24、倒しました
金属と金属が触れ合い、甲高い音があたりに響き渡る。
目の前には真っ黒な大剣、そしてそれを軽々しく振り回す少女。口元は怖いほど吊りあがり、猟奇的な笑みを浮かべている。
一方、その大剣を刀で受ける僕の顔には、冷たい汗が流れていた。
もうすでに何十回と刃を交えているけど、一向に戦況はよくならない。
相手の力は尋常じゃないほど強いけど、技術なら完全にこちらが上回っている。本来ならもうとっくに、僕の勝利で決着がついている頃だ。
だけど僕は、今だに決定打を打ち込めずにいる。
「はぁ!」
鍔迫り合いになっていた刃に力を込め、相手の体勢を崩す。と同時に相手の懐に潜り込み、刀を突き出した。
いつもなら、このまま僕の一撃が相手の体を貫いて決着がつく。
しかし、今回ばかりはそうもいかなかった。
『我が従順なるしもべよ。我が盾となれ。〝ウォール〟』
「っ!まただめか!」
貫くその刹那、光輝く透明な障壁が刃の前に現れ、ことごとく防がれてしまった。しかしこれはすでに予想済み。
すぐに状況を把握した僕は、バックステップですぐさま距離を置く。
このやりとりも、さっきから何度繰り返しているのだろうか。
さすがにこう何度も弾かれると、さすがに体力が持たない。
「はぁ…はぁ…」
まずい、息まで切れ始めた。まだ筋肉の痙攣まではしてないけど、もう長くは戦えないだろう。
唯一救いなのは、相手も同じ状況だってことくらいだろうか。
笑みこそ崩さないけれど、少女の……もといエレメントの動きは先ほどより確実に鈍くなってきている。魔法の詠唱速度も遅くなってきているし。
……亡霊みたいな存在のエレメントにも、疲労という概念はあるのだろうか。
もしあるのなら、それは僕にとって好都合だ。
『〝デビル・メイ・クライ〟』
唐突に聞こえてきたソプラノ声。
その直後、エレメントが大剣を下段に構えながら突っ込んできた。
剣を先ほど以上に禍々しい漆黒に染めて。
「わわっ!?危ないじゃないか!」
新技?いままでこんな技は見た事がない。
大剣が下段から僕の肩へ向かって振り上げられる。それを刀で受け止めず、あえて横に転がって避ける。
間髪入れずに僕の膝目掛けて振り下ろされ、それを後転の勢いで避け、同時に地面に足をつけた。
相手の勢いはそこで止まらず、突き、振り下ろし、一文字、薙ぎ払い……さまざまな方法で斬撃を繰り出してくる。
暴風と共にくるそれらを、僕は紙一重で交わしていく。髪が切れ、服が裂けるのもおかまいなしに。
はずれた斬撃は衝撃波となって飛び、あたりを粉々にしていく。あんなものをこの体で受けたらと思うと、ゾッとする。
『主、なにをしておるのじゃ!ちゃんとわしで受け止めるのじゃ!』
僕の手の中で騒ぐムラマサの声を、僕はあえて無視する。
普通の攻撃ならまだしも、今の斬撃をムラマサで受けてしまったら最悪、ムラマサは砕けてしまうだろう。
〝デビル・メイ・クライ〟って言ったっけ。僕は悪魔じゃないけど、さすがに泣きそうになるよ。
でもさっきまでぜんぜん使ってこなかった技を、しかもこんな高威力の技を使い始めたってことは、相手も結構追い詰められているってことだろう。
ならばその好機を逃す手はない!
僕はムラマサに小声で指示を仰ぎ、次の行動に移った。
よし、準備は整った!
ようやく斬撃の嵐が収まった。僕はその隙を逃すまいと、また敵の懐に突っ込んだ。
エレメントは目を見開いたけど、すぐに不敵な笑みを作り、僕の前に障壁を作り出した。障壁は先ほど以上に眩い光を放っている。
『クスクス……何度やっても同じことよ。この魔法の壁、あなたには決して壊すことはできないわ!』
高らかと笑っているわけじゃないけど、エレメントはきっと自分の勝利を確信しているのだろう。先ほど以上に口元は歪められている。
攻撃を与えられず疲労ばかりが蓄積す僕と、消耗はしているけど攻防共に完璧なエレメント。普通に考えれば、絶望的な状況だ。
ゲームだったら、すぐにリセットボタンに手を伸ばすような事態だ。
けど、僕にはまだ『こいつ』がある!
「草陰一刀流…弐の太刀『海刃』!」
いつものように技名を叫び、それと同時に刀を障壁に捻じ込む。刀は水色の淡い光を放ち、僕の気力をどんどん吸い上げていく。
しかし、刀は障壁を破ることはなく、その攻撃はエレメントに届くことはなかった。
『クスクス…やっぱりだめ…………え?』
初めてエレメントが笑み以外の表情を浮かべた。目を見開き、口をぽかんと開けたその姿は、まさに驚愕という言葉がぴったりな表情だった。
障壁にヒビが入る。僕はさらに気を込めながらムラマサを突き立てる。
そう、僕の目的は最初からこれの破壊をすることだったのだ!
……だれに向かって僕は言っているのだろうか。
ミシッ、パキッと音が鳴り、障壁に入ったヒビがどんどん広がる。
そして、もう一度グッと力を込めた途端、障壁は粉々になって消え去った。
『嘘…私の魔法が…』
綺麗に舞う障壁の欠片たち。それらは僕らのまわりにやさしく降り注ぎ、雪のように消えてなくなった。
惑うエレメントは剣すら地面に捨て、もはや後ずさりしかしない。
草陰一刀流、弐の太刀『海刃』は、一点集中の超高威力技。その威力は、ダイヤモンドすら軽く砕くほどだ。
ちなみに、ついさっきまでバカみたいに何度も何度も、エレメントに向かって攻撃を行っていたのは、障壁の強度を確認するためだったのだ。幾度となく斬撃を加え、障壁の耐久度を調べ、『海刃』の威力調整を脳内で行う。
『海刃』は気力と体力を、威力に比例して消費するので、むやみやたらに強いのを撃つと、体が持たない。なのでこうして、障壁を破壊できる程度の力にまで抑える必要があったんだ。
『嫌よ…私は…こんなところで消えるわけにはいかないのよ!』
最後の悪あがきか、魔法詠唱に入るエレメント。しかしそんなものをもう恐れたりなんてしない。
ゆっくりと、確実にエレメントとの距離を縮めていく。一歩前に出すたび、エレメントから『ひっ』と短い吐息が聞こえてくる。
エレメントを囲む赤い光が魔方陣の中央に集約していく。エレメントの目には殺意も余裕もなく、もはや恐怖しか残っていない。
『我が血よ、敵を貫け!〝ブラッドスピア〟!!』
光線のようなものが魔方陣の中央から飛び出し、僕の左の肩を貫く。傷口からは血が流れ出し、僕の服を血染めにしていく。
ものすごく痛い……けど、悶えるのはまだ早い。
血を垂れ流し、地面に赤い点を打ちながら、ゆっくりと…確実に少女に近づいていく。
作戦は、まだ終わっていない!
『嘘よ…どうして……どうして平然としてるのよ…』
「平然となんかしてないよ。しょうがないほど痛くて、今にも泣き出しそうだよ」
『ならどうして!』
もはや最初のころの余裕さはなく、今のエレメントは年相応の少女のように泣き叫んでいる。
これが、この子の本性なのだろうか。
確かエレメントが人を襲うようになるのは、『自身の体が成熟したとき』だったっけ。
もしかしたら、今僕の目の前にいるエレメントは、人間にしたら見た目相応の年齢なのかもしれない。
そう思うと、僕の心は悲鳴をあげる。【もうこれ以上戦いたくなんかない】【ここから逃げ出したい】と臆病な考えを次々と生み出していく。
もう、これ以上は耐え切れそうにないや。身体も、心も。
「ごめん…」
刀を振り上げ、照準を少女の首に合わせる。
ガチガチと歯を鳴らしながら震えるエレメントを見ていると、涙が出てきそうになる。
でも、もう止めることはできない…
「僕のことは、絶対に許さなくていいから」
『い…いや…』
『いやあああああああああああああぁぁぁ!!!』
濃い霧の中、耳を劈くような悲鳴が響き渡った。
◆◆◆◆◆◆
「あ、どっこいしょっと。このあたりなら大丈夫かな?」
『うむ、人里からもかなり離れておる。心配はないじゃろ』
ムラマサの賛成も得、僕は木に持たれ掛けさせたものを見据えた。
大木に寄りかかって眠る少女。つい先ほど、僕が気絶させたエレメントだ。
目元は濡れ、寝言からは死への恐怖が延々と零れてきている。
「う~ん…ねぇムラマサ、ここまでする必要あったのかな?」
『殺したくないと言ったのは主じゃろ?じゃったら二度と人里に近づきたくないと思わせるほどの恐怖を植えつけるほかないじゃろ?」
「そうなのかもしれないけどさ?」
なんか今のこの子を見ていると、心が痛すぎる……
もっとこう、ロロのときみたいに平和に解決する方法はなかったのだろうか。
『それにしても、あのときは驚いたのじゃ。あのときはさすがのわしも、自分も耳を疑ったものじゃ…』
「いやぁ…はは…」
あのときとは、『海刃』を放つちょっと前。当時、僕はムラマサに小声でこう言ったのだ。
『あの子を殺さずに、この事件を解決する方法はないかな?』と。
あのときの僕はそのことで頭がいっぱいだった。
敵が人の姿をしているってだけでこのザマじゃ、みんなから笑われても仕方がないや。
でも例え偽者だったとしても、恐怖する相手を殺すことは、僕にはできない。
ちなみに、あの幻影を斬ったときも、最初の一体には刃を向けていなかったりする。刀の背の部分で斬りつけたので、肌は裂けず、肉の潰れる音だけが僕の耳を掠めた。
しかし音だけで、手ごたえを感じなかった僕は、すぐさま刃を表にして闘った。なんとなく、生を奪った感じがしなかったからだ。
いま思うと、それも結構危ないことだったんだなと思う。もし、幻影ではなく本体を斬っていたのなら、大惨事になっていたのかもしれないのだ。
あぁ…斬らなくて、本当によかった。
『まったく…主は底抜けのお人好しじゃの。いや、この場合は『魔物好し』かの?』
「魔物好しって、なにさ?」
『かっかっか、主にぴったりの言葉じゃないか!』
はぁ、まぁそのとおりかもしれないから、いいんだけどさ。
あと、この子は魔物じゃなくて、正確には妖精らしいんだけどね。確かそんなようなことをソラリスが言っていたような気がする。
妖精さん、か。
(ん?呼んだか?)
呼んでません!
(ひでぇ!?)
僕の脳内妖精さんはどうでもいいとして。
なんか妖精のイメージってもっとこう、羽の生えた小さな人間とかそんな感じだったから、結構驚きである。
まぁ今目の前にいる少女もただの変身らしいから、実際の姿がどんなものかはわからないんだけどね。
『さて主よ、仕事は済んだのじゃからさっさと帰るとするのじゃ。わしはもう空腹が限界なのじゃ』
刀の状態で器用にお腹を鳴らすムラマサに、ついつい噴きそうになった。
少女の姿でも刀の姿でも、行動はほとんど変わらないんだよね。でも、急激に性格が変化したりするよりはいいかな。
「よし、じゃあ帰るとしますか」
『うむ♪と、その前にじゃな…』
一瞬刀が輝き、光の中から少女の姿になったムラマサが出てきた。どうやらまた擬人化したようだ。
紫の蝶が描かれた黒和服の袖から、白い手が伸び、僕の腕に絡まってきた。
「さぁ主!わしと帰宅デートじゃ♪」
「そんな言葉、どこで覚えたの?}
たしかだいぶ前に読んだライトノベルに出てきていた単語だったような気がするんだけど。
大方、美琴あたりがおもしろ半分で教え込んだのだろう。
なんでもかんでも覚えてしまうあたり、ムラマサはある意味天才なのかもしれない。
……才能の無駄遣いパート2である。
「さぁさぁ主!早く早くぅ!!」
「わかったから、ちょっと待って!痛い!肩の傷口が広がって痛いから!!」
なんか傷口からブチブチッって音がしてるんだけど!?
ぐいぐいと腕を引っ張ってくるムラマサを何とか静止させ、すぐさまインデックスから大量のグラム、ついでに厚手の毛布を取り出す。
服を脱いで包帯を取り、ポッカリと穴の開いた左肩に、緑色のグラムをドバドバとかけていく。十瓶目でようやく傷は完全に塞さがり、出血も止まった。
それにしても、グラムってホントに下級回復アイテムなの?やっぱり万能薬か何かなんじゃないのかな?傷口にもぜんぜん染みないし。
傷の塞がりを確認した僕は、血塗れの和服をふたたび羽織り、ゆっくりと腰を上げる。
そして、木にもたれ掛かるエレメントに近づき、少女の前でふたたびしゃがみ込む。
「主よ、何をする気じゃ?」
「え?いや別に?」
ムラマサの疑問を適当に流す。
実際、説明するほどのことをしようとしているわけじゃないし。
「~~~♪よし、これでいいや。行こっかムラマサ」
やるべきことをやった僕はムラマサの手を握って、森の中を抜けていく。もう霧はだいぶ晴れ、午後の涼しい風が頬を撫でた。
ムラマサも目を細めて、どこか気持ち良さそうにしていた。髪をなびかせ、大人然としている。
ちょっと背伸びして歩いているので、余計に子供っぽさを感じるけど。
「むっ、いま主から失礼なものを感じたのじゃ」
「あはは、何の事だか」
「ふがーっ!さてはまたわしのことを子供っぽいとか思ったのじゃろ!?」
にぎやかな声が森に響き渡る。小鳥や木々も楽しそうに歌を奏でている。
今日は、いい夢をみれそうだ。
◆◆◆◆◆◆
主に手を引かれながら、わしは後ろを振り返って、小声でつぶやく。
「ふぅ、本当に主は『魔物好し』じゃの。お主もそうは思わぬか?」
わしの目の先、老齢な木の根元で眠る小童は、薄桃の毛布に包まれて眠っておる。
その顔からはすでに恐怖はなく、あるのは安堵の表情のみ。口元も、今は優しい弧を描いておる。
その姿はわしの目には、お包みに包まれる赤子のように見えた。
主は『お人好し』で『魔物好し』。この考えはもはやわしの中で、確固たるものとなりそうじゃ。
ようやくバトル編が終わりました。
書いてて結構楽しかったのですが、やっぱり戦闘描写は難しいですね。
もっと精進していきたいものです。
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