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8、殴り飛ばしました

『ま……参った……』


見上げる男性が両手を挙げて降伏のサインを出す。と、同時に僕も彼の首元に当てていた木刀を離す。


時刻は10時、二時間目の授業の最中だ。


数学の授業がとどこおりなく済んだ僕は、先ほどとは別のクラスで〝武術〟の授業を担当していた。


と言っても、今回は先ほどの数学とは違い、何人かの先生と合同で授業を行っている。先生が多い分、クラスの数も3つくらいが合同だ。


そして現在、〝模範教師〟として他の先生と模擬戦もぎせんを繰り広げていたところなのだけど……


『まさか……武術教師全員をたった一人で倒してしまうとは……』


『どうやらわたしたちもまだまだみたいですね』


結果はまぁ、こんな感じになってしまった。


5人の先生は皆降伏してしまい、2人が流れ弾にあって自爆して伸びてしまったのだ。


……正直言うと、後半から体が勝手に動いてしまって、あまり勝った感じがしないんだよね……


「いやぁカイト君、いい勝負をありがとう」


「ええ、おかげで良い課題を見つけることができました」


「え、いやそんな……」


この人は……たしか男女ペア最強って言われていた二人だったっけ。


確か名前は、男の人がルックさんで、女性のほうがマースさんだったかな。


この2人の攻防は、ただでさえ強かった7教師陣の中でも特にきつかったな。ルックさんの力強い大剣無双と、マースさんの魔法支援がなんとも。


攻防がバッチリで、結局最後に降伏したのはルックさんで、その前がマースさんだった。


「本当にお二人のコンビネーションは素晴らしかったです。僕も、もっと精進しないといけないなって改めて思わされました」


「はっはっは、勇者の君にそんな風に言われるとなんだか照れるなぁ」


「うふふ、ありがたく受け取っておきましょアナタ?」


「そうだな、マース……」


……なんだろう、二人の間から発生しているこの桃色の空間は……


『センセー、そこのバカップル先生は放っておいたほうがいいですよー』


『それよりも、早速指導のほう、お願いしてもいいですか?』


いつの間にか生徒の修練も始まっていたらしく、あちこちでペアでの打ち合いを始めていた。


そのうちの何組かはこちらを手招きしているのが遠目に見える。


後ろから桃色の謎空間が他の空間の侵食を始めている……ように見えてきたので、その場から逃げるのも兼ねて僕は手招きする生徒のほうへと駆け出した。


……本当にあの空間はいったいなんなのだろうか。


う~ん……気にしてはいけないのだろうか?









◆◆◆◆◆◆









……なぜだ……なぜあいつがここにいる……


俺は自分の目を疑った。何度もこすった眼球がれて痛みを感じる。


ふと立ち寄った武道場、今の時間は中等部の連中が武術訓練をしているはずだった。


いや、実際に武術棟の一階にあるここで、武術訓練は行われていた。


問題は、そこにいるはずのない人間が平気な面で居座っていることだ。


ヘラヘラしながら他の生徒のところを行ったり来たり……見ているだけでムシャクシャしてくる。


隣にいるリンも俺と似たような感情を抱いたみたいで、苦虫を潰したような顔つきで武道場の内部を憎々しげに睨みつけているのが、チラリと流した視線に映った。


俺は腰に差してあるロングソードの柄を無意識に握り締める。その様子を知ってか知らずか、リンも背中に背負ったナギナタに手を掛けた。


「あの男、昨日に続き今日まで堂々と侵入してくるとは……」


「そうだな。おまけに学園の人間に催眠術をしてまで入り込むとは、少々おいたが過ぎるようだ」


おいたが過ぎる、か。


「だったら、俺たちが『教育的指導』を施してやるべきだ」


もう躊躇う必要はない。


全力で狩ってやる……










◆◆◆◆◆






でやぁ、という元気な掛け声とともに僕の構える木刀に初々しい一撃が入る。避けずにそれを木刀で受けると、カンッと乾いた音が響いた。


「そうそう、その調子。武器を構えるときはできるだけ肩の力を抜く、そして相手の動きをよく見る。これが上達する基本中の基本だから、忘れないようにね」


『はい、ありがとうございました!』


緑髪の少年とこげ茶の髪の少女が木槍を両手で握り締めながら勢いよくお辞儀をしてくれた。勢い余って二人とも持っていた木槍に頭をぶったのはご愛嬌だろうか。


個人個人に指導をしながら回ること早20分が経過。教えた子はこの子たちでちょうど6ペア目、つまり12人目となった。


みんな物覚えがものすごくよく、二言三言アドバイスをしただけでグングン上達していった。自分の成長に笑顔を浮かべる少年少女たちを見ていると、こちらまでうれしくなってきてしまう。


『先生っ!次はこっちお願いしまーす!』


『あ、ずるいぞ!俺らのほうが先だぞ!』


「ほら喧嘩しないで。ちゃんと全員のところに回るから」


生徒にいろいろと教えていくうちにみんなも打ち解けてくれたみたいで、最初のころにあった警戒心はだいぶほぐされたみたいだ。


これぐらいの年頃の男女って、なにかと気難しいから大変かなって思っていたんだけど、杞憂きゆうに終わったみたいでよかったよ。


「さて、と。次はどこに回るべきかな…………っ!?」


殺気!?


とっさに身をひるがえす。それと同時に、僕の服の端を何かがものすごい勢いで飛びすぎていき、壁に突き刺さった。


着地して、壁に刺さったものを目視で確認する。


ナイフ……というには少々刃渡りがありすぎる剣が深々と壁に埋まっていた。


生徒たちのほうはいきなりの出来事に目を丸くし、教師のほうはすぐさま臨戦態勢に移り変わっていた。


あるじ!」


「わかってる!」


光り輝きながら走り寄ってくるムラマサに向けて、右手を突き出す。光の粒子となったムラマサが、僕の手の中で『刀』として顕現けんげんしたのを確認し、殺気の飛んでくるほうへと視線を送る。


「あの二人は……」


視線の先にいたのは一組の男女。どちらにも見覚えがある。


剣に薙刀なぎなた、敵意むき出しな双眸そうぼう……間違いなく、昨日の夕方に僕を不審者と勘違いした二人だろう。


唯一違う点と言ったら、その手に握られているのが、どちらも木製ではなく真剣であるということくらいだろうか。


おそらく、さっきの超大型ナイフを飛ばしてきたのもこの二人のどちらかだろう。


『あ……あれは……!』


『嘘っ!?なんでここに……』


僕と同じ方角を見た生徒たちの顔から、見る見る生気が失われていく。顔が真っ青になり、頭を抱えて震えだす者まで出ている。


「ルック先生、マース先生!彼らはいったい何者ですか?見た感じだと、この学園の生徒みたいですけど…」


桃色空間の発生源であった二人も、今は武器を構えて完全に臨戦態勢に入っていた。顔からして知っている人間みたいだけど……


すると鉄手甲てつてっこうめた両腕を前に突き出しながら、ルックさんが僕の問いに答えてきた。


「カイト君は知らなくても無理はないだろう。彼らは別名〝ケルベロス〟と呼ばれているこの学園の風紀委員長と副委員長だ」


「風紀委員?」


風紀委員というと、生徒の身だしなみや生活態度を取り締まる、いわば学校の治安維持隊のようなものだっていうイメージがあるけど……


僕の目に入ってきている二人は、その域を完全に超えている気がする。


「カイト君の世界での風紀委員がどんな存在なのかはわからないけれど、ここでいう風紀委員は学園を〝守る存在〟なの。それこそ魔物の脅威だけでなく、犯罪者や問題を起こした生徒を容赦なく叩きのめすような……そういう集団なの」


今度は魔導杖まどうじょうを構えるマースさんが、僕の心を読んだかのような言葉を紡いできた。


それにしても、叩きのめすだなんて……ずいぶんと物騒な集団が学園にいるもんだね。


「……あれ?風紀委員会って、学園が決めているものですよね。なんで先生たちがそこまで警戒しているんですか?」


いくら強力な風紀委員とはいえ、先生たちの行動は明らかに常軌を逸している。まるで敵国の兵士を見つけた、とでも言っているかのような剣呑けんのんな雰囲気を漂わせている。


「それは――――」


ルックさんが何かを言おうと口を開く。


その刹那、ルックさんの右肩から赤黒い血がふき出した。


「なっ!?」


「アナタ!!」


「ぐっ……大丈夫だ!ただのかすり傷だ……」


笑顔でルックはそう言ってくるが、その顔には苦痛の色が滲み出ていた。


左手で傷口を押さえているものの、指の隙間からはコンコンと血が溢れ出してきている。


生徒のほうからは悲鳴の声が上がり、教師陣はさらに警戒を強めたかのように体を強張らせた。


ルック先生の後ろには、やはり先ほどのと同じような大型ナイフが刺さっていた。


「先生たちに用はありません。これは、俺たちの『正義』のための行動です」


扉のほうから、長剣をたずさえた青年が僕らのほうへと歩みを進めてきている。


左手には大型ナイフ……どうやらルックさんを攻撃したのはこの青年みたいだ。


その後ろから、薙刀を構える少女がゆっくりと、しかしまったく隙を見せずに近づいてきている。


正確に言うと、二人とも僕のほうへと。


……なんだか面倒事の予感がする……


青年は、数メートル離れた場所に立ち、僕のほうへと長剣の切っ先を向けてきた。


「俺たちが用があるのは……貴様だ!この不法侵入者め!!」


不名誉な言葉とともに。


え?今日の集会で誤解は解けたんじゃないの!?何で僕はまだ不審者扱いのままなのさ!?


「そなたがどんな手を使って学園の連中をそそのかしたのかは知らないが、大方、催眠魔法でも使ったのだろう。それでたとえ学園の大多数を掌握したとしても、私たちまで手中に収められると思うなよ?」


今度は少女のほうが敵意全開で、わけのわからない言いがかりをしてきた。


冗談じゃない!どうして僕がそんなことをしなくちゃいけないんだ!


「ぐっ……リン!レオ!バカなことを言うんじゃない!!」


背後からルックさんの野太い声が轟いてきた。チラリと後ろを見ると、マースさんに止められながらも上体を起こして叫ぶルックさんが見えた。


「先生、あなたには関係ないと言ったじゃないですか。部外者は引っ込んでいてください」


カチンときた。


この他人を見下すかのような、自己中心的な態度……僕が嫌いな性格のひとつだ。


しかし、ここで怒ってしまってはだめだ。師匠の言葉を思い出すんだ……怒りは力に、心は冷たく静かに……


「大体あなたは俺の一撃でとうに沈んでいるんですよ。敗者は敗者らしく黙って見ていてください」


怒りは力に……


「レオの言うとおりだ。そなたら教師なぞ、所詮はただの人間。『正者(せいじゃ』である我らに楯突く事自体、間違っているのだ」


心は……冷たく静かに……


「そういうわけです。いいからあなたたち凡俗ぼんぞくはそこで―――」








「ひゃっほい!!!!」


「ぐはっ!?」


もうだめだ、我慢の限界っぽいよ。


とりあえず素手でレオとか呼ばれてた青年を盛大にぶっ飛ばす。レオは床をバウンドし、壁に激突した。


ぶつかった直後、かはっと空気の抜けるような音が聞こえたので、たぶん気絶したのだろう。


「き、貴様ぁ!!」


「おっと、おぬしの相手はわしじゃぞ?」


「なっ――――くうっ……」


リンと呼ばれた少女のほうも、擬人化したムラマサによって一瞬で昏倒させられた。


……ムラマサってものすごい業物なんだけど、人の状態でもかなり強いんだね。動きが速すぎて、一部残像が見えたんだけど。


「カ……カイト君……」


「ルック先生、すみません……ちょっと頭にきてしまって……」


「いや……いやいいんだ……」


ルック先生の声はなんだかくぐもってしまってよく聞き取れなかったけど、とりあえずはこの地獄の番犬らしい二人組みを縛り上げるとしますか。


また暴れられて他の生徒や先生が傷ついても困るし、あとでいろいろと事情も聴いてみたいし。


「ぐっ……と、これくらいでいいかな」


痛くなりすぎない程度の強さで、とりあえず武道場の柱に二人とも縛り付けた。


う~ん、まるでいたずらがばれてお仕置きされた子供みたいだ。確か昔はよくこんな風にされたって、どっかの小説で読んだっけ。


「って、そんなことよりルック先生!」


さっきの一撃で掠っただけとはいえ、結構な出血だったから早く止血しないとまずいことに!


「……大丈夫だカイト君、心配は無用だ」


勢いよく立ち上がった僕の肩を、大きな手が掴む。


振り返ると、肩に包帯を巻いたルック先生がしっかりとした足取りで立っていた。心なしか、その表情も少しだけ穏やかになっているように見える。


「とりあえず簡単な止血は済ませたから、しばらくの間は問題ないと思うのだけど……」


その後ろから、少々疲れた様子のマースさんと他の教師たちが歩いてきた。


よく見ると、他の生徒も怯えつつではあるもののこちらに近づいてきている。


その表情には恐怖と一緒に、どこか諦めたかのような冷めた表情も混ざっている気がした。


「……先生、生徒のみんなも、今回のことを踏まえて事情を知っているなら教えてくれませんか」


なんだか、ここで聞いておかなければならない……そんな気がして僕はしょうがなかった。


なんだかこの学園には、面倒なことが眠っているような……そんな気がするのだ。


先生たちは互いに顔を見合わせて頷き合い、僕や生徒に円陣状に座るよう指示を出した。


「カイト君、この話は学園外では他言無用でいてほしいのだが、構わないかい?」


「はい、よろしくお願いします」


そう返事をすると、それではと言いながらルック先生が風紀委員……そして今回の事件について語りだした。


ちょっと出血沙汰になりましたが、ご安心ください。あくまでこれはコメディーです。刃傷沙汰などによる不幸な事故は決して起こさせないので大丈夫です。


感想・評価、東方のマミゾウさんに挑みつつ待ってます。

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