52、洗い流しました そのニッ!
若干長いです。
「むぅ、なかなか落ちないな…」
洗い場に座って持ってきたもう一つのタオルで体を擦るが、なかなかドロドロが落ちてくれない。
髪が長い分、髪の毛に絡んだ量も多くかなり洗いにくい。
というかお湯をかける度になんか固まってきてる気がするんだけど…
『ああ、必死に体を擦る海斗…いいわ、最っ高にいいわ!!』
『お姉ちゃんヨダレ出てるよ?でも、確かにいいかも…』
『カイト様!そのまま下半身もグイッと洗っちゃってください!!』
『…カメラ、もっと持ってくればよかった…』
『海斗の体がこんなに近くに…ごくりっ』
『はぁはぁ…なんだか…興奮してきたのじゃ…』
……………
…………
………
…早く洗い流そう。
「というかこの壁なかったら距離何cm位の近さなんだろう…」
想像したら鳥肌が立ってきた。真近で女の子に裸体を晒してるとか考えたくなかった。
何か、何か別の事を考えないと。
「そ、そういえば孝のやつ遅いな~一体どうしたんだろう~」
「ん?俺ならここだが?」
「にゃっふい!?」
背後から聞こえてきた声に驚き、座ってたイスごと転倒。床のタイルに思いっきり後頭部をぶつけてしまった。ものすごく痛い…
「あいたたた…もう孝!いるならいるって早く言ってよ!!」
みんなはどうして僕の背後から話しかけてくるんだ!?
嫌がらせ?嫌がらせなの!?
「なんだよ、お前なら気配でわかるだろうが。」
「だってみんな気配消してるんだもん!気づけるわけないじゃないか!!」
僕だって万能じゃないんだぞ!
逆にどうしてみんなは気配がどうとかがわかるのかが不思議でしょうがないよ…
「まぁそんなことより海斗、お前そのまんまでいいのか?」
「へ?何が?」
何を言っているのかさっぱりわからない。ついに孝は幻覚でも見えるようになってしまったのだろうか?
孝が下に向けて指を向けている。
ん?下?
海斗、装備なし。現在の状態、全裸。
「いいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃやああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」
そして僕はなにもかも失った。
◆◆◆◆◆◆
「ううっ、もういやだ…」
「もうしょうがないだろ?そんな湯船の隅でうずくまってないでこっちに来いよ。」
「でも姉さんたちに全裸を見られたんだよ!?中学に上がってから下半身だけは見られないように必死でカバーしてきたのに…」
「お前あんなに拘束されてきたのに全部守りきってたのかよ…」
僕の努力があんな形で崩れ去るなんて…
ああ、あの努力はなんだったんだろうか。
「ったく、しょうがねえな…」
スィーっと孝が僕の隣に移動してきた。その顔には稀に見る優しさが溢れていた。
「お前はなんでも深く考えすぎなんだよ。確かに見られるのは気分のいいものじゃないが、見られて死ぬわけじゃねえんだ。」
「孝…」
「それによ、俺たちは男だ。お前がどんな考え方かはわからないが、少なくとも女よりは見られても平気な生き物なんだ。だからよ―――」
ポンッと頭に手を置かれた。
「あんま気にすんな。」
わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でられる。孝の手はごつごつとしていて正直痛いが、気分は悪くない。
まるで、父親にあやされる子供の気分だ。痛いのに、なぜか心地よい。
「…ありがとう孝、なんだか気が楽になったよ。」
「おう、別に気にすんな。なんせ長い付き合いだ。これくらいどうってことねえさ。」
ニカッと笑顔を向けられたので、僕も真似して笑顔を見せる。
ああ、こいつと親友で本当によかった。
◆◆◆◆◆◆
「なんなのあいつ、男のくせに海斗の頭を撫でたりなんかして…男のくせに…男のくせにっ!!」
「あの位置は本来、あたしがいる場所なのに!」
「…許せない!」
「いくら孝さんでも、お兄ちゃんは渡さない!!」
「フィー・クルーガー、全力を持ってカイト様の隣を奪還します!」
「孝のやつ、わしの主に手をだしおって…わしだって…わしだって主に甘えたくてしょうがないのに…」
「っく、このままじゃ海斗がホモに目覚める可能性があるわ。みんな、すぐに緊急海斗会議よ!」
◆◆◆◆◆◆
「…ねえ孝、気づいてる?」
「ああ、」
「「めちゃくちゃ静かだ!」」
「え、なにこれ!?さっきまであんなに騒がしかったのに!?」
「静かすぎて逆に不気味だな…」
ついさっきまでは「いい!」とか「可愛い!!」とか不本意極まりない戯言が壁をはさんで聞こえてきたのに、今はそれが嘘だったかのように静かだ。
「なんだろう、暑くなって出て行ったのかな?」
「さあな。だけど今なら隅っこで洗えば見られないかもしれないな。」
ザバァっと音を立てながら湯船から上がった孝は、角に設置された洗い場で体を洗い始めた。
「なんだよこれ、ぜんぜん落ちねぇぞ?」
「あ、それなんだけど、剥がすようにしながら洗うと取れるよ。」
「ん、どれ…お、本当だ。面倒だが意外と取れるな。」
それにしても、姉さんたちはいったいどうしたのだろうか。
気配を消しているっていうより、その場にいない感じがする。
「よし!洗い終わったことだし、とっとと上がるとしようぜ。」
「あ、う、うん…」
なんだか腑に落ちなくもないけど、気にしてもしょうがないか。
◆◆◆◆◆◆
~朝~
「ふわぁ~、もう朝か…」
結局お風呂から出たあとも、姉さんたちと会うことはなかった。イリアさんの話によると、お風呂場から出てすぐに二階に上がったらしく、そのあとはイリアさんも見ていないらしい。
「昨日は美琴に耳かきをしてあげる約束をしてたんだけど…守れなかったな…」
「…その心配はない。」
「ふえ?」
寝起きのせいか、うまく思考が働かない…
今聞こえてきた声が誰のものなのかすら判断できない。
「…ふぅ~」
「うひぃ!?」
やめて!耳に息を吹きかけないで!!僕、耳だけは弱いんだよ!!
「…起きた?」
視界に入ってきたのは見慣れたボブカットの女の子、美琴だった。
服装は美琴のお気に入りのペンギンパジャマだ。帽子まで被っているその姿が妙に似合っている。
というか、え?
「どうして美琴が僕の布団に!?」
「…今朝、海斗を起こしにきたんだけど、海斗の顔見てたらなんだか起こせなくて…」
「それで僕の布団に潜り込んだと?」
「…うん」
コクリと頷く美琴の顔がこころなしか仄かに赤い。
熱でもあるのだろうか…
というか起こせないなら部屋から出て待つとか、近くにある椅子に座って待つとかあると思うんだけど。
「…それよりも、昨日の約束。」
「え?ああ、膝枕しながら耳かきってやつ?今からでいいならやるけど…」
「…いい。昨日してくれなかった分、もっといいものもらうから。」
そう言うと美琴は、自分の全体重を使って僕を押し倒した。力では僕のほうが上のはずなのに、どうして…
だがそんな疑問を考えている余裕は僕にはなかった。
美琴の顔はどんどん近づいてくる。目を瞑って、少し口先を尖らせている。
逃げなくちゃ。離れなくちゃ。そう思っているのに動けない。
柔らかそうな唇がみるみる近付いてくる。恥ずかしそうに顔を赤らめるその顔と相まってその、ものすごく可愛い…
なんだろう…抵抗する必要を感じていない自分がいる。こんな気持ち、いままでなかったのに…
そして僕らの距離が30cm、20cm、10cmとどんどん縮んでいく。
そして―――
「はうっ!?」
「あいたっ!?」
ゴツンと派手におでこをぶつけた。
どうやら慌て過ぎたらしく、口ではなく先に頭から突っ込んできたようだ。
さすが美琴、なかなかのヘタレっぷりだよ。
おでこを擦りながら涙目で「…痛い。」とか言っているその姿も、今はものすごく可愛く感じる。
本当に僕はどうしてしまったのだろうか…
「…やっぱり私にはまだ早かったのか。」
「いや、まぁ、うん。そうかもね。」
もう少しそういう分野で免疫力を高めてからチャレンジしてみてください。
ってそれじゃあ僕が美琴とキスするのを望んでいるみたいじゃないか!!
別に嫌ってわけではなく、むしろしてみたい…って僕は本当に何を考えているんだ!!!
「…やっぱり私なんて…私なんて…」
はっ!まずい、美琴が自虐モードになってしまった!このときの美琴の自虐の言葉は聞くに堪えない!!
前に聞いたときは本当に鬱病になりかけたよ…
くっ、ええいままよ!!
「んっ!」
「…あ。」
「や、約束の代わり!」
うぅ、おでことはいえ女の子にキスしちゃったよ…恥ずかしくて爆発しそうだ。
美琴なんてぜんぜん理解していないらしく、ボーッとしてるし…
だめだ、この部屋にはもういられない!これ以上ここにいたら僕が恥ずか死ぬ!!
すぐさまベッドから出て、そのまま部屋の扉を押し開けて廊下に飛び出した。
「あああああああ恥ずかしいーーーーーーーー!!!!」
◆◆◆◆◆◆
「いま、いまおぢぇこ、おぢぇこに…」
「はぅ~かいと…しゅき…♪」
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~フィキペディア~
『壁なかったら距離何cm位?』
壁がなかったら、大体20cm位の距離。
『約束』
海斗が美琴と交わした約束は、『お風呂場の仕組みを教えてもらうかわりに、膝枕付耳かきをしてあげる』というもの。詳しいことは第40話を参照。
『自虐モード』
美琴が稀に発症するもので、延々と自分のマイナス部分をつぶやき続けるというもの。その内容があまりにも生々しすぎて、聞いているだけで気分が落ち込む。
治すには一定時間黙って頭をなで続ける(海斗か優奈限定)か、美琴を元気づけられる何かをする必要がある。基本は前者で対処するが、撫で続ける人はかなりの精神ダメージを被る。
キスまでいくと思いましたか?残念ながら美琴は『ヘタレ』なのでそこまでできませんよ。でもそこに可愛さがあると思うのですよ。
最後のほうで美琴の性格が変わっているようでしたが、果たしてどっちが本当の性格なのでしょうか?
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