3、ファンタジーを感じました
暴力は何も生み出さない、とはよく言ったものだよね。
しいて言うなら孤独と虚無感を手に入れることはできるかな?そんなものをわざわざ手に入れようとする人はいないだろうけど。
そして暴力を使用した者はすべてを失って初めて、失ったものの尊さを味わう。
「まぁでも、この場合はそんなものを味わうことはないけどね」
「角がぁっ!教師帽の角が目にぃ!」
ため息が口から漏れ出し、脱力感と疲労感が全身から力を奪い去っていく。
床で先ほどからのた打ち回っているサファールを見ていると、余計に疲労を感じる。やっぱりこの疲れの元凶だからかな?
「『教師になれ』だなんて言葉が聞こえてきたからつい条件反射で目を狙っちゃったけど、王様だから問題ないよね?」
「うぅ…カイトよ、いくら不死身でも痛いものは痛いのじゃぞ?」
早くも視力が回復したらしいサファールが、涙でぐしゃぐしゃになった目を押さえながらふたたび立ち上がった。
視力を失ってからここまでたったの15秒、脅威の回復力だよ。
「ふぅまったく、ひどい目にあったのじゃ」
「王様が変なこと言うからでしょうが。で、もう少し詳しい話を聞かせてくれないかな?『教師』がどうこうって、いったいどういうこと?」
ひどい目にあったというわりにピンピンしているサファールに、謎の殺意を抱くのはなんでだろう?
とりあえず依頼を進めるべく、僕は事の詳細を聞きだすことにした。
嫌な予感がそこはかとなくするけど、依頼として受けてしまったからには最後まできっちりこなさないといけない…ギルドの掟だ。
完全に目の痛みが引いたらしく、押さえていた手を目からどけてふたたび悠然とした構えをとるサファール。その姿はやはりサマになっていたけど、僕には少しおどけているようにも見えた。
「実はの、わしはこの城の近くに〝ガルド王立学園〟という学び舎を経営しておるのじゃ。そこでは基本知識をはじめ、魔法や武術、一部の生徒には特殊な技術などを教え込んでおる」
へぇ、この世界にも学校って存在してたんだ。ファンタジーだと作品ごとにあったりなかったりで、けっこう曖昧だったりするけど。
「で、単刀直入に言うとじゃな……カイト、お主にZランカー兼異世界人代表として臨時の講師を頼みたいのじゃ」
「Zランカー兼…異世界人代表…?」
なんだかあまり単純な話でもなくなってきたよ?教師っていうから、てっきり学校とかに偶にくる教育実習生みたいなポジションとかだと思ってたのに。
生徒に物事を教える?そんなこと、僕にできるわけないじゃないか。
もとの世界でだって僕はただの一高校生だったんだし、テストは一夜漬けが得意だっただけで頭だってそこまでよかったわけじゃない。むしろちょっと悪いくらいだ。
「王様、その依頼は僕じゃ荷が重過ぎるよ。僕なんかより、僕の姉さんや美琴とかのほうが絶対適任だって」
ここは丁重に断って、他のみんなから代表者として選んでもらおう。
そうすれば、なにもかもうまくいくはずだ!生徒たちは新しい知識を得ることができるし、僕は自分のバカさを露呈せずに済むし。
特に先ほどの述べた二人はずば抜けて頭がいい。美琴なんて、もとの世界にいたころからいろいろと発明してたし。
「大丈夫じゃカイト。心配せんでも、わしらの世界の学力は、おぬしらの世界の住人ほど高くない。それに、これは他の者たちには決してできぬことなのじゃ……頼む、どうか引き受けておくれ!」
なぜだ……なぜ逃げられないんだ!
おまけに全力の礼で他の退路まで塞いできた、だと!?
さすがはサファール、伊達や酔狂で国王してないね。
でも、それでもやっぱりそんな簡単に教師の任を引き受けるわけにはいかない。
教師っていうのは、正しく生徒を導かなければならない存在だ。いくら頼まれても、そう易々を引き受けてしまったら、生徒に迷惑がかかってしまう。
ここは頑として譲れない!
「代わりと言ってはなんじゃが――――」
僕の態度を知ってか知らずか、王様は頭を下げたままさらに一言付け加えようをしてきた。
ふん、どんな好条件が来ようと、僕はこの考えだけは曲げないぞ!
「――――お主の子供たちの入学手続きをしてもよいのじゃが……もちろん、学費などはわしが負担する。これでは駄目じゃろうか…」
「不肖海斗、本日よりガルド王立学園の臨時教師として就任します!」
え?プライド?何それ、フライドチキンの親戚か何か?
◆◆◆◆◆◆
「へぇ、ここが…」
王様との交渉が成立した僕は、さっそく学校側への挨拶も兼ねて下見に来ていた。
てっきり城壁の中にあるとばかり思っていたけれど、学園は城壁を出てしばらく先へ進んだ先にあった。
整備された街道を進んでいくと、木々に囲まれるようにして、城ともいい勝負なほど巨大な建造物が鎮座しているのが見えた。
ゲートをくぐり中に入ると、建物の外観があらわになった。
最初に目に入ったのは一際大きな『塔』とでも言うべきほど背の高い建物、そのまわりには大小様々な宿舎と大勢の人影が見える。
そして何より、箒に乗って空中を縦横無尽に駆け回るローブ姿の人たちがあちらこちらに……建物もいくつか空中に浮いてるし……
何ここ?いったいどこの新世界ですか?額に傷のあるメガネの天才少年でも在学しているんですか?
あぁ…この世界に来てファンタジー要素満載なものはこれでもかと見てきたけど、ここまでのものには今まで出会わなかったなぁ……
なんだか感動だよ。
「っと、とりあえず学園長に挨拶してこよう」
恐ろしいほど広い校庭を、僕は足早に歩き進んでいくことにした。
正門が見えないあたり、目測500m~600mってところかな?いや、もしかしたらもっとあるかも?
左を見れば仲良さげに話し合う少年少女たちが視界に入り、右を向けば今まさに大空へ飛び立った青年の姿が脳裏に焼き付けられた。
そんな様子を不審に思ったのか、それとも僕の服装が他と変わっているからなのか、あるいはその両方からか、あらゆる方向から視線を感じている。
あたりからヒソヒソと何かを話している声も聞こえてくる。本人たちは聞こえてないと思っているんだろうけど、案外内緒話って聞こえてくるものなんだよね。
「はぁ…気にしたってしょうがないか」
「あら、え…カイト様?」
気持ちを切り替えようとしてため息をすると同時に、正面から誰かに話しかけられた。
声に聞き覚えを感じた僕は、足元のタイルを見つめていた視線を上げ、正面にいるであろう人物の顔を見た。
「あれ、エル?」
「まぁ!やはりカイト様だったのですね!!」
顔を上げた先に立っていたのはエルこと、サファールの娘であるエリス王女殿下だった。
会ったのは先週行われた会食以来だろうか。相変わらず屈託のない笑顔だね。
しかしその服装は、いつもの天使を彷彿をさせる純白のドレスではなく、深緑のローブにおそろいの色のとんがり帽子、手には何製かわからない杖と妙に分厚い本を抱えていた。
その姿はまるでおとぎ話に出てくる魔法使いのようだった。
そんな僕の思考は知らぬ存ぜぬとばかりに、エルは興奮の色をあらわにしていた。
「どうしてカイト様がこのような場所におられるのですか?何かギルドの仕事でとか?ああ、それにしてもこうしてカイト様とお話するのはやはり楽しいものです!ささっ、こちらに来てください。お話するのにうってつけの場所があるんですよ」
現に今のエルは僕との会話がまったく成立していないことにまったく気づかず、一人で飛行機のように話を飛躍させてしまっている。
しばらく一緒に過ごしてきたけど、やっぱりエルって王女らしくないんだよね。そこがまた付き合いやすくていいんだけど。
やっぱりあれかな、王様の娘だからあまり常識にとらわれていないってことかな?この場合はいいことだからまったく問題ないんだけどね。
…さて、そろそろ止めないとまずそうだ。
「エルさんや、一先ず落ち着いてくださいな」
「っは、そ、そうですね。すみませんカイト様、こんなところで会えると思っておらず、ついつい気分が高揚してしまいまして」
あはは、と頬を朱に染めながら笑うエルは、やはり僕の中に存在する王女の概念とはかけ離れていると思う。けど、やっぱりこっちのほうが僕はいいな。
「そ、それでカイト様、本日はどういったご用件で?」
「ああええっと、今日はちょっと王様の依頼でね」
「えぇ!?お父様のご依頼で!すると、もしや臨時の教師というのは……」
なぜかものすごく驚いているエルに疑問を抱きつつ、そろそろ中に入ってみたいという衝動に駆られ始めた。
でも、建物の中の構造ってまったく知らないんだよね…これだけ広いと、学園長のもとに辿り着くのは至難の技かもしれないし。
「ならば話は早いほうがいいですよね……カイト様、よろしければ学園長まで挨拶されていってはいかがですか?」
先ほどからずっと独り言をつぶやいていたエルが、突然そんな提案をしてきた。
藪から棒すぎて普段の僕だったら何か裏があるんじゃないかって疑うところだけど、今の僕にとっては好都合だった。
それにエルなら他の人たちと違って、僕に襲い掛かるようなことをしてこないから心配いらないし、ここは頼ってもいいかな?
「それじゃあお願いしてもいいかな?」
「はい♪それでは参りましょう!」
妙に嬉しそうにしている魔法少女に若干苦笑いしつつ、僕はエルの好意に甘えることにした。
まわりからの好機の視線を一身に浴びながら……
やめろぉ!僕をそんなに見るんじゃない!!
◆◆◆◆◆◆
「うわぁ、やっぱり中もすごいなぁ」
塔に入るなり、僕はふたたび感嘆の声を漏らした。
だってしょうがないじゃないか。あちらこちらに用途不明の球体やらキューブやらが浮いていたり、絨毯が人を乗せて飛んでいたり、一階から十階以上の高さまで吹き抜けになっていたりしているんだよ?
それだけじゃなくて、人間以外の種族とかもいっぱいいたりして、改めてここが異世界なんだって自覚させられてるよ。
「あれ?カイト様、いかがなされましたか?」
「ああいや、すごい技術だなぁって思って」
別に隠す必要もないので、僕は今感じていることをそのまんま言葉にした。
王様が学力がどうこうとか言っていたけど、こんなの僕の世界じゃ設計することすら叶わないよ。
まさか…騙された!?あれは僕をここに来させるための嘘だったとでも言うの?
はっとしてエルのほうを見ると、クスクスと笑いながら楽しそうにしていた。まさか、エルも共犯だったのか!?
「クスクス…申し訳ありませんカイト様。確かにここの技術はすごいですが、ここにあるものはすべてソル・ファクト……わたしたちが作り出したものではないんですよ」
「あ、なるほど…」
よかった、てっきり王様に謀られたのかと思ったよ。
どちらにしろ、まぎらわしいことを言ったサファールはあとでまた締めるとしよう。
「さ、カイト様、こちらにお乗りになってください」
少し進んだ先でエルがもっと寄るように手招きしてきたので、とりあえず従っておく事にした。
見ると、エルの立っている床には白く輝く魔方陣が描かれている。
何かの装置かな?
「あ、もうちょっとこちらに寄ってください。そこでは少々危険なので…」
「え、もっと?というか危険って?」
現時点でも僕とエルの距離はかなり近い。それこそ肩が触れるほどではないにしろ、体と体の隙間はだいぶ狭い。
この状態でさらにというのはいささか抵抗があるというかなんというか…髪が長いとはいえ、僕もれっきとした男子であってですね―――
「えいっ♪」
「うわっ」
どうしようか悩んでいると、ぐいっと腕を引っ張られた。
体のバランスを崩した僕は、そのままエルに抱きかかえられるような体勢で倒れこんでしまった。
その……胸が思いっきり僕の体に密着してて、目のやり場に困る。やっぱりこういうのはいつまでたっても恥ずかしいものだね…恥ずかしすぎて死にそうだよちくしょう!
「さ、行きますよ!〝エンフロート〟」
ハキハキとした声で魔法名らしきものをエルが発した…直後、一瞬だけ地面の魔方陣の輝きが増したかと思った途端、床が真上に上昇し始めたのだ。
って、床が浮いて空中にって、えぇ!?
信じられない光景に思わず息を呑んだ。あぁ、一階の地面がどんどん遠ざかっていくよ…
「これがこの校内での移動方法なんです。覚えておかないと後々大変ですよ?」
確かに、あたりを見渡しても、あるのは垂直の壁に付けられた扉だけで、階段らしきものはどこにも見当たらない。
これは一人で来ていたらえらいことになってたかもしれない。
それこそ壁を蹴って移動…とか?
だめだ、それはいろいろと問題が起きそうだよ。
「そういえば、今日はムラマサ様はだんまりなのですね?」
床が狭いせいで抱き合ったままの体勢で、エルは僕の腰に差してある刀剣状態のムラマサに視線を送っていた。
「あぁ、今日はなんだか早起きしすぎたみたいで、出発したあたりからずっと寝ているんですよ」
端からは聞こえないだろうけど、僕の頭の中ではムラマサの静かな寝息が常に響き渡っている。
普段もこれくらい大人しければだなんて、考えるだけ無駄だよね。
それにしても、どう見ても年下にしか見えないムラマサにさえ様付けのエルは、やはりどこか変わっているような気がする。
気のせいだろうか?
「あ!着きましたよカイト様!」
しばらく上昇を続けた空飛ぶ魔方陣床は、まわりとは違う一際大きな扉の前で止まった。
……いよいよ僕の教師生活が始まるみたいだね。
ところで、なんでエルがここにいるんだろう…
魔法学校…一度でいいから行ってみたいものですね…
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