11、救出しました
けっこう長くなってしまいました。
「貴様っ!この俺様の積荷を盗もうとするとは、どういうつもりだ!!」
「ぐっ」
ロロの目の前にいる男が何かを叫んでいるけど、あんまり聞き取れねぇ。
散々殴られたりしたせいか、鼓膜が破れてるみたいだ。目も霞んできてるし、けっこうヤバイかも…
「貴様のような下衆らは、高貴な俺様に近づくことすら許されんということを知らぬのか!!」
「かはっ」
胸倉を掴まれて、思いっきり持ち上げられた。
くそっ、息が苦しい…意識までなくなりそうだ…
それにしてもこのおっさん、よくこんなに喋れるな…舌噛むぞ普通。
『やめてよ!ロロをいじめないでよ!!』
『そうだそうだ!離せよ!!』
『黙れ!!』
後ろから誰かの叫ぶ声が聞こえた気がして、首だけ動かして振り返って見る。
ぼやけてよく見えないけど、たぶんチビたちだろう。貴族野郎の手下たちが抑えてるけど、今にもこっちに突っ込んできそうな勢いだ。まったく、ケガしても知らないぞ…
しっかし、まさかボクがこんなヘマするなんてな…盗人やってた罰かなこりゃ…
たまたま盗みやすそうな貴族の馬車が通ったから、こっそり積荷をいただこうしただけなのに。まさかこんな簡単な事で捕まるなんて…
捕まったボクを助けようとしたチビ達も、結局捕まっちまったし…
というかあいつら「出てくるな!」って言ったのに、どうして勝手に出てくるんだか。
逃げたくても体は動かねぇし、豚野郎のまわりにもその手下がいるから動けてもすぐに捕まりそうだ。
なにより、チビ共が捕まってんだ。ボクだけのこのこ逃げ帰るわけにもいかねぇ。
…せめてチビ共だけでもなんとかしねぇと…
「…もういい。俺様も忙しいんだ。こんなところで時間を潰すわけにもゆかぬ」
そう言うと貴族野郎は、ボクを地面に思いっきり叩きつけた。日に焼けた地面が、全身を焼くように熱かった。
不思議と痛みはないけど、感じからして足と腕、ついでに腹ん中の骨もいくつか折れてるみたいだ。
顔を上げると、貴族野郎が剣を構えているのが見える。太陽の光を反射しているそれは、なぜかものすごく綺麗に見えた。
「貴様のようなゴミは、いまここで朽ち果てるがよい!!」
頭上高く構えられた剣が、ボクの首目掛けて振り下ろされた。
くそっ、こんな屑みたいな奴に殺されるなんて最悪だ。
ごめんダドリー、サーシャ、年長者が3人から2人になっちまうけど、なんとか頑張って生きてくれよ。
チビ達も元気でな。なんとかそこから逃げ出して、サーシャたちと合流するんだぞ?
あとは…ああ、あのでっかいお屋敷に住んでたあいつ…たしかカイトっていったっけ。貴族の癖に俺たちみたいな奴にも優しくして、変な奴だったな…飯もうまかったし…
…なんでボクはあんな奴のことを思い出しているんだ?どうでもいいことのはずなのに…
そういやあいつ、珍しい黒髪で、男のくせに長かったよな…
「チェストー!!」
誰かの声が聞こえたと同時に、顔にふんわりとした黒髪が掛かった。ものすごくいい匂いだな…
折れて悲鳴を上げている右腕を強引に動かして黒髪に触る。そうそう、たしかこれくらいの黒さと長さで…って、は、え!?
「な、なんだ貴様は!?」
貴族野郎の焦った声が聞こえてきた。手下共や野次馬からも驚いたような声が出ているのがわかる。
少し耳が聞こえるようになってきたな、とのんきなことを考えていくうちに、頭ん中がだんだんサッパリしてきた。
目の前にいるのは、誰だ?あの銀髪メイドとおんなじ服だけど、違う…髪は長いし、何より黒髪だ。
その手には、さっき振り下ろされた剣の刃だけが、指で挟むようにして握られている。柄の部分が無くなっているけど、どうなってんだ?
まさか、折ったのか!?素人が振るったとはいえ、あの速さの刃をたったの指二本で!?
「貴様は何者だ!この俺様を誰と心得ているのだ!!」
すると、黒髪のメイドが指で挟んでいた剣の刃を離した。カランッカランッと乾いた音があたりに響き渡る。
瞬間、豚貴族野郎の後ろでチビ達を抑えていた甲冑男たちが空中に吹き飛んだ。軽やかに舞うメイドに、ボクの身体が抱きかかえられているのに気づいたのは、チビ達が開放された後だった。
どうしてこうなったのかまったくわからないボクを尻目に、メイドは貴族野郎に向き直りニコッとした。それが妙に様になっていて、かっこよかった。
そして初めてメイドは口を開け、呆気に取られているバカ貴族に――――
「ただの通りすがりのメイドです♪」
―――アホみたいな自己紹介をした。
◆◆◆◆◆◆
う~む、飛び込んだはいいけど、ここからどうしよう…
ロロが斬られそうになっているのを見て咄嗟に飛び込んで、とりあえず剣を指で挟んで折って、ついでに後ろの兵士もやっつけたけど、どうしよう。
僕の腕の中のロロはかなりボロボロだ。土や血でひどいことになってる。
腕や足の状態からして、骨も折れちゃってるみたいだ。
というか流れでお姫様抱っこしちゃったけど、どうしよう…骨が折れているなら今すぐ応急手当をしないといけないけど、後ろの人が黙って見てるわけないし…
と、とりあえず自己紹介しておけばいいかな?
えーと本名…は後で報復とか面倒なことになりそうだからダメだし…偽名は持ってない。
ええい、もう思いついたことをそのまま言えばいいや!頑張れ、僕の脳内妖精たちよ!!
僕はロロを抱えたまま向き直り、貴族然とした男に愛想笑いをした。
(カイト、この通りに言えば問題ないよ!)
言え、言うんだ!妖精さんが持ってきたっこのテキスト通りに言うんだ!!
「ただの通りすがりのメイドです♪」
妖精さんのバカぁ!!どうしてもっとましなことを考えられないのさ!?
これじゃあ僕は女装を女装と思わないただの変態じゃないか!!
『おいあの娘、ただのメイドだってさ。すごいな!』
『カッコいい…ぽっ』
『綺麗な人ね~』
変態って思われるのと女の子って思われるの、男としてどっちのほうがつらいのかな?
野次馬の人たちから『ガンバレー!』とか『やっちまえー!』とか声援が聞こえるなか、相対するポッチャリの顔がどんどん赤くなっていく。
「ききき貴様!ふざけているのかっ!!」
やばい、ものすごく怒ってらっしゃる…
(やっぱりメイドターンも入れたほうがよかったのかな?)
黙れ僕の脳内妖精!それをこの場で披露しても何の意味もないのはわかってるはずだよ!?
殴ったり斬ったりして解決っていうのは、ダメな気がするし…
―――でもまてよ?このポッチャリはロロを殴ったりした張本人だよね?
…遠慮するだけ無駄ですかね?
「あの、貴族さん」
「なんだ!まだ世迷言を吐くというのか!それとも俺様の妾になりたいと申すのか!?」
誰がそんなこと言うか!どんだけ幸せ思考なのこの人!?というかあんたまで僕を女の子だと勘違いしてるのかよ!?
まぁいいや。とっとと終わらせてロロの治療をしないと…
…あんまりこの手は使いたくなかったんだけどね。
僕は右腕につけていた腕輪型のギルドカードをはずす。すると腕輪はタブレット位の大きさの金属板になった。
なにやらいろんなことが書かれているソレを、僕はポッチャリの足元にスライドさせるようにして投げた。
「ん?これは何のつもりだ!貴様のギルドカードなんぞ俺様は微塵も興味はないぞ!!」
そういうのはギルドカードから視線を離してから言ってください。もうがっつり読んでるじゃないか!
「いいから、ギルドランクの確認をしてみてください」
訝しげにギルドカードを見ていたポッチャリ貴族は、やがて真っ青になって冷や汗を流し始めた。
「ぜ、Zランク?」
「はい♪」
ものすごく情けない声を上げたポッチャリに、僕は明るく返事をした。
ちなみにZランクの権力は一国の王様級なんだとか。侯爵家くらいなら余裕で消し飛ばすことができるらしい。
もちろん僕はそんなことをしたこともないし、する気もない。
…たぶん。
正直言って、権力で相手を無理矢理ねじ伏せるやり方って一番嫌いなんだけど、ロロを守るためなら仕方ない。
今はボーッとしてるけど、いつ骨折の痛みが出るかわからないし…早めに治療しないとまずそうだし。
『おい、あの貴族見ろよ!走って逃げてったぞ♪』
『うわぁ…もう見えないよ…』
そんな僕の考えを知るわけもなく、いつの間にかポッチャリはものすごい勢いでその場から走り去っていった。意外と足腰は丈夫なようだ。
というか兵士たちと馬車を置いていくなよ…
「とりあえず…ちょっと降ろすね」
「…………」
僕はロロを地面に寝かせて、応急処置をすることにした。ロロが僕の声にまったく反応していないけど、意識はしっかりあるようだ。
どうやらいろんなことが一気に起こりすぎて、何がなんだかわからなくなっているのだろう。
『ねぇお姉ちゃん…ロロ、だいじょうぶ?死んじゃわない?』
『たのむよ姉ちゃん!ロロはぼくたちの『かぞく』なんだよ!』
いつの間にか、先ほど助けた子供たちが僕とロロのまわりに集まってきていた。
格好からして、どうやらスラムの子供たちのようだ。見覚えのある子もちらほらといるし。
「大丈夫♪すぐによくなるからね♪」
僕は子供たちを不安にさせないために、努めて明るく振舞った。それで安心したのか、みんなから笑顔が溢れ出した。
(とは言ったものの、正直きついな…)
ロロの状態は想像以上にまずい状態だった。腕や脚だけでなく、どうやら肋骨も何ヶ所か折れているみたいだ。呼吸もだんだん浅くなってきているみたいで、顔色も悪い。
…あのポッチャリ、相当強く殴ったりしたな?逃がさないでボコボコにしたほうがよかったかな?
そんな黒い考えはとりあえず封印し、僕はすぐに応急処置に取り掛かった。
腕や脚に、先ほど買っておいた回復薬『グリム』を振りかけていく。すると、傷がどんどん塞がっていき、曲がっていた部分も正常になった。
どうやらこの緑の液体、骨折にも効くようだ。ちょっと賭けだったんだけど、うまくいってよかった。
効果を確認した僕は、ロロの服を脱がして同じように『グリム』をかけた。少し染みたのか、ロロが「うぅ…」とうめき声を上げたけど、傷はばっちり塞がった。
「あとは…内出血か…」
先ほど服を剥いでわかったのだけど、どうやら内臓のひとつが出血しまっていたようだ。、赤黒い痣がお腹のあたりに広がっていた。
試しにその痣に『グリム』をかけてみたけど、皮膚が邪魔して中の出血は止まらなかった。
なら内部から直接やればいいのだろうか…
「ロロ、これを飲んで」
僕はインデックスから新しい『グリム』を取り出し、ロロの少し開いた口元に流し込む。『グリム』は塗ってもよし、飲んでもよしな傷薬なので、口から流し込んでも問題ない。
しかし、疲労や痛みで完全に意識を失ってしまったらしく、緑色の液体は飲まれることなく口元から流れ落ちてしまっている。
『ロロ、起きてよ!起きてお薬飲んでよ!!』
『やだよ!死んじゃやだよ!!』
ロロの様子に不安を抱いた子供たちが、泣きながらロロの体を揺さぶる。しかし、ロロは呻き声すらあげない。
このままだと本気でまずい、こうなったら―――
『ふぇ、お姉ちゃん…なにしてるの?どうしてお姉ちゃんがお薬飲んでるの?』
僕は、緑色の液体の入った小瓶を傾け、口に『グラム』を含む。なんかメロンの味がする。
そしてそのまま、ロロの口を僕の口で塞いだ。
『ふぇ!?どうしてロロとお姉ちゃんがちゅーしてるの!?』
『どうしちゃったんだよ姉ちゃん!』
子供たちが困惑しているけど、これは僕が狂ったからやっているわけではない。
口の中に含んだ液体を、ロロの中に流し込んでいく。
そう、これはれっきとした医療行為。人工呼吸のようなものだ!
「ぷはっ。よし、これでもう大丈夫だ!」
顔を上げてロロのお腹のあたりを見ると、すでに血溜まりは消えてなくなっていた。どうやらうまく行ったみたいだ。
飲ませている途中、ロロの身体がビクンッてなったときはちょっと怖かったけど、どうにかなってよかった。
ただ、これはあくまで応急処置だ。傷はすべて塞がっても、血はさすがに傷薬では補えない。すぐになにか栄養価の高いものを食べさせなくてはならない。
そんなことを考えて、ふと、下のほうから視線を感じた。
『あ、ロロが起きた!』
『よかったよ~お姉ちゃんありがと♪』
どうやらロロが目を覚ましたようだ。薄目を開けて、こちらをじっと見ている。
なぜか顔は赤いし、目にも涙を浮かべている。
え、え?どういうこと?
『グラム』は第一章で出てきた、いわゆる初級回復アイテムです。効果がものすごいですが、決して万能薬などではありません。
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