21、襲撃されました
「ふぅ、やっとギルドに行ける…」
なんとか朝食を食べ終え、軽く身支度をした僕は、屋敷を出てギルドへ向かっていた。
本当は子供たちの部屋割りを決めようと思ったんだけど、ギルドからの緊急要請がつい先ほど伝書竜ごしに来たのだ。
どうしようか悩んでいると、近くを通りかかった姉さんとフィーがかわりに部屋決めを引き受けてくれたのだ。
今度何かお礼をするとしよう…
「それにしても、緊急の依頼っていったいなんなんだろうか。ムラマサはどう思う?」
僕は隣を歩く黒和服の少女に声をかける。人型に変身中の僕の愛刀『村正』だ。
ムラマサは小さな手を自身の口元にあて、考えるポーズをとる。最近知ったことなのだけど、どうやらムラマサの癖らしい。考え事をしているときは、いつも手を顎にあてている。
「そうじゃなぁ…おそらく強大な魔物が現れたとか、誰か人が攫われたとか、そんなところじゃろう」
「なるほど……最強モンスターに悪党か。確かにそれは緊急性の高いものかもね…」
僕のいるこの『ガルド』の治安は、僕の知りうるかぎりでは良好である。スラムとかは存在してるけど、殺人とかの人間の絡んだ極悪な事案は一度も聞いた事がない。
まぁ、まだこっちの世界に来てから一ヶ月半だから、まだまだわからないことも多いけど。
「っと、話してる間にギルドに到着なのじゃ」
路地を曲がり、まっすぐ進んでいると、右手に一際大きな建物が見えてきた。僕の所属する『戦士ギルド』の本部だ。
「うん…でも、なんだか様子が変じゃない?」
「?そうかのぅ?」
ムラマサは可愛く小首を傾げながら疑問符を浮かべている。でも僕は、いつもと比べるとやはり違和感を感じる。
いつもはテラスのフードコートに誰かしら人がいて外も中も騒がしいのに、今は信じられないくらい静寂に包まれている。ギルドの見た目はどこも変わっていないのに、どこかどんよりとした空気を感じるのは気のせいではなさそうだ。
僕は確認のために、ギルドの扉を開け放つ。この瞬間、僕の疑惑は確信へと変わった。
倒れたテーブルや机。床に散らばる酒や料理。ところどころに争ったような傷跡。
そして何より、そこらじゅうの床に人が倒れているのが、なによりの証拠だった。
「み、みんな……どうして…」
いきなりの出来事に目まいがする。今にも床に倒れ伏しそうになるのを必死に堪える。
僕は近くに倒れていた戦士風の男に近づき、腕を取る。
「……脈はあるみたい…顔色も別段悪いわけでもないし…」
胸甲のあたりが上下していることから、呼吸も問題ないことがわかる。
…これじゃあまるでただ寝ているだけのようだ。
「カイト…様…?」
ふと、耳の中に蚊の鳴くような声が飛び込んできた。はっと顔を上げると、目の前に給仕服を着た一人の女の子が立っていた。
ここ『戦士ギルド』の受付嬢であり、フィーの実の姉でもあるソラリスは、目に涙を浮かべて震えていた。
手に握っているのは、羽ペン。どうやら彼女が僕に伝書竜を寄越したようだ。
「よ…よがっだでず~!!」
「ソラリスさ―――うわゎ!?」
立ち上がって「大丈夫?」と言おうとした瞬間、お腹に重い一撃。ソラリスがものすごい勢いで抱きついてきたのだ。
頭から突っ込んでくるあたり、やはりフィーのお姉さんなんだなと、まさに痛感した。
…ホントに痛い…羽ペンが背中に刺さってさらに痛い…
「う~む…いったいどうして皆倒れておるのじゃろうか……ん?ソラリス、そなたは無事じゃったのか?ってなぜ主に抱きついておるのじゃおぬしは!!」
ギルドの奥を確認しに言ったムラマサが、戻ってくるなり発狂した。
両腕を刃に変形させ、今にもソラリスに斬りかかろうとしている。
「ストップ!ムラマサストップ!!殺人・ダメ・ゼッタイ!!!」
「なぜ止めるのじゃ主!いくらソラリスとはいえ、主に抱きつく行為は許されぬ!よって斬る!!」
「その理屈はおかしいからっ!!」
「問答無用なのじゃ!!ソラリス、覚悟っ!!!!」
―――これが、のちの戦士ギルドで語り継がれるようになる『勇者の一撃』と呼ばれる大穴の出現の瞬間であるとは、当時の僕には知るよしもなかった。(とある歴史書より抜粋)
◆◆◆◆◆◆
「え?ギルドが襲撃された!?」
「はい…カイト様が来る少し前に…」
なんとかムラマサの会心の一撃を回避した僕とソラリスは、ギルドの奥にある応接室の中に入った。どうやらここは無事だったらしく、どこにも争ったような形跡はない。
「あるじ~後生じゃ~助けておくれ~」
「ダメ。ムラマサはそこで反省してなさい!」
「そ、そんな殺生な…」
暴走したムラマサは、近くにあった縄で簀巻きにした。これ以上暴れられたら、ただでさえボロボロになってしまったギルドが跡形もなく崩壊してしまう。
涙目で懇願するムラマサに若干の罪悪感を感じつつ、正面に向き直りソラリスと目を合わせた。
「で、相手はどんなやつだったんですか?」
見つけ出して拘束したりするにしても、まずは特徴がわからないと話にならない。そう思った僕は、とりあえず犯人の人相を確認することにした。
するとソラリスは「あまりあてにならないのですが…」と前において、説明し始めた。
「襲撃者は、黒衣に身を包んだ小柄な少女でした。背中に大剣を背負い、ローブには何か魔法陣のようなものがびっしりと描かれていて……あ、あと、剥き出しだった右腕には大きな刺青も入っていました」
「それって、かなり有力な情報じゃないですか!」
どこがあてにならないのだろうか。これだけ特徴がそろっていれば犯人を見つけ出すのに、そこまで時間はかからないはず!
しかし、ソラリスの顔はやはり暗いまま。いったいどうしてしまったのだろうか…
「…カイト様。私は先ほど、『あまりあてにならない』と申しましたよね?」
「はい。でもそれだけ情報があれば別に問題は―――」
「いいえ、だめなんです…」
僕の言葉を打ち消すように、ソラリスが声を被せる。その声は震え、まるで何かに恐怖しているかのようだ。
いや、『まるで』というのは間違いだった。あれは完全に恐怖心に飲まれた人の顔だ。
ソラリスは震える自身の体を抱きしめるようにしながら、言葉を紡ぐ。
「奴は人間ではありません…奴は―――いえ、アレは『化け物』です…」
「「化け物?」」
僕とムラマサの声が重なり、部屋に反響する。
化け物と言われてまず僕の頭を過ぎったのは、いつも森や山で倒している魔物だった。
「アレは、『エレメント』と呼ばれる謎の存在です。その実、生態系はもちろん、姿形すらわからないのです。ギルドの情報によると、エレメントは体の形を自由自在に変えることができるそうです。たとえば…人間とかに…」
「擬態の一種…か」
ムラマサが静かな口調でそうつぶやく。神妙な面持ちではあるけれど、簀巻きのせいでむしろ逆効果である。
「しかしエレメントは魔物ではありません。アレは、森や洞窟などに住む妖精のような存在です。そのためこちらから何か危害を加えないかぎり、何もしてくることはないそうです。しかし、ある条件を満たすと里に降りてきて擬態し、人間を襲うのです」
「ある条件?」
コクリとうなずき、少しだけ元気になってきたソラリスは一度深呼吸し、ゆっくりと次の言葉を発する。
「ひとつは自身の体が成熟すること。文献によるとエレメントには幼体の時期と、成体の時期があるそうなのです。二つ目は、繁殖期に入ったとき。そして三つ目は―――」
ごくり…と僕の喉を唾液が通る。いつもの流れだと、このあとものすごいくだらない内容のものがくるはずだ。大丈夫、いつものように受け流せばいい話さ。
さぁこい!いったいどんな言葉がソラリスから飛んでくるんだ!?
「――――捕食シーズンに入ったとき…です…」
……あれ?なんかものすごく不穏な言葉が聞こえてきた気がするんだけど…
「ごめんなさい。最後の、もう一回言ってくれませんか?」
OK、あれはただの聞き間違いだ。そうだろう?
「三つ目は、捕食シーズン―――つまり人間を食べに里に降りてくるのです」
……まずいなぁ。ぜんぜんくだらない内容なんかじゃないんだけど…
もしかして、この世界に来て最もまずい状況だったりする?
(おめぇがフラグなんか立てっからこういうことになるんだよこのドアホ!!)
あぁ、脳内にあの妖精さんの声が響きわたる。相変わらず口が悪いというか…
というか『ふらぐ』ってなんなんだろうか?
それにしても、人間を捕食する化け物…か…
……これは、真剣に取り組むべきだね。
「ソラリスさん、ギルドのみんなは?」
「それが…あのエレメントが入ってきた途端ギルドメンバーのほとんどが、まるで糸が切れたかのように倒れてしまったんです。難を逃れた熟練者の人たちも、エレメントに斬りかかったものの、一気に吹き飛ばされて……私はこのお守りのおかげでなんとかなりましたが…」
そう言ってソラリスが掲げたのは、透明な宝石のあしらわれたネックレス。いつもソラリスが身に着けているものだ。
「このお守りのおかげで私は何もなく、カウンターの影にずっと隠れて一部始終を見ていたのです…そしてエレメントは全員が倒れ付したのを確認すると、靄のかかったような姿になってそのまま…うぅ…」
ずっと我慢していたのだろうか、ソラリスは涙を流しながら静かに嗚咽を漏らし始めた。
いつもの快活で明るい『受付嬢ソラリス』はそこにはなく、僕の目の前にはただのか弱い女の子がいるだけだった。
居たたまれなくなった僕は、ソラリスの頭を撫でようとして、やめた。深い理由はないけれど、こういう状況で人を撫でるのはよくないと、直感的に思ったからだ。
僕はインデックスから毛布を取り出して、そっとソラリスに掛けると、ムラマサのもとへ足を向けた。
「…ムラマサ、さっきの惨状のなかで、死んでいる人やいなくなっている人はいた?」
「気配からして、誰も死んではおらぬな。いない奴は皆、遠征に出ているものだけじゃから、喰われた人間もギルドの中にはおらぬじゃろう」
「そっか、よかった」
僕はムラマサの縄を解きつつ、状況の確認を行った。ソラリスの話と合わせて、まだそこまで厄介な事態にはなっていないことがわかる。
けどこうしている間に、街の住民の中から犠牲者が出るかもしれない。そうなってしまっては、慌ててももう遅い。
一刻も早く『エレメント』を見つけ出さなくては!
「ソラリスさん、僕はこれからエレメントを退治しに行きます。ソラリスさんはこの部屋から出ないようにしてください」
「…え?き、危険ですっ!いくらカイト様でも、正体のわからない敵を相手にするのは無謀です!!」
「でも、こうしている間にも誰かの命が消えてしまうかもしれないんです。それに――――」
「―――僕は助けられる命はすべて助けたいって思っているんです。例え自分の身に危険があったとしても!」
「カイト様…」
「それに、策はあるんです。だからソラリスさんはここで僕らの無事を祈っていてください」
う~む、我ながらキザな台詞な気がするけど、この際仕方ない。それにこれは僕の本心を言葉にしているだけだ。恥ずかしく思わなくても、なんら問題はない…はず…
僕はソラリスの返事を待たずに、部屋の扉を静かに開ける。出る寸前に腰周りが輝き、刀状態に戻った『村正』が帯に差さる。
僕は後ろを振り返らずに手を振り、景気付けに元気な声で出掛けるあいさつをする。
「それじゃあ行ってきます♪」
後ろにいるソラリスの眼に、恐怖以外の感情が混ざっているとも知らずに。
◆◆◆◆◆◆
キィと静かに閉じる扉を見つめながら、ソラリスは自分の顔が上気しているのを感じた。
「…カイト様…あなたはどうしてそんなに…」
やはりまだ怖い。けど、体の震えはもはや恐怖から来るものではない。ソラリスはそう確信していた。
「あぁ…フィーが恋心を抱くのもわかる気がする。やはりあの人は…」
ソラリスの独白は、誰もいない部屋の中にこだまし、ひっそりと消えていった。
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~フィキペディア~
『伝書竜』
レタードラゴンと呼ばれる全長1mほどの竜を用いて行われる連絡手段。念話で伝えきれないことや、遠く離れた人に伝言を伝えるために使用されている。
余談だが、伝書竜は伝言先の人から食料を分けてもらうのを楽しみとしている。そのため、人々は何かしらの食べ物を常に持ち歩いている。
『ソラリスのペンダント』
ソラリスが父からもらった、無名の宝石をあしらったペンダント。実はマジックアイテムのこれは、あらゆる負の効果を打ち消す能力がある。まさに『お守り』である。
ちなみに製作者は彼女の祖父だが、彼はこのペンダントに名をつける前に他界してしまっているため、名前はついていない。
ちょっとのんびりした空気が続いていたので、ちょっとだけワクワクする展開を混ぜてみました。
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