。
反撃の教師と秘境での素材採集士……このいろんな意味で危険な二つの仕事に板ばさみ…か…
これはなかなか骨が折れそうだね……
「こら海斗、まだ話は終わってないぞ!」
「離せぇー!もう説教なんかうんざりだよー!!」
……まずは、この状況から抜け出すことは先決みたいだね。
この世界では死亡フラグなどのありとあらゆるフラグは完璧に無視されます。
海斗の服が消え去るのは、もはや日常茶飯事です。
感想・評価、寝違えた首に悶絶しつつ待ってます!
※ついに今年のテストが終わりました!読者の皆様、大変長らくおまたせさせてしまい申し訳ありませんでした!
ここ二週間ほど、完璧に放置していたにも関わらず、まったくブックマーク数が減っていなかったことに軽く感動しました。待っていていただき、本当にありがとうございました!!
今までより少し長めに投稿することができそうですが、やはり受験生なのでどこかでまた停止させることになってしまいます。もっと自分に余裕があれば良いのですが……
それではまたしばらくの間、皆様のお暇をいただくということで、ひとつよろしくお願いします!




