28、助けられました
「ほらカホ、シホ、ユナ、ミコト、フィー!!カイトが帰ってきたぞ!!」
勢いよく玄関扉を開け、ロロが屋敷全体に響き渡るほどの大音量で、今日の収穫物の報告をした。
収穫物とはすなわち、ロロが掴んでいる僕と、僕に抱きしめられたままのムラマサだ。
腕を掴んで地面を引きずられる様は、傍から見れば猟師とその獲物のそれに違いない。
……それにしても、今回はいままで以上にひどい有様だ。
床のカーペットは無残にも引き裂かれ、扉はその役目を終えて床に倒れている。壁には無数の銃跡が綺麗な水玉模様のようになっており、階段の手すりはもはやどこにも見当たらない。
凍ったところや、焼け焦げたところなど、状態もさまざまである。
「……どこの廃墟だろうか…」
「残念ながら、ここはあんたの住んでる屋敷だったところだよ」
ロロがため息まじりに、僕の独り言に答えた。
あぁ、見たくなかったよ。まだ築一ヶ月とちょっとなのに、損壊した回数はこれで3回目だ。
修理は『創造の部屋』でいくらでもできるからいいんだけど、こうやって見るとこう…精神的なダメージを被るんだよね…
「あら?カイト、帰ってきてたの?」
頭上から、はきはきとして、それでいてどこか気の抜けた声が聞こえてきた。
我が家崩壊のショックで項垂れていた顔を上げ、頭上を見上げると吹き抜けの先、階段の上に位置する場所に姉さんがいた。
手すりに手を乗せ、いつもどおりの穏やかな顔で、僕のことを見ていた。
「あ、あれ?カホが普通だ……あれ…?」
姉さんの姿を目に入れたロロは、信じられないというような顔をしていた。目の焦点は合わず、姉さんをさす指も震えている。
肝心の姉さんはというと、先ほどからずっと表情を変えずに、僕らのことをじっと見るばかりで動く素振りを見せようとしない。
いったいどういうことなんだ?
まさか、暴れまくったおかげで理性を取り戻したってこと!?もしそうだとしたら、僕としては非常に嬉しい限りなんだけど!
みんなの家族としても、一人の人間の命としても。
特に後半が非常に大事だね。
「ごめんなさいねロロ、心配掛けちゃって。晩御飯はイリアちゃんと孝君が作ってくれているだろうから、子供たちを集めて先に食堂に行っていてちょうだい」
おお、本当に姉さんがいつもどおりだ。これは非常に大きな進歩だよ!
これで今後は少しくらい帰りが遅くなっても、命の危険はなくなるね。
……帰るのが遅いってだけで命の危機に晒されるっていうのも、どうかと思うんだけどね。
「わ…わかった。それじゃあボクは先に行ってる…」
そう言って、ロロは少し覚束ない足取りで食堂へと向かっていった。
なぜかムラマサを連れていき……
あれかな?ムラマサも子供たちの中に含まれているってことなのかな?
「ええ……あ、海斗、ちょっといい?」
「ん?何?」
放心状態のムラマサの手を引いて、そそくさとロロが食堂に行ったのを見計らって、姉さんは今度は僕に声を掛けてきた。
いつもどおりの声色の姉さんに、僕はすっかり警戒心をなくしていた。それこそ、いつもの日常と同じくらいの気持ちまで、完全に非戦闘モードにまで。
ゆっくりと階段を下りてきた姉さんは、座ったままの僕の目の前に立ち、屈み込むようにして僕と目を合わしてきた。
……気のせいかな?なんか姉さんの目が濁ってるように見えるんだけど。なんだかとても恐ろしいことが起きる予感がするんだけど?
「ねぇ海斗。私、海斗がぜんぜん帰ってこなくて、ものすごく心配したのよ?」
「そ、そうなの?」
じりじりと近づく姉さんの顔に困惑しつつ、僕は下手な相槌を打つ。
姉さんの口元は、言っていることとは対照的に、とても幸せそうに歪んでいた。
僕の相槌を聞いてか否か、姉さんは続ける。
「『もしかしたらどこかで海斗が傷ついてるんじゃ…』とか『もしかしたら誰かに連れ去られたんじゃ…』とか、いろんなことを考えたわ。そのせいで私……ううん、私だけじゃないわ。フィーちゃんや志穂、優奈ちゃんも美琴ちゃんも、みんな狂いそうになったわ」
これだけの惨状を作り出すような精神状態を『狂っていない』とすると、もし狂ったらどうなってしまうのだろうか…
これ以上思考するのは危険な気がすると思ったので、とりあえず今のはなかったことにした。
すでに姉さんとの距離は頭ひとつ分ほどしかない。
「だけど、狂いそうになる中、私たちはひとつの答えに辿り着いたの」
「え、何…?」
姉さんは両手で僕の顔を挟み込み、無理やりに目を覗き込んでくる。少なくとも、今の姉さんは正常な精神状態ではないことだけは、かろうじて確認することができた。
目を細め、さらに口元を歪めた姉さんは、僕の顔を挟んでいた手を下ろし、僕の両肩を強く握り締めてきた。
……まさか!
僕は必死に大声を上げようとするが、それは叶わなかった。
僕が口を開くか否かの間に、物陰から4つの影が飛び出してきて、僕の口を何かで覆ってきたのだ。これは、濡れたハンカチか!
そしてそのまま床に組み伏せられ、まったく身動きが取れない体勢にさせられた。
4つの影はニヤリと笑い、僕の顔を見下ろしてくる。
「フィー、優奈、美琴、志穂…どうして…?」
ハンカチが口から離され、僕は叫ぶでもなく、ただただ疑問をぶつけた。
4つの影は、皆僕の知人によく似ていた。ただし、その顔は凶悪なまでに笑顔で歪んでいた。
目の焦点も、もしかしたら合ってないかもしれない……
「みんな……こんなことしても無駄だって!」
なぜみんながこんなことを僕にしているのかは、大体検討がついていた。
その答え合わせと言わんばかりに、姉さんは舌なめずりをしたあと、蟲惑的な声で僕に語りかけてきた。
「私たちの解……それは海斗を二度と私たち以外と関わらせないことよ♪もっとも、賢い私のカイトはもうわかっちゃってたみたいだけど……」
「うふふ……お兄ちゃ~ん♪」
「やっぱり海斗はあたしたちと片時も離れずにいるべきなのよ!」
「……海斗はこれから本当のお父さんになってもらうんだから…ね?」
「えへ、カイトさまぁ~?うれしいですか?わたしはカイト様とずっといられると思うと、うれしくて爆発してしまいそうですぅ~♪」
姉さんに続くように、みんながみんな情熱的かつ病的なまでの愛を僕に投げ掛けてきた。
いつもはこんな風にならない優奈や志穂、フィーまでがひどいことになってしまっている。
さすが姉さんの変態力と美琴のヤンデレパワーだよ。まわりの人にまで感染するだなんて…
正直言うと、みんなに好かれるのは別に嫌じゃない。赤の他人だったらさすがに嫌だけど、一緒に過ごしてきた女の子にこんな風に言われれば、いくら僕でも嬉しいと感じる。
けど、やっぱりこれは…ダメだ!というか監禁とか死んでも嫌だ!!
僕はふつうに恋愛をして、愛し合って、結婚して、ふつうの家庭を築きたいんだ!こんな風に一方的なのはごめんだよ!
そうと決まれば、さっそくいつもどおり脱出を…
「させないわよ?」
「ぐえっ!?」
拘束を即行ではずして、全力で食堂に逃げ込もうとした矢先、先回りされた姉さんにふたたび組み伏せられてしまった。
ついでに鳩尾に肘が決まり、僕の意識も一瞬で持っていかれそうになった。危ないアブナイ……
「海斗はちょっとわたしたちを甘く見すぎたみたいね。わたしたちだって、元の世界にいたころとは違うのよ?」
姉さんの足には羽付のブーツ、通称『ラビッツステップ』が履かれていた。
他の四人も、それぞれ戦闘でいつも使っているような装備で僕のまわりを囲っていた。
これは……完全に本気だ…!
まずいな……完全に油断してたよ。まさかこんなことになるだなんて……
このままだと、本当に監禁生活をエンジョイすることになっちゃうよ。
……それだけは…それだけは絶対に嫌だ!子供のころのトラウマがフラッシュバックしてきて、余計に嫌悪感が!
「お兄ちゃん……んっ…ちょっと!…んもう!ちょっとは大人しくしてよ!」
「……そんなに暴れられると、落っことしそう…」
「ここで暴れないでいつ暴れるのさ!?というかいったいどこに向かおうとしてるのさ!?なんで外に行こうとしてるのさ!!」
まさか洞窟かどこかに永住する気じゃないだろうね?じゃないとしても、なんでわざわざ別の場所に移動するのさ!
そこまでして僕のことを監禁したいの!僕なんか監禁して何が楽しいのさ!?
ああもう、抵抗はムダだし、姉さんたちの考えはまったく読めない……これじゃあラチが明かないよ!
「……べ、別に『拉致』と『ラチ』をかけたわけじゃないんだからね!」
「急にどうしたのですかカイト様!?」
監禁なんて暗い未来しかないじゃないか!ゲームだったら完全にバッドエンドだよ!
お願いだよ…誰か…誰か僕を助けて!
「み、みなさん!いいいいいったい、何をしているんですかっ!!」
どうやらこの世には、聖女がいたらしい……
猫耳のようなものがついた帽子を被り、その少女は颯爽と僕らの前に現われた。
安心したせいだろうか、急激に眠気が僕を襲った。
エレメントとの戦闘で疲弊しきった体は限界はとうに超えていたらしく、僕の意識はどんどん暗闇の中に落ちていく。
『あ………なにを…………るんで………!』
『……関……ない………かえ……なさ……』
薄れゆく意識の中で、姉さんたちと聖女の子の叫ぶ声だけがかろうじて聞こえてきた。
……君はいったい……誰なんだ…
◆◆◆◆◆◆
起きるとき、誰でも何度か経験したことがあるであろうこの感じ。
意識はぼんやりとだけど覚醒してきているのに、瞼が重くて開かない、そんな感じ。
僕はなかなか開かない目を無理やりこじ開け、網膜に朝の光を取り込んだ。
あれ、朝?えっと、昨日はどうしたんだっけ?
「……んぁ……ここは…?」
真新しいシーツの香りが鼻をつく。誰かが寝た形跡はあまり感じられない、新品のベッドで僕は寝かせられていた。
ようやく意識が戻ってきて、ふとあたりの様子が気になった。
昨晩寝てしまった美琴の部屋とは違い、何もない部屋……それこそ、この部屋にもともとあったベッドやタンス、クローゼットなど以外、何もないくらいだ。
唯一、机の上に鎮座している古びた熊の人形が、ここに人が住んでいることを主張していた。
誰の部屋なんだろうか。少なくとも僕の部屋ではないし、思い浮かぶ人にこの部屋に住む該当者はいない。
「んぅ……えへへ……」
鈴を鳴らすような、小さな声が聞こえてきた。
それは、ふわふわの何かに包まれた何か。否、そんな帽子を耳元まで被った一人の少女だった。
ちょっと煤けた金髪に、見覚えのある洋服に身を包んだ少女……サーシャは、ベッドに頭と手を乗せて幸せそうにニヤけながら寝息をたてていた。
……どうしてここにサーシャが?
「えへへ……ロロ……美味しそうなパンがこんなにいっぱい……」
……どうやら、本当に幸せ夢を見ているみたいだ。きっと、スラムにいたころの楽しい思い出でも夢に見ているんだろうな…
「ふふふ………んぅ……あれ、わたし…」
どうやら目が覚めたらしいロロは、案の定な反応をしながら、寝ぼけ眼であたりをキョロキョロと見回し始めた。
そして、僕を視界に収めた途端、驚くでも叫ぶでもなく、ただただ幸せそうに微笑んだ。
「おはようございますカイトさん。もう起きてらっしゃったんですね」
「え、う、うん……」
予想外の反応に、ちょっと戸惑ってしまう。ここに僕がいるのは、サーシャにとって当然のことだったのだろうか。
そういえば……僕は姉さんたちに監禁されそうになってたんだっけ。それで、ぜんぜん抵抗しても逃げられなくて万事休すの状態だったところに、誰かが颯爽と現れて、それで……
「それにしても、昨夜は本当に大変でしたね。危うくカイトさんがこのお屋敷からいなくなるところでしたよ。あ、ちなみにこの部屋は、わたしに宛がわれた部屋なので、安心してくださいね」
部屋の見た目からしてどうやらサーシャは僕らと同じで、本館の空き部屋を使うことにしたみたいだ。
サーシャが本館ってことは、ロロやダドリーとかのスラムのリーダー格も本館の空き部屋を使うことになったのかな?
……あれ?サーシャはなんで昨日のことを知っているんだろうか。
考えてみれば、あのとき見た少女の姿と、サーシャの格好は完全に一致している。
「まさか、あのとき僕を助けてくれたのって……」
「はい、わたしです♪」
……信じられない。あのほわ~んとしたイメージのあったサーシャに、姉さんたちと対峙する度胸と丸め込むだけの説得力があっただなんて。
いや、今はそんなことを気にしている場合じゃないや。
「本当にありがとうサーシャ!おかげで命拾いしたよ!!」
「そ、そんな!わたしはそんな、お礼を言われるようなことは何一つしてませんよ!?」
ベッドから半身を起こした状態のまま頭を下げ、サーシャに慌てて頭を上げさせられた。
そこまでのことをサーシャはしたっていうのに……なんて謙虚なんだろうか…
まぁでも、これ以上無理に言うのはやめたほうがいいか。逆に気を遣わせてもいけないし。
「ホントに助かったよサーシャ。でも、どうやってあの暴走状態の姉さんたちを止めたの?」
もし、脅しのような内容なら、今後なにかあったときに使えるかもしれない。
これは、是非とも知っておきたい情報だ!
「えっと……その……秘密です!」
「えー!?秘密ですかい旦那!!」
予想外の答えに、つい変な口調になってしまった。
というかテンパったときのがこれって、相当まずいと思うんだけど、そこは気にしないほうがいいのかな。
「(まさかわたしの秘蔵のお宝、『☆どきどきデートプラン!あの人もわたしの虜☆』と『シャドーマント』を渡して解決しただなんて言ったら、カイトさんはきっと気にしちゃうもんね、うん!)」
何かを納得したかのような顔つきで一人うなずくサーシャはさておき、朝ってことは、朝食を作らないといけないよね。
僕はベッドから足を出して床に着き、ゆっくりとした動作で立ち上がる。立ったときに、ちょっとだけ立ち眩みしてしまったけど、どうやらどこにも問題はなさそうだ。
「それじゃあ僕は先に降りてるよ。今回は本当にありがとうね♪」
最後にお礼を言いつつ、僕はドアを閉めた。
『はっ、わたしはいったい?あ、あれ、カイトさん?カイトさん!?』
扉の奥からサーシャの叫ぶ声が聞こえてきたけど、特に問題はないだろう。
「う~ん。今度、お礼も兼ねて、みんなの好きなものを買ってあげないといけないなぁ…」
今日の朝食のメニューを考えつつ、そんなことを頭の隅で考える、気持ちのいいこの頃。
本日も、平和な日でありますように……
………無理かな?
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~フィキペディア~
『☆どきどきデートプラン!あの人もわたしの虜☆』
蜂の巣社が2007年に発売した女性雑誌。意中の男をメロメロにする術がびっしりと書かれており、当時の恋する乙女たちの恋心をさらに燃え上がらせ、恋愛世界に革命を起こした。しかし、媚薬投与や監禁、他の女性の排除など、かなり非人道的なことも多く掲載されていたため、販売を禁止された。
創造神アルティナの私物であったが、なんらかの拍子に紛失。それをたまたま地上で見つけたサーシャは、初めて手に入れた本として、とても大切にしていた。
ちなみに、内容は難しくてほとんど理解していなかったという。
『シャドーマント』
魔力を注ぎ込むと一定時間だけ姿を消すことのできる魔道具。サーシャが物心つく前から持っていたもので、スラムで生きるための必須アイテムとして皆、重宝していた。
しかしスラム生活に終止符を打ったことをきっかけに、手放すことにしたという。
ちなみに、果穂たちがこれをどのように使うのかは、ご想像におまかせする。
現在の入手方法は不明。
フィキペディアに出てきた本、制作会社等はすべてフィクションです。こんな危険な魔道書のような本は世の中に決して出回ってなどおりません。
感想・評価、魔道書に恐怖を覚えつつ待ってます♪




