9、作戦を決行しました
――――風紀委員会……それは、学園の秩序を守りし『正義』の存在……
彼らは学園の安全と平和のためなら、どんなことにも躊躇いなく行動する。
生徒の身だしなみが整っていなければその場ですぐさま直させ、授業中に居眠りをしていれば全力で叩き起こされる。
無論、教師も例外はなく管理の対象となる。
授業を怠る者、生徒に無意味の暴力を振るう者などには、鉄拳制裁が待っているだろう。
そして風紀委員会は学園外からの攻撃に対して、全力で抗戦することを義務としている。
魔物の襲撃があれば、あらゆる武力・知力・魔力をもって殲滅する。盗賊や殺人鬼に対しても、魔物と同等かそれ以上の力を持って排除する。
すべては、学園の平和と彼らの掲げる『正義』のためである。
くれぐれも、生徒・教師諸君は『正義』に反する行動をしないように心がけること。
もし甘い行動を取れば、頭と胴体が離れる自体にもなりかねない……
―――――――――――『ガルド王立学園新聞』より抜粋。
◆◆◆◆◆◆
「…………」
「むぅ……これは……いやはや……」
先生に渡された資料を見て、僕もムラマサも言葉を失った。
まぁムラマサのほうは唸ったりしているけど、やはり動揺はしているみたいで、僕の裾をしきりに引っ張ってきている。
「……ルック先生……これは……事実なんですか?」
ようやく口から出てきた言葉は、単調で、それでいて今の気持ちを嫌というほど表すものだった。
ルック先生やそのほかの人たちも苦々しい顔つきで頷いた。
「まことに残念なことだが、そこに書かれていることはすべて事実だ」
「まだ生徒や教職員の方々から重傷者は出ていないけれど、魔物などはそれはもう見るに耐えないようなことに……」
マースさんの顔色が著しく悪い。当時の情景を思い浮かべて気分が悪くなったのかもしれない。
生徒のほうも、ちらほらと青い顔をした子が見える。
『その資料に書かれていることはあくまでほんの一部です。奴らはもっと惨いことも平気でやってのけてきているんです』
『わたしの友人なんか、たまたま連れてきたペットを『害獣だ!』って言われて問答無用で殺されたんです……それ以来その子、実家に引き篭もってしまって……うぅ……』
生徒のほうからも風紀委員に対する恨みや憎しみの声が上がり始めてきた。
……これは、一筋縄じゃいかなそうだね。
あれ、でも待てよ?
「エル――――学園長のほうはどうしたんですか?さすがにこの状況を見逃しているとは思えないんですけど……」
まだ半年程度しか経っていないけど、エルの人柄は会食や雑談を通してだいぶ知ったつもりだ。
そこから言わせてもらうと、あのエルがこんな非情な問題に口出ししないわけがないのだ。
「もちろん学園長先生もこの状況をどうにかしようと行動しています。しかし相手が相手なだけに、なかなか行動しにくくて……」
……どういうことだ?王族であるエルが身動きできないような相手だって?
「なるほど、大体状況が掴めてきたのだ」
頭を悩ませる僕をよそに、ムラマサは静かに息を吐くようにそう呟いた。
「いったいどういうことだっていうのムラマサ」
もちろん僕が聞き逃すわけもなく、すぐさまムラマサに質問する。
しかしムラマサは話すでもなく、顔をニヤつかせながら口元をじゅるりと拭う仕草をしてきた。
…………ふぅ。
「う~む、話してもよいのじゃがのぉ~。主がわしの唇をやさ~しく舐めてくれれば教えてやらんでも――――」
「さぁ吐こうかーキリキリ吐こうかー」
「いふぁいのふぁあるふぃー!!ほほふぉふへふぁふぁいふぉふふぇ~!!」
ほほを両側に引っ張ると暗号を言いながらじたばたと暴れだした。
たぶん『痛いのじゃ主ー!!ほほをつねらないでおくれ~!!』とでも言っているのだろう。
まったく、素直に話せばこんな目に遭うこともなかっただろうに……
「ふぇ~ん……わしの可愛いほっぺがひりひりするのじゃ……」
「変なことを言い出すムラマサが悪い」
こういうことはバッサリ切るのが得策だ。長年の経験(17年ほど)で培ってきた知識は、こういうところで役立っていくんだね。
「さぁまわりから生暖かい視線を浴びせられてきているからさっさと話そうか」
実際、生徒や先生たちから『微笑ましいなオーラ』が弾幕のごとく降り注ぎ始めてきている。
やめて!そんな目で僕らを見ないで!
ムラマサも感じ取ったのか、仕方ないとでも言いたげな表情で口を開いた。
「さっき、エルがなぜ風紀委員なぞという陳腐な連中に苦戦しているのか、と主は申しておったじゃろ?」
ちょっと違うところもある気がしないでもないけど、あえて続けさせる。
「王族でも苦戦する相手……それはすなわち貴族の連中じゃな。奴らは王家と貿易やら税金やらでご大層な繋がりを持っておるでの。たとえ王家とはいえなかなか手を出しづらいのじゃろうな」
……なるほど、そういうことだったのか。
確か前にエルと話したときにそんなような話を聞いたことがある。貴族というのは独立しているところもあって、何か問題を起こしても王家はなかなか手を出し難いような連中がいるとかなんとか。
「はっはっは、そこのちびっこは相当頭の回転が速いようだな」
「むふー、そうじゃろ?じゃが……わしをちびっこ扱いするのはやめるのじゃ!!」
「はっはっは、そういう者ほどそう言うものだ!」
「ふがーっ!!」
ルックさんとムラマサの会話にあたりからドッと笑い声が上がった。
……ムラマサ……数百年生きてきたとか言ってたのに、一教師に完全に言い負かされてるじゃないか。
こんなんだから名刀で妖刀なのに威厳もなにもないのか。
「ふぅ……しかし、そこのちびっこの言うとおりだ。学園長先生でも、貴族生徒が相手ではなかなか打つ手がなくてな。我々教師ができるのは現状維持が限界……まったく、恥ずかしい話だ……」
「あなた……」
悔しげに眉をひそめるルックさんの口元は、きつく結ばれて血が滲み出してきている。
ほかのみんなも何かを我慢するかのように体を縮めて目を伏せていた。
……この仕事が、なんでZランクなんていう前代未聞の難易度で出されていたのか、ようやくわかった気がする。
こんなの、たとえSSSランクでも受けたくなんかないよね。
まったく……完全にあのバカ王に騙されちゃったみたいだ。
ならこのまま騙されたふりをし続けて、あとでサファールを締め上げるとしますか。
きっとそのほうがすっきりするだろうし。
「みなさん、僕にいい案があります」
その場に立ち上がってそう言うすると、歪んだ顔つきのまま、全員がこちらに目を向けてくれた。
頭の中にとある偉人の話が反響する……僕が生きてきた中で印象に残っている言葉とともに。
今回はその偉大な考えを利用させてもらおう。
「先ほど、ルック先生は『現状維持が限界』と言いましたよね?」
「あ、ああ……」
目をパチクリさせながらルック先生は答えた。
動揺しているみたいだけど、今回はあえて無視させてもらおう。
僕は一呼吸おいて、ルック先生の返事に答えるように――――
「ならば、『完璧な現状維持』を成立させれば言いだけの話なんです」
――――そう宣言した。
『完璧な……現状維持……?』
『いったいどういうことだ?』
僕の予想通り、どこからともなく疑問と不安の波紋が広がった。
ここでみんなを安心させるために、すべてを話してもたぶん問題はないのだろうけど。
ここは成功させるために……
「これ以上の説明のするには、みなさんの……風紀委員を除いた教師と生徒全員の協力が必要です。どうか、協力してくれませんか?」
卑怯かもしれない……けどこれが確約できないかぎり、僕の考えたこの作戦は絶対に成功しない。
生徒からひそひそと話し声が聞こえてくる。教師陣のほうでも、話はしていないものの、目配せによる合図の送り合いが繰り広げられている。
やがて、お互いがお互いにうなずき合うような動作があり、ふたたび全員が僕へと目を向けた。
今度は決意と信念の情を含んだ顔つきで。
「これから緊急職員会議を開いて、それから生徒へ同意を求めるプリントを配布する」
ルック先生がたくましい腕を胸の前で組む。他の人も意気込むかのようにして腕を天に向けて突き上げた。
それは、少なくともこの場にいる全員が納得したということだろう。
よし、このままの調子なら……作戦決行だ!
◆◆◆◆◆◆
「はいは~い、そこまでそこまで」
「どうどう落ち着くのじゃ、な」
午後ののどかな雰囲気漂う中庭で、僕らは生徒の間に立って両手を前に出している。
背後には男女―――おそらくカップルだろう―――が震えながら互いを抱き合っている。
そして両手を突き出した先には、いきり立つ男子生徒が二名。どちらも学園生活には似つかわしくない物騒な代物を携えている。
『また貴様らかっ!』
『毎度毎度、我らの邪魔をするなと何度言えばいいのだ!!』
彼らの胸元には黒い獅子を象ったエンブレムが縫い付けられている。もう見慣れてしまった風紀委員の紋章だ。
「僕らはただ生徒間の問題を教師という立場から穏便に解決しているにすぎないんだけど……」
作戦を決行して早一週間、すべての問題を僕らは話し合いで解決してきた。
そう言うと、青年二人は怒髪天とばかりに怒りの表情をあらわにした。
『あれのどこが穏便だというのだ!』
『いざというときは実力行使もいとわないじゃないか!!』
ふむ、これはまたとんだ言いがかりもあったものだ。
僕がやっているのはあくまで『正当防衛』だ。こちらからは決して手を出したりはしない。
それにムラマサは使わずに、すべて素手で受け流しているので、悪くても軽い体罰程度だろう。
「そんなことはまぁどうでもいいとして……それで今回のこれは何さ?」
面倒になったので、とっとと話を進める。下手に受けあっていては日が暮れてしまう。
『そんなことだと!?』
『っち、まぁいい。特別に話してやろう、〝異世界からの侵入者〟』
……このあだ名も、この一週間で何度言われたことか。侮蔑と嘲笑が込められているのは言うまでもない。
ムラマサが鬼神のごとき形相で斬りかかろうとするのを片手で制しながら、僕は話を聞いた。
~少年聞き取り中~
話を聞いて、僕はため息をついた。
理由はもちろん、くだらないから。
風紀委員の二人いわく、僕の後ろにいる男女は学園内で怪しげなやり取りをしているというのだ。
例えば、いつも昼食を一緒に取ったり、手を繋いで寮に帰ったり、などだ。
どこからどう見ても、ただのカップルのやりとりでしかないのは言うまでもない。
というのに、この二人はそれを怪しげなやり取りの現場だと言う。
勘違いも甚だしいとは、まさにこういうことを言うんだね。リア充に対するやっかみにも見えて余計ため息が出てくるよ。
「とりあえず、君たちはもう帰っていいよ」
後ろ手に庇っていた二人にそう告げると、二人は何度も頭を下げながら後方へと走り去っていった。
女子の手をしっかりと握って走っているあたり、男子のほうは結構な紳士なのかもしれない。
『貴様っ!何をしているんだ!』
「え、いやだって、あのふたりにはもう関係ない話だし」
『今の話からどうしてそんな結論がでるんだ!?』
信じられないという表情で、僕の顔をまじまじと見られても困る。
まったく、どうしてみんな僕のことをバカ扱いするんだ。僕がいつどこでどんな行動をしたっていうんだよ!!
『……ちっ、仕方がない。今日は引き上げる』
『……いいのか?』
『このまま取り合っていても仕方がない』
何かを話し合った二人は、僕らに背を向けて大股で歩き去っていった。
どうやら今回は〝話し合い〟をすることなく済んだみたいだ。
たまに武器を構えて襲い掛かってくる人もいたけど、今回みたいなケースのほうが稀かもしれない。
「それにしても主、今回の作戦は少々危険が気もするのじゃが……」
歩き去る二人が見えなくなったあたりで、ようやく怒りを納めてくれたムラマサが、僕の顔を覗き込みながらそんなことをぼやいてきた。
その顔には、不安と怒り、悲しみの表情が浮かび上がっているように見えた。
……今回の『完全な現状維持』などという謎の作戦は、ぶっちゃけると自己犠牲の作戦だったりする。
具体的に言うと、全校生徒と教師の人たちの誰かに風紀委員が干渉しようとした瞬間、特殊な通信魔法〝リクール〟によって僕にその情報が伝わる。
情報が伝わった瞬間、僕とムラマサは現場に急行して風紀委員と被害者の仲裁を行う。
そして風紀委員からの〝恨み〟をあえて被り、風紀委員全体の矛先をすべて僕に向けさせる。
そして向こうが下手な行動に出ようとした瞬間を一気につく。
一見、無謀で考えなしの作戦に見えなくもないけど、今回はこの作戦が一番だと僕は踏んでいる。
とある偉人は、『暴力に訴えず相手にまったく従わない』という行動を実行したという。
今回はそれに倣って、相手の行動をすべて潰して直接は叩かない、完全なる『守り』の手に出たのだ。
まぁ必然的に僕に危険が飛んでくるんだけど、そのあたりは仕方がない。
「画期的な方法ではあるのじゃがの……わしは主が心配でしょうがないのじゃ……」
僕のお腹あたりに擦り寄るムラマサを、僕は優しく撫でる。
ふへへ、と子供のような空気の抜ける笑い声が服越しに伝わってくる。
「ありがとうムラマサ。でも大丈夫、みんなが協力してくれるかぎり、この作戦は絶対に成功させてみせる」
そう、安全な学園生活を『子供たち』に送ってもらうためにも、この作戦は成功させるしかない。
午後の穏やかな空気が喉をかすめていき、それが妙にくすぐったく感じた。
急いで書いたので若干荒くなってしまったかもしれません……
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