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19、父親になりました

「は~い、みんなちゅうも~く♪」


なんてのんきな呼び方なんだろうか、と私は思った。まるで幼稚園児と対峙しているかのような態度だ。


無論、子供たちのなかには小学生未満の子は何人もいるので、あながち間違ってはいないけど…なんだろうか…この違和感は…


そんな声を聞きつけて、あっちこっちに散らばっていた子が、いっせいにこちらに走り寄ってきた。なかなか反応がいい。


『なに~?』


『いっしょにあそぶの~?』


『片付けがまだ残ってたか?』


集まってくるや、純真無垢なまなざしが私たちを取り囲んだ。


私も小さいときはこんなにきれいだったのだろうか……


でも多少汚れていたって、昔より感情を出すことができるようになった今のほうが、私は好きだ。


むしろ少し知識がついたことで、海斗に対する感情の高ぶりがさらに……!


……しまった、ちょっと取り乱してしまった…


視線を戻す。目を輝かせている子供たちに向けて、果穂は声高らかに宣言した。


「今からあなたたちには、この中から自分の『お母さん』を選んでもらうわ!自分の好きなひとのところへいくのよ!わかった?わかったら自分の『お母さん』のところへGO!!」


なんて無茶苦茶な説明だ。さっきまで説明を聞いていた私でさえ、今の説明ではよくわからない。


それでも、何か理解したかのように、子供たちがいっせいに動き始めた。あの説明で理解できるあたり、かなり聞き取り上手だと思う。


ただ、動いたのはまだ幼めの子たちばかり。ロロたち年長者組はその場に留まっている。まぁだいたい理由はわかるけど…


その中から一人の青年……たしかダドリーだっただろうか…ダドリーが、仁王立ちでかまえる果穂のところまで歩み寄ってきた。


そして果穂の真正面に立ち、ちょっと惑いながら自分たちの考えを吐露し始めた。


「僕たちは保護者のような立場でいたもので…その…『親』を持つというのがどうにもわからなくて…せっかくのご提案を無碍むげにしてしまい、本当にすみません!」


申し訳なさそうにしながら、ダドリー、そしてその後ろにいる十数人の子がいっせいに頭を下げた。


無理もない。あの子たちの年齢はたぶん小学校高学年以上。高校生・大学生であるわたしたちを『親』と呼ぶのは、いまいちピンとこない話だ。


どちらかというと兄弟姉妹というのが一番近いだろうか。


ダドリーたちの言い分を聞いた果穂は大げさにうなずき、よしっと胸を叩いた。その際、無駄に大きい胸がゆさりと揺れた。


少し捥いでやりたくなったけど、なんとか自分を抑えた。あと数年すれば、私にもあれぐらいの凶器が手に入るかもしれない……


「わかったわ。たぶん明日になれば海斗が用意してくれるだろうから、今日は二階にある空き部屋を使って♪」


空き部屋…といっても広さは一部屋20畳は平気である。布団はいくらかあるから、大勢で入ってもなんら問題はない。


……そういえば、さっきから服を引っ張られる感覚が…


そう思い、脇の下あたりに視線を落とす。


『むへへぇ~♪』


『まんま~♪』


そこには、なんとも愛くるしい生き物が二匹…もとい二人。


二パーッと天使のような笑顔…柔らかそうな頬…大きな瞳…


私はこのとき、初めて幼子を本気で『可愛い』と感じたかもしれない。まるで全身に電流が走ったかのような、謎の感覚に、私は襲われた。


『こらこら、そんなに服をひっぱっちゃだめだよ』


『もう、まだまだ子供ね!』


『あなたも、ね?』


震える視線で新たに聞こえてきたほうへ向き直る。


私の後ろから、双子のようによく似た男の子と女の子、それとちょっと苦笑い気味の長身な少女が、タッタッタッと小気味良いリズムで駆け寄ってきた。


私は、他の人より感情が暗い、冷たいと思っていた。しかし、それは私の勘違いだったのかもしれない。


なぜなら今の私は、この天使たちを抱きしめたくてしょうがない衝動と必死に闘っているからだ。


「……あなたたちは、なぜ私を選んだの?」


奮闘の末、なんとか衝動を抑えることができた私は、集まってきてくれた子たちにそう聞いた。


お世辞でも私は愛想がいいとはいえない。さっきのバーベキューのときだって、そこまで積極的に子供と触れ合おうとはしなかった。


だけど、この子たちは私のことを『ママ』と言ってくれる。それが不思議でしょうがなくて、私はついそう質問してしまった。


するとさっきから私の服に引っ付いている子の片割れの女の子がニパァと、ひまわりのような笑顔を私に向けてくれた。


『むぅちゃんままだいしゅき~♪』


「はぅ…」


まったく理由になってない……けど、もうどうでもいいかもしれない。


『母様はあまりおしゃべりしませんけど、やさしいから大好きです♪』


『そうだそうだ!さっきだって、お肉いーっぱいくれたし!!』


『わ、私はそのっ、お、思い描いてた『お母さん』にそっくりだったから…です…』


はぁ、この子たちが私の子供…息子、娘たちなのか……


これは…意地でも海斗を私の夫に…


っは、海斗が…私の夫…!?ふ…夫婦ならあんなことやこんなことを毎日毎日……


『!ママ!しっかりして!!』


『ふえ?ままのおはなからあかいのでてきた~♪』


『うわわぁぁぁぁぁんどうしたのまま~!』


『母様っ!』


『わたし、誰か呼んでくる!待っててねお母さん!!』


ああ、私と海斗と子供たちの平和な家庭が見える……








―――――――――――――――――――――――――――――――――――







「……ふふふ…あなた…愛して…る……はっ!?」


『あ、ままおきたー!』


『ままだいじょうぶ?いたくない?』


「……夢?」


さっきまで私は海斗とラブラブしていたはずなのに……あれは夢だったのか…


……夢から醒めたときほど、虚しいものはない……


それにしても、ここは……見たところ私の部屋のようだけれど…


!そうだった。私はさっき庭で子供たちと戯れて、妄想の世界に入り込んでそれで……


『ママ、だいじょうぶ?』


「あ……大丈夫、私は平気……ありがとう、みんな…」


『えへへ…』


ベッドで横たわる私をぐるりと囲んでいる5人の子を、私は順に撫でていった。普段はこんなことはしないのだけれど、不思議と手が動いてしまった。


不思議なものだ。


『あふぅ…あの、お母さんをここに運んだのは私たちじゃないんです…むにゅぅ…』


『えへへ…母様を運んでくれたのはね、銀色の瞳のメイドさんなんですよ♪』


「……銀色の瞳…」


私の記憶が正しければ、おそらくフィーのことだろう。


…あとでお礼を言っておこう…かな…?


「……それで、あなたたちは本当に私でいいの…?」


もし人数の関係で嫌々……なんてことであれば、私は寝込む自信がある…


でも、もしそうならば、ちゃんと他の人のところへ行ってほしい…


私はぎゅっと目を瞑って、私を『ママ』と言ってくれる子たちの本当の気持ちを待った。


だけど、私が恐れていた解は聞こえてこない。


代わりに、太ももからお腹にかけて、ポスントスンと衝撃が5つ。


目を開けると、満面の笑みを浮かべる愛しい子らが、ぎゅっと体全体を使って抱きしめていた。


「……ごめんなさい…言葉なんて…いらなかったわね…」


こんな無口で愛想のない私を、やさしく抱きしめてくれる5つの重みを、私はそっと抱きしめた。











「……ところで、あなたたちは誰が『パパ』かわかるかしら…」


『『『『『カイト(さん)!!』』』』』


……どうやら私は、また無駄な質問をしてしまったようだ。


だってこの子たちは私の『子』。答えなんて、とうにわかっていたはずだ…








◆◆◆◆◆◆







「――――そのあと私は牛乳を飲むべく一階に下りてきて、今に至る……これで私の話は終わり…わかってくれた?」


「ああ…姉さん…なんという提案を…」


まさか僕が惰眠を貪っている間にそんなことになっていたとは…この調子だと、僕は30人以上の子の『パパ』になっちゃっているんだろうな…


親の代わりになれればな~、なんてのんきな考えは僕のなかにもあったけど、ここまで直接的な親になろうとは考えていなかった。


どちらかというと幼稚園の保父さん的ポジションで行こうかと考えてたんだよね…


「まぁこの際しょうがないか。僕も男だ!覚悟を決めよう」


「……覚悟を決める?…それは、私と夫婦の契りを結ぶ…ということ…?」


「違うからね!?そういうことじゃないから!!」


「……海斗のケチ…」


僕のツッコみにいじけてしまった美琴は、僕に体を預けた体勢のまま、僕の服の中に潜り込んできた。


もはやこれも慣れてしまった。美琴はいじけると、狭いところに入りたがる。そしてその隠れる場所の大半が、僕の服の中だ。


そしてやはり毎回恒例で―――


「ぶはっ」


「はぁ…やっぱり…」


美琴は僕の服の中で鼻血を出して昇天する。


美琴はもしかして年単位で寿命を縮めているのでは、とよく疑問に思うけど、数分すれば完全復活するので、その疑問は毎回きれいさっぱり霧消していった。


「にしても…僕が『パパ』…か…今さらだけど、なんだか不思議な気分だよ…」


昇天してしまった美琴を服越しに撫でつつ、子供たちの眠るソファーに視線を送る。やはり耐え切れなかったのか、面倒を見ると言った女の子も膝に子供を抱きながら船を漕いでいる。


他の子たちも、眠りにはついているようだけれど、まだ浅いようで、ソファーの上をゴロゴロとしている。活発そうだった女の子はすでにソファーから落ちてしまっている。


「…しかたない、ベッドに運ぶとしよう」


僕は服の中で美琴を担ぎ、眠っている張本人の部屋を目指した。





◆◆◆◆◆◆





~2F 美琴の自室~


「よし、これで全員かな?」


美琴含め6人を、4往復でようやく全員ベッドに運び込むことができた。子供たちは美琴を中心に円状に寝かせた。ベッドが大きかったので、6人はのびのびと眠っている。


運んでるときに、『ああ、僕も小さいときはこんな風に背負ってもらったっけ』とふと昔のことを思い出しちゃったよ。


『むふぅ…ぱぱ…まま…』


『みて~おいしそうだよ~…むにゃむにゃ…』


「ふふ、こうやって寝顔を眺めてると、なんだか本当の父親になった気分になるな」


ぷにっと頬をつついてみると、僕の指に小さな手を絡めてぎゅっと握ってきた。その手がなんだか愛おしくて、思わず空いていたもう片方の手で、やさしくその顔を撫でた。


「僕は…この笑顔を守っていかないといけないんだ…」


たぶん今の僕の顔は、驚くほどにやけているんだろうな。この幸福感はいったいなんなんだろうか…


「っと、もう11時過ぎちゃってるや。僕もさっさと寝よう…」


腕時計の長針は、あと半分で短針と重なるというところまで来ていた。いい加減寝ないと明日に響きそうだ。


僕は右手を握っている小さな手をそっとはずし、部屋をあとにした。


「おやすみ、みんな…」






◆◆◆◆◆◆





~2F 美琴の自室~


………あれ?おっかしいな…さっきからぜんぜん場面が切り替わらないんだけど…


みんなに「おやすみ」と言って、颯爽さっそうと扉を開けてかっこよく出て行く予定だったのに、さっきからまったく動けてない。


理由?そんなものは簡単だ。


「…服が…」


後ろに振り返ると、ベッドから水を求める植物よろしく、6本の腕が僕の後ろ袖をがっちりと握っていた。


先ほどのかわいい握力はどこへやら。尋常ではない力で服は握り締められている。無理にはがせば起こしかねない。


『……お父さん…すぅ…』


『くぅ…くぅ…』


『パパ…あたしと……あそ…ぼ…………にへへ…やったぁ…』


「人は寝ると、起きているときより理性がない分、力が増すって聞いたことがあるけど…」


このタイミングでそれはちょっと厄介だ。


このままでは僕は部屋に戻ることができない。服を脱ぎ捨てたくても、中に着ている下着までがっちりと握っちゃっているので、脱げない。あと、美琴の鼻血のせいで余計脱ぎにくくなってるし…


あと睡魔が半端じゃない勢いで襲ってきている。今日は本当に疲れているみたいで、さっきの睡眠だけではまだまだ足りないみたいだ。


「うっ…まずいな……眠すぎて目が霞んできたよ…」


人間の三大欲求のひとつ、睡眠欲。


どんなに鍛えても、これだけはどうも抗えそうにない…


「ちょっとだけ…ちょっとだけ……」


理性が保てなくなった僕は、美琴たちの寝るベッドの側面に寄りかかるようにして座り込み、重くなったまぶたをゆっくりと閉じた。



いっきにキャラが増えた感じがしますが、あくまで『モブ』です。メインにはならないので、よろしくお願いします。


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