5、黄昏ました
「つ…疲れた…」
もうすっかり夕暮れ色に染まった街道を、僕はふらつく足に鞭打ちながら歩き続ける。
ただの見学のはずが、今日は妙な騒動に巻き込まれてしまったせいで精神的疲労が限界値を完全に突破してしまった。学園のあちこちを回ったおかげで、筋肉もだいぶ乳酸を溜め込んでしまっている。
しかしこの世界に車などという便利なものはない。乗り合い馬車くらいはあるけど……ここは人気も少ない街道のど真ん中。そうそう馬車が通ることはない。
さらにさらに、ムラマサが擬人化した状態で眠ってしまい、仕方なく僕が担いで連れて帰ることになってしまったのだ。そこまで重いわけではないけれど、今の僕には疲労を促進させる錘にしかならない。
「少しだけ…あの木陰で休んでいこう…」
いよいよ疲労が臨界点を突破したので、僕は結局近くに佇む一本の大木の下で休むことにした。
姉さんたちのこともあるから、あまり長居はしていられないけれど、このままでは街に着く前に倒れてしまいそうだから。
「ふぅ~、風が気持ちいい~」
木にもたれ掛かるようにして座り込み、オレンジ色に染まった空を見上げる。小型の飛竜が自分の巣へと帰る姿が幻想的に映っている。
「…むにゃ…おや?主、ここはいったい……」
隣に寝かせていたムラマサが眠そうに目を擦りながら僕を見上げてきた。
肌寒くなってきた秋風がいい眠気覚ましになってくれたみたいだ。
「おはようムラマサ。ここは街道沿いの大木の下……ちょっと休憩していたところなんだ」
「そうじゃったか。むうぅ……何か腸が煮えくり返るような事があった気がするのじゃが…なんじゃったかのぅ…」
「う~ん、まぁ憶えてないってことは大したことじゃなかったってことじゃない?」
「それもそうかの」
これは余談になるんだけど、あの状態のムラマサは実はただ寝ぼけているだけだったりする。そのせいか、そのときにやらかしたこととかはきれいさっぱり憶えていない、なんてことはよくある話なんだ。
無自覚であんなことをされたら溜まったものじゃないけど、自覚があったらそれはそれで更なる追い討ちを掛けたりするかもしれないので、どちらにしろいい事はない。
「ところで主、今日はいったい何をしておったのじゃ?」
「え?う~ん…なんと説明すればよいのやら…」
いきなり学校の先生になっただなんて言ったら、いろいろとややこしいことになりそうだし。
かといって嘘を言ったりなんてすれば、あとで絶対にボロが出る。
どうしたものか。
「まぁそれはよいか。わしを今まで抜いていないということは、どこかで畑仕事でも手伝ってきたのじゃろ?それともまた建物の修繕の方かの?」
ほっ。どうやら勝手に解釈してくれたみたいだ。
……今回はなんとかなったけど、子供たちが学校に行ける段取りができたから、どっちみち帰ったらみんなにに言う必要があるんだよね。
今のうちにうまい説明を考えておかないと。
「それじゃあムラマサ、そろそろいこっか」
「うむ。早く帰らんとまた大変なことになるしの」
ぱっぱと服についた草を軽くはらい、僕らは夕焼けの中へと走っていった。
◆◆◆◆◆◆
「僕、明日から教師になるんだ」
夕餉の楽しい一時を、僕の一声が一気に静寂へと導く。
帰り道に考え抜いた末の答えがこれなんだけど、どうやらどこかで何かを間違えてしまっていたようだ。
(そんなどストレートな説明のどこに考えた部分があるっていうんだよ!バカだろっ!!)
うるさいよ妖精さん!君はだいぶ前に封印したはずだよね?なんで復活しているのさ!?
「キョンシー……じゃなくて教師になるってどういうこと!?」
「……説明を要求する」
静寂を最初に破ったのは、明らかに顔色の悪い優奈と見た目冷静な美琴だった。
見た目が冷静なだけであって、美琴の体は遠目から見ても細かく震えているのがわかる。相当動揺してしまっているようだ。
「カイト様…どうか私にもわかる言語でお話ししていただけませんか?異世界の言語にはどうも疎くて…」
「フィーさんのいうとおりだよお兄ちゃん!わからないことばかり言わないでよ!」
「はぁ……まさか私にわからない言語があるとは思いもよらなかったわ…」
「あはは♪カイトさんってば、本当に冗談がお上手なんですね」
二人をきっかけに、他のみんなも思い思いに言葉を発した。けどそのどれもが、現実逃避としか言えないものばかりで、聞いているこっちがつらくなってくるよ。
いつものことではあるけど、ホントどうしましょう…
「大丈夫かよみんな……もしかしてこういう反応するのが普通なのか?ボクがおかしいのか?」
「心配するなロロ、お前はまともだ。こいつらがちょっとばかし狂ってるだけだ」
「はわわ……みなさん、ど、どうか落ち着いてくださーい!」
「サーシャ、落ち着け!君がおかしくなってどうするんだい!?」
『うわぁぁぁん!』『ママがこわいよー!』
「おぅよしよし、大丈夫じゃからなぁ~心配なんぞないからのぉ~」
唯一まともなのはロロ、孝、イリア、ダドリー、それにムラマサの5人と子供たちだけ…か。
こうならないように案を考えていたのに、どうしてこうなった!
(自覚ないのかよ!?)
なんか妖精さんが頭を抱えているビジョンが浮かび上がるけど、そんなものを気にしていられるほど、今の状況はあまくない。
「おい海斗!こんな『爆弾』放り投げといて、いったいどういうことだ!」
「そうだ!さっさと説明しろよ!」
うっ、孝もロロもものすごい剣幕……言い逃れなんて言わせる気すらなさそうだ。
ここはちゃんと説明するのが妥当か。
「実は……かくかくしかじか四角いキュ―――――」
「言わせるかよバカ」
ひどい!なにも右ストレートで殴らなくてもいいじゃないか!
僕の右頬を殴った憎き孝は、首をゴキゴキと鳴らしながら僕の次の句を待っている。
これ以上ふざけたことを言ったら、次は腕の一、二本持っていかれるかもしれない…
「……実は王様の依頼でさ――――」
「「「ちょっと王様屠ってくる」」」
「話を最後まで聞いてよ!?」
特殊訓練を受けた軍人さながらの動きで戦闘態勢になった美琴や姉さんが、窓から飛び出そうとするのを必死に食い止める。
くそ、どうして依頼だって説明するだけでこんなに疲れを感じなきゃいけないんだ!
「話をちゃんと聞いて!今回の依頼は、僕のほうから引き受けたんだよ!見返りとして、子供たちの入学手続きをしてくれるってことを条件に!」
「え?」
「俺たちが…学校に…ですか?」
今度はダドリーとロロが驚きの声を洩らした。
他の一部の子も同様で、更なる騒ぎが食堂中に響き渡る。
「そいつはいい案だが、お前なんかに務まるのかよ?」
「そ、そうよ!海斗が教師なんかやったら、女子生徒全員、骨抜きになっちゃうじゃない!」
「そんなのダメだよ!これ以上ライバル増やさないでよ!!」
「いや…俺はそういう意味で言ったわけじゃないんだが…」
優奈と志穂が何かを必死に言っているけれど、暴れる美琴たちを抑えるのに精一杯で何言ってるのかさっぱり聞こえてこないや。
はぁ…と孝の小さな溜息が聞こえてきた気がする。
孝が何を言っていたのかもいまいち聞き取れなかったけど、大方、僕が教師としてまともな授業ができるのかという心配だろう。
「孝の心配はもっともだけど、一部の授業だけなら僕でもちゃんと指導できそうなんだ。だからそちらに関しては特に心配はないかな?」
「そうか、ならいいんだが…」
「他のみんなも、何を勘違いしているのか知らないけど……別に泊り込みってわけじゃないから家には帰ってくるし、一応学園にも知り合いはいたから特に問題はないよ?」
「あ、そうなんだ」
その一言を区切りに、暴れていたみんなもようやく落ち着いてくれた。
ふぅ、どうにかなってよかったよ。
いくら学園の教師だからって、広い目で見ればいつものギルドの依頼とさほど変わらない。
依頼者であるサファールを助けるという点においては完全にうちのギルドの仕事の範疇だし。
ん?でも待てよ?
こんな事態になったのも、もとを辿れば奴がギルドに依頼をしてきたのが原因。
今日の夕方に学園の生徒に囲まれたのも、疲労で少しの間動けなくなったのも全部……!
「ごめん孝、ちょっと王様葬ってくる」
「今のお前にいったい何があったんだ!?」
何があっただって?
ふっ、まったく孝にも困ったものだね。僕が王様に恨みを持つのに何の疑念があるっていうのさ。
だから僕を拘束するその手をさっさと離せえええええぇぇ!!!!
◆◆◆◆◆◆
「それにしても、あの海斗が教師…か。姉として、なんだか感慨深いわね…」
「そうだね。お兄ちゃん、つい最近までは高校生だったのに、明日からは教える立場になるんだもんね」
「あはは…自分でもなんだか不思議な気分だよ」
ようやく騒ぎも収まり、ふたたび平和な食事が再開された。
みんながみんな、僕の教師就任に対する考えを言い合っている。
言葉の感じからして一応、祝われているのかな?
あぁ……志穂に言われて思い出したけど、僕ってまだ高校生だったんだっけ。ギルドで毎日のように働くようになってから、学生気分がだいぶ抜けてきてたからすっかり忘れてたよ。
高校生で学校の教師か……僕らの世界だったらありえない話だよね。今考えても、僕なんかに教師が務まるとはまったく思えないんだけど…
でも引き受けたからにはやるしかないよね。
「……ボクたちが学校に…かぁ…」
「ふふっ、なんだか不思議な気分だね」
「ああ。スラムにいた頃には考えられない話だよな」
子供たちのほうも、自分たちが学校に行けるとわかってから、どこかそわそわとした雰囲気を醸し出している。
ほんの数ヶ月前まではスラムで過酷な生活を強いられてきた彼らからしたら、学校に通うなどというのは夢のまた夢だったのかもしれない。
そう考えると、今回この依頼を受けたのは正解だったかもしれないね。
エルから聞いた話によると、5歳から受け入れをしているとのこと。保育園などの託児施設がないこの世界ではかなりありがたい話ではある。
実際、平民の人でも簡単に入学ができるらしく、小さな子を預けて仕事をしている人はかなりいるらしい。
それでも中途半端な時期での入学はやはり面倒らしいので、王様の配慮には感謝しておきたい。
「確かこの家で一番小さな子が2歳だよね?」
「そうだ。だから昼間に家で世話をする必要がある子供は全部で9人になるな」
子供たちに囲まれて完全に保父さんと化している孝は、じゃれてくる子供たちの相手をしつつそう答えた。
9人、という数は結構な大人数に感じるかもしれないが、実はかなり減ったほうだったりする。
11歳以降の子たちは街で短期のお手伝いをしていたりするので家にはあまりいないけど、10歳未満の子はフィーやイリア、ソラリスを筆頭に僕たちが面倒を見ているのだ。
その数なんと36人。みんなのサポートもあってそれほど大変ではなかったけれど、それでは外の人間との交流の機会が少ない、と僕らは考えていた。
そんな中、この制度は正直かなりありがたかったのだ。
「これだけの人数になれば、一人や二人だけでも十分に面倒を見ることができますね♪」
「はい!みんなと触れ合う機会が減っちゃうのはちょっと寂しいですけど、みなさんの負担が減るのはいいことですね!」
こちらではメイドの二人が楽しそうに今後のことについて話し合っている。この二人にはこの数ヶ月間、かなりお世話になったから頭が上がらないんだよね。
あ、もちろんフィーが暴走したときは、それ相応の対処という名の逃亡を図らせてもらったけどね。
……いつも高確率で失敗するから最近自信がなくなってきてるけど。
「そういえば、ムラマサは僕が教師になるって言っても取り乱したりしなかったよね」
「んむ?まぁ、なんとなく事情は把握していたからのぅ。断片的ではあるが、わしは寝ていても人の声とかを聞き取ることができるのじゃ」
むふん、とドヤ顔でふんぞり返るムラマサ。
まさかムラマサにそんな能力があったとは……これは用心しておく必要がありそうだね。
……帰り道で聞いたときにはまったくそんな素振り見せてなかったんだけどなぁ。
「それじゃあ僕はそろそろ抜けさせてもらうよ」
「ええ、わかったわ。おやすみなさい♪」
「……初登校で遅刻は大変…」
「うん。ありがとう優奈、美琴……」
先ほどまでの大暴れが嘘のような優しい表情を浮かべた二人からの気遣いに感謝しつつ、僕は自室のベッドを目指す。
明日から始まる『日常』に思いを馳せながら……
やっぱり情景描写ってむずかしいです…
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