56、始まりました
いつもよりかなり長いです。
「うぅ~疲れた~」
「ごくろうさんだったな海斗」
結局イリアと孝以外の全員に膝枕をする羽目になってしまった。
さすがに6人もやると足が痺れる…服もヨダレやら何やらでベタベタだし…
「むふふ、やっぱり海斗の膝枕はやっぱり絶品ね♪」
「…この余韻が堪らない…」
「海斗、延長って無いの?」
「もう少しお兄ちゃんの膝枕を堪能したかったな…」
「まさか膝枕があそこまで気持ちのよいものじゃったとは…」
「きっとカイト様の膝枕だったからでしょうね♪」
さっきまでの混沌とした空気はどこへやら。みんなものすごく元気になってるよ。
ちなみにここはリビングだったりする。もう三時を回ろうとしているが、まだお昼は食べていない。
さすがにお腹空いたな…
「で、海斗?あなたはお姉ちゃんをほったらかしてどこに行っていたのかな?」
ごめんなさい、やっぱり空気はダークネスなままでした。
みんなの目が怖すぎて直視できない。
どうにかしたくても、孝とイリアは厨房にいるから助けは求められないし…
そうだフィー、あの娘なら事情を話しておいたから問題な―――
「カイト様、私もキニナリマス。」
しまった!どこに何をしに行くのかまで言ってなかった!!
というかフィーからなんだかドス黒いオーラが…
まずい、詰んだかもしれない。
「さぁ、全部吐いちゃいなさいよ。」
本当に(物理的に)吐きそうです。もう恐怖で精神崩壊しそうだよ。
だめだ、もう隠しきれなそうだ。
「わかったよ、ええっとね―――」
◆◆◆◆◆◆
「―――というわけ。別に疚しいことなんてなかったでしょ?」
「確かに疚しいことではなさそうですけど…」
「あの創造神に会いに、ねぇ。」
やばい、姉さんの顔がどんどん怖くなっていく。笑顔の後ろに般若が見えるよ…
これはもう終わったかもしれない。
殴られたりはされないだろうけど、荒縄で簀巻きくらいは覚悟したほうがいいかもしれない。
「…ふぅ、まぁしょうがないわね。」
だが予想していたことは何も起こらず、姉さんは疲れたようにため息をついた。
って、はい?
「え、いいの?」
あの姉さんが、他の女の子に会いに行った僕を許した、だと!?
いや、そんなわけがない。あの姉さんがこうも簡単に許すわけがない!
きっと何か裏があるはずだ。
「何をぶつぶつ言ってるの海斗?別にもうお姉ちゃん怒ってないわよ?」
「嘘だ!あの姉さんがこんなに優しいわけがない!!」
「なにげにひどいわよ!お姉ちゃん泣くわよ!?」
え、本当に何もないの?いままでの姉さんからはまったく想像できない…
「確かに他の女のところに言ったのは許せないけど、ちゃんと事情があったんでしょ?」
「うん、まぁ…」
ふと、自分の右手人差し指に付けた『主の証』を見る。窓から入ってくる午後の日差しを反射して少し透明がかったそれは、見ていてなんだか気持ちが落ち着いてくる。
「それにこのお屋敷だってその創造神が建ててくれたんでしょ?海斗がそのお礼に行ったんだとしたら、それを咎める権利は私たちには無いわ。」
「姉さん…」
あの姉さんがものすごくまともなことを…
なんだかんだで姉さんももう大人なんだな。
「まあ海斗にはあとでうれし恥ずかしい罰を受けてもらうけどね♪」
前言撤回。やっぱり姉さんは姉さんだったよ。
というか罰って…さっきと言ってることが矛盾しているじゃないか。
…いったい何されるんだろうか…あまり考えたくないな…
『おーい、飯ができたぞー』
扉の向こう側から孝の声がする。
とりあえずご飯食べて忘れよう。
◆◆◆◆◆◆
「そういえばみんなはもうギルド登録を済ませたんだよね?」
孝たちの作ったグラタンを口に運びつつ、正面に座る4人に聞いてみる。
「ええ、特に問題なく済ませたわよ」
「フィーさんやイリアさんにも着いて来てもらったから大丈夫だったよ」
さすがメイドさん、みんなのサポートもばっちりみたいだ。
「そっか、ありがとうイリアさん、フィー」
「いえ、そんなお礼だなんてっ」
「むふふ、頭を撫でてくれてもいいんですよ?」
フィーは最近ものすごく猫っぽくなってきているような?
姉さんたちの影響でも受けたのかな?
とりあえず撫でてみると「にゃふ~」と満足そうな声を上げた。
うん、やっぱり猫だ。
「あ、そういえば。みんなはギルド登録後の能力って把握してる?」
「もちろん!『念話』と、えっと…確か『パンドラの箱』っていう収納機能…だったかな?」
「うん、それは開けてはいけない箱のことだからね?『パンドラの箱』じゃなくて『インデックス』だからね優奈?」
「え?ももももちろんわかってるわよ!もう海斗ったら」
ものすごく動揺してるけど、たぶんそれについては触れないほうがいいんだろうな…
みんなの優奈を見る視線も、心なしか優しい気がするし。
まるで小動物でも見るかのような…
「何よみんなして!そんな子供を見るような目をしないでよ!!」
「それで海斗、これから私たちはどうすればいいの?」
「そうだね―――」
「フガーッ無視するなーっ!!」
そんな悲痛な優奈の叫びが部屋に響き渡った。長いツインテールが犬の耳のように忙しなく動いているさまは、やはりチワワやダックスフントのような小型犬を想起させる。
「優奈は可愛いな…」
「はえっ!?」
しまった、思わず口に出して言っちゃったよ!なんとかして弁解しないと。
「えっと、その、優奈って子犬みたいで可愛いなって思ってさ。」
何を僕は馬鹿正直に言っているんだ!本当に僕はバカなんじゃないのか!?
ああ、自分の分身が作れたら思いっきり今の僕を殴らせたい…
「ああ、どうして僕の口は勝手に動くんだよ…僕なにか悪いことしたかな?それとも――――」
「海斗が可愛いって海斗が可愛いって海斗が可愛いって海斗が可愛いって海斗が――――」
「お前ら少し落ち着けーーーーーーー!!」
そんな孝の怒り交じりの声が聞こえたような聞こえなかったような…
◆◆◆◆◆◆
「いい加減にしろよ。もう言っちまったもんはどうしようもないだろ?」
「だからって殴ることないじゃないか!」
孝が僕を元に戻すために、僕の右頬を殴ったらしい。本気で…
殴られたところがまだジンジンするよ。
「しょうがないだろ?お前はあれぐらいしないと正気に戻らねえし。」
「そこまでじゃないやい!少し肩を強めに揺らせば元に戻るよ!孝は僕をなんだと思っているんだよ?」
壊れかけのテレビか何かと勘違いしているんじゃないか?
「えっと…パンチングマシーン、とか?」
それ殴られる専門の道具じゃないか…
どうして僕のまわりにはまともな人がいないんだろう。
「そんなどうでもいいことは置いといて。これから俺たちはどうすればいいんだ?」
「孝!僕の人権をどうでもいいで済まそうとするな!!」
こいつの心に僕への優しさというものはあるのだろうか?
はぁ、もういいや。
とりあえず僕は部屋にいる全員を見回し、手を叩いて注目をこちらに集める。
「はいみんな聞いてー。これから今後の活動内容について簡単に説明するから。」
その途端、みんなの表情が真剣になった。
…そこまで真面目なことを話すわけじゃないんだけどな…
「今朝話したとおり、僕らにはこの世界の情報が足りなすぎる。そこでみんなにはしばらくの間、ギルドの仕事をこなしてもらうことになる。」
「そしてギルドや遠征先でこの世界のことや魔王のこと、さまざまな情報を手に入れてほしいんだ。」
そんな僕の言葉に、みんな真面目に頷く。
そこまでみんな真剣になりすぎなくても…
それに僕の本心はそこじゃないんだけどな…
「まぁそれは建前。本当の目的は――――」
「もっと異世界ライフを楽しもう、ってことなんだけどね。」
…………………
やめて!みんな無言にならないで!!
だからそこまで真面目に捉えてほしくなかったのに!
だけどしばらくすると、一人またひとりと笑い始め、終いには全員が思い思いに笑い始めた。
ある人は大笑いし、またある人は笑いを必死に堪えている。
「な!?そこまで笑わなくてもいいじゃないか!!」
「くはははっ、いやすまん。やっぱり海斗はスゲーって思ってさ。」
すごい?僕は何もしていないと思うんだけど?
というか本当に何もしてない。いままで生きてきてすごいことなんて何ひとつしていないと思う。
…言っててなんだか悲しくなってきた。
「やっぱり海斗は私の自慢の夫―――じゃなくて弟だわ♪」
「ただの言い間違いだと僕は信じたいよ!?」
気がつくと、みんなが僕のまわりに集まってきていた。その表情はまるで幸せを噛み締めているような、とても綺麗なものだった。
「こんな世界に来ても、やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだね♪」
「…誇るべき」
「どこまでもついていきますよカイト様♪」
「わしも主に一生を捧げる所存じゃ」
「みんな…どうしてそこまで…」
わからない。どうしてみんなそこまで僕に期待しているんだろう。
やっぱり『愛され体質』のせいなんだろうか…
「海斗」
いつの間にか隣に優奈が立っていた。
「優奈…なんでみんな僕なんかにここまで…」
僕の言葉は、優奈に抱きしめられて最後まで言えなかった。
耳元で優奈が僕にしか聞こえないくらいの声で囁いてきた。
「みんな、不安だったのよ。いきなり友達も家族もいない世界に飛ばされて、みんな怖かった。でもね、こっちの世界には海斗がいた。それだけで私たちは不安にならずにすんだの。」
「でも、この世界につれてきたのは僕だ。僕が勝手に―――」
「あたしたちが壊れないようにするためだったんでしょ?」
「それは…」
「海斗は誰よりも優しくて前向きで、あたしたちの支えだったの。その海斗が『楽しもう』って言ったとき、なんだか本当に楽しくなってきてね。それが嬉しかったんだよ。」
「優奈…」
優奈の抱きしめる力がさらに強くなる。ちょっと痛いくらいだ。
「あたしたちは…いや、あたしは自分の意思で海斗についていく。海斗のよく言う『体質』なんかの影響じゃない。純粋な気持ちであたしは海斗といたいの。」
「っ!?」
なんだろうこの気持ち。胸のあたりがとても温かい。
物理的な温かさじゃなくて…ああ、だめだ。うまく表現できない。
でも、悪くないかもしれない。
「海斗?」
優奈を抱きつかせたままその場で立ち上がる。
言わないと。今の僕のこの気持ちをみんなに伝えないと。
僕はみんなの顔をまっすぐに見る。もう絶対に逸らさない。
「この世界に呼んだのは僕だ。理由はどうあれその事実は変わらない。」
「海斗…」
「カイト様…」
「その分僕はみんなを導く義務がある。僕にできることなんてたかが知れてるけど…」
「………」
「お兄ちゃん…」
「こんな頼りない僕だけど、みんなはついて来てくれる?」
うぅ、我ながら情けない声だな。もっと威厳のある言い方ができればよかったんだけど。
すると孝が目の前まで歩いてきた。その目にはいつものふざけた感じは微塵もない。
目の前まできて、孝は呆れたと言わんばかりに盛大にため息をついた。
「まったく、お前は何を当たり前なことを真面目に言ってるんだ?」
「そんなの、ついていくに決まってんだろ?」
「私の弟は相変わらず真面目ね」
「でもそれでこそお兄ちゃんだよ」
「…可愛い」
「私はカイト様の専属メイドですから、どこまでもついていきますよ。もちろん今すぐメイドから本妻に格上げしてもいいんですけどね。」
「わしもカイトの得物じゃからの。ついてゆかぬ理由など皆無なのじゃ」
「みんな…」
ああ、そうか。みんなは僕が考えていた以上に、僕のことを信頼してくれていたんだ。
どうしてそんなことにいままで気づかなかったんだろう。
「あの、私にはカイト様のことはよくわかりませんが、カイト様のお考えは大変素晴らしいと思います」
「イリアさん…」
「そういうわけよ海斗。あたしたちはあなたを信頼しているの。ついていかない理由なんて探すだけ無駄なんだからね」
そっか、今みんなに言われてやっと気がついた。
この胸の温かさ、これは「信じる心」の温かさだったんだ。
なんだかベタだけど、それが一番しっくりくる。そんな気がする。
「みんな、ありがとう。みんなの信頼に応えられるかわからないけど、僕なりに頑張ってみるよ」
僕は胸の前で握り拳をつくり、高々と挙げた。
「みんなでこの異世界を楽しむぞー!!!」
「「「「「「「「おー!!!!!」」」」」」」」
こうして僕らの異世界ライフが本格的に始まったのである。
◆◆◆◆◆◆
~後日談~
「ちょっと優奈ちゃん!いい加減海斗から離れなさい!!」
「いやです!!もう絶対に離しません!!!」
「そんなの妹である私が許しません!!」
「…優奈でもそれはダメ!」
「ムラマサちゃん!カイト様の右腕をお願いします!!」
「了解したのじゃフィー!!」
「ちょっと待ってみんな!捥げる!僕の五体が捥げるー!!」
そして僕だけ異世界ライフが本格的に終わろうとしていた。
「はわわ、タカシ様~早くなんとかしないとカイト様がバラバラになってしまいます!」
「アッハッハッハッ、は、腹イテー!!」
「タカシ様!?どうして笑っているのですか!?タカシ様ーーーーーーーーーー!!」
ついに第一章が終わりました。いま考えるともっと細かく区切ってもよかったのでは、と思ったりもしたのですがこれはこれでいいかなと。
プロローグからここまでを入れると文字数が15万字と、400字原稿用紙375枚分に相当します。まさかここまで書いていたとは思いませんでした。
ここまで書くことができたのも読者の皆様がいてこそです。この小説を読んでいただき、本当にありがとうございました!
次回からは第二章となります。どんな内容なのかは読んで確かめてみてください。
個人的にはなかなかの仕上がりとなっています。
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