26、閉じ込められました
「…そんなことがあったんだ…」
白衣さんの話を聞き終えた僕は、若干ショックを受けていた。
白衣さんの話を頭の中で巡らせていく。
目を覚ました白衣さんたちは、街で眠っていた人たちと同じで、自分が眠っていた理由がわからなかった。
みんな状況が呑み込めず、不安な空気が立ち込めていたエントランスに、フラフラとソラリスが入ってきて、白衣さんたちの顔を見るなり、その場に座り込んでしまったらしい。
白衣さんはすぐさま回復魔法を発動させ、ソラリスの精神を安定させ、話を聞いた。
そこで初めて、自分たちがエレメントに眠らされたことを知ったという。その話で今年一番の衝撃を受けたとは、白衣さんとそのほかの人たちの声だ。
そして自分がエレメントの攻撃を逃れ、隠れているところに僕が来て、そのまま僕がエレメント討伐に出向いたあたりまで話して、ソラリスの様子が一変。
鼻を鳴らして泣いていたソラリスは、僕の話をし始めた途端に怒りの表情で顔を歪ませ、僕が出て行った話をした途端、暴走し始めたらしい。
何でも、【カイト様がエレメントに殺されてしまう】【そうなってしまったら私は生きていけない!】と叫びながら、ギルドを飛び出して行こうとしていたとかで、それをみんなは必死に抑えていたんだとか。
しかし、百戦錬磨の戦士ギルドの人間でも、ソラリスの力には敵わず、次々と数を減らしていった。
……普段の様子からは信じられないけど、ソラリスはかなり腕が立つらしい。フィーが強いのも、そのあたりが関係してきているのかな?
で、もう突破されるってところで僕が突っ込んできて、今に至る。というわけらしい。
こんなの、8割以上が僕のせいじゃないか!
「ごめんみんな……僕が自分勝手に動いたせいで…」
『いや、いいんだカイト。確かにソラリスには痛い目に遭わされたが、エレメントを倒してもらえたんなら、それで十分だ』
『そのとおりです。カイトさんは、未知の生命体であったエレメントをたった一人で倒したんですよ?僕らの怪我なんて、カイトさんの苦労に比べればどうってことありませんよ』
『ああ。傷つくのは慣れてる。そんなに心配すんじゃねぇよ!』
みんながみんな優しい表情を浮かべて、僕の心を慰めてくれた。
僕のせいで、致命傷ではないにしろ尋常ではない怪我を負ったはずなのに、それでも僕を許してくれる。
僕は…いい仲間に恵まれたんだね。
「ありがとう…ありがとうみんな…」
『泣くなカイト。わたしたちは当たり前のことを言ったまでだ』
『そのとおり♪カイトきゅんは何も悪いことはしてないっての。むしろ勇者としての仕事を完璧にこなしてるじゃないか!』
嬉しいなぁ。嬉しいはずなのに、なぜか涙が出てくるや。
さっき泣いたばっかだから、しばらくは出ないって思ってたのに…
「あーっ、ごほんごほん!なに男同士で『らぶこめ』のような展開を醸し出しておるのじゃ!」
足元からムラマサのわざとらしい咳払いが聞こえ、僕らの和やかな雰囲気は元に戻った。
まったく、ムラマサは嫉妬深いな。別に男同士なんだから、何かあるわけじゃないんだしさ。
みんなだって、別にそんなつもりで言ってきたわけじゃないだろうし。ほら、みんなムラマサの発言にポカーンとしてるじゃないか。
まったく、ムラマサはしょうがない子だなぁ。
「主よ、現実を見るのじゃ。約一名だけ、動揺しすぎて部屋の水瓶に突っ込んでいるのじゃ」
「あっはっは、何言ってるんだいムラマサ。そんなの幻覚に決まってるじゃないか!」
僕と話していたのは最初っから4人だったんだよ?
もし水瓶に人が突っ込んでいるんだとしたら、僕と話していたメンバーは僕とムラマサを除いて5人もいるじゃないか。
それじゃあ一人多いよ、もう。
「…あくまで見えてないつもりなんじゃな」
『……すまないな。あやつは少々変わったやつなんでな…なぜか男を好きになってしまうんだ…』
大丈夫、僕に恋愛感情を抱く同性なんてこの世にいるわけがないんだ。
大丈夫大丈夫、この涙はさっきの嬉し涙の残りだから。
……あはははははは……はぁ……
◆◆◆◆◆◆
『あ、カイト君いらっしゃい。待ってたよ♪』
部屋の扉をノックすると、中から魔法使い姿の女性が出てきた。
男性陣から『ソラリス嬢の様子を診てこい』と言われ、ちょっと気後れしつつも、僕はソラリスのお見舞いに来ていた。
原因の大半が僕である以上、ソラリスを放ってそのまま帰るというのはさすがに嫌だったので、みんなに後押しされたのは、ある意味幸運だったかも。
「主よ、そろそろ縄を解いてくれてもよいのじゃぞ?」
脇に抱えたムラマサが、そんな戯言を言ってきた。
そろそろ解放してもいいんだけど、こんなところで解いたら、またソラリスに危害を加えるかもしれない。
そう思い、なかなか縄を解く気になれずにいた。
『それじゃあ私たちは隣の部屋にいるから、何かあったら言ってね?』
『ついでに、ムラマサちゃんもわたしたちが預かっておくわ♪』
部屋の中からぞろぞろと女性が出てきて、隣の部屋へとどんどん入っていく。
出てくる一人ひとりが、自分の職業にあった装備をしていて、物珍しさでついつい見てしまう。
何人かの人が部屋から無理矢理に出てくるせいで、押し出された拍子に、脇に寄っていた僕に思いっきり体当たりしてきた。
『ごめんね~』と言いながら、しばらく離れないもんだから、結構戸惑ったよ。からかわれるのはあまり得意じゃないのに…
ようやく全員が隣の部屋に移り、僕のいる廊下から人影が消えた。
……あれ、そういえばムラマサがいないや。
『離せ!離すのじゃ!あんな雌犬と主が二人っきりなど、わしは許さぬ!!このままじゃ、主が喰われてしまうのじゃ!!』
『おとなしくして!ムラマサちゃんがいたら、ソラリスちゃんとカイト君のラブラブ展開が盗み聞きできないじゃない!』
『ムラマサには悪いが、あたしたちはソラリス応援派なんでね。ちょっと強引だけど、勘弁な?』
『ふがーっ!あんまりなのじゃー!!』
……?ソラリスの隣の部屋、妙に騒がしいな。
きっと、みんなで楽しくお喋りしてるんだろうな。
「……さて、僕も覚悟を決めるとしますか」
ドアノブの手を掛け、深呼吸をして、と。
手首を捻り、ドアノブを回す。予想以上に軽い力で回ったな…
ドアの鍵がはずれ、ゆっくりと部屋の全貌があらわになっていく。
まず目に入ったのは夕陽に紅く染まった部屋の壁。珍しい型の剣やら勇猛な男の描かれた絵画などが立て掛けられており、いかにも戦士ギルド調だと感じた。
そしてその真横には本棚、そしてその向かいにソラリスの横たわるベッドが置かれていた。
相変わらず穏やかな息遣いで眠るソラリスを見て、ホッとする。もしかしたらまた泣いてしまっているのでは、と思っていたんだけど、杞憂に終わったみたいだ。
「お見舞いに来たはいいけど、何をすればいいんだろう……」
ずっと寝顔を見ているわけにもいかないし、かといってこのままハイさようならというのも寂しい。
……とりあえず、インデックスの整理でもして待つとしますか。
そう思い、インデックスを虚空に開き、中に腕を突っ込んで簡単な整理を始めることにした。
けっこうたくさん入れていたみたいで、中にはさまざまなアイテムが存在していた。
~10分後~
「う~ん、こんなものかな?」
一応、素材や回復アイテム、武器や防具など種類別に整理してみた。
はたしてこれで使いやすくなったのかと言われると、なんとも言えないけど……まぁいいかな?
「ん……ふわぁ~…もう朝?」
お、どうやらソラリスが目を覚ましたみたいだ。暇つぶししながら待った甲斐があったね。
「あれ?カイト…様?どうし…………ああ!?」
何を思ったのか、器用にベッドの上に立ち上がったソラリスは、両手で頭を抱え、顔を真っ赤にした。
そしてそのままゆっくりと座り込み、少し悶え始めた。
「あぁ、私としたことが、あんなにも取り乱して…恥ずかしいったらないよぅ…」
あらやだこの娘可愛い。
プルプルと震えながら、先ほどのことを思い出しているであろうソラリスは、もはや耳まで真っ赤である。
このまま放っておいてもいいんだろうけど、そんなことしていたら、いつまでたっても帰れる気がしないや。
「あのソラリスさん、先ほどのことはそこまで恥ずかしがるようなことでは――――」
「ああダメ、私は何を思い出しているの!どうしてさっきからカイト様の体の感触ばかり思い出しているの!?私はそんな下心を抱いてカイト様に抱きついたわけじゃないのに!!」
「あのソラリスさ――――」
「でも、カイト様の胸の中……あったかかったなぁ……願わくばもう一度あの胸の中に飛び込んで……ああもう!私はいつからこんなふしだらな女になったのよ、ソラリス・クルーガー!!」
「…………」
ダメだ。ぜんぜん聞いてないや。
こんなとき、僕はどうするべきなんだろうか。
やっぱり帰るべきなんだろうか。このまま待っていても、いつになるかわからないし。
それに、今のソラリスには僕は映っていないみたいだから、ソラリスの独白を僕が聞いていることも気づいていないんだろうな。
……ソラリスが僕に気づいて余計に悪化する前に退散するとしよう。話は後日すればいいことだし。
そう割り切った僕は、部屋の扉のドアノブに手を掛け、また手首を捻る。
『しかし開かない。どうやら扉に鍵が掛かっているようだ』
外側から意味不明な言葉が聞こえてきた。ドアは押してもビクともしない。
……気を取り直してもう一度。
ドアノブに手を掛け、手首を捻り、今度はドアを手前に引く。
『この扉は外開きです。そんなことしてもムダですよバーカ』
いやに挑発的な声が、扉の外から聞こえてきた。声からして女の子だろうか。
「あの、誰かいるんですか?」
ドアをドンドンと叩き、声の主に声を掛ける。木製の扉を叩く音が、部屋の中に響き渡る。
ベッドのほうから聞こえてくる独白は相変わらず僕の鼓膜に響いてくる。
『誰もいません。いいからそこのお嬢さんと早くイチャイチャチュッチュしなさい。さすがの私も我慢の限界なんですからね?』
……うん、大体理解した。
おそらく部屋の扉の前には、ちょっと前までこの部屋にいた女性の何人かが陣取っていて、僕が部屋から出るのを阻止している。
他のメンバーも、今の話の内容からして、おそらく僕とソラリスの話をどこかから盗み聞きしているのは確かだ。
……アイドルの件といい、やはりギルドのみんなとは一度『お話』するべきだね。
「さて、どうするべきかな?」
部屋のドアは封鎖され、部屋からは出られない。
窓も小さいので、僕の体格では脱出は不可能。せいぜい通れるのは猫くらいだろうか。
ドアが開く条件は、ソラリスとの会話だけど、肝心のソラリスは絶賛独白大会の真っ最中だし。
ソラリスの悶絶が終わるのを待つにしても、せめて陽が沈む前には帰らなければ。子供たちは不安がるだろうし、何より優奈たちが暴走して挙兵しかねない。
そんなことになれば、最悪の場合、この国が滅ぶかもしれない。
どうするべきなんだろう。この状況での、最良の選択肢は……
「……覚悟を決めるしか、ないのか」
扉から手を離し、ゆっくりとベッドに近づく。
もはや痙攣までおこして大変なことになっているソラリスは、未だに何かを大声で叫びっぱなし。
僕は自分の胸をドンッと一回だけ強く叩き、もう一歩ソラリスに近づく。
そして――――――――
「だからあそこでグッと堪えていればあるいは………ふぇ?」
「少し、落ち着いてください、ね?」
僕は正面からギュッとソラリスを抱きしめた。ソラリスと触れている部分から、人肌のぬくもりを感じる。
遠い昔、母さんが僕に言った言葉が、頭の中を駆け巡る。
(もし、悲しみや苦しみ、恥ずかしさで震えている女の子を見つけたら、やさしく…とってもやさしく抱きしめてあげるのよ?)
当時まだ幼かった僕にはわけがわからなかったけど、もしかしたら今日みたいなときを思っての、母さんからのアドバイスだったのかもしれない。
もしかしたらぜんぜん違う意味かもしれないけど、今回は僕の脳内での言い訳として使わせてもらうよ。
「あぅ……はああぁ…♪」
「……これでよかったのかな?」
ソラリスの硬直が少しずつ解けていくのがわかる。しかしそれに比例するようにして、僕の体に沈み込む面積も広がっていく。
ソラリスさんの顔は、もうすでに僕の胸の中に完全に埋まってしまってる。
本当にこれでよかったのかわからないけど、とりあえずはなんとかなりそう……かな?
ちょっと話が延びてしまいましたが、もう少しお待ちください。
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