6、紹介されました
「それでは改めて……今日からよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
窓から差し込む朝日に照らされながら、エルは妙にきれいな微笑を湛えていた。
昨日の美琴の注意もあって、前もって言われていた時刻より少し余裕を持って学校に登校した。
結構早い時刻ではあったのだけど、多くの先生や一部の生徒はすでに学校でそれぞれの行動を開始していたので、むしろ少し遅いくらいだったかもしれない。
案の定、学園長であるエルはとっくに自室で書類作業に入っていた。
一応ノックしてから入ったのだけれど、机の上の書類をとんでもない速さで処理している姿を見たときは、邪魔をしてしまったと思ってついつい部屋から出てしまったほどだ。
そんな僕の姿を視界に収めていたらしいエルは、入ってきても問題ないとよく通る声で伝えてきた。
で、ある程度区切りがついたらしいエルは、僕の正面に立って丁寧な挨拶をしてくれて……今に至るのである。
「ところで、僕のことって生徒に伝えてあるんですか?」
挨拶も済んだところで、僕は開口一番、昨日から抱いていた疑問をエルに聞いてみることにした。
僕はてっきり、学園全体に臨時教師のことが伝わっているものだと思い、昨日は学園のあちこちを回り歩いていた。
ちゃんと事情が伝わっているのなら問題はないのだけど……もし何も話が通っていなかった場合、昨日の僕の行動は完全に不審者のソレになってしまう。
でももし伝わっていたのなら、あのとき生徒に囲まれたことの説明がつかないし。
「あ……」
僕の質問に対して、エルは顔から血の気を引かせてしまった。
どうやら昨日の僕は『臨時教師の見学』ではなく『不審者の不審者らしい不審者の行動』だったみたいだ。
一応生徒の上に立つものとして、これはかなりまずいことの気がする……というかまずい、まずすぎる。
「け、今朝は学園長講話がありますから、そこでご紹介させていただきます。サプライズ……そう、サプライズですよ!これは教師の皆さんも巻き込んだサプライズイベントなんですよ!!」
いや、そんな『どうだ!』とでも言いたげな顔されても。
というか教師陣にまで伝わってなかったの!?それじゃあ今日からの授業日程とかどうすればいいのさ!?
……大丈夫かな…僕の教師生活…
◆◆◆◆◆◆
『それでは学園長、よろしくお願いします』
初老の男性の若干しわがれた声がホール内に響き渡る。
それに応じるようにして、エルが壇上へと上がっていくのがステージ脇のここからでもばっちり見えた。
「……はぁ、やっぱり緊張するなぁ…」
垂れ幕の裾をぎゅっと握り締めながら、僕は誰と無しにそうつぶやく。
頭には今朝、エルから聞かされた言葉が響き渡る。
≪学園長講話の際に、全校のみなさんにカイト様のことをご紹介させていただきます。ですのでカイト様には私の合図でステージに上がってほしいのです≫
よく僕らのいた学校でも新任教師とかの紹介はあったけど、ああいうのって入学式の日に大勢の人とまとめて行われるんだよね。
途中から来た人も、放送室からの生中継を全クラスのスクリーンに映し出すくらいだし。
それをこんな大勢の前で、たった一人で紹介されるだなんて……さすがに緊張してくるよ。
そっとカーテンの隙間からホール全体を見渡す。僕のいた高校が大体500人くらいだったから……見た感じからして2000人は少なくともいるね。
……どうしよう、急に全力エスケープしたい衝動に駆られてきたんだけど!?
『―――それでは本日の私からの話は以上です。続けて、わたしたちのところに新しい教師の方が来てくださったので、僭越ながら私がご紹介致します』
エルのそんな言葉に、生徒や教師がざわつき始める。生徒は隣同士で話し合い、教師は目を見開いてあたりの先生を集めて情報交換をしているようだ。
どうやら教師のほうも本当に知らなかったみたいだね。おかげで余計に出にくくなってきちゃったよ。
先ほどまで司会を務めていた男の人がエルに駆け寄って、何かを耳元で囁いているのが見える。大方、臨時教師の話に対する文句でも言っているのだろうけど、エルはそれを意にも返さずに真っ直ぐ前を見たままだ。
あ、男の人ちょっと涙目になってるよ。少しくらい応対してあげてもいいんじゃないのかなぁ…
『それではご紹介致します。戦士ギルド・ガルド支部に所属するZランカーにして、異世界の勇者。その功績は数知れず……時には大勢の方の命を陰ながら救ってきた英雄……そしてこの度、当学園で臨時の教師として就任してくださった、カイト・アライ様です!』
なんて恥ずかしい自己紹介なんだ!前半部分は事実だけど、後半って完全に話盛ってるよね!?
やめてエル!そんな早く出てきてくださいっていう目でこっちを見ないで!
ああ、つられて他の人もみんなこっちに視線を送ってきちゃってるじゃないか!
……ええい、こうなったら当たって砕けろだ!
頭の中で南無三と唱えまくりながら、できるだけ自然な足取りでエルのもとまで歩いていく。
僕の動きに合わせるようにして、学園全体の視線も動くのが横目に見える。こういうときの緊張感って、やっぱり半端じゃない……うっ、吐きそう…
ものすごく長い距離を歩いたような錯覚に襲われながらも、なんとかエルのもとまで辿り着いた。
満面の笑みを浮かべるエルの手には、何とも言えない謎の機械が握られていた。
その笑顔のままそれを差し出されたので、ボクは反射的にそれを受け取ってしまった。
……何だろう、これ。
手に取ったはいいけど、ホントによくわからない。なんかイルカの人形の背中に、スピーカーらしきものがくっついていて……
ああもう、こんなことならもっとしっかりとエルの姿を見ておくべきだった!まったく用途がわからないよ!
「(背中のマイクに声を発すればいいんですよ)」
隣に立つイリアが唇も動かさず正面を向いたまま、僕にそう伝えてきた。
どんな技かものすごく気になるけど、正直助かった。
というかこれマイクなの!?奇抜なイルカ人形にしか見えないんだけど!
言われたとおり、僕はスピーカーだと思っていたマイク面を自分に向ける。
挨拶の内容は……なんとかその場で考え付いたことを言うしかない!
『初めましてみなさん、先ほどご紹介に預かりました海斗です。えっと…この世界に来てまだあまり日が立っていないので、至らないところも多々ありますが、どうか皆さんよろしくお願いします』
う~ん…なんかパッとしないけど、細かい自己紹介とかはクラス毎でやればいいだろうから大丈夫だろう。
『おい、あの新任教師…昨日学園内をうろついてた…』
『ああ、不審者じゃなかったんだな』
『美少女?美少年?いったいどっちなんだ?』
『というかZランカーってマジか!?』
『異世界出身というのも気になりますね』
なんか生徒がものすごくざわついてるのが目立つけど、何かまずいことでもあったのだろうか。
などと小さな疑問符を浮かべつつ、僕はエルの手にイルカ型マイクをそっと返す。
返す際、イルカの目がこちらを見ていたような気がしたけど、気のせいだと信じたい。
マイクを受け取ったエルは僕に一礼して、ふたたびその透き通るような声を響かせた。
『ありがとうございました。カイト様には武術・算術・語学・文化の授業を主に担当していただきます。みなさんも覚えておいてくださいね』
エルの締め言葉を最後に、こうして僕のドキドキ度が最高値となった学園長講話はおひらきとなった。
ああ…ようやく終わったよ。
◆◆◆◆◆◆
「それじゃあさっそく参りましょうか♪」
「いやいやいやいやいや!?待って!お願いだから待って!」
年甲斐もなく叫び倒す僕の姿は、傍からみたらどれだけ滑稽に映って見えるのだろうか。
ここは中等部教室棟の一角、そこで僕はエルに引き摺られる形で強制的に移動を強いられている。
別に引きニートのごとく動きたくないわけじゃないんだけど、僕が騒ぐのには理由があった。
「いきなり授業をするとか、さすがに無理だって!」
そう、学園長講話が終わるや否や、早速授業をするように言われ、連行されているからだ。
いきなりの出来事に思考はパニックに陥り、現状情けなくもこうして必死に反抗している。
廊下に人の気配がないのが唯一の救いだけど、これではいつ誰かに見られてもおかしくはない。
それはさすがに恥ずかしすぎる!ショック死する可能性すらあり得る!
「大丈夫ですよカイト様。カイト様の実力なら私も存じております。それ故の判断ですので、なんの問題もないかと」
「そこに僕の意見は入っていないよね!?」
エルはというと、ご覧のありさまである。
『依頼』として受けたからには、依頼主やそれに関係する人に強く反論するのはあまり好ましくないのだけど、意思より本能のほうが勝手に動いてしまうのだから仕方ない。
「もう、そんなに嫌なのですか?」
「いや……嫌なんじゃくって、少し心の準備をさせてほしいだけなんだよ……」
準備なしに始めるとか、ひのきの棒でラスボス戦やるより無謀だよ。
「あ……ああっ!わたしとしたことが、申し訳ありませんカイト様。配慮が足りませんでした」
何かを僕から感じ取ったのか、慌てた様子でエルは僕の手を離して数歩下がった。
ここまでされるとさすがに罪悪感が拭えないけど、強制スクロールが終わったのには素直に安堵した。
……エルが慌てて僕を連れて行った理由…か。
「いや…まぁそのうん。時間までには教室に入っておくから、あとは大丈夫だよ。教室の場所も把握してるし」
「え!?いやでも、そのぅ」
「ほら、早く行かないとまずいんでしょ?こっちのほうは大丈夫だからさ」
「!?」
反応からして、どうやらビンゴみたいだ。
エルが僕の声を聞かずに急いでいた理由……たぶんだけど、エルの仕事がおしていたからに他ならないのだろう。
すぐに仕事に取り掛からなければならない……けど右も左もわからないであろう僕を放っておくわけにもいかない。
その相反する思いを合わせた結果がこれなんだろう。立ち止まって冷静な思考を取り戻したおかげで、ようやく謎が解けたよ。
「……ありがとうございます!このご恩はまたいつかっ!!」
ぺこりと頭だけを下げ、エルは素早い身のこなしで僕の隣を駆けていく。
僕はその姿を、見えなくなるまで見送る。
「こちらこそありがとう、エル」
口を突いて出た言葉は、僕の本能が勝手に出した感謝の意だった。
まったくどうしてこう、僕のまわりの人たちは自分より他人優先なんだろうか。
嬉しくて、なんだかこそばゆいったらないよ。
「さて、僕のほうも仕事を始めるとしますか」
いつの間にか到着していた担当教室。
僕はひとつ呼吸を整え、その扉に手を掛けた。
◆◆◆◆◆◆
『ほう……お前さん、学校に通うことになるのかい』
「ああ。今だに実感が湧かないったらないよ、ったく」
酒瓶の入った箱を重ねながら、ボクは爺さんにゴチる。
まだ月日があまり経っていないとはいえ、この宿屋での仕事にもだいぶ慣れてきた。今じゃ仕事しながら店長の爺さんと世間話をする程度のことはできる。
学校……そんな単語は、数ヶ月前までのボクらには思いつきすらしなかったであろう代物だ。
スラムでドブネズミも顔負けなくらいの生活をしてきたボクらにとって、金を払ってまで何かを学ぶなんていう考え自体、異常だと感じていた。今でも少しだけそう思っているくらいだ。
そんな自分が、今じゃこうして見習いとはいえ仕事をして、髪とか肌も気持ち悪いくらい清潔にして……おまけに今度は学校に通うだなんて、笑い話かっての。
……まったく、あいつはいったいどこまでお人好しなんだか。
『何ニヤけておるのじゃ新米、やるならもっといい笑顔にしろぃ!』
「うっせーなっ!ニヤけてなんかねぇっての!!」
このジジイは一体何を急に言い出すんだ。
このボクがあいつのことを考えてニヤけてる?冗談じゃない!そんな気色悪いこと、あるはずがない!
『ん、なんだなんだ?』
『ま~たロロ坊が幸せそうにしてんのかい?』
『いいねいいねぇ~、それでこそわっちたちのアイドルさね♪』
いつの間にか飯処にいた常連客に囲まれていた。
って、うわやめろ!頭を撫でるな!持ち上げるな!
『あっはっは、やっぱりロロはあたしたちの可愛いアイドルだね!』
なっ!?
「か…か…可愛いゆうなぁ~!!」
抜け出したくて暴れても、戦士の力は伊達じゃねぇみたいだ。女なのに、ぜんぜん抜け出せやしねぇよ。
はあぁ~……せっかく状況が好転するんだったら、この扱いもどうにかしてほしいもんだよ……
無駄な願いなんだろうけど…
学校のステージって、見る分には問題ないのに、いざ壇上に上がるととんでもなく緊張するのは、僕がチキンだからでしょうか?
感想・評価、焼き鳥を食べつつ待ってます♪
※ついにこの日が来てしまいました。またまた投稿ができなくなってしまいます。
もうテストなんか投げ出したいところなんですが……行きたい学校のためにも、ここは涙を飲んでこうさせていただきます。
つい一週間前に戻ってきたとき、皆さんがまだ見捨てずに見てくださっていたこと、本当に嬉しかったです!いつもありがとうございます!
新たに読んでくださっている皆様、投稿ができない期間が頻繁にある拙作ですが、温かい目で見守っていただけると嬉しいです!
次回の投稿日は2015年10月24日となります。必ず戻ってくるので、よろしくお願いします!!




