1、新生活が始まりました
新章スタートです!
~カイト邸 正門付近~
「…聞いていたよりずいぶんでかい屋敷だな。」
黒い影が茂みの中で息を潜める。その姿はさながら獲物を狙うハイエナのよう。
「こんだけ広いんだ。食料もかなりあるかもしれねぇな。チビ共のためにもできるだけたくさん盗ってくるか。」
くくくっと乾いた笑い声を上げるが、すぐに歯を食いしばって屋敷を恨めしそうに睨み付ける。
「…くそ、貴族め。こんな家なんかに金を使いやがって…俺たちの苦しみもしらねぇくせによ…」
恨めしそうに、悔しそうにそう呟く。
その声は木の上で囀る鳥にすら聞きとることができないほど、小さく儚いものだった。
◆◆◆◆◆◆
~クラストの森~
「孝!そっちにブラッドフライ三体!!」
「まかしとけ!せいやっ!!」
「海斗、三時の方角から新手が五体!!」
「了解!ムラマサ、いくよ!!」
『了解なのじゃ。』
みんながギルドに入ってから早一ヶ月の月日が流れた。
最初は戸惑っていたものの、日に日に慣れていっていき、そのたびに安堵のため息がでた。
やはりみんなどこか人間離れしているみたいで、今ではそれぞれのギルドの主力にまで上り詰めていた。
戦士ギルドでは孝や優奈がランクAに昇格。戦闘能力が高く評価されたおかげだ。
商人ギルドでは志穂がランクAになった。毎日頑張って仕事に励む妹の姿は、見ていてなんだか微笑ましかった。
姉さんは得意の知恵を働かせて、とある取引において大成功を収めた。かなり大きな商談だったらしく、金額もかなりのものだったらしい。そのおかげで、姉さんはなんとランクS、至上最年少と至上最短記録を軽々と更新してしまった。
魔法ギルドの美琴は、とある最強武装をたった一人で作り出し、ランクSS&副ギルド長の座まで手に入れてしまった。
とまぁこんな感じで、みんなかなりこの世界に馴染んできたらしい。
そして現在、とある依頼を受け、僕・孝・優奈は『クラスタの森』で大量のモンスターの討伐をしている最中である。
相手は無限に湧き続けるのに対し、こちらはたったの三人。さすがに疲労が溜まってくる。
ちなみにもうかれこれ2時間ほど戦いっぱなしだったりする。
モンスターの死骸はゲームと違い、消えずに残るので足の踏み場がどんどんなくなってくるからまぁ大変。
「おい海斗、何ボーッとしてるんだ!?逃げるぞ!!」
はっ、と我に返り、叫ぶ孝のほうを見やる。
銃撃で敵を撃ち払い、銃についている刃で近づく敵をなぎ払いつつこちらに声を飛ばしてきている。
あいつ本当にパティシエ志望なの?週に7回くらい疑問に思うんだけど。
「え、逃げるの?」
「さすがにこんな狭い森のなかじゃザコでも分が悪いわ。広いところまで敵を誘導しないと…」
今度は優奈が僕のほうに向かって声を発してきた。向こうもかなりの敵がいるようだけど、それを優奈は得物の薙刀で軽々と蹴散らしている。
確かにこのままじゃさすがに危険な気がする。敵の数は増える一方だし、こんな木々の生茂った場所じゃ戦いにくすぎる!
「仕方ないか…わかった。北のほうに確か広い草原があったはず、一先ずそこに逃げよう!」
「了解!」
「あたしの足について来れるかしら?」
真一文字に目の前の敵を斬り裂き、それを合図に一斉に三人で駆け出した。
それに続くように敵も一斉に僕らを追いかけてくる。
ああもう、なんなんだ一体!!どうしてこんなにモンスターは僕らを執拗に追いかけてくるんだ!?
まるで中学のときに数百人の生徒に追いかけられたあの日のようだよ!ああ、思い出すだけで寒気がするよ。だってみんな目にハートが出てるんだもん。初めて見たけど、恐怖しか感じなかったよ…
……………
………
………ん?
(後ろを振り返る僕)
(目がハートで鼻息を荒くして追いかけてくるモンスター軍団)
(ダラダラと冷や汗が止まらない僕)
………まさか?
試しに体をやや左に傾ける。するとモンスターも同じように上体を左に傾ける。
右に傾けるとやはり右に傾けてきた。
お尻を少し振ると『ガアアアァァァ!』とか『キシェェェェ!』とか奇声を上げてさらに追いかけるスピードが増した。
……………
「どうしたの海斗?顔色が悪いわよ?」
「い…」
「い?」
「いいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃやああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ちょっと海斗!?どうして急に猛ダッシュしてるのよ!海斗ーーーーーーーー!?」
僕こと新井海斗16歳。ついにモンスターにまで『愛され体質』が発動してしまいました。
ううっ、あぅ…泣いてなんか…泣いてなんかいないもん!!
◆◆◆◆◆◆
~海斗邸 キッチン~
「よいしょっと。お、けっこうたくさんあるじゃねぇか。へへ、こんだけあればしばらく生きていけるな!」
目の前の樽には大量の野菜や干し肉。どれもこれも新鮮そうだ。
『影』は手当たり次第食材を腰につけたポーチとリュックに詰めこんでいく。
「よし持てるだけ持ったし、そろそろ脱出するかな」
満足げな表情で、入ってきた窓のほうへ忍び足で近づく。
しかし「余裕だったな」と安堵したのもつかの間。
『誰かいるんですかー?』
窓まであと少しというところで、女性の声が聞こえ同時にダイニングの扉が開いた。
「っち、誰か来たみたいだな」
『影』は素早い身のこなしですぐさま近くの物陰に身を潜めた。
◆◆◆◆◆◆
~海斗邸 リビング~
「ふんふっふふ~ん♪やはりお掃除は楽しいですね♪」
私の手には愛用の箒が握られている。手に馴染んだそれは、握っているだけでなぜかお掃除が楽しくなってくるから不思議です。
「それにしてもカイト様には困ったものです。」
ここ最近、私は戦士ギルドの仕事をお休みしています。カイト様の護衛も兼ねて毎日イチャイチャしたいのですが、「フィーには家事全般を任したいんだ」と頼まれてしまっては仕方ありません。
もしかしてカイト様は私に何か不安だったのでしょうか!?私はただ、カイト様の飲み物に私の唾液を混ぜたり、護衛に託けてカイト様の可愛いお尻を揉みしだいたりしただけなのですが…
「まぁこうして家事を任されたということは、合法的にカイト様の私室を漁り放題ですし、結果オーライですかね?」
そう考えたら意外と役得な気がしてきました!洗濯籠を漁ればカイト様の下着も簡単にゲット出来ますし!
ああ、考えたらなんだか興奮してきちゃいました…
「よーし、はりきってやっちゃいますよ!!」
箒に力を込めて気合を入れる。
そして箒を振りかぶり、ゴミを掃こうとして
『ガタッ』
「はえっ?」
空振りました。ええ、綺麗に空振りましたとも。
転びはしませんでしたが、しばらくその場で回転回転回転…うぅ、目が回りましゅ~
ああ、せっかく気合入れなおしたのに…台無しです…
「それにしても『ガタッ』ってなんの音でしょうか?」
風…にしては大きいし、それに室内から聞こえてきた気が。
イリアにはお買い物に行かせていますし、他のみなさんはみんな仕事に行っていないですし…
「まさか…盗賊!?」
ありえない話ではありませんが、まさかこんな森の中まで来るとは思いもしませんでした。
しかし…盗賊ですか…
おもむろに太ももに差しているダガーナイフを引き抜いて構える。
「何者か知りませんが、私とカイト様の愛の巣に侵入した外道は…排除しませんとね♪」
最近こっちの『愛用』も使っていませんでしたからねぇ。そろそろ使わないと腕が鈍ってしまいそうですし、ちょうどいい機会かもしれないですね。
「物音がしたのは、確かキッチンのほうからでしたね」
箒を床に置き、ダイニングキッチンへとつながる扉まで移動。
「誰かいるんですかー?」
一応声をかけてから扉を開き、中に入る。もしかしたらイリアが早めに帰ってきたのかもしれませんからね。
しかし返事はなく、ダイニングもキッチンも静寂が包んでいました。
「…返事はないですが、気配はしますね。」
もう一度誰かいるのか問いかけますが、やはり返事は返ってきません。
…やはり盗賊のようですね。
「ふふふ、そこにいるのはわかっていますよ?」
気配のするほうへ歩いていく。ああこの言葉、一度追い詰める側で言ってみたかったんですよね♪
一歩一歩ゆっくりと歩みを進めて、距離を縮めていく。
そしてあと5歩ほどの距離で、相手に飛び出してきました。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
「っ!?速い!!」
飛び出してきた黒い影は、一直線に私の鳩尾めがけて突撃してきました。その速さは並の盗賊のそれとは比べ物にならないほど素早いもので、驚きが隠せません。
「ですが…まだまだ甘いです!!」
「え?」
瞬時に相手の後ろに回り込み、後頭部をダガーの持ち手で軽く叩く。
「かはっ!?」
すると相手は簡単に意識を失い、床に突っ伏しました。
転がったポーチからはリンゴやら干し肉などが飛び出していることから、やはり盗賊だったようです。
「さてさて、いったいどうしてくれましょうかねぇ?まずはどんな人なのか確認しますか。
そう思い、盗賊の頭まで覆っている黒装束を片手で剥ぐ。装束はただの布を被っていただったらしく、簡単に剥ぐことができました。
まぁそこまではよかったのですが―――
「…え?」
私はその盗賊の姿を見て、先ほどまであった殺気が一気に抜けていくのを感じました。
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~フィキペディア~
『ブラッドフライ』
全長1mほどのハエ型モンスター。黒っぽい外見で、頭部と羽が非常に硬く並の矢ではまったくダメージを与えられない。
頭部についているストロー形の口を獲物に刺し、血を根こそぎ吸い尽くす。
繁殖力が高く、大量発生するとかなり厄介な敵となる。
しかし、一体一体の体力は非常に少ないので初心者のレベル上げモンスターとして重宝されている。
いよいよ第二章に突入しました!
今回出てきた『盗賊』は今後どのような関係性を持ってくるのか?次回、その姿が明らかとなります。お楽しみに!
『逃げ込んだ先は異世界でした』の番外編を現在準備中です。完成次第、ご報告させていただきます。
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