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7、教師になりました

「―――というわけで、改めて自己紹介をさせてもらいます。異世界から召喚されたカイト・アライです」


黒板に大きめの字で名前を書き、軽く頭を下げる。


あぁ、教壇に立つのなんて初めてだからけっこう緊張するよ。


顔を上げて生徒の顔色をうかがうと、それぞれが各々の反応を示していた。興味津々な目つきで見てくる生徒、若干緊張気味に背筋を伸ばしている生徒、あまり興味がなさそうな生徒……


反応はそれぞれだけど、その視線はすべて僕の胸あたりに注がれているのだけは、はっきりとわかる。


やばい、さっきのステージほどじゃないけど、かなりつらい……


「教科はもう知っているかもしれませんが、武術・算術・語学と文化を担当します。教師を務めるのは初めてですが、できるだけわかりやすくやっていけるといいなと思っています。それでは半年間、よろしくお願いします」


簡単な自己紹介を済ませ、ふたたび頭を下げる。今度はさっきより若干深めに、だ。


頭を下げると同時に、あたりからパチパチとまばらな拍手が響いてきた。


どうやら自己紹介は普通にできたみたいだ。けど―――――


『カイト先生、ありがとうございました。それではこれから、しばらく質問の時間を取ります。各自、異文化交流を深める一環として積極的に取り組んでください』


……やっぱりあるみたいだね。


学級委員長らしき女の子から発せられたその一言が、僕の心を一気に冷ましていった。


僕がもっともやりたくないものでもある、この『質問会』という名の尋問。学校に新しく入ってきた者の運命といっても過言じゃないだろう。


僕は転校とかの経験がないので、奇跡的にもこの拷問に巻き込まれたことはない。


けど、その被害者は嫌というほど見てきている。みんな、ものすごく疲れた顔をして対応していたのをよく憶えているよ。


まさか高校生になって『教師』という立場でその拷問の被害に遭うとは思ってもいなかったけど……


瞑っていた目を薄らと開ける。


目の前に広がる食虫植物よろしく、わさわさと伸びる生徒の挙手が僕の現実を表していた。


『それでは……ハストルさん、質問をどうぞ』


委員長の指名を受けて、一人の女生徒が立ち上がった。


いったいどんな質問が飛び出すんだ?


こういうときに恒例的に聞かれる『彼女はいるんですか』とかだったら全力で否定させてもらおうじゃないか!


『はい。カイト先生は異世界から来たと言いますが、その世界は具体的にどのような場所なのですか?』


よかった、まともな質問だ。こういう質問ならいくらでも答えられそうだ。


「んんっ。僕のいた世界にはまず魔法が存在しません。魔法は御伽噺おとぎばなし……空想上の産物だとされています」


生徒のどよめきが教室一帯に広がる。やはり魔法がないということが考えられないようだ。


僕のほうからしたら、魔法のある世界のほうがよっぽど驚きなんだけどね。


『そ、それでは先生の世界では文明がほとんど発達していないということですか?』


「いや、僕の世界では魔法がないかわりに科学がものすごく発達しているんだ。例をあげるとすれば、人を乗せて空を飛ぶ鉄のかたまりとか、遠くの出来事を映し出す箱とか、かな?」


飛行機にテレビ、なんて言ったら意味がわからないだろうから、簡単なイメージをぶつけてみた。


『魔法も存在していないのに、ですか!?』


信じられないというような反応があちこちから見て取れる。


これは、思っていた以上におもしろいかもしれない。楽しくって、つい口調もいつもの調子に戻っちゃったよ。


『こ、今度は俺のほうから質問いいっすか!?』


男子生徒が勢いよく立ち上がって僕のほうに叫んできた。


教室内にもはや先ほどまでの静けさま微塵もなく、あちこちで声をあげたり話し合ったりでかなり騒がしくなっている。


先ほどまで淡々と役をこなしていた委員長も、目を輝かせながら僕の話に魅入ってしまっていて、まわりのことなど知らんというような感じだ。


……仕事しようよ。


立ち上がった男子生徒はまわりからいろいろと注文を受けつつ、僕への質問を考えているみたいだ。口の端から『えっと…えっと…』と悩んでいますとでも言いたげなうめきが漏れ出している。


そして急に顔を明るくして、握り拳を軽く平手に打ちつけた。


もしここが漫画やアニメの世界なら、彼の頭上にはきっと輝く電球が浮かんでいることだろう。


『先生は武術を教えてくれるそうですが、どんな得物でどれくらいの強さなんですか?』


なるほど、これもいい質問だ。この学園では武術を教える機会が毎日のようにあるらしいから、ちょうどいいかもしれない。


しかし……得物に関しては説明できるけど、強さはどうやって伝えればいいんだろうか……


う~ん……悩ましいところだね。


「それについては、わしが教えて進ぜよう!」


『うわっ!?』


急に現れた少女に、男子生徒は尻餅をつく勢いで驚き、僕は呆れた。


腰がものすごく軽く感じることに、僕は額に手を当ててため息をついた。


「む、自己紹介が遅れたの。わしの名はムラマサ。カイトの得物である刀であり、伝説の妖刀でもある」


そんな斬新な自己紹介、生まれて初めて聞いたよ!?


事実ではあるけど、そんな突拍子もない自己紹介じゃあ……


『ぶ、武器ぃ?』


『嘘でしょ!?ありえないわよそんなの!』


うん、案の定の反応だね。


分かりきっていたことだよ、うん。誰だってそんなこと言われれば、そういう反応をするものだよ。


だからムラマサ、涙目で僕の裾を掴む状況になったのは自業自得だよ?


「うぅ……まぁ後で嫌でも信じることになるじゃろうからよいわ」


ふん、と鼻を鳴らして胸を張るムラマサ。


目元が赤いので、威厳がこれっぽっちもないのはご愛嬌だろうか。あたりから『かわいい~♪』という声が飛び交っているよ。


「カイトの得物はさっき言ったように刀じゃ。強さはそうじゃのぅ……『くらすたーれっくす』なる龍を一人で楽々倒すくらいの実力はあるの」


『……え?』


ムラマサの言葉に、さっきまであんなに騒がしかった教室は一気に凍りついた。


ついでに僕の肝も一気に冷え切った。もうシャーベットが作れるレベルだよ。


「な、なんじゃ?みなどうしたというのじゃ」


いきなりのことにおろおろし始めるムラマサの頭に、ポンッと手を置く。


「ムラマサ……クラスターレックスは、この世界だと伝説級の強さを誇っているんだよ?」


「それくらいわしでも知っておる。何せ、奴の生き血を吸ったおかげで、わしはこうして人間の姿になれたのじゃからな」


「うん。そんなムラマサでも知っているくらい強い魔物を倒した人間が僕だと知った生徒のみんなは、僕のことをどう思う?」


「そうじゃのぅ……最強とうたわれていた龍をことごとく倒した人間に、凡人が抱く感情と言うたら……尊敬か恐怖……あ……」


ようやく状況の悪さを理解したムラマサは顔色を真っ青にして、がくがくと痙攣けいれんを起こし始めた。その額には薄らと汗もにじみ出ている。


僕が強さの説明に悩んでいた理由は、まさにこれが心配だったからだったりする。


一見、この世界で強さを表すと言ったら、『どれくらいの魔物を倒せるか』というのが基準になってくる

と考えられるだろう。


実際、それは評価としてちゃんと通る話ではある。


しかし、僕の場合はわけが違う。


僕の強さを最大限に表現できると言ったら、やはりこの世界に来たばかりのときに倒した、クラスターレックスが妥当ではある。


けどそのクラスターレックスというのは、ギルドの高ランカーたち数十人が数日掛けて倒す、ゲームで言うレイドボスのような存在なのだ。


そんな強大な存在を、たった一人で、しかもあっさりと倒してしまったとなれば人々は、英雄として崇めるか、鬼として忌み嫌うだろう。あるいは両方ということもあり得る。


実際、神話や実話でも力で英雄と呼ばれた人間は、孤独の一途を辿るというパターンはよくある。


英雄なら神と崇められて誰も近寄らず、鬼神と謳われれば忌み嫌われてやはり誰も近づこうとはしない。


それが怖かった僕はずっと、ギルドや一部の関係者以外にはクラスターレックスの件を隠してきた。


そして今回も隠し通す……そういうつもりだった。


『先生……今の話は、本当なんですか…?』


誰ともわからない弱々しい質問が、焦る僕の耳にかろうじて届く。


「……うん、事実だよ」


必死に誤魔化そうとする僕の思考とは裏腹に、口は短くそう答えた。


――――今さら誤魔化しが効くわけがない。


本能がそう告げている、そんな気がした。


机に座る生徒の肩は、皆小刻みに震えている。僕を『化け物』と認識して畏怖いふの感情を抱いてしまったのだろうか……


ああ…ああ…こんな光景は見たくなかった……


ごめんエル、僕は初日からとんでもないことをしでかしてしまったようだ。こうなってしまったら、この学園をさっさと去らないと――――


『す……すっげーっ!!!!』


『かっこいい……』


……あれ?


『あの巨大モンスターをたった一人で……フッ、興味深いな…』


『いったいどうやって倒したんや!?気になるのぉー!』


『戦術はどういうふうにしたのかな?奇襲?それとも王道のヒット&アウェイかな?」


……これは……もしや……?


『なぁ先生!その話、もっと詳しく聞かせてくれよ!!』


『先生の〝武勇伝〟、わたしとっても興味があります!』


「わっわっ、ちょっとみんな!?」


席から立ち上がり、僕のまわりに群がり始めた生徒たち。その目は畏怖でも恐怖でもなく、純粋な好奇心で光り輝いていた。


ははっ、なんだ……今回も僕の早とちりだったなんて。


とんだ笑い話もあったもの……だね……


『あれ、先生どうしたの?』


『泣いてる、のか?」


「ぐすっ…いや、なんだかこれからの生活が楽しみになってきちゃってね。楽しみすぎて少し涙が出てきたんだ」


『え~っ、先生可愛い~』


「こら、からかわないでよ」


あははは、と温かみのある笑いが教室を満たしていく。


ああ…父さん、母さん。


僕、まだ高校生だけど、楽しい教師生活が始まるみたいだよ?









「うんうん、よかったのぅあるじ。これも一重にわしの親切心のおかげじゃの!」


「……少しは反省してよね?」


「は~い、なのじゃ」









◆◆◆◆◆◆







「それじゃあこの問題、解ける人はいるかな?」


しばらくクラスメイトとの団欒を楽しんだ僕は、当初の目的であった授業のほうを進めることにした。


ちなみに今の授業は算数……もとい数学の授業である。


黒板には先ほどの自己紹介ほどではないけど、結構な大きさで『21×10』と書かれている。小学校低学年が解くレベルの問題である。


こんな問題を中学生くらいの生徒に出せば、バカにしているとしか思われないだろう。僕も、確認とはいえかなり書くのを躊躇ためらった。


しかし――――


『なぁユーリー、あの問題わかるか?』


『……だめだ、さっぱりだ…』


『仕方ないわ。あんな高度な計算式、まだわたしたちは習っていないもの……』


『……レベルの違いを感じる…』


「えっと……」


どうやら四則計算もままならないという話は本当だったみたいだ。


「今日までにみんながやってきたのはどんな内容なの?」


『あ、これを見てもらえればわかるかと……』


そう言って一番前の席の子から差し出された教科書を覗き込む。


……これは……想像以上だね……


教科書にはいくつかの問題が記載されていたのだけど、およそ小学一・二年生が習うものがいくつも書かれていた。


掛け算の問題もあったんだけど、まだ一桁台の問題のようだ。


『この数を倍にする計算がとっても難しいんです。解ける子はいるんですけど、それでもかなり時間を使うみたいですし……』


「なるほど……」


一桁の掛け算に非常に時間を掛ける……ということはおそらく〝あの方法〟がこの世界に根付いていないだけだろう。


それだけじゃない、もしかしたら四則計算の基本の形すらままならないのかもしれない。


それだと時間が掛かってしまってもおかしくはない。


「現状は大体わかったよ。なら、とっておきの解決方法があるんだ」


『『『とっておきの方法?』』』


「ああ、この方法ならこれくらいの計算、速い人なら二秒も使わないで解けるようになるだろうね」


正直こんな簡単な方法を中学生くらいの子に、堂々と教えるのもなんだか気が引けるんだけど……ここは生徒を小学生くらいに見立てて教えるくらいの気概でいくべきだろう。


『二秒って……魔法も使わずにそんなことが向こうの世界ではできるのですか?』


「まぁさすがに機械の速さには敵わないけど、人が計算をするうえでの基本の形にはなるかな?」


実際、このあたりの計算式って、中学や高校でもなんだかんだでしょっちゅう使うからね。


それじゃあ、さっさとはじめるとしますか。


「それではまずは計算の基本の〝筆算〟と掛け算の基本である〝九九〟について――――」


僕の教師生活初日は、こうして幕を開けた。


これからの半年間、かなり楽しみかもしれない……






いよいよ教師生活がはじまりました!これからどんな展開になるのか、作者も楽しみです。



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