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4、取り囲まれました

エルに案内されるままに入った部屋は、想像していたものにかなり近いものだった。


大きな六枚張りの窓を背にして鎮座する木製の机と椅子、ふかふかな絨毯はもちろんのこと、壁にある棚の調度品なんかもいかにも高級品という感じを醸し出している。


見上げた天井には光り輝く不思議な物体が不規則に漂っていたし、ここが普通の部屋とは異なっているということくらいは僕でもわかることだ。


ふと、隣を歩いていたエルの姿が見当たらないのに気がついた。


気配が部屋から消えていないあたり、いなくなったわけではないみたいだけど。


「ようこそいらっしゃいましたカイト様、歓迎致しますよ」


男性とも女性ともつかない、少年のような少女のような不思議な声が不意に聞こえてきた。


見ると、つい先ほどまで誰もいなかった背もたれ付き回転椅子に人影が見えた。


こちらに背を向けているせいでその姿は見えないけれど、はみ出した帽子のつばからしてこの学校の関係者だということだけはなんとなく想像できた。


「うふふ、そんなに固くなさらないでくださいな。学園長という立場ではあるにしろ、あくまでわたしはこの学園の一員にすぎないのですから」


自らを学園長を名乗ったその人はクルリと椅子を回転させて、その姿をあらわにした。


しかし、僕はその人間を見て、言葉を発することができなかった。


あまりにもその人が醜すぎたわけでも、美しすぎたわけでもない。


いや、たしかに美人ではあるんだけど、今はちょっと別の意味で驚いてしまっている。


「……なにしてるの、エル…」


「うふふ、バッチリ驚いてくれたみたいですね♪」


大成功です、といいながら両手を合わせて無邪気に笑うエルに僕は毒気を完全に抜かれてしまっていた。


だめだ、現状にまったくついていけないや


さっきまで隣にいたエルがいなくなって、誰か知らない人の声が聞こえてきて、学園長だと名乗られて、そこに座っていたのは先ほどの格好とは少々違った姿のエルが座っていて……


つまり、どういうこと?


「どういうことなのか、という顔をしておりますね」


「うん、さっぱりわからないや。今目の前に座っているのは確かにエルなのに、さっき聞こえてきた声はエルのものじゃなかったし……」


「その理由は、これにあるんです」


そう言って、エルが何かを口ずさむ。すると、エルの喉元が少しだけ光り――――


「――――つまり、こういうことです」


エルから発せられた声。しかしそれはいつものソプラノではなく、一段低いアルト調で、エルの声とは似ても似つかないものになっていた。


指をパチリと鳴らしもとの声に戻ったエルは、イタズラの成功した子供のような笑顔になった。


それが僕には妙に可愛く感じたのは、きっと姉さんたちの歪んだ笑顔を見続けてきたからだろう。


「これは声の性質を変える魔法なんです。会食のあとのカイト様とのお話では、いつも私のほうが驚かされてばかりですから…ちょっとしたしかえしです♪」


「え…じゃ、じゃああの学園長っていうのは…」


「はい、私のことです」


……あはは……こいつは一本取られたよ。


エルとこの学園はなんらかの関係性があるんじゃないかとは思っていたけれど、まさか学園の最高責任者だったとは。


しかし思い返してみれば、確かに納得のいく話でもある。


この世界に召喚されたとき、エルは仕事があるからとその場を足早に去っていった。さすがに会食のときはなかったけれど、王城や街ですれ違ったときのエルはいつも忙しそうにしていた。


その仕事が王女の責務と学園の長としての務めならば十分納得のいく話ではある。


「それでは改めてご挨拶を。私がこの学園の長を務めさせていただいているエリス・ランドルト・ハスタットです。カイト様、今日から半年間、よろしくお願いしますね♪」


「おっとっと、これはご丁寧にどうも。こちらこそよろしくお願いしま―――――半年間…?」


今、淀みのない真っ白な挨拶の中に、真っ黒で底知れない何かが混ざっていた気がするんだけど……


「おや、ご存知なかったのですか?おかしいですね…確かにお父様は『臨時教師の契約期間は最低半年じゃ』と申していたのですが……」


あのひょうきんイケメンがあああぁぁ!!








◆◆◆◆◆◆







サファールに対する殺意を胸に抱きつつ、ギルドの緊急依頼時の臨時休暇と定期性の休みを条件に、僕は正式に依頼を請けることにした。


とりあえず今日は予定がないということなので、教室の位置を把握することも兼ねて学園内の見学をすることにした。


どうやらすべての部屋が空中にあるわけではなく、大まかな区画間を魔法を使って移動するらしい。


ちなみに今僕がいるのは中等部の区画で、教室の中などを覗いてみたりしている。


授業の内容から察するに、サファールの言っていたことは正しかったようだ。


先ほど、とあるクラスが数学の授業を行っていたのだけれど、正直驚いた。


体格からして、おそらく中学二年生くらいなんだろうけど、やっているのは四則計算……いわゆる算数であった。


僕らの世界でこれくらいの年齢ならば、一次関数やら連立方程式などをやっているところだろう。


足し算や引き算を必死に学んでいるその姿を見て、文化の違いといえばいいのだろうか、そんなものを感じた。


しかしそれはあくまで数学での話であって、魔法学……僕らの世界で言う理科のようなものはとんでもないことになっていた。


素人目にもわかるほど複雑な魔法陣を数人掛りで編み、一斉に魔法を唱えると、魔法陣の中のフラスコの液体が突如固形に変わったり、まったく別の物質になっていたりしていた。


どうしてそれが出来て、数学があのレベルなんだろうか……不思議でしょうがないよ…


というか物理法則どうした!液体にあった熱はあの短時間で、いったいどこに移動したというんだ!?


これも、世界の違いによるものなんだろうか。


「ふぅ、座学は基本的に数学とガルド語を担当させてもらおう。あ、日本語を導入するのもいいかも…」


日本でいう英語的な存在としてはアリかもしれないね。







◆◆◆◆◆◆







ある程度中等部の様子を見終わった僕は、とりあえず別の場所に移動することにした。


学園はかなり広いみたいだから早めに移動したほうがよさそうだからだ。


とりあえず中等部の区画から出た僕は、魔法の絨毯に乗って下に降りている。


「実はここに来る前から気になっていたところがあるんだよね」


誰に言うでもなくなんとなく目的をごちりながら、僕は絨毯から落ちないようにバランスを取る。


途中ですれ違った学生たちに僕の目指す場所の特徴を聞きながら移動していくと、ひとつの場所にたどり着いた。


他の場所とは違って、かなりの広さを持つそこには、かなりの人数の生徒が集まっていた。


その手には木製ではあるが、剣や槍、戦斧といった武器が握られており、各々の武器をそれぞれの相手目掛けて振るっていた。


そう、ここは武術棟。対人や魔物との戦闘を訓練するための施設だ。


ここに来る前にサファールから武術訓練の話を聞いていたので気になっていたのだ。


どれ、さっそくその練習風景を見させてもら――――


『何者だッ!!』


『その格好…この学園のものではないな。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!』


……はぁ、また面倒事の予感がするよ。


肩越しに後ろを見ると、木剣を突き立てる青年と木製薙刀(なぎなた)を胸の前で構える少女が殺気立った様子で身構えていた。


なんだなんだ、と先ほどまで試合をしていた人たちまで集まってきた。


ここは狭い廊下の中央、後ろは模造品とはいえ武器を構えた男女、前からは騒ぎに駆けつけた十数人の野次馬が僕のほうへと走ってくる。


『どうしたんだ?』


『侵入者を発見した!これより排除行動に移る!』


『皆もこの不逞ふていの輩を成敗するのに協力してくれ!』


うわぁ…野次馬の人たちまで二人の言葉のせいで臨戦態勢になっちゃったよ…


どうしたらいいのかな。実力行使はさすがにまずそうだし、言い訳のほうは――――


「あの、僕今日からこの学校に派遣された臨時の教師なのですが…」


『そんな話、聞いた憶えはないぞ!』


『でたらめを言うんじゃない!この不届き者がっ!!』


――――この有様だし。


どうしたものか。このまま捕まるっていうのは後々の授業とかに支障が出そうだし、かと言って実力行使はそれこそまずい。


そりゃあ暴力に任せればこれくらいわけないんだけど、それは僕の論理に反することだ。


え、サファールは殴ってたって?あれは暴力じゃなくてスキンシップだから問題なしなのさ♪


「まったく…なんなのじゃ、騒々しい…」


この場を切り抜ける算段を練っているときに、不意に腰元から少女の声が聞こえてきた。いつの間にか人の姿になっているムラマサだ。


しかしその顔には、不機嫌の三文字が色濃く浮かび上がっていた。


どうやらぐっすり寝ていたところを、この騒動で無理やり叩き起こされて相当頭にきているみたいだ。


『な…なんだキミは!』


『子供?いいからそこをどくがいい!』


いきなり現れたムラマサにまわりの生徒らしき人たちは完全に狼狽していた。それでも、しっかりと武器を構えているあたり、かなり訓練されているみたいだ。


しかし、そんな訓練も、この状態のムラマサには無駄なんだろうな…


ムラマサは普段からは信じられないような鋭い目つきでまわりを睨み付ける。睨まれた者は皆『ヒッ…』と短く悲鳴を上げて後ずさりした。


「貴様らか…わしの眠りを妨げたのは……夢見心地を壊したのは貴様らか?」


『あ…ああ…』


『…っ…!』


恐ろしい声色で問いただすムラマサに、まわりに群がっていた人は漏れなく言葉を失っていた。


あ、一人ショックで倒れた。


そう…寝起きのムラマサは、僕ら家族以外の人間に対してはとことん冷たくなるのだ。


以前も草原で僕とお昼寝をしていたところを、通りかかった行商人の大声で起こされて、その商人さんを全力で殺しに掛かりそうになった。もちろんすぐさま僕が抑えたのでそんなことはさせなかったけど。


つまり今のムラマサはその状態ということだ。


「もう一度問うぞ…わしと主の幸せな時間を壊したのは…貴様らか…?」


さらにきつく睨みつけるムラマサに恐怖を覚えたのか、身構えていた少年少女たちは武器を投げ捨ててその場から走り去ってしまった。


最初に僕に武器を突きつけてきた男女のペアも、逃げ出しはしなかったものの、壁にもたれ掛かり恐怖の感情を顔に滲ませていた。


それでも逃げないだけ他の人たちとは少し格が違うみたいだけど。


まぁとりあえず、今はここでぼーっとしているわけにもいかないや。今度は教師の人たちが来てしまうかもしれないし、さっさと逃げるとしよう。


……なんで僕が逃げる必要があるんだろうか、なんて考えたけどそれはきっと無駄なことなんだと思いやめた。


「ほらムラマサ、そんなに怒らないの。さ、帰るよ」


頭を撫でながらやさしくそう言うと、ムラマサは急に表情を柔らかくして僕の首に腕を回して抱きついてきた。いわゆる抱っこの状態だ。


「あ~る~じ~、ひどいのじゃぞ?あやつらのせいで、わしとあるじの幸せ夢想が壊されたのじゃ……あともう少しで主と…くそぅ…」


「はいはい、それは残念だったね~」


もはや先ほどまでの殺気はまったく感じ取れない。今のムラマサはただの涙目の少女と化している。


僕のほうも、いつも以上に子供に接する態度でムラマサをあやす。この行動のサイクルにはもはや慣れたものだ。


さすがに初めて見たときはびっくりしたものだけどね。


そのときは、伝説の妖刀『村正』の威厳を感じたよ。とてもこの甘えん坊とはいまだに結びつかないけど。


「それじゃあ僕らはこれで失礼しますね。いろいろとお騒がせしてすみませんでした」


とりあえず謝罪の言葉を壁にもたれ掛かる二人にしてみるけど、その目には未だに敵意の念が込められている。


これって絶対あとで支障になるよね。誤解とはいえ、ここまで生徒に恨まれるというのは教師としてまずい気がするし。


「……あとでエルに頼んでおこう」


今の僕の言葉はこの二人には届かないと判断した僕は、そうするしかないと考えた。


本当は自分の言葉で誤解を解いておきたかったけれど、この際仕方のないことなのかもしれない。


なんて思考を巡らせながら、僕はムラマサを胸にくっつけたままもと来た道をゆっくりと戻っていく。


うしろからいくつもの視線を感じるけれど、振り返りはしない。


下手な恐怖を植えつけないためにも、ね。


「うわぁ、頭の中で僕はなんて中二病的な考えを披露しているんだろうか…」


自分で考えておいて、自分に引いた。ええ、そりゃあもうドン引きですとも。


そんな僕の悶絶は知らぬとでも言いたげな様子で、抱きつくムラマサはそのまま寝息を立てて眠り始めてしまった。まったく、なんていい顔で寝てるんだか。


空いている右手で軽くムラマサの頭を撫でて、僕は出口の扉を少しだけ開けて外に出た。


……出る際、夕焼けの光に包まれて、言い様のない幸福感を感じたのは秘密だ。



珍しく初対面でひどい仕打ちにあっていましたが、これはこれでいいかなと思い書いてみました。愛された体質は一応発動しているので、その片鱗を探してみるのもいいかもしれません。


感想・評価、東方のオーケストラメドレーを聞きつつ待ってます♪

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