2、絞めました
「おはようございまーす!」
勢いよく扉を開け放ち建物の中に入ると、中にいた人たちが一斉にこちらに向き直った。
傷だらけの鎧やら、白いローブやらで身を包んだそれらは、相変わらず元気そうな出で立ちだ。
「って、あれ?みんなどうしたの?」
見ると、掲示板のところにかなり大規模な人だかりができているではないか。
いつもフードコートでお酒ばかり飲んでいる人たちでさえ、今はその人だかりの中にこぞっている。
掲示板にはその日の依頼やら伝言などが書かれた羊皮紙が張られているから、何か特殊な依頼が来たのかもしれない。
中に入っていくと、カウンターのほうから一人の少女が歩み寄ってきた。
「おはようございますカイト様。本日もいいお天気ですね♪」
給仕服を見事に着こなし、両手に丸まった羊皮紙の束を抱えた少女―――ソラリスは、いつもどおりの幸せそうな声色でお決まりの挨拶をしてきた。
しかし、なんだかいつもと様子が違うような……
なんと言えばいいんだろうか…どこかぎこちなさを感じるというか。
「おはようございますソラリスさん。今日も清々しい朝ですね♪」
違和感は拭えないけれど、とりあえずこちらもお決まりの挨拶を返す。
普段ならこのまま軽い雑談やらに突入するのだけど、今日はどうやらその『普段』とは違うみたいだ。
「ところでソラリスさん、あの人だかりはいったい?」
「あ…えっとですね…」
妙に言葉を濁し、顔を伏せてしまったソラリス。やはり何かあったみたいだ。
様子からして、前に出てきたエレメントみたいな危険な事案ではなさそうだけど。
しばらくすると、ソラリスは伏せていた顔を上げて深呼吸をしてから僕を見据えた。
そしてすぐに視線を人だかりに移し、そちらのほうへと近づいていった。
『失礼します』『ちょっとどいてください』という声とともに、ソラリスは人ごみの中心へと掻き分けながら入り、そして僕のもとに何かの依頼書を手にして帰ってきた。
さっきまで人だかりを作っていた人たちもこちらを向いていることから、今回の原因はこの依頼書であることがわかった。
依頼書は見た感じだけでも、他のものとは違う感じがした。
なんというかこう…高級感を感じるというか…
「これがいったい…?」
「依頼の内容を読んでいただければ、お分かりいただけるかと…」
そう言われ、僕はその依頼書をソラリスから受け取り、インクで書かれた文字を読み始めた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
依頼名:秘密裏の仕事
内容:???(現地にて知らせるとのこと)
依頼受注資格:ランクZ以上
場所:王城
依頼主:サファール・ガルド・ハスタット
『急な依頼で申し訳ない。しかし非常に重要な案件のため、緊急の依頼として送らせてもらった。
依頼の内容に関しては、依頼を受けてくれた者にわしから直接話をする。危険なことも含まれている故、受注資格も高くさせてもらった。
間違っても、勇者カイトを指名しているわけではないのであしからず。
依頼を受けてくれることを、心から願っている』
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「………」
依頼書から目を話した僕は、言葉を失ってしまった。
「…いかが致しましょう…内容が不明なことや、受注資格が規格外なのが非常に不安を煽るのですが…」
実際のところ、ソラリスの言うとおりだった。
内容は通常、端的でも明記されているもの。このように現地でなどということは今まで一度もなかった。
受注資格にしても、高くてランクAが関の山。なのに最高ランクSSSのさらに上、Zランクを指定してくるなどということも、これまで一度もなかった。
ソラリスの様子からしても、そのような事案はいままでになかったみたいだ。
「しかし、依頼者が依頼者ですから…断るわけには…」
「え、そうなんですか?僕、このサファールっていう人のこと、まったく知らないんですが…」
この世界に来て僕もある程度、この世界の有力者などの名前は把握した。そういう人たちの依頼で下手をすると、ギルドの存続が危うくなる……らしいからである。
僕としてはあまり気にしていないけれど、僕の行動ひとつでみんなに迷惑を掛けるわけにはいかないので、ある程度は知っておくことにしておいたのだ。
まぁ、何かあったら容赦なく叩き潰す気だけどね。
「え…カイト様…それは本気で仰っておられるのですか…?」
信じられないものでも見るかのような目で、ソラリスは驚愕をあらわにしていた。
あれ、今の発言ってそんなにまずかったのだろうか…
「あの…カイト様、本当にご存知ないのですか?」
「うん…って、あれ?そういえばハスタットって、どこかで聞いたことがあるような…」
う~ん、思い出せない。週一くらいの頻度で会ってる気がするんだけど…
ソラリスは目を伏せながら、しかしはっきりとした口調で僕に向けて言葉を発した。
「…サファール・ガルド・ハスタット…このガルド王国の国王にして、身分差別をなくそうと動いている現在進行形の英雄です」
「……え」
ガルド王国の王?それって王様のことだよね?
あの、いつも飄々(ひょうひょう)としていて、爺言葉の、金髪の、愉快な王様のことだって?
…そういえば、僕は王様王様って呼んでたからいままで気にしてなかったけど、本名って知らなかったっけ。
そっか、王様ってサファールなんていう小粋な名前持ってたんだ。
「…ちょっと王様絞めてきます」
「どうしてそうなるのですか!?」
だっておかしいじゃないか!いままでだって何度も顔を合わせてたのに、ただの一度も名前を名乗らないだなんて!
そう考えたらなんだかムカついてきた…やっぱりちょっと王城に殴りこみに行こう。
「落ち着いてください!それよりも、この依頼をどうにかしなくてはなりません!」
「むぅ、それもそっか」
とりあえず、王様はあとで絞めることにするとして。
依頼のほうはどう見たって、僕を指名している。よく見るとツンデレっぽく書いてあるあたり、王様の悪戯心を感じるよ。
落ち着け僕…それ以上手に力を加えたら、依頼書が破けちゃうじゃないか。
「…内容は不明。危険度は今までにないほど高くて、おまけに依頼者がこの国の最高権力者か…」
いくらあの王様の依頼とはいえ、ここまで露骨な僕宛ての依頼を断るわけにもいかないし…
僕はギルドをぐるりと見回す。みんながみんな、不安そうな面持ちで僕の答えを今か今かと待ち望んでいた。
望んでいる答えはもちろん、肯定のほう。
もし僕がこの依頼を蹴れば、このギルドが街から消し去ると危惧しているのだろう。
王様のことだからそんなことはしないだろうけど、本当の王様を知らない人からしたらそういう考えが浮かび上がるのは当然だろう。
こうなってしまっては、僕に選択権など、あるわけないじゃないか!
「わかった。この依頼、僕が引き受けるよ!」
高らかにそう宣言し、同時にギルド全体が大音量の歓声に包まれた。
…鼓膜が…鼓膜がぁぁぁ!!
◆◆◆◆◆◆
『おや、これはこれはカイト様。ようこそいらっしゃいました!』
『ささっ、こちらへ。王様がお待ちです』
城門の前に着くなり、もはや顔見知りとなった門番の二人に城内へ案内された。
僕を見てからここまでの一連の動き、これはもはや城全体がこの依頼に関わっているとみてよさそうだね。
(いったい、どんな依頼なんだろうか)
何度も通った長い廊下を歩きつつ、僕はそんなことを考えていた。
魔物討伐…はここ最近聞いてないし、盗賊騒ぎ…はつい最近解決したばかりだからたぶんないだろう。
『カイト様が参られました!』
『通せ!』
『はっ!!』
謁見の間の大きな扉に辿り着き、付き添ってくれた兵士の人が伝令とばかりに大声を張り上げた。
それに応えるように、中から王様以外の男の声が聞こえ、閉ざされていた大扉が留め金を軋ませながら開き始めた。
なから扉が開き、僕はその隙間から中へと入っていく。こんな風にこの扉を通るのもこれで何回目だろうか。
廊下と謁見の間の明るさの違いに顔をしかめながら、僕は真正面を睨みつけるようにして見た。
僕の視線の先で、王様―――もといサファールはいつも以上ににこやかな顔で僕のほうを見ていた。
ゆっくりと玉座から立ち上がり、しっかりとした足取りで僕のもとへと歩み寄ってくるサファールに対し、視力の回復した僕も笑顔で王様に近寄る。
そして僕とサファールの距離が零になった。
「おおうカイトよ!一週間ぶりじゃ――――」
「せいっ!!」
「のおおおおおおおぉ!?」
サファールが何かを言い終える前に、僕は全力で相手の脇腹を殴った。
アッパー気味に決まったせいか、サファールは弧を描くようにして宙を舞い、玉座の手前に不時着した。
まわりからは『王様!?』だの『カイト様がまたご乱心なさったぞ…』と王様に対する心配と、僕に対する諦めの情が聞こえてくる。
この光景も、僕らにとってはもはや日常の一部と化しているのである
え?出会い頭に殴りかかるなんてひどすぎるだって?
大丈夫だよ。だって―――
「あいたたた…相変わらずの強さじゃのうカイトは」
「…不死身の人にそんなこと言われても嬉しくないよ…」
そう、サファールは不死身なのだ。強い人への比喩などではなく、本当に死なないのだ。
理由はよくわからないけれど、数十年前に何かあったらしい。でもサファールはこの話をあまりしたがらないので、僕はだいぶ前から聞かないことにしている。
というわけで、開口一番に殴りかかっても問題ないのだ。
……この前それを言ったら孝から『理由になってねぇじゃねぇかよ!』って言われたけど、あれは孝がバカだから理解できなかっただけだよね?
……そうに違いないよね?
「して、なぜカイトは急にわしに殴りかかってきたのじゃ?」
「……しらばっくれる気ですか、サファール王?」
そう言うと、王様は小声で「しまった…」とつぶやいた。その声を僕は見逃さなかった。
だらだらと冷や汗をかくサファールにも、僕は容赦しない。
「いままでなんで教えてくれなかったのさ?何か深い理由でもあるの?」
「カイトよ…握り拳は笑顔で作るものではないのじゃぞ?」
そんなもの、僕には関係ないね。
僕が無反応のせいで、何かを感じ取ったのか、王様は渋々という感じで口を開いた。
「…わしがカイトに本名を明かさなかったのには謝罪するのじゃ、申し訳ない。じゃが、こちらにも事情があったのじゃ!」
「…事情?」
「ああ…とても深い事情……『名前名乗んないほうが絶対おもしろいだろう』というとても崇高な――――」
その日、ガルド王国城にひとつの怪異伝承が生まれた。
『謁見の間を舞う人影』という七不思議のような伝承が。
◆◆◆◆◆◆
「……し…死ぬかと思ったのじゃ…」
「そりゃあ地面に何メートルかめり込めば、ねぇ?」
息も絶え絶えな言葉とは裏腹に、サファールの体には傷ひとつ付いていない。
なんてタフガイなんだろうか。不死身のうえ、神耐久まで兼ね備えているとは。
もう王様一人で魔王討伐に行けばいいんじゃないのだろうか。
ちなみにこの部屋にいた大臣たちは、王様に決まった即死技を見て、残らず失神してのびてしまった。
「まぁもうこれで名前の件はチャラでいいや。それで、本題に入りたいんだけど…」
「うむ、わしの出した緊急依頼のことじゃな?」
もう完全に復活したサファールが、いつものように軽い口調でそう応えてきた。
「依頼の内容を話す前に……カイトよ、本当にお主が受けてくれるのじゃな?」
「うん。なんだか怪しさ満点だけど、一応僕が引き受けることになっているよ」
それを聞いたサファールはほっと胸を撫で下ろし、「そうかそうか」と嬉しそうに繰り返していた。
やっぱり、僕を指定しての依頼だったってことなんだろう。
いまさらだけど、やっぱりあの依頼内容は露骨すぎだと思う。本当にいまさらだけど…
「おほん…依頼の内容じゃがのぅ…今回はカイトにある任務についてほしいのじゃ」
「任務?」
なんだか物騒な単語が出てきたね。これはモンスター討伐と考えていいかもしれない。
となると、相手は今まで相手にしたことのないやつだったりするんだろうか。
たとえば魔王の側近だったり、あるいは邪神かなにかの類だったり。
もしや、ついに魔王討伐の任務か!?
「まずはお主に、これをプレゼントじゃ」
サファールは懐に手を突っ込み、何かを取り出してきた。
それは黒くて四角い、どこかで見たことのあるような代物だった。
サファールはそれを僕の頭に乗せ、イケメンスマイルをつくってみせた。
「お主には教師の任についてもらう」
とんでもない、爆弾発言を共にして。
いい感じに話に入り込めてきました。この調子でどんどん書いていこうと思います。
感想・評価、魔王の献身さに惚れ惚れしつつ待ってます♪




