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22、惑わされました

「うわっ、なんだこれ?」


『ううむ…前が見えぬのぅ…』


ギルドを出た途端、街に異変が起きていることに気づいた。


まわりが濃い霧に覆われてしまっているのだ。それも尋常ではないほどのものだ。視認できるのはせいぜい5mが限界だろうか。


これじゃあ人の顔もろくに見えないや。でも、それどころじゃないからとりあえず無視しよう。


(無視していいのかよ!)


うるさいよ、僕の脳内妖精さん!というか君は前に僕が封印したはずだよね!?


はぁ、もういいや。放っておこう。


「まずは下流住宅地のあたりを捜索しようか」


「そうじゃな。ここからもっとも近いのはそこじゃかの」


ムラマサの賛成も得て、僕は南下して下流住宅地を目指すことにした。一歩踏み出すと、顔や腕にひんやりとした空気を感じた。心地いいような、気味の悪いような、不思議な感覚にとらわれる。


ちなみに『マリーさんの散歩道』は捜索範囲から除外した。あそこの穏やかな雰囲気は魔物でさえ戦意を喪失するほどだし、実力のある人も集まっているから何か起きても大丈夫だ、と踏んだからである。


「それにしても…人間を捕食するのか。なんだか不気味だね」


「そうじゃな。いままでの魔物もある意味人間を供物にしてはいるが、物理的なものはこれが始めてかもしれぬの」


「ある意味ってどういうこと?」


「…主はまだ知らなくてもいいことなのじゃ」


ムラマサの言っていることはよくわからないけれど、この事案が異例であるということだけは伝わってきた。


「街の人たちが心配だ。早く見つけ出さなくちゃ!」


妙な焦燥感に煽られ、僕は建物の壁を蹴って屋根に上り、一気に駆け出した。







◆◆◆◆◆◆





違う、この人間じゃない。


地面に倒れ伏す人間を蔑みながら、私は嘆く。


私が欲しいのは、こんな人間の魂じゃない。


私が欲しいのは…もっと崇高で気高く…なおかつ上品な雰囲気を持つ魂。


あぁ、どこにいるのかしら。私の求めるものは…


そんな私の慟哭は、霧の彼方へと消え去っていった。


『あぁもう、どこにいるのかな……』


不意に何か音が聞こえてきた。コツコツと硬い音が近づいてくる。


人間だ。しかし、なぜか私には、それがただの人間には思えなかった。


…なんだろうか…私の体が打ち震えるこの声は。


『はぁ…このままじゃまずいね…今もなお、どこかで誰かが襲われているかもしれないっていうのに…』


…なんだ…なんなのだ?足音が聞こえるたび胸が早鐘を打つ。


恐怖?違う…私は恐れてなどいない。そもそも私に『恐れ』などという感情はない。


それじゃあこれはいったい何?


『隣の地区に行ってみよう』


スッと私の横を通り過ぎる何か。人間は私の存在にまったく気づいていないようで、素早い身のこなしであっという間に姿が見えなくなってしまった。


しかし、私の目にその姿を焼き付けるには十分の時間だ。


「みぃつけた♪」


私はきっと、いままでで一番の笑みを浮かべているだろう。








◆◆◆◆◆◆








「ここにもいない…か。いったいどこにいるのだろうか…」


ここは街の最東端に位置する場所。これで五箇所目だけど、未だにエレメントは発見できていない。


『…この近くに気配は感じないのぅ。他を探索するとしよう』


「そうだね」


エレメントの探知は、主にムラマサに任せている。ムラマサの持つ『気配察知』は僕らの中でもずば抜けて高い。そのため、気配による捜索を実行中なのである。


これがソラリスに言った『策』だ。


ムラマサが言うには、『どんなに姿を変えようとも気配までは変えられぬ』とのこと。例え人間の姿になっていようとも、気配で探ればあっという間に正体を見破れるという。


僕も気配は察知できるけど、やはりムラマサのそれには遠く及ばないと感じた。


……でもムラマサがその能力を使うのって、大体が僕絡みなんだよね。もっと有効活用するべきだと思うんだけど…


「才能の無駄遣いだね」


「?何の話じゃ、主?」


「いや、こっちの話だよ」


隠し事はよくないのじゃ、とムラマサが文句を言ってくるけど無視した。言ったらどうせ『主に能力を使うことのどこが才能の無駄遣いなのじゃ?』とか言ってくるだろうし。


前に似たようなことを言ったらそんなようなことを言い返してきたから、簡単に想像できてしまった。


大丈夫、顔が濡れてるのは霧が立ち込めているからに違いない。おもに目のあたりが重点的に濡れてるけど、たまたまだよね。


そうだよね?


「よっと。さて、ここは…どこだろう?」


屋根から飛び降り、地面に着地する。足から若干の衝撃が伝わってくるが、僕にとってはまったく問題ない。


まわりは霧でよく見えないが、何やらテントのようなものが見える。


『見た目からして、市場か何かじゃろう」


目を凝らしてみると、あたりに露天商らしき人たちや、籠を手に練り歩く客が見えた。『散歩道』ではないみたいだけど、ここも結構大規模な市場のようで、かなり活気がある。


それにしても、これだけの濃霧が出ているにも関わらず、何事もないかのような振る舞いだ。


なんだろう、なんだかものすごく違和感を感じるよ。


「とりあえず、聞き込みでもしてみようか」


『そうじゃな』


ムラマサが何の反応も示さないことから、僕の心配は杞憂に終わりそうだ。ムラマサなら何かあれば絶対何か言うはずだし。


とりあえず僕は近くで大声を上げる露天商に声を掛ける。快活な声を出す、赤い商人服を着た小太りな男性だ。


店主は僕に気づいたようで、掛け声をやめて僕のほうに向き直った。


『いらっしゃいませ!今日はいい魚貝が揃ってますよ!』


どうやらここは魚屋だったようだ。店主の後ろにある籠には大量の魚や貝が入っており、なかなかおいしそうである。


っと、いかんいかん。今は仕事中だった。


「すみません…実はちょっとお尋ねしたいことがあるんです」


僕はソラリスから聞いたエレメントの特徴を店主に伝える。姿を変えるエレメントを探すにあたり、この聞き込みは無駄になりそうだけど、もしかしたらそのままの姿でいるかもしれない。


僕は極めて低い可能性に期待することにした。


『ほぅ、大剣を背負った女の子、か…』


店主はあごに手を当て、何かを思い出すような素振りを見せた。


これは…情報ゲットのチャンス!?


「もしかして心当たりがあるのですか?」


すると店主はニヤリと顔を歪め、半歩後ろに下がった。


『その女の子はもしや―――』


そう口にしながら店主はクルリと右足を軸にして一回転。










『―――こんな子かしら?』










『主!後ろじゃ!』


「っ!?」


ムラマサの声を聞いた僕は瞬時に真横に飛びのいた。地面の冷たく、硬い感触が、転がる際に触れた肩や腰に伝わる。


すぐさま起き上がり顔を上げると、僕のいたところに、ノコギリのような刃の漆黒の大剣が一本、根元までグッサリと刺さっていた。


ははは……ナイスジョーク……


『クスクス、へぇ…意外とやるのね♪』


僕は目を疑った。こんなことがあるのだろうか、と。


目の前には、ソラリスの証言にぴったりと当てはまる少女。


しかし、その数は一人ではなかった。露店のところにもう一人。そこは、先ほどまで男の店主がいたはずの場所だった。


どうやらあの店主の正体はエレメントの化けた姿だったようだ。


まったく、冗談じゃないよ。まさかあそこまで完璧に擬態していただなんて。


まわりを見渡すと、霧の隙間から、魔方陣の縫い込まれたローブに大剣、おまけに右肩から肘に掛けて赤い刺青の入った女の子が何人も見えた。


どうやら僕は二つも勘違いをしていたみたいだ。


ひとつはこの市場自体が幻想で、市場の人たちも人間ではなかったこと。


そして、エレメントが一体じゃなかった、ということだ。


クスクスクス、と気味の悪い笑い声が何重にも重なって僕のまわりで反響する。背中がゾクリとする。


『主、まさかとは思うが…こやつらの正体に気づいておらんかったのか?』


腰にぶら下げたムラマサから、ジトーッとした視線を感じる。目なんかどこにも見えないけれど、バッチリ感じ取れる水分を持っているかのような視線。


正直に言おう。


「まったく気づかなかった…」


『これだけの妖気が出ておるというのにか!?』


うん、言われてみれば確かに。尋常じゃない雰囲気があたりを漂っているのを感じる。


違和感の正体はこれのことか。


ムラマサから『どうりで先ほどの攻撃にも動揺しておったわけじゃ…わしとしたことが…』とか聞こえてきて、なんだか泣きたくなってきた。


やめて!そんな残念な子を見るような言い方しないで!!


『クスクス、そろそろお話は終わった?』


『それじゃあ今度は、私たちとお話しましょ?』


「へ?」


気がつくと、まわりを大剣少女たちに囲まれていた。僕の顔をじっと見つめながら、ゆっくりと僕のまわりを歩くその様子は、まるでどこかの儀式のようだ。


……もしかして、けっこうピンチ?


とっさにムラマサを鞘から抜き、戦闘態勢に入る。しかしつ相手はまったく反応せず、魔人復活の儀式よろしく、ずっと回り続けている。


目が虚ろで顔は不気味なほど整っていて、口元は怖いほど笑っている。


…どうしよう、結構怖いです…


「まいったな…どう切り抜けるべきかな?」


集団に一人で挑むのは昔から慣れているけど、相手の力量がまったくわからないこの状況では、下手な動きは見せられない。


僕は全神経を集中させて、相手の行動を伺う。


『…やはりあそこで止めて確認をしてからのほうが…』


ムラマサはいまだに心配トリップから抜け出せていないので、僕一人の考えで何とかするしかない。


『くすっ、じゃああなたの魂、私たちにちょうだ~い!』


一瞬止まったと思った刹那、エレメントたちは一斉に輪の中心にいる僕目掛けて突っ込んできた。右左上正面後ろ……あらゆる方向から何十という斬撃が襲い掛かる。


「これは…まずいかも!?」


そう叫ぶ僕の視界を、黒い影が覆いつくした。







◆◆◆◆◆◆






「はっ!?」


妙な胸騒ぎがして、わたし(フィー)は顔を上げました。


今はカイト様のお部屋を探検……もとい、お掃除していたのですが、なんでしょう…胸がざわつきます。


嫌な予感がした私は、すぐに部屋を飛び出し、お屋敷の外へと駆け出しました。


曲がり角を急いで曲がり、走りながら両の手に得物を構えます。


……どうかご無事で!















「あぁ~やっぱり間に合いませんでしたか…」


お屋敷の裏手に回った私は、目の前に広がる現状に、膝を曲げてうな垂れました。


目の前には物干し竿に掛かった、干す前より湿っている衣類。どうやら霧の水分を吸ってしまったようです。


滴るほどではないにしろ、絞れば結構な量の水が出てきそうではあります。


「胸騒ぎの原因はやはりこれでしたか…メイドとしてこれほどの屈辱はありません!」


いそいそと衣類を手に持ったお気に入りの洗濯籠に入れていきます。水を吸ったせいで、籠に入れた衣類は恐ろしいほど重くなっていました。


全部を回収し終えた私は籠を抱え、もと来た道を早足で戻りました。


「それにしても、カイト様遅いですね…」


霧のせいでよく見えませんが、もうそろそろお日様が真上に上がるころです。


いつもならもう帰ってきていてもおかしくないのですが…


「まぁ大丈夫でしょう。カイト様はお強いですし」


それに、遅くなったのを口実にべったりと甘えることもできますし。


おっとっと、よだれが…


うふふ、今から楽しみです♪










◆◆◆◆◆◆









「あ…危なかった…」


エレメントの一斉攻撃を紙一重で回避し、ようやく体勢を立て直すことに成功した。


エレメントたちは僕を仕留めた感覚を感じなかったせいか、あたりをキョロキョロとしている。どうやら霧のおかげで僕の姿を認識できていないようだ。


エレメントたちがうろたえているということは、この霧は向こうが出したものではないということだろう。


それはそれで不安だけれど、今はチャンスだ!


僕はムラマサを肩の位置で構え、少しだけ腰を落とす。いまだに視界は悪いけれど、目が慣れたおかげで、少なくともエレメントたちよりは見えている。


ムラマサを握る手に力を加え、僕の気を送り込む。全身から何かが抜け出すような感覚が僕を襲うけれど、問題ない。


「目視できる敵の数はざっと18体。見えない位置にもいるだろうから……」


とりあえず、敵の数を減らすことにしよう。相手は人の姿をしているけれど、ここで躊躇してしまったら、今度やられるのは僕のほうだ。


そう結論づけた僕は、気配を押し殺して駆け出した。


「……草陰一刀流、伍の太刀『陽炎(かげろう』」


静かにそう言い放ち、気を込めたムラマサを敵の横っ腹目掛けて一文字に薙いだ。

フィーに危険予知の能力なんてないんです!


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