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10、猫と戯れました

『お、カイト嬢、今日はずいぶんと可愛い格好してるじゃねぇか』


『あらホント♪可愛いからこれサービスしておくわね♪』


『ん、カイトじゃないか!へぇ~似合ってるじゃんソレ』


『ほぇ、カイトお姉ちゃんだー!ね、ね、一緒に遊ぼうよ!!』


「あらあら人気者なのねカイトって♪」


「嬉しいはずなのに…なんだろう…この複雑な気分…」


市場を歩いていると、まわりから親しんだ声を掛けられる。


僕はよくここで買い物する常連なので、出店の人たちや近所の人たちとは顔見知りなのだ。


みんな優しい人たちで、僕も楽しいのだけれど…


『あれ、カイトさん!ついに…ついに女性の服を着るようになったのですね!!』


『カイトっていっつも男物ばっか着てたから、あちきたち心配だったんだぜ?』


「間違ってるからね!?僕は男だから男物の服を着るのが普通なんだからね!?」


そう、ここの人たちの大半が僕を『女』だと勘違いしているのだ。


会うたびに僕が『男』だってことは伝えているのに、まったく信じてくれない。


やはり髪が長いのが悪いのだろうか。僕の髪って後ろで束ねてポニーにしてるけど、それでも腰くらいまではあるんだよね…


でも切るとあとが大変だから、切りたくても切れないし…


ちなみに現在の服装はメイド装備一式なので、誤解をさらに促進させてしまっているようだ。


あはは、もう笑うしかないよね…


「海斗大丈夫?笑いながら泣いてるけど…」


「うん、ありがとう姉さん。あと僕の涙を舐め取るのはやめて」


まともな人が少ないって思っているのは僕だけなんだろうか…


まぁいまさら、かな?


「それにしても、今日もここは平和で楽しいね♪」


「うん、なんかみんな活き活きとしてるよね」


まわりを見渡す。自分の商品を宣伝している人たち、それを聞きながら買い物をする主婦っぽい女性。道のあちこちで子供たちが楽しそうにそれぞれの遊びを享受している。


賑やかで、それでいてみんなが笑顔なこの市場。もとい『マリーさんの散歩道』が今日もこの場所にあるという、この不思議な安心感。


「やっぱりこういうのっていいな…」


「そうね…やっぱりこういうのっていいわよね」


姉さんも同じことを感じ取ったのか、隣でしみじみとして―――ってあれ?


隣を見ると、そこに姉さんの姿はなかった。さっきまでいたはずなんだけど…


ふと、スカートの中に違和感を感じた。主にお尻のあたりから妙な感覚が…


「って姉さん!?なんで僕のスカートの中にいるのさ!?」


「ああ、この匂い…この感触…やっぱりこういうのっていいわよね」


「それってそういう意味だったの!?」


少しスカートを捲ると、中で姉さんが僕のお尻に頬ずりしているのが見えた。ええ、とっても幸せそうにしていますよ。


せっかく感動していると思ったのに…なんかものすごくがっかりだよ…


僕は無理矢理姉さんを剥がし、その頭を軽く叩いた。


「公衆の面前で破廉恥行為を平気でするんじゃないよ!!」


「え~いいじゃない!だって海斗の顔見てたらこのあたりがうずうずしてきちゃったんだもん…」


そういいながら姉さんは自分のおへそのあたりを両手で隠すように擦った。


ん~?


「お腹でも痛かったの?」


「…海斗にこのネタはまだ早かったわね。どうして海斗ってこういうことを全然知らないのかしら…」


よく聞き取れない声で姉さんが何かをぶつぶつ言っているけど、たぶんロクでもないことだろう。


僕はとりあえず姉さんをその場に放置し、買い物をすることにした。


『へいらっしゃい!今日も新鮮な野菜たちが揃ってるぜカイト!』


「あ、ホントだ。それじゃあいくつかいただくね♪」


『毎度!』


「お肉屋さん、今日は何があるの?」


『今日の目玉商品はスイートドラゴンの肉だよ♪甘くて柔らかくて、しかも安い!!』


「買った!!」


『カイトさん、こっちの商品も如何かね?』


『こっちも、いい果物が手に入ったんだよ!』


「え、ほんと!それじゃあ――――」







◆◆◆◆◆◆






「ふぅ~結構買っちゃったな~」


あれからいろんな店をまわり、今日の目的のもうひとつ『大量の食材入手』を達成した。


ちなみに、買ったものはインデックスに突っ込んであるので、持ち運びは非常に楽なのである。


「ところで姉さん、いつまで拗ねてるのさ…」


「つーん。もう海斗なんて知らないもん!」


「いや、『もん!』って言われても…」


隣に座る姉さんは、僕にほっとかれたのがよほど不服だったのか、このとおりさっきからぜんぜん口を利いてくれない。


姉さんの細い腕がさっきから僕の服の中を弄っているので、怒っているのか演技なのかよくわからないけど。


ちなみにここは一休みするために入った喫茶店『マリーの休憩所』のカウンター席。自然をモチーフとした店内の中央には、巨木が天井を突き抜けて生えている。壁やテーブルも木製で店全体に森も雰囲気が漂っていて、ものすごく居心地がいい。


目の前の厨房では、ケットシーのマナ、通称ニャスターさんが忙しなく料理を作り続けている。


『ニャスターさん、『ガブ肉の丸焼き』の注文です!』


「了解なのニャ!こっちにさっきの注文の卵和えパスタ、置いておくのニャ!」


『ニャスターさん、こっちに『ランランサラダ』お願い~』


「にゃへ~!?」


う~ん、本当に大変そうだ。


手伝いたいけど、正直こっちの料理はまだあんまり覚えてないから、足手まといになってしまいそうだし。


僕はさっき注文したオレンジジュースを飲みつつ、ニャスターさんの動きを観察することにした。


踏み台を使ってもぎりぎり届く位の高さの厨房で、器用に料理を作る姿は、見ていて飽きない。


黒い毛並みはキチンと手入れされており、エプロンやコック帽をつけているあたり、衛生面はばっちりのようだ。ちなみにコック帽には猫耳を入れる穴が開いている。


「ガブ肉の丸焼きとランランサラダお待ちニャ!ふぅ~ようやく一息つけるのにゃ~」


ふらふらと歩いてきたニャスターさんは、椅子をよじ登り、座っている僕の膝の上に乗っかって寝転んできた。


「カイト君~今日はずいぶんと早く来たのにゃー。いったい今日はどうしたのにゃ?」


「今日はちょっと買い物。で、少し休もうかなって思ってここに寄ったんだよ」


実は、僕もここの常連の一人だったりする。毎日ではないが、クエストの帰りなどによく一人で寄るのだ。


ニャスターさんとも知り合いなのだが、なぜかものすごく気に入られているようで、よくこうして膝の上に乗せてゴロゴロさせているのだ。


今も僕のお腹あたりに顔を埋めてにゃふにゃふ言っている。


「にゃふ~やっぱりボクはこの時間が一番好きなのにゃ。この暖かさが堪らないのにゃ」


「あはは、存分に楽しんでいいから」


幸せオーラがまわりに満ちてる気がする。まわりからも『ニャスターさん、幸せそうだね』『私もゴロゴロしたい』というような声が聞こえてくるし。


隣に座る姉さんから、ものすごく睨まれてるけど…気のせい…だよね?


いくら姉さんでも『猫』に嫉妬はしないだろう…


「むぎゅ~ここもあったかいのにゃ~♪」


「ちょっとニャスターさん、服の中に入ってこないでよ。さすがにくすぐったいよ」


メイド服の隙間からニャスターさんが入り込み、僕のお腹あたりを舐めまわしている。ザラザラとした舌の感覚がお腹から伝わってくる。


もそもそ動くもんだから、お腹のあたりがむずむずしてしょうがない。


ニャスターさんと戯れていると、不意に隣からバンッと大きな音がした。


振り返ると、姉さんが鬼の形相でこちらを睨みつけてきていた。先ほどの音はテーブルを叩いた音だったようだ。姉さんの手の下の木のテーブルが木端微塵になっている。


どんな力で叩けばそうなるのだろうか…


「なによさっきからその猫は!私の海斗といちゃこらして!私だって海斗に甘えたいのに!!」


前言撤回。どうやら姉さんは猫にすら嫉妬するそうです。


というか姉さんはさっき似たようなことを僕にしてたよね?あれで足りないって、姉さんは僕にいったいどんなことをしたいのだろうか…考えるだけ無駄かな?どうせ僕にはわからないだろうし。


するとニャスターさんが僕の首元から顔だけだして、姉さんに向き直った。気のせいか、その目は勝ち誇ったかのように楽しそうだ。


「君がカイト君とどういう関係なのかは知らにゃいけど…今はボクとカイト君の時間にゃ、誰であろうとこれだけは譲れないのにゃ!」


言うだけ言ってニャスターさんはまた僕の服の中に戻っていき、お腹のあたりをまた舐め始めた。


…地味にくすぐったいです。


そんな挑発に姉さんが乗らないわけもなく。


「ふがー!なんなのよその猫!上等じゃない、なら私だって!!」


「え、ちょ、姉さん!?」


椅子から飛び降りたかと思ったら、瞬時に僕の背後に回りこみ、服の隙間から顔を突っ込んできた。そのまま肩・両腕を入れてきて、僕の服はぱんぱんになった。


姉さんの指が僕の胸を弄り、ニャスターさんの舌が僕のお腹を舐める。


え?何この状況!?どうして僕の服の中でこんなことが起こっているのさ!?


「にゃふ~ちょっと汗の味がして堪らんのにゃ~♪」


「はぁはぁ、海斗の胸…触ってるとなんかこう、興奮してくるわね…」


「やめて!これ以上はやめて!!」


他の客から好奇の目で見られて、恥死しそうでやばい…


誰か…誰か二人を止めてください!!











「ところで…いまさらにゃんだけど、どうしてカイト君はメイド服なのかにゃ?」


「本当に今さらだね!?」


気づくの遅すぎでしょニャスターさん!






◆◆◆◆◆◆






「…なんか、休む前より疲れた気がする…」


なんとかニャスターさんと姉さんのサンドイッチから解放された僕はお店をあとにし、街をブラブラとしている。


姉さんはお店のほうに置いてきた。疲れたらしく、少しお店のほうで休んでいくんだとか。


で、暇になった僕は街の中を散歩することにしたのだ。


ちなみにここは『マリーさんの散歩道』を出た先、まわりの建物からして中流階級の住宅街だろうか…そんなような場所を僕はゆったりと歩いている。


「う~ん、こうしてゆっくりと街を見たのって初めてかもしてない」


日本とは違った建物が立ち並ぶ街並みは、眺めているだけでわくわくしてくるから不思議である。


ある家は窓から洗濯物を干し、またある人は玄関の掃除なんかをしている。


「ん?なんか向こうのほうが騒がしいな…」


僕の歩く先、前方のほうから何やら怒声が聞こえてきた。


何か悲鳴やら野次の声なんかも聞こえてくる。


「…行ってみよう」


普段はこういうことに興味が湧かないのに、なぜか妙な胸騒ぎがした僕は喧騒のしたほうへ駆け出していた。


曲がり角を曲がると、大きな馬車と、そのそばでなにやら騒いでいる華美な服をきた小太りな中年。その背後に甲冑姿の男が数人と、それに囲まれいる人影が数人。その騒ぎの遠巻きにみる市民がちらほらと見える。


だけど、僕が一番気をとられたのは、中年の男が持ち上げていた子供のほうだった。


ボロボロの服にぼさぼさの髪、泥だらけの裸足。


間違いない、あれは…ロロだ!


でも、なんであんなことに…


そんな僕の疑問を余所に、中年の男はロロを地面に叩きつけ、後方に控えていた甲冑男の一人から長剣を奪い取った。


「っ!」


嫌な胸騒ぎが確信に変わった僕は考えることを放棄し、全力で駆け出した。









――――――――――――――――――――――――――――――――



~フィキペディア~



『スイートドラゴン』


全長5mほどの大型の四足歩行竜。大人しい性格で、魔物の中では珍しく、自分から襲い掛かってこない。そのため、家畜として重宝されている。その肉は柔らかく、甘みがあると評判である。病気に強く、エサも干草や青葉でいいので、値段も安い。

ただし野生のスイートドラゴンは、攻撃すると強力な反撃を加えてくるので注意が必要である。

次回で話が発展します。一体どんな展開になるのか、もしかしたらわかっちゃっている人もいるかも知れませんが、楽しんでもらえると嬉しいです。


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