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20、罪悪感が湧き出しました

「んぅ…あれ…もう朝…」


夢の中だった僕の目元に朝日が直撃している。どうやら眩しさで目を覚ましたようだ。


「あれ、ここは……」


まわりを見渡すと、見慣れないものばかりが目に入る。複雑そうな機械や何かの設計図、魔法の杖のようなものからライフル銃らしきものまである。


どれも僕が持っているものではない。まして、一般人が所持しているようなものでもない。


「……ここは…美琴の部屋?」


そう一人で呟き、はっとした。どんどん昨日の出来事が、まるで映画でも見ているかのように鮮明に浮かんでくる。


そうだ、姉さんのとんでもない発案のせいで、彼女もいないのに急に子持ち(仮)になっちゃんだった。で、美琴が鼻から真っ赤な情熱を吐き出して、子供たちも寝ちゃったから、何とかしてこの部屋に運んできて……


「そのあと僕まで睡魔に負けて、この部屋で寝ちゃったんだっけ」


よし、状況は理解した。


「まずいね……」


正直冷や汗が止まらない。睡魔に勝てなかったとはいえ、年頃の女の子の部屋で一夜を明かすだなんて、さすがにまずい。


床で寝ていたのは幸いだろうか。いっしょのベッドなんかで寝てたらと思うと……


「…………あれ?」


ふと、自分が大の字になっていることに気がつく。確か僕は美琴のベッドに背中を預けるようにして眠っていたはずだ。


僕ってそこまで寝相が悪かっただろうか…


そしてもうひとつ気がついたことがある。背中からは冷たい床の感触ではなく、ふんわりとした感触が伝わってくるのだ。


……なんだか嫌な予感がビンビンするんだけど。


右に首を回す。ちっちゃな女の子と男の子の寝顔が視界に入る。


左に首を回す。僕と同い年の女の子の寝息が至近距離で顔に掛かった。


……僕は…もう、だめかもしれない…


「やっちゃった……僕、女の子と一緒のベッドで寝ちゃったよ…」


まさか僕の寝相が、女の子の眠るベッドに無意識に潜り込むほどひどかっただなんて…


「むぅ……朝…?」


左の耳から、美琴の声が聞こえてきた。どうやら目を覚ましたようだ……


あぁ美琴、寝起きついでにどうか僕を殺してくれないだろうか。


「……海斗…どうして一緒に寝ているの?」


「ごめん美琴。そこに転がってるサバイバルナイフを僕に渡してくれない?」


「……本当にどうしたの?」


だめだ…ナイフ一本じゃ死に切れないかもしれない。それじゃああそこのライフルで蜂の巣になれば…


自己嫌悪で真っ黒になっている僕を尻目に、美琴はどんどん意識が覚醒していっているようだ。顔がどんどん真っ赤になっている様子から、そういうことだと簡単に判断できた。


「……海斗が私と同じベッドで一晩を過ごした…それはつまり、あんなことやそんなことを昨日の間に……」


お腹をさすりながら、恍惚とした表情を浮かべる美琴。妄想の世界でなら、どんなことでもできるようです。


現実だと、手に触れただけで鼻血を噴き出すんだけどね。


そんなことを頭の隅で思いつつ、僕の脳の大半は自らの命を絶つ方法を絶賛会議中である。


「ああ…どうすればいいんだ……」


「この中に海斗が……ああ…幸せ…♪」


もはやカオス空間となってしまったベッドの上。そんな空間でもなお安らかに眠り続ける僕らの子供たち。


…あれ、一人足りないような…







『あ、おはようございます、お父さん、お母さん』






部屋のドアが開かれ、一人の女の子が入ってきた。昨日の晩、子供たちを寝かしつける役を買って出てくれたあのしっかり者の子だ。


手には紅茶とおぼしきものが入ったポットと七つのカップを載せたトレイを持っている。


爽やかないい香りが鼻をくすぐって、なんとも言えない心地よさを感じた。


『はい、どうぞ。ついさっきいれたハーブティーです。目が覚めてしまったので作ってみました♪』


「え、あ、ありがとう」


「……いただくわ」


『えへへ…』


そうか…これは紅茶じゃなくてハーブティーなんだ。色合いは紅茶とあまり変わらないけれど、香りが違う気がする。


一口含むと、ハーブの軽い苦味とほんのりした甘さが寝起きの口の中に染み渡った。


ハーブティーのおかげだろうか、思考が若干冷静になったような気がする。それでも、この状況は何にも変わらないんだけどね…


『それにしても驚きました。トイレに行こうと思って目を覚ましたら、お父さんが床で寝ているんですもの』


ん?


『風邪を引いちゃったら大変だと思って、頑張ってベッドに運び込んだのですけれど……お父さん?どうして窓辺に立って祈りを捧げているのですか?ってお父さん!?どうして泣いてるの!?ねぇ!』


ああ、神様仏様…あなたの慈悲深いお心に感謝致します…


『ねぇお父さん!しっかりして!お父さんっ!!』







◆◆◆◆◆◆







「あ、おはようございますカイト様、本日も良いお天気ですよ♪」


「おはようフィー。すぐに朝食作っちゃうからちょっと待っててね」


「わかりました♪それでは私はお庭の掃除をしてきますね~」


美琴といっしょのベッドで寝てしまったことに対する罪悪感はまだ残ってるけど、あの子のおかげでいくらか気が楽になった。


で、なんとか生きる勇気が戻った僕は、自室に戻って着替えたあと、一階に下りて朝食を作ることにした。


ちなみに脱いだ服は、昨夜の美琴の鼻血がべったりとついて取れなくなってしまったので処分してしまった。いつもなら染み抜きなりするんだけど、なぜか美琴の血はなかなか落ちてくれないのだ。


なんというか…粘性が非常に高いというかなんというか…


「あ、朝食も毎日大量に作らないといけなくなったんだっけ」


いつもの調子で取り掛かろうとして、菜っ葉を切ろうとしていたその手を止めた。


今度『散歩道』で大きい鍋をいくつか新調しておくとしよう。


僕は大きめの寸胴鍋に水を張り、根菜を入れてかまどの火にかけた。かまどの下にある『火力結晶』が青白い炎を吐き出し、鍋の中の水をどんどん温めていく。


毎回思うんだけど、この世界ってなんだかんだでいろいろと自動化してるよね。魔法って、便利だなぁ。


「それにしても、アルはこうなることを見越してこの屋敷を建てたんだろうか…」


コンソメスープの材料を適当な大きさに切りながらそんなことを考えた。僕のいるこの厨房は、今まで見てきたものとは比べ物にならないくらいに広い。それこそ、10人くらいは余裕で調理仕事ができるくらいのスペースだ。かまどの数もかなりあるし、やはりそういうことなんだろうか…


「っと、そろそろ葉物も入れないと。お肉は……これでいっか」






~30分後~





「ふぅ、これで完成だ」


今日の朝食は、『マーブル草とスイートドラゴンのスープ』と『野鳥のサッパリ煮』それから果物で作った『タルト』だ。


え?朝から豪華すぎだって?大丈夫、これほとんどが野生だし、自力で採ってきたものだから。


出費はほぼゼロ!自給自足ってスバラシイ!!


「おう海斗……朝から元気だな…」


ガッツポーズをしていると、ものすごくやつれた声が聞こえてきた。この屋敷にそんなご老体は住んでいただろうか?


キッチンの入り口に目をやると、壁に寄りかかってこちらを恨めしそうに睨みつけてくる孝がいた。


服はところどころ破け、目の下には薄っすらとくまができている。


大方、昨晩の間中ずっと子供の遊び相手になっていたのだろう。疲労と眠気が限界点を超えていたみたいだ。


「どうしたのおじいちゃん?そんなにつらそうにして?」


「てめぇ…絶対わざとだろ?」


「あ、バレた?」


さすが孝、僕がバカにしていたことを瞬時に見破るとは、さすがだ。


「お前、それでバレないとでも思ってたのか?」


なんか孝が哀れみの視線を向けてきてるけど、なんでだろうか?


「まぁいっか。朝ごはんができたから、みんなに声を掛けてきてくれない?」


「お前は本当に人使いが荒いな……まぁそれくらいならいいけどよ」


ぶつぶつ文句を言いつつも引き受けてくれるあたり、やっぱり孝は甘い。


でも、そういうところが、あいつのいいところだと僕は思うな。


「さて、みんなが降りてくる前に配膳でもしておきますか」


僕は重なって積まれている食器を手に、ダイニングのほうへと向かっていった。







◆◆◆◆◆◆






『はいぱぱあ~んして♪』


「あ、あ~ん…」


『あ~っ!ぬけがけした~っ!』


『わたしもぱぱにあ~んしてもらうのっ!!』


「あはは………どうしましょ……」


孝が起こしてまわったおかげで、一人また一人と食堂に集まってきて、しばらくして全員が席についた。


で、食べ始めてしばらくすると、となりに座っていた女の子が僕に向かってスプーンを突き出し『食べさせて欲しい』とねだってきたのだ。


まだ小さな子だったので僕は何のためらいもなく、その子の前に置かれたスープをスプーンで掬って食べさせてあげたのだ。その途端、他の子も僕のところに集まってきて『あーんをしてほしい』と言ってきたのだ。


それからずっと食べ物を、開かれた口の中に入れてあげる作業を続けているのだ。小さい子だけとはいえ、なかなかの人数がいるので、けっこう大変だったりする。


『にぃにぃ~私にもあ~んして?』


『おねえちゃん、つぎはぼくのばんだよ』


「落ち着けって、な?ちゃんと順番にやるから」


「わわっ、ちょっと待ってみんな~!」


孝とイリアも一部の子たちにせがまれているようだ。まわりを見ると、他の面々も子供たちにいろいろとねだられているようで、けっこうバタバタとしている。


「はぁ、こいつらときたら……まるで赤ん坊じゃないか…」


僕の正面に座るロロがそんな風に愚痴を零しながら、僕の様子を眺めていた。


呆れと慈愛の混ざったような感じが、その視線からはした。


「ロロお願い、助けて……」


「は?助ける?なに言ってんだよカイト」


「へ?」


ニヤリと嫌な笑みを浮かべたロロを見て、冷や汗が額に浮き出る。


まずい…脳内警報がガンガン鳴り響いてる…


小悪魔を想起させる笑みを浮かべたまま、ロロは僕を―――僕の後ろを指さした。


ギギギッという音が出ているんじゃないかってくらいの不自然さで、首を後方に向けてまわす。






『ぱぱー』『わはー』『にぱー』『なふぅ』『うー』






「まぁ、素敵な天使たちだこと…」


僕はいつになったら朝食にありつけるのだろうか…






◆◆◆◆◆◆






「まったく、あんなはしゃいじまって……」


「ホント、昨日までのわたしたちには考えられないような笑顔よね♪」


「サーシャ…」


「ロロも、我慢しなくてもいいんじゃないの?」


「ばっ!が、我慢なんてしてねぇよ!なに急に言い出すんだよ!!」


「テーブルの下で自分の太ももを抓りながら言われても、ねぇ?」


「あ、くぅ…」


「たまには欲望に身を任せるのも良いことだと、私は思うけど」


「…別に、そんなんじゃねぇよ…」


「もう…素直じゃないんだから。ま、わたしは行くけどね~♪」


「あ、おいサーシャ!…ったく、あんな風に飛びつけば、だれだって倒れるっつの…」










「はぁ……ボクも……チビ共のこと言えねぇな…」








――――――――――――――――――――――――――――――――――




~フィキペディア~



『マーブル草』


野山に生える野菜で、猟師や農家の間で人気の食材。人工栽培が困難な食物で、街にはなかなか出回らない希少植物でもある。

緑色の葉に、赤い水玉のような模様があることからこう名づけられたとされている。

海斗たちは仕事の帰りに、よくこれらの山菜を採取して食料にしている。



『火力結晶』


魔法ギルドが販売している結晶シリーズのひとつ。タバコの火からゴミの焼却、果てにはモンスターの討伐にまで用いられている火を出すアイテム。海斗が使っているのは、若干火力の強い調理用のもの。



ようやくテストが終わりました。読者のみなさん、お待たせして申し訳ありませんでした!今日からまた再開するので、よろしくお願いします!!


ちびっ子と戯れるのは、大変素晴らしいことだと思います。

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