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1、お茶を飲み交わしました

「~~~♪はぁ…今日も気持ちいい朝ね~」


足元に散らばる木の葉を手に取って空を見上げれば、雲ひとつない晴々とした青空が遥か彼方まで広がっている。


まだ早朝ということもあって、あたりはとてもひっそりとしており、あたりの少し冷たい空気がより一層愛おしく感じられた。


ギルドの前の掃除は、受付嬢であるソラリスの日課だ。暑い夏や寒い冬はつらいと感じるときもあるけれど、街の方たちやギルドの皆さんの笑顔が見れると思えばどうってことなかった。


だけど秋だけは、私にとって特別なのだ。


暑くもなく寒くもない絶妙なこの感じ、澄み切った空、木々の紅葉……


秋の朝の掃き掃除は、他の季節以上に頑張れる。ほんのちょっぴり霧が出ていればさらによし。


「食べ物もおいしくなるし……やっぱり秋はいいわねぇ」


はっ、いけないいけない…ほうき片手についつい思いにふけってしまった。


今日はいつもより依頼の数が多いから、早めに上がって掲示板に張り出さないといけないんだった。


「そうと決まれば、ちゃっちゃと掃除を済ませちゃわないと!」


足元に広がる落ち葉の絨毯じゅうたんを丁寧に竹箒で掃いていき、集めて街の隅にある肥料小屋に置いていく。この行動を繰り返すのは今年で何年目だろうか。


肥料小屋から帰り、私はすぐさまギルドのカウンターに紙の束を広げた。依頼の内容に目を通すのはこれが一番手っ取り早いと、つい最近知ったのだ。


「今日の依頼は……討伐系が多いみたい。輸送や護衛とかの人柄みのものは少ない……と」


依頼の種類を大まかに分けて、それぞれの量を羊皮紙に記述していく。


これをしておくと、ギルドのみなさんが依頼を受注する際の簡単な目安になるのだ。


これを思いついたのは私だけど、みなさんのお役に立っていると思うと嬉しいな。


「これはそこまで危険性はない……これはちょっと危ないお仕事……あれ?」


依頼の選別をしていると、ひとつだけ少し立派な依頼書が出てきた。


羊皮紙なのにかわりはないけれど、どこか高級感があるというか、触り心地がとてもいい。


縁も金箔で彩られているし、明らかに他のものとは逸脱していた。


気になった私は、その依頼書を手に取ってじっくりと読んでみることにした。


綺麗な字で書かれていたので、すらすらと頭の中に言葉が入ってくる。


「え…これって…」


しかし言葉の意味は、途中から理解することができなかった。


否、頭の中ではその言葉の意味をわかっているけれど、驚きすぎて心がついてこないというか…


「……今日は来るはずだから、そのときにお伝えしよう…」


とりあえず依頼なのにかわりはないので、他の依頼書と一緒に掲示板に張る事にした。


「今日の掲示板は、間違いなく人だかりができるなぁ……」


他の依頼を眺めながら、一人そんなことを呟いてしまっていた。









◆◆◆◆◆◆








「ふーっ、朝の一杯はやっぱり緑茶に限るよね」


「まったくだな。この渋みがたまらねぇな」


夏も終わり、あたりはすっかり色づいてしまった。空気も若干冷たくなってきて、心地よさと寒さの間を、右往左往していた。


時期的にはそろそろ10月の半ば頃だろうか。だいぶこの世界にも馴染んできた気がするよ。


手の上に乗せていた湯のみを傾け、口の中に中身を流し込む。程よくぬるくなったお茶は、ゆるやかに僕の喉を潤していく。


ここは屋敷の裏手に増設した和室、その縁側である。屋敷の構造上、離れに作られたここは日中の間はあまり使われないが、朝はこうして僕と孝が使っている。


お茶をここで一杯啜すすってから一日の活動を始めるのが最近の僕らの日課となってきている。


たまにフィーとかが来るときはあるけど、基本的には僕と孝の二人でのんびりと朝の空気を楽しんでいる。


「そういえばこの前、なんか大物を狩ったとか言ってたけど、いったい何を仕留めたの?」


「あ、ああ。あれはたしかベアズクローだったか。結構でかくて大変だったんだぜ?」


「ベアズクローか。僕も一度見たことあるけど、あれってかなりの大型モンスターだよね」


こんな会話も、もはや最近では日常茶飯事となってしまった。昨日何を仕留めたとか、今日は誰のところで手伝いをしてくるだとか。


『モスカル』の世界に来るまでは、こんな会話を孝と繰り広げることになるだなんて微塵も考えてなかったから不思議なものだよ。


ギルドの仕事は、何もモンスターの討伐だけじゃない。農家の仕事の手伝いをしたり、事故にあった人の救助、中にはおつかいや落し物の捜索みたいな単純なものまであるのだ。


もはや何でも屋と化してしまっているギルドに若干苦笑いしてしまうけれど、僕としては血生臭いことばかりだけじゃないほうが嬉しい。


いくら魔物とはいえ、やっぱり命を奪っているのに変わりはないからね。どんなに狩り続けても、罪悪感は消えないものなんだよね。


「そういえば孝、あれからイリアとはどうなったのさ?」


「ぶふぅ!?」


見事なコーナリングで話題を変えた僕に対し、孝は容赦なく口に含んでいたお茶をぶちまけてきた。


暑くはないけれど、気持ち悪い。なんか煎餅せんべいの欠片とかも混じってるし。


「何するんだよ孝!汚いじゃないか!!」


「うるせぇ!急にそんな話し始めるお前が悪い!」


なんてやつだ。罪を認めないだけじゃなく、あろうことか被害者である僕に罪を擦り付けてきた。


こいつに人情ってやつはないのか!


「はぁ、まったく。で、実際のところどうなのさ」


僕は袖で顔を拭いつつ、話を続行することにした。


「まだその話続けるのかよ……」


あからさまに嫌な顔をする孝なぞを、僕が気にするわけないじゃないか。


ちなみに孝がイリアに好意を抱いているのは、もはや周知の沙汰である。そしてあろうことか、その片思いをされているイリアもまた、孝にプラスの感情を抱いているのだ。


とっととくっつけばいいのに…


「別にイリアのことをどうこうだなんてそんなの…あるわけ…」


しかし当の本人はこのザマである。本当に手間のかかる悪友だよ。


というかこいつ、見た目は筋肉質で漢気溢れるって感じなのに、なんで中身は女子力MAXなの?


料理全般できるし、家事も完璧、身だしなみも整っていて、繊細でそれでいて恋愛に疎いときた。


すごいのかすごくないのか、よくわからないや。なんなんだろうか、このアンバランスさは。


おまけにイリアのほうまで恋愛初心者ときた。


両方奥手じゃあ進む話も進まなくなっちゃうよ。


まったく、二人の初心うぶな関係を見守る僕らの身にもなってほしいものだよ。甘すぎて口から砂糖がキロ単位で出てきそうになるんだから。


「まぁそのなんだ……イリアは気が利くし、料理も結構うまいし、魅力的な子ではあるけどよ…」


「さいですか……」


こっちから聞いといてこう言うのもあれだけど、なんか聞いててイライラしてきた。


どうして他人の惚気のろけを聞かなくちゃならないんだ!


原因は……僕が聞いたからか!僕のバカ野郎!死んで詫びろ!


「って、そんなことよりだ!お前のほうこそどうなんだよ!?」


「え、何が?」


急に怒鳴りだした孝にちょっと戸惑いつつ、思考がフリーズしかけている自分を気にかける。


僕のほうこそって、本当になんのことだろうか。


「とぼけんじゃねぇよ。優奈とか美琴とか、お前に好意を抱いてる奴らのことについてだ。いい加減、誰か一人に絞る気になったのか?」


「……その話はしたくなかった…」


地面にへたり込み、思わずうな垂れてしまう。


気持ちが一気に闇の中に沈みこむような、嫌な感覚が僕を襲う。


なんとか気をしっかりと持ち、孝へと向き直った僕は、ちょっとだけ声を低くして応えた。


「前にも言ったと思うけど、僕に誰かを選ぶ権利なんてないんだよ。孝だって知ってるでしょ?みんなは僕の能力で強制的にああなっちゃてるだけだって……」


そう、みんなが僕に好意を寄せてくれるのは、あくまで僕の家系に宿る呪いよるものなのだ。


仮に僕が誰かを選んで、その子が僕を受け入れてくれたとしても、そこに本当の愛は存在しない。


表では僕に好きだと言ってくれても、心の奥底では嫌がっているのかもしれない。


そんな子に対して、恋愛感情を抱くことは僕には許されていない。まして『好きだ』などと言う資格は、僕にはない。


「……僕は、普通の恋愛がしたいんだ。お互いが心の底から好き合える、そんな関係を築きたいんだ」


だから、僕の一方的な愛をぶつけるわけにはいかない。


「ふーん。じゃあお前は、果穂さんやフィーのことが嫌いなのか?」


「そんなわけないじゃないか!みんな好きだよ!あくまで家族とか友人としてだけど…」


頬杖をつきながらめんどくさそうに聞いてくる孝の質問に、僕は声を張り上げて答えた。


確かに姉さんたちがしつこいと感じることは散々あるけど、そういう意味では好きだ。


「はいはい、そうかい」


「なんだよ、そっちから聞いといてその反応は!」


まったく失礼なやつだ!何もあそこまでぶっきらぼうな返事じゃなくてもいいのに!


……僕も人のこと言えないかも。


「まぁそれに関してはもういいや。それより、そろそろ行かないとまずいんじゃないのか?」


「え?」


見ると、腕時計の長針は8時をとっくに過ぎていた。


いつもは8時ちょっと前には出ているので、これは僕にとって大遅刻だ。


「ま、まずい…早く行かないと!じゃあ孝、後片付けよろしく!」


「はいはい、こっちはいいからとっとと行ってこい」


軽く手を振る孝にお礼をしつつ、僕は裏庭をあとにした。


さっき孝に言われて考えたことは、昔からずっと抱えていたことだ。今さら何を思おうと、僕の気持ちは何もかわらないや。


今の僕にできるのは、みんなと普通に接して、困っている人を助ける仕事をする……ただ、それだけだ。


あるじー!早く行くのじゃー!!」


玄関にたどり着くと、準備万端のムラマサが僕の足を速めさせた。


催促の言葉を放った途端、刀の姿に戻ったムラマサを僕は腰に差し、勢いよく玄関を飛び出した。


今日も今日とて、お仕事の時間だ!









◆◆◆◆◆◆







「……やっといったか」


海斗の走っていった方角を見ながら、たかしは一人ごちた。


『前にも言ったと思うけど、僕に誰かを選ぶ権利なんてないんだよ』


あいつの言ったその一言が頭の中で反響し続ける。


たぶん無意識なんだろうが、それを言うときの海斗の表情はとても苦しそうだった。


「ったく、やっぱりあいつ、本当のバカだな…」


言ってて、自然と笑いがこみ上げてきた。


海斗の考えていることは大体予想できる。単純で、それでいて他人ばかり気にする優しさの入り混じった『バカ』の思想だ。


大方、好意を寄せられているのはあくまであいつの能力で、本当は自分のことなんてまったく好きじゃない。だから誰かを好きにはならないし、受け入れることもしない。


そんな感じのことを延々と頭ん中で抱えてるんだろう。


まったく、本当にバカみたいな発想だ。


「まぁあいつらが海斗に好意を寄せるのは、ある意味海斗が原因ではあるがな…」


俺は海斗と出会って、だいぶ経つ。所謂いわゆる幼馴染ってやつだ。


そんな俺だからわかるのか、はたまた他の連中もわかることなのか、それはわからないが……


まぁ結論から言うと、海斗に向けられた好意は、あいつの言う『愛され体質』が原因……などではない。


たしかにその能力は強大で、どんな輩でも、いきなりあいつを嫌いになるような奴はいない。


だが、それはあくまで『初めて会ったときのみ』だ。それが恋愛感情に結びつくかというと、答えは否だ。


二回目以降に海斗と会話した奴は、ほとんどが出会う前と同じ態度になっていた。


しかし、あいつと会話をして、触れ合って、その心を知ったやつは、自然とあいつに好印象を抱くようになっていった……天然ジゴロもいいところだぜ、まったく。


これは、長年の検証から得た結果である。


……今思うと、当時の俺は相当暇だったみたいだ。


で、これらのことから言うに、海斗に対してこの街のやつらや美琴たちが抱いている好意は、決して『愛され体質』なんかによって強制的に生まれたものじゃないってことだ。


特に美琴たちの抱いているのは、俗に言う恋愛のほうの好意だ。ここまでいくやつは、実は意外なほど少ない。


ほとんどのやつが信頼のおける友人とかに対する好意で止まるんだが、それを突き破ったのが奴らってわけだ。


ここで第二の結論を言うと、海斗の考えていることは、全部あいつの被害妄想ってわけだ。


他人の幸せを願うあまり、自分のことを過小評価して、自分で自分を傷つける。それが、『新井海斗』っていう人間だ。


「まったく、アホらしいったらねぇな……こんな笑い話、そうそう転がってねぇっての」


独り言が空へと消えていき、俺は完全に冷めた緑茶を一気に飲み干した。茶の渋みが、余計に笑いをこみ上げさせてきた。


この考えは、海斗に話す気はない。どうせ信じないだろうから、話しても無駄だと踏んだからである。


だが、それとは別にもうひとつ理由がある。


やはり、黙っていたほうが絶対におもしろいからである。


空気の抜けるのような笑い声が、秋の朝の空気へと混ざって霧散していった。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――




~フィキペディア~



『ベアズクロー』


熊の爪のような鋭い牙を持っていることからそう呼ばれている、虎型のモンスター。全長は平均6mもあり、モンスターの中でもかなり凶悪な部類に入る。その強靭さは、爪の一薙ぎで巨木がいとも簡単に斬り倒され、牙の一撃はどんなに堅い装甲をも砕く。

ちなみに雑食で、好物はなぜか野菜である。



いよいよ第三章がはじまりました。


のんびりと、定期的に投稿していくので、今後もよろしくお願いします。


感想・評価、歴史に四苦八苦しつつ待ってます♪

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