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~クリスマス番外編~ 『聖夜に輝く男の涙』 前編

これは、海斗が逃げ込む前のお話しです。


本当は一話で、クリスマスのときに投稿する予定だったのですが、いろいろと伸びてしまったので二編制になってしまいました。


やっぱりまだ密度が薄いのですが、楽しんでいただけると幸いです。


では、どうぞ。

寒い寒い12月のとある聖夜の日。


僕はこの日ほど長い日があったことを知らないし、たぶんこれからもくることはないだろうと信じている。


いや、あのような悪夢の日は、二度と来てはいけないし、起こしてはならない。


……僕はあの日の出来事を、一生忘れられずに、後悔することになるのだろう。




◆◆◆◆◆◆





12月25日。高校生になって初めてのクリスマスの日だけど、日本では今日も平日運転、学校に行かなくてはいけない。


急激な寒波のおかげで、外はすっかり雪化粧を施されてしまっている。防寒具の類はきっちり着込んでいるけれど、こうも寒いと、寒がりな僕としては堪ったものじゃないよ。


「それで?今日は学校で何をやることになったっていうのさ」


手袋をつけた自分の手を擦りつつ、僕は隣を歩く悪友の孝に声を掛けた。


孝曰く、今日はクリスマスということで、学校側でも、授業ではなく、クリスマスにちなんだイベントがあるらしい。何をやるかは知らないけど、授業がなくなったのは素直に嬉しい。


「いや、俺も何かイベントがあるってことを優奈から聞いただけだからな。イベントの内容までは把握しきってないんだ」


そう言って孝は、タバコでも吸ったかのように、ふわぁっと白い息を灰色の空めがけて吐いた。白いもやは風にもみくちゃにされて、すぐにかき消されてしまった。


「そういえば海斗、今日は優奈や美琴とは一緒じゃないんだな。果穂さんも、今日はいないみたいだし」


孝の言葉に背筋が凍るような錯覚に陥る。僕は電柱の陰や屋根の上をくまなく見渡したあと、ホッと息を吐いて軽く孝を小突いた。


「たっ、なにすんだ!」


「この馬鹿!本当に心臓に悪いんだから、あまりそう軽々しくその話題を振らないでくれよ。今日はみんなの裏の裏の裏を掻いて家の地下から家を出て、曲がりくねった下水道をあえて遠回りして、そのうえでわざと音を立てて注意をそっちに寄せたうえで、ここまで這い上がってきたんだからね!」


「お前の無駄に強いその執念は一体どこから湧いてきてんだよ……」


額を抑えながら孝はやれやれというように頭を振った。こいつ、僕の毎日の努力をそれで済ます気か!


あの死ぬほど寒くてひどい悪臭のする下水道を、僕は姉さんたちの気配に集中しながら必死に駆け抜けてきたんだぞ!それをそんな適当な返事で返すとは、万死に値する!


踏みしめた雪が靴に染み込まないように気を付けつつ、僕は孝の体を服越しに軽く殴る。とりあえず鎖骨を中心にコンボを繋げていく。


「ちょ、バカ、鎖骨ばかり狙うな!」


孝は体格に似あわない素早さで、僕の腕の隙間からバックステップで僕から距離を取った。


ちっ、こいつ、僕の無限コンボを掻い潜りやがった。なかなかやるじゃないか。


「まったく……そこまでするくらになら、おとなしくみんなで仲良く登校してくればいいだろうが……って、この質問もこれで何度目だ?」


「何度も聞いてきてるなら理由なんかとっくにわかってるでしょうが」


確かに、孝の言うとおり、おとなしく姉さんたちと一緒に登校するという手もなくもなかった。


だがしかし、それをしたが最後、僕は歩きながら逆セクハラをされ、それを公然の目に晒すことになる。


しかも、常に体のどこかしらを拘束されているから逃れようにも、3人掛かりで抑えられてしまえば逃げられないうえに、罰としてさらなる辱めを受けることになる。


そんなことになるんだったら、僕は姉さんの包囲網を掻い潜ることに死力を尽くすことも厭わない!


はぁ、父さんたちがいない今、素直に「いってらっしゃい」を言ってくれるのは、妹の志穂だけか。あの時間だけが、平和な朝の時間なんだよね。


どうせ志穂も僕らと同じ学園の中等部に通っているんだから、一緒に登校すればいいのに。というか、志穂だけなら一緒に登校するのもやぶさかじゃない。それはきっと、とても平和な時間になるだろうから。


あれ、どうしてこんなにも理想と現実には大きな隔たりがあるんだろう。考え出したら、なんか、目の前がぼやけてきちゃったよ。


「ま、お前も苦労してるんだな。傍から見てる分には彼女を何人も侍らしているただのタラシなんだけどな」


「孝、今日の帰りは覚悟しておくんだね」


学校に着いたらこいつの下駄箱に大量の雪を詰め込んでやる。帰る頃には熱で適当に溶けて大変なことになるからね!


「悪かったって、そう怒るな。そら、話してるうちに着いたぞ」


「あ、いつの間に」


ふと意識を視界に移すと、目の前にはありえないくらい厳重で巨大な校門が登校してくる生徒を迎え入れていた。いつも思うけど、こんな要塞みたいな巨大門って、いったいいつ使うんだろ。巨人でもここには攻め込んでくるのだろうか。


門の中では、まだ朝早いというのにかなりの生徒が各々の活動に汗を流していた。昇降口付近では登校したばかりの生徒が友達と話し込んだり、朝練の風景を眺めていた。


『私立暁ヶ丘あかつきがおか学園』


初等部から高等部まであるマンモス校で、その規模はなんと東京ドーム5個分に相当する。あまりにも規模がでかいっていうので、学園内には移動用のマイクロバスがあるくらいだ。


まあそのバスは学部棟の移動用というのもあるけれど、どちらかというとここから少し離れたところにある学生寮との移動が主だった存在理由なので、学園内での移動はついでにすぎない。


本当に広いから利用頻度はかなり高いけどね。


ちなみに僕たち家族がこの学園に入ったのは中等部からだ。志穂も、去年までは僕が小さい頃に通っていた公立の小学校に通っていたのだけど、僕や姉さんたちと同じところにいきたいという理由でこの学園に今年入学してきた。


お金のほうは父さんの蓄えや僕や姉さんがバイトで稼いだお金があるから特に問題はないけど、こうも兄弟姉妹が同じ学校に、高校生にもなって密集しているというのもなかなかないよね。


「おい海斗、いつまでそんなところでボーッとしてるんだ。さっさとストーブで暖まろうぜ。この寒さはさすがにきついもんがある」


声にハッとなり、我に返ると、どうやら僕はずっと昇降口前で突っ立っていたようだ。こ、これはさすがに恥ずかしい!


クスクスと何人かの生徒が笑いながらこちらに生暖かい視線を送ってきたので、僕は羞恥心を振り払うためにも孝のもとへと全力で掛けていった。


玄関で上履きに履き替え、流れで孝の下駄箱に大量の雪を詰め込んだ僕は孝のところへと振り返った。


「おい孝!なんでさっさと声を掛けてくれなかったんだ……よ?」


文句の一つでも言ってやりたかった僕だったけど、孝の姿が見えたあたりでその言葉も尻すぼみになってしまった。


見れば、孝の周りには小さな人だかりができていたのだ。ほとんどが初等部の一年や二年やらで、中にはだれかの飼っているであろう猫や犬まで集まってきていた。げっ、あれ、犬だと思ったら、野生の狐だ。というか、校内に動物が入り込んでいるってどうなんだろうか。


昔からそうだけど、見た目は厳ついのになぜか子供とか動物には妙に懐かれるんだよなぁ、孝って。


そんなギャップにキュンとくる女子も少なくないらしくって、孝は実は結構モテる。ほら、今も柱の陰から何人か覗き見ては恍惚とした表情でため息吐いてるし。


孝自身はまったくモテないとか言って嘆いているけど……知らぬは本人だけってことかな。


男子からは思いっきり嫉妬を食らってるけどね。


『ねえねえ、雪合戦しようよー』


『向こうにね、こーんなにおっきなクリスマスツリーがあったんだよ!一緒に見に行こうよ!!』


『この前のお話の続きが聞きたいなぁ……』


『こいつ倒すの手伝って!経験値がすごいんだけど、オレ一人だと敵が強いんだよ』


『わふ!』


『にゃー』


『きゅーん』


「あぁもういっぺんに話すんじゃない。ほら、初等部はここから遠いだろ?そろそろバスに乗らないと、遅刻にされるかもしれないぞ?お前たちのほうはあとで餌でもやるから、今は我慢してくれ、な?」


『『『はーい』』』


『くぅ~ん』


『にゃむぅ……』


『……(たしっ、たしっ)』


う~む、いつ見てもこういうときの孝はある種のカリスマを感じるな。あんなに騒いでたのにあっという間にそれをいなしてしまった。狐からはなんか不満そうに尻尾で叩かれてるけど、それは許容範囲か。


あ、柱にいた女の子の一人が倒れた。興奮のあまり昇天してしまったようで、友達に抱き起こされたその表情は大変幸せそうなものであった。早く孝にでも保健室に連れて行ってもらいなさい。


「ふぅ。毎朝やってると、さすがに慣れてくるな。ととっ、すまねえな海斗、今日はかなり早く来たつもりだったんだが、まさか待ち伏せに遭うとはな……」


などと謝罪しながら、少し離れたところで見ていた僕のところへと駆けてきた。廊下は室内とはいえ凍りつくように冷えていたが、子供たちにもみくちゃにされていた孝の体はすっかり暖まっていたようで、顔にはほんのりと赤みが差していた。


まったく、一人だけ暖まって。こちとら立ちっぱなしだったから足がガクガクに震えているんだぞ!


僕は孝にあとでホットココアを奢ってもらう約束を取り付け、早々に自分の教室へと一走りした。


僕と孝は同じ教室で、5階の一番端っこのほうにある1-K。これだけ規模の大きな学園だと、一学年あたりの人数も半端ではないので、教室の数もかなり多い。しかも校舎もかなり大きいため、いちいち教室に行くのにも一苦労するのだ。


あぁ、1階や2階に教室のある三年生は羨ましいな。姉さんは確か3-A教室だから、玄関からも一番近い。本当に羨ましい……


だけど、今ちらりと教室を見たときには、教室に姉さんの姿はなかった。まぁ当たり前か。なにせ今日は僕のほうがかなり早く出てきたからね。姉さんたちより早くないほうがむしろおかしいのだ。


そんなことはすぐに意識の外へと追いやり、僕は階段をタンタンと駆けあがっていく。僕や孝は鍛えているからこれくらいどうってことはないけど、何も運動していないような人や怪我をしている人にとっては、この階段は辛いを通り越してすでに修行の領域らしい。


そして階段を駆け上がり、教室の手前まで来たところで、僕はふと足を止めた。


(話し声?)


今日は早く来たとはいえ、教室から話し声がするくらいふつうのことだ。それはわかっている。わかっているんだけど……なんか、ただの話し声にしては妙にはきはきしているというか、なんか聞き覚えがあるというか、そんな気がする。


そしてこの聞き覚えのある声は、学園内でできる限り遭遇したくない人のものだ。


なんだろう。今僕の目の前にある扉が地獄の門みたいに見えてきた。これを開けたら、僕はもうこの世に戻ってくれなくなるかもしれない。


「よっと。ん?何やってんだ海斗?」


僕より少しだけ遅れてきた孝が、扉の前で硬直する僕のところにまで追いついてきた。その手には僕がさっき奢るように言ったホットココアとお汁粉が握られていた。


ココアは僕のものだとしても、そのお汁粉は、孝の分か?相変わらず飲み物のチョイスが珍しい。


「なんでまた突っ立ってるんだよ。ほれ、寒いんだからさっさと入ろうぜ」


「あ、ちょ―――――」


僕にココアを投げて寄越してきた孝は、僕が声を掛ける前に地獄の門と化している教室の扉をガラッと開けた。




「えーと、じゃあこのクラスから女装コンテストに出場するのは海斗と孝でいいのね?」


「意義なしです、生徒会長!」


『満場一致です、生徒会長!』


『これ以上ないくらいみんな賛成です、生徒会長!』





ピシャッ


ものすごい勢いで、孝は開いた扉を閉めた。


いま教壇で采配を振るっていたのは……あぁ、どうか見間違いであってほしい。


孝はギギギィと油を差し忘れた機械のようにぎこちない動きで振り返り、マスキング(まばたきによる意思伝達法)をしてきた。


『どういう こと だ』と。


僕も高速でまばたきで『とりあえず 逃げる』と返し、二人揃って雪降る屋上へと逃げた。


階段を駆け上がり、侵入禁止の札を無視し、合鍵を使って屋上に侵入し、ピッキングで屋上に設置してあるボイラー室へと逃げ込んだ。


ボイラー室はその用途のおかげで常時少し暑いくらいに温度が高い。外にいるよりよっぽど都合がいいのだ。


ボイラー室の扉を閉じると同時に僕らは扉に寄りかかり、荒くなった息をなんとか正そうとする。ただ走っただけならこんなことにはならないのに、どうしてこんなにも嫌な汗をかいているのだろうか。


「はぁ……はぁ……おい海斗!どういうことだあれは!」


「はぁ……はぁ……ぼ、僕が知るわけないだろ!」


ずるずると扉からずり落ち、僕らはコンクリートの床に座り込んだ。埃が制服についてしまうけど、この際構っていられない。


僕はさっき開け放たれた教室の扉の先で行われていたことを思い返す。


あのとき、教室でクラスメートから賞賛を浴びていた人物――――――生徒会長は、僕の実の姉、新井果穂だ。


姉さんはこの学園の生徒最高責任者として、その手腕を最大限に振るい、去年からすでにいろいろと生徒のために事業をこなしてきた。そのおかげか、姉さんは見事この学園の覇権をがっちりと握っている。


成績優秀、運動抜群、仕事もできておまけに美人……弟の僕が言うのものなんだけど、まさに完璧超人、才色兼備の超優等生、それが姉さんだ。


しかもそれをまったく鼻にかけないから、余計に人気が出て、今じゃ郊外にまで人気が出始めている始末だ。


だけど、そんな姉さんだけど、僕や孝にとっては天敵以外の何者でもない。


「はぁ……なんで果穂さんが俺たちの教室にいたんだ?」


「僕が知るわけないじゃないか。僕からしたら、姉さんが僕の教室にいるどころか、この学校にすでにいたことに驚いているんだから」


さっきも言ったけど今日は姉さんの包囲網から逃げるために、自宅からはかなり早く出たのだ。それこそ、朝練をしている運動部の生徒たちよりも早く着くくらいの時間に、だ。


姉さんは優秀な生徒会長らしくかなり早く登校はするけど、運動部と同じような生活はさすがに送っていない。


もちろん、下水道を駆け抜ける時間も計算してあるから、そのあたりは決して抜かりはない。


「というか……さっきなんか、物騒な話をしていなかったか?」


「……聞かなかったことにしたいんですけど」


「あぁ、俺もそうしたいよ」


僕らは揃って大きなため息を吐く。脳裏には、先ほど姉さんが発した言葉がリピートされ始めた。


『えーと、じゃあこのクラスから女装コンテストに出場するのは海斗と孝でいいのね?』


…………


「女装……」


「コンテスト……」


僕と孝の間にしばしの静寂が流れる。ボイラー室特融のゴウンゴウンという重々しい音だけが無情にもこの無機質な部屋に響き渡る。


………………


…………


……


「うわあああああ!最悪だぁぁぁああ!!」


「なんでクリスマスにこんな目に合わなきゃならないんだぁぁぁああああ!!」


頭を抱えて、僕らは床を転げまわる。土埃が舞い上がって体中にパン粉のように絡みついてくるけど、もうそんなことはどうでもいい!


この理不尽な現状に比べれば、どんなことだって許せるよちくりょう!!


「というか僕らのいないところで勝手に決めるってどうなのさ!いろいろ順序がおかしいでしょうが!」


「まったくだ!明らかに謀られたとしか思えねぇ!!」


しかも、教室には僕以外の生徒が全員出席していた。不登校になっていた女の子までちゃっかり元気にきていたみたいだったし……


はっ、まさか、このことを知っていて僕らはクラスメートから何も知らされていなかったということなのか!?孝も優奈から簡単に聞いたってだけで、クラスの誰かから聞いたとは言っていなかったし……


や、やられた……まさかクラス全体で嵌められるだなんて。


姉さんも昨日は家で「明日は授業でやだねー」なんて言っていたくせに!あれも僕を貶めるための罠だったていうのかい!そうなのかい!?


「「というか、女装コンテストってなんだよぉおおおお!!」」


二人揃ってこの理不尽へと叫ぶ。答えなんて求めていない。ただただこの憤りを発散したかっただけの叫びだった。


しかし、その問いに対して、


「あら、じゃあその質問には私が答えようかしらね」


という声が僕らの耳を貫いた。


ガチャっとボイラー室の扉が急に開き、外の冷気が雪とともに流れ込んでくる。


そしてそんな風雪を背景に暗いボイラー室に入ってきたのは――――――


「ね、姉さん……なんで……」


「あら、別におかしな話ではないでしょ?教室の扉が開かれる時点で海斗の香りがしたから、それを辿れば、これくらい当然よ」


生徒会長にして、僕の姉、新井果穂その人であった。


明らかに弟に対して言う言葉を間違えながら、姉さんは開け放たれた扉の前に腕を組んで優雅に佇んでいた。


その後ろには姉さんの歩いてきた真新しい足跡とは別に、少し雪を被った足跡が二人分、くっきりと残っていた。


しまった、屋上も少しとはいえ、雪が積もっていたんだった。こんなの、見つけてくださいと言っているようなものじゃないか。


「それよりも、女装コンテストについての説明よね」


姉さんはそんな僕の視線などお構いなしという態度で、人差し指で天井を差しながら、これから始まる悪魔の儀式の説明をし始めた。


「今日はクリスマスということで、生徒会主導で『暁ヶ丘学園 X,masフェス』を開催することになったわ。そこでは、各部活が出し物をするのはもちろん、立ち食い形式のバイキング、プレゼント配布、クリスマスツリー点灯、イルミネーションイベント、人気アイドルの生ライブ、オーケストラと聖歌隊による讃美歌、超大型パレード……とかとか、いろんなイベント盛り倒しなのよ。素敵でしょ?」


いや、後半から明らかにおかしくなっているじゃないですか。人気アイドルのライブとかオーケストラって……この学園はそんなに金があるのか!?僕そこまで高い学費払ってる記憶ないんですけど!?


「あ、もちろんバイキングの料理は洋風、和風、中華、なんでもあるわよ?」


いや、ダメ押ししなくていいですからね!


「それで、女装コンテストはその一環で行われるの。なにせ生徒からの要望が強くてね、私も嬉々として採用……じゃなくて、渋々承諾したのよ」


絶対嘘だ。


「で、海斗たちのクラスではね、あなたたちふたりの出場が強く希望されててね。だけどあなたたちが知ったら学校を休んででも参加しないだろうってことで……二人には今日までフェスのことは知らされなかったのよね」


「あ、あいつら……」


孝が床の転がった体勢のままクラスメイトに対する怒りを抑えていた。しかしその握られた拳は怒りにひどく震え、目は人を殺さんというような鋭い目つきをしていた。目つきはもともと悪いんだけどね。


それにしても、ここまでの理不尽……生まれて初めてだよ。今までも理不尽だったけど、こんなの、冗談にもならないぞ!


こうなったら、ここから脱出して、さっさとトンズラこいてしまおう。内申点なんてもう構うものか!僕らは自由に向けて羽ばたくんだ!!


だけど、それにはタイミングが重要だ。


姉さんのことだ。このままどこかへ行ってしまうなどということはしないはずだ。たぶん姉さんとしても、僕があのときこの情報を聞いてしまったのは想定外の出来事だったに違いない。多分、イベント開催の瞬間に知らせる手筈だったのだろう。


姉さんは僕らが逃げると踏んでいるはずだから僕らはここでまとめて捕縛、そのまま更衣室にでも連れ込んで無理やり着せ替えてしまう可能性が非常に高い。孝のほうは、多分、ファンの女子にでも……


あぁダメだ、そんなの想像しただけで地獄絵図だ。何が悲しくて野郎二人が女の子に組み敷かれて無理やり着替えさせられて、乙女の恰好をしなくちゃならないんだ。どこにもそんな需要ないよ!


だったら、やっぱりここからの脱出はもう決定事項だ。


出口は姉さんの後ろの扉……とは別に、後ろに非常用の脱出口がある。ダストシュートみたいなやつで結構危ないから非常時以外は使いたくはないんだけど、いまがその非常時だ!


孝も同じことを思ったのか、姉さんに気づかれないように僕に視線を送ってきていた。


姉さんは今、外の雪の降る様子を眺めている……行くなら今しかない!


姉さんが不意に外の雪へと手を伸ばす。その瞬間、僕らは弾かれるようにして脱出口へと駆けた!


まず穴の近くにいた孝が先に飛び込み、ついで僕もその金属の穴へと身を滑り込ませた。


落ちる瞬間、姉さんの顔が一瞬見えたけど、その顔は驚きに染まって……はなく、不気味なほどいい笑顔だった。


……嫌な汗が僕の体を伝う。


けど、ここまできたらもう戻ることはできない。いまさら不安に駆られてもしょうがないんだ。


それに、いくら姉さんでも、あそこから走ってこの穴の出口に駆けつけるのには間に合わないだろう。なにせこの脱出口の出口を生徒で知っているのは、たぶん僕と孝くらいで、あの入り組んだ場所をそう簡単に見つけられるとは考えにくい。


とんでもなく急勾配な滑り台のようなこの脱出口には、もちろん明かりなんてものはついていない。そのため、暗闇の中をただ高速で滑り落ちていく感覚だけが肌に伝わってくる。


少しスピードを落としたいと思い、靴の裏を路面にくっつけてみるものの、摩擦以上に落下スピードのほうが圧倒的に強いようで、ほとんど減速することはなかった。


ドスンと、少し下のほうから音がした。たぶん孝が出口にたどり着いたのだろう。


ついで、僕の足元にも光が見えた。よし、あそこから脱出したら、すぐにでもこの学園から脱出しよう。そうすれば、この悪夢も醒めるに違いない!


僕の体が光の中に呑まれていく。この脱出口の出口は確か高等学科棟の人気のないところにつながってるはずなので、足に外の冷たい空気を感じる。


そして体が完全に滑り台から落ち、僕の体が一瞬の間、空中に浮いたのを確かに感じた。


「「ウェルカム、海斗」」


そして、出口の真下で麻袋のようなものを構えている優奈と美琴の怖いくらいのいい笑顔も。




「は、謀ったなぁああああ!?」




そして再び僕の体は闇に呑みこまれるのであった。




◆◆◆◆◆◆




なんとか袋から脱出しようとしたけど、袋の中というのは想像以上に動きにくく、おまけに優奈と美琴の二人掛かりで押さえつけられているようだったので、疲労がただただ蓄積するだけであった。


それでもあきらめきれなかった僕はしばらくの間、釣られた魚のごとくもがき続けた。だけど結局体力が底を尽き、なされるがままになってしまった。


途中まで孝のうめき声らしきものも聞こえてきたけど、だんだん遠ざかって行ったのを聞くに、多分僕とは別の部屋へと連れ込まれたみたいだ。


ガチャリとどこかの扉を開ける音。その音が聞こえてからすぐに、僕のお尻のあたりに硬く冷たい感触がした。どうやら床へと降ろされたみたいだ。


そして袋の口が緩められたのを感じ、僕はすぐに顔だけをその穴から出した。こちとら袋に入れられっぱなしで息が詰まりそうだったんだからね!


「……こ、ここは……更衣室?」


しばらく息を整えてから、あたりを見渡すと、ロッカーやら大量の衣装やらが置かれているのが目に入った。だけど、この布で敷居を作っているだけのような感じ、男子更衣室じゃないし、たぶん女子更衣室でもないはず。


美琴たちなら、僕を女子更衣室に連れ込むなんていう、気の触れたようなことをしてもおかしくはないのだけど、僕の予想からしてここはそうではないことはなんとなく判断できた。


いくらこの学園にお金があるとはいえ、男女の更衣室の造りまでまったく違うなんてことはさすがにないはずだ。


ならば、ここは女装コンテスト用の簡易更衣室と考えるのが妥当だろう。


うん、我ながらなかなかの推理力だ!ここまで予想できるなんて、今日はなかなか調子がいいじゃないか!


……その推理力はもっと早く来てほしかったけどね。


「おはよう、海斗。今日は、まだ挨拶してなかったわよね」


「……おはー」


後ろから誰かに抱き着かれ、思わず飛び上がる。しかし袋に体のほとんどが入ったままなので、結局もぞもぞ動くだけでなにもできなかったけどね。


そして真正面からは美琴が僕の顔を挟み込み、かなりの至近距離で朝の挨拶をしてくれた。


目の前に美琴がいるってことは、今抱き着いてきているのは優奈のほうか。できれば離れてほしいけど、この状況じゃ離そうにもできない。


「もう、私たちを置いて先に行っちゃうんだもん。おかげでこっちは朝から海斗分が足りなくて、かなり危なかったのよ?」


「……生命の危機」


いや、なにその謎成分。命名したやつは今すぐ出てきなさい。すぐにその物質ごと消し去ってやる!


「というか二人とも、お願いだから離れてください。なんか頬ずりとかされまくって、ものすごく恥ずかしいんですけど!あと優奈、髪の匂い嗅ぐのはやめてくれぇ!!」


「むぅ、しかたないわね」


「……ちょっと足りないけど、もうあまり時間もない」


そう言うと二人は意外とあっさり離れてくれた。ついでにその流れで袋の口もさらに緩めてくれたので、僕は凝り固まった体を駆使して、どうにか袋拘束から脱出できた。


軽く腕を回してみると……うわっ、ものすごくバキバキ鳴った……これ、本当に大丈夫なんだろうか。


「さて、それじゃあ――――――」


僕はその場で回れ右をし、


「……逃がさない」


すぐに美琴に捕まった。


なぜだ、ただ体を捻っただけなのにすぐにまた捕まるとはこれいかに。


「まだ何もしてないじゃないか……」


「海斗は逃走に関しては神がかり的になってきているからね。これでもかってくらい厳しくしないと、ね?」


そう言って優奈は女性物の衣装がたくさん掛けてあるところへと歩いて行ってしまった。どうやら僕に着せるための服を選びに行ったみたいだ。


見れば中には男物に近い服もあるみたいだ。女装と言っても、あれくらいならまだ大丈夫かもしれない。なんかメイド服とかゴスロリ服とかとんでもないものもあるけど、いくら優奈でもそんなチョイスはしないよね?


「……すんすん、やっぱり落ち着く」


「えと、美琴?なんだか鼻息が荒いんだけど……」


「……そしてこの密着具合……さ・い・こ・う」


「あの、美琴さん!?なんか背中に生暖かいものが流れ込んできているんですけど!?」


必死に美琴の拘束を解こうとするものの、いったいその細い体のどこにそんな力を持っているのか、まったくもって美琴の体はビクともしない。それどころか、もがけばもがくほど拘束は強くなっていく始末……これは、抵抗するほうが破滅に繋がるということなんだろうか。


(はは、ちくしょう、完全に詰みじゃないか……)


諦めた僕は力を抜き、美琴に為されるがままになる。すると美琴の力も弱まり、とりあえず密着度は少しだけ下がった。


……まったく、これが恋愛ドラマならどれだけドキドキな展開だったんだか。


今の僕はどちらかというと、捕食者が調理道具の選別をしている間、捕食者の仲間に捕縛されている獲物、と言ったところだろうか。適当に考えたたとえだけど、あながち間違っていないから困る。


「うーん、こんなものかしらね」


優奈が衣装置き場からいくつか服を持って戻ってきた。手には何着も服が掛けられていて何がなんだかよくわらかない。


とりあえず、安全そうな服を着せてもらえることを願おう。


「いろいろあって迷っちゃったんだけど、とりあえずこの9着にしてみたわ」


そう言って優奈が近くにあったベンチに服を広げていった。


ふむ、どれどれ……




①ゴシック・ロリータ

―――黒と白を基調にし、フリルをこれでもかというくらい付け加えられたマニア必至の代物。


②チャイナ服

―――赤をメインとし、スリットが明らかに腰まで入ってしまっている改造礼服。


③スーツ(女性用)

―――ピチピチの上着に、布面積の妙に小さなスカートを使用。体のラインがくっきり出る。


④バニー

―――うさ耳、ふわふわしっぽ、レオタードに網タイツという完璧装備。露出度は言わずもがな。色は黒。


⑤セーラー服

―――暁ヶ丘学園で採用されている、従来の制服。


⑥メイド服

―――本格的な造りで、無駄のない洗練されたフォルムを再現している。メイド喫茶とは格が違うようだ。


⑦園児服(大きな女の子用)

―――明らかにコスプレ用の大きな園児服。スモックには名札つき。


⑧浴衣

―――女性用の、美しい蝶の柄の描かれた紺色の着物。


⑨サンタ服(スカートver)

―――冬に現れるみんなの憧れ。そのミニスカート版。注目は集められても体温は逃がしてしまう構造。





母さん、僕はこの選択肢から、希望も、優しさを感じません。


おかしい……いくら女装コンテストって言っても、もう少しマシな服があるはずだ。そうだよ、街を歩いている女性だってズボンを履くし、普通に暖かい恰好をしているものだよ。どうしてそう露出が激しいのばかり持ってくるかな!?


「無理無理無理っ!これはさすがにおかしいって!」


これを着てみんなの前に立つくらいなら、僕は今ここで舌を噛み切って死んでやる!


「……優奈、さすがにこれではネタに走りすぎ」


「美琴?」


するりと僕の拘束を解いた美琴は、そのまま並べられた服のところまで歩み寄ると、全部まとめてごみ箱へと捨ててしまった。


それって借り物なんじゃないのかな、そんなことして大丈夫なの?


ともあれ、理由はあれとしても美琴が僕の意見に似通ったものであったことには助かった。女装をやめさせる気は全くないみたいだけど……


「まあ確かにあたしもやりすぎたかなぁ、とは思ったけど……じゃあ、美琴ならどうするの?」


優奈のほうは特段怒っているようではなさそうだけど、少し挑戦的に美琴へと問いかけた。


てか優奈もあれはおかしいってわかってたのかよ!なら持ってこないでよそんなの!


「……今回のテーマは『冬』。クリスマス繋がりで『サンタ服』は悪くない選択だけど、これではコスプレにすぎない。本当の女装というのは、いかに『女の子』に近づけるかが鍵」


あ、あれ?なんか美琴の変なスイッチが入ったような……なんか、目の奥に炎が燃え盛ってるし。


そのまま美琴は独り言のように『女装』の定義というか理想みたいなものを語りながら、衣装置き場のところへと言ってしまった。


「うーん、いったいどんなことになるのかしら……あたしにはわからないところまで美琴は踏み込んでいるのね」


「いや、感慨深そうに言ってるけど、それって踏み込んじゃいけない領域だから。明らかに毒の沼地以上に危険なエリアだから」


優奈はうんうんと楽しそうにうなづいているけど、僕としては正直言って焦りと不安しかないよ。


ほんと、どうしてこんなことに巻き込まれているんだろうか……


「……持ってきた」


「あら、意外と早かったのね。てっきりもっと時間を掛けるものかと思っていたのだけど」


「……海斗に似合う女装は二週間前からイメージしていた。私はただ、そのイメージに沿った服を選んできただけ」


それって二週間前から準備するものじゃないよね。もっとこう、テスト勉強とかそういうところで使うくらいの時間だよね?なんでそんな無駄なところで時間を費やすかなぁ!?


「……じゃあ海斗、これを持ってあそこにあるカーテンの裏で着替えてきて」


「え?」


僕にはその発言が意外だったので、思わず声を上げた。


美琴のことだからてっきり「ここで着替える」とか平気で言ってくるものだと思っていたから、正直驚いた。


そうか、ついに美琴もそういうことを気にしてくれるようになってくれたのか。


美琴は、ようやく高い壁の一つを乗り越えたんだ。これで変態卒業までの道のりがまた一歩縮んだよ!


おめでとう美琴、がんばれ美琴、君の努力を、僕は全力で応援するから。


そう、心の中で唱えながら、僕は美琴から受け取った衣装を手に、暗幕の裏へと入り込むのだった。







「それで、あなたのことだから、ちゃんと準備してあるのでしょうね?」


「……カメラ数台と暗視カメラをいろんな角度に設置してある。これで無警戒な海斗のあられもない姿が見放題」


「さすが、抜かりないわね。あ、あとでそのデータちょうだいね」


「……海斗の幼少の写真3枚と取引」


「それでいいわ。ふふ、交渉成立ね」







何か向こうから話し声みたいのが聞こえてくるけど、自分の出す布ずれの音でうまく聞き取れないな……いったい何を話しているんだろうか。


と、この服はこう着るのかな。うぅ、スカートを履く羽目になるなんて。こんな経験、したくなかったなぁ。


でも、美琴の持ってきてくれた服は意外と大人っぽくてそこまで女の子女の子していないので、まだ抵抗感をあまり感じないな。下がスカートと黒タイツっていうのは結構つらいけど、上の黒いコートでなんとか誤魔化すとしよう。



~少年着替え中~



服に違和感はないし、たぶん着こなしはこれで大丈夫だろう。


鏡がないため今の自分の姿が確認できないけど、きっと服はちゃんと着ることができているはずだ。


(でも、やっぱりズボンがよかったな)


僕はスカートのすそを軽く指で摘みあげながら、はぁ、とまたため息をついた。これで今日は何回ため息を吐いたんだろうか。


時間はそろそろ10時になるかというところだろうか。朝早く来たというのに、もうだいぶ時間を取られてしまったみたいだ。


着替えている最中、窓の隙間から陽気な音楽が聞こえ始めた。きっと姉さんの言っていた『X,masフェス』というのが始まったのだろう。音楽とともに楽しそうな声が聞こえてくるたび、僕の心はどんどん沈んでいくんだけどね。


(できることなら、僕も女装せずにふつうに楽しみたかった)


だけど、このままウジウジしていては男が廃る!こうなったら腹を括って今日一日を耐えきることにしよう。


自分の頬をバシッと叩き、気合を入れ、僕はカーテンを勢いよく開けた。優奈と美琴は何事かを話していた様子だったけど、カーテンの開かれた音に反応してこちらに視線を移してきた。


「ど、どうかな……」


僕は美琴と優奈に、服が間違いなく着込めているか聞いてみる。似合っていても困るけど、あまりに見るに堪えない状態ではいくらなんでも人の前に出たくない。


しかし二人は僕のことを凝視したまま硬直し、僕の問いかけにも全然反応してくれなかった。


「そ、そんなに変だった?」


僕は服のまわりを手で触ったりして具合を確かめる。


ボタンは留めてあるし、スカートも一応前後は間違っていないはず。ポニーテールはフードの中に入ってしまうので、降ろして後ろに流してある。


すると美琴がツカツカと僕のもとへと歩み寄り、


「……エクセレント」


と言いながらぎゅっと僕を真正面から抱き締めてきた、ってちょぉおお!?


え、なんで僕は今抱きしめられているんだろうか。しかも真正面から。


美琴は恥ずかしいって理由でいつも後ろからしか抱き着いてこなかったから、その、予想外というか、こっちがついていけない……いや、別に後ろからなら大丈夫とかそういうわけじゃないんだけどね!?


「んもおぉお、最っ高に可愛いよ海斗ぉ!!」


「え、ちょ、優奈まで、待って飛び込んでこないでぬわああああぁぁあ!?」


美琴の次に、今度は優奈まで飛びついてきた。無論、僕の体は二人分の体重が掛かる上、慣れない服のせいでそのまま後ろに押し倒される形になってしまった。


「すっごいわね美琴!こんなにもこもこした服なのに、海斗ってば完全に女の子になっちゃったよ!」


「……この黒いコートはパーカーと袖口に白いモコで飾りが施されているから、海斗の長い黒髪によく似合う。スカートはサーキュラーを採用したから、フレアより少し大人っぽさもある。しかも生地に保温性があるから寒い環境下でも比較的動きやすくなる。あとは軽く化粧をして髪をセットすれば完璧」


美琴は僕の胸元あたりから、優奈は僕と美琴に覆いかぶさるような体勢のまま、僕の顔を覗き込んできた。


優奈は美琴の解説を聞くとさらに目を輝かせ、軽く昇天しかかっているようだ。理由はとりあえず想像したくないから放置するとして、とりあえず僕の女装はそこまでひどいものにはなっていないみたいだ。


完全に女の子になってるとか、そんなのただの過剰表現に決まってるさ。まったく優奈ってば、今日はいつも以上にやんちゃなんだから、はっはっはっは!


……やめよう、これ以上深く考えたら、自分の中の何か大切なものが崩れ去りそうだ。プライドとか、漢の矜持とか。


美琴のほうはさっきからなにやらメモの束のようなものを見ながら僕の顔をちらちらと見てきた。まさかさっき言っていた化粧のことだろうか。一応女装だからそのあたりも覚悟していたけど……うぅ、やっぱりなんだか抵抗感があるな。


「というか二人とも、そろそろどいてもらえると助かるんだけど」


僕は美琴と優奈の肩を軽く叩きながら文句を吐いた。二人とも体重はそこまで重くないけど、脇に手が置かれ、足にも乗っかられているため、まったく身動きが取れなくなってしまっているのだ。まともに力も入らないため、このままだといろいろと危ないのだ。


「……ん、これは確かに。ごめんね海斗」


「はっ、あともう少しで桃源郷にたどり着けそうだったのに!」


美琴のほうは僕の体を見てスルリと抜け出し、美琴の上にいた優奈はバランスを崩してそのまま僕の隣に転げ落ちた。どこかここからは遠いところに行きそうになっていたようだから、戻ってこれたみたいでよかった。


「……海斗、コンテストまであまり時間がない。このまま楽屋に行ってメイクをする」


美琴はそんな優奈を起こしながら、僕のほうに腕時計の文字盤を見せてきた。時刻は僕が予想していたより進んでいたようで、すでに10時半を過ぎていた。


「……コンテストの開始は今から二時間後。メイクのことを考えると、これでもかなりギリギリになる。だから急いで楽屋に行かないといけない」


「あと、女装をした生徒は、コンテストが終わるまではここと楽屋以外には行っちゃいけないからね。どっちみち、楽屋にいくしかないのよ」


「そ、そうなの?」


「なんでも、コンテストに何人か本当の女の子も混ざって、誰が女装をしている子か当てるっていうミニゲームも開催予定らしいのよ。だから、勝手に出歩かれて女装がバレたりするとゲームとして成り立たなくなっちゃうらしいのよね」


なるほど、姉さんの考えそうな話だ。ただの女装コンテストだとつまらないから、とかそんな理由で作ったものなんだろう。


前にテレビで似たようなことをやっていたから、それに影響されたのかな。確かにあれば僕も見ていたけど、女性にしか見えない男性もいたし、案外盛り上がるかもしれない。


果たして高校生程度にそんなハイレベルな女装ができるかどうか、はなはだ疑問ではあるけどね。


「それじゃあ海斗、さっそく楽屋にいきましょ?」


「……案内する」


「あ、うん。わかったよ」


僕は服についた埃を軽く払い、起き上がった。


スカートのシワも軽く直し、ふと、自分の着ている下着について考えてしまった。


トランクスでも、別に問題はないよね?さすがに下着までとか、そんな……ははっ。


やばい、想像したらとんでもない自己嫌悪に襲われた。もしそんな自分がいたら全力でぶっとばてやる。


「何やってるの海斗、ほら、はやくいくわよ?」


「……本当に時間がない、急ぐ」


そう言って二人はうだうだしていた僕の腕を掴み、そのまま抱き込むようにして僕の両サイドに回った。


腕には互いの腕が絡み合い、まるで恋人同士がやるようなことが、両腕で起こるというカオスが発生してしまっている。


「てっ、ちょ、このまま行くの!?いくらなんでも、こんなところ誰かに見られたら僕はもうこの学園にいられなくなるよ!」


女の子二人を侍らせる女装男とか、絵面的にも社会的にも最悪だよ!


何とかして二人から逃れようとするものの、腕に関節技を決められているように腕はまったく動いてはくれなかった。痛みがないようにはされているみたいだけど、ふたりの腕は適格に僕の腕の駆動部分を抑えてきているみたいだ。こんなの、女子高生はふつうしないものなんだけどなぁ。


僕の抵抗もむなしく、二人は何も言わず、ただニコニコとしながら(美琴はほぼ無表情に近いけど)、僕を部屋の外へと連れ出すのだった。


ああ、こうなってから僕は初めて知った。宇宙人も捕まったとき、きっとこんな気持ちだったに違いない。


部屋の外は屋外ではなく、広いプレハブの廊下だった。まだ新しいのか、プレハブ独特の臭いがあたりに漂っていた。


どうやらさっき僕らが出てきた更衣室を含め、ここはコンテストのために急遽建てられた簡易施設のようだ。


いや、さっきのは更衣室ではなく、ステージへの入り口だったのかもしれない。さっきここを出るときにちらりと見たけど、僕が着替えのために使っていたカーテンとは違うもう一方のカーテンからは光が差し込んできていた。おそらくあの先はステージの脇に繋がっていたのだろう。


窓の風景からしてここは中庭だろうか。昨日見たときにはこんな物が建っていた記憶はないし、この学園の行動力と資産力には本当にいつも驚かされるよ。


施設内にはいくつか部屋もあるみたいで、あそこで出場者は準備や休憩をすることができるみたいだ。あ、なんか歩き売り子の人までいる。本当に用意周到だ。


「さ、海斗、着いたわよ」


「……ここが私たちに割り当てられた楽屋。ここで最終準備をする」


二人に言われ、顔を上げると『dressing room No.3』という札の張られた扉が僕らの前に立っていた。


そうか、ここが僕の最後の砦なのか。ここを出るとき、それが僕の処断の時間ということか。


いっそのこと扉を溶接して中で籠城してやろうか?


「あ、ここは相部屋だけど、一緒なのは孝だから、気にする必要はないわよ」


「いや、それはそれでなんか嫌なんだけど」


何が悲しく女装した友人と一緒の部屋でメイクされなきゃいけないんだ。孝は身長が高い上にガタイがいいから、ひどいことになっていることは目に見えてるし……


などという僕の心の声が優奈たちに届くわけもなく、僕の右腕を陣取っていた優奈が扉に手を掛けた。


そして開かれた扉の先では―――――




『キャーッ!先輩ってば本当にカワイイ!!』


『それでいて凛々しさがあって、あぁ、お姉さまって感じがします!』


『お姉さまぁ』


『お姉さまったらぁ~』


「……違う、俺はただ、平凡な男子高校生でありたかっただけなんだ」



数人の女子に囲まれ、メイクやら髪の手入れやらをされている、やたら背の高い、白いコートを来た〝女性″がいた。


「うっわぁ、さすがは暁ヶ丘学園が誇るコーディネーターたちね。こっちはこっちで完璧に女の子になってるわね」


「……クールビューティー」


「え、じゃあまさかあれが……」


僕が再び視線を〝女性″に向けたとき、


「あ」


目があってしまった。それはもう、おもいっきり、瞳孔のど真ん中で捕らえましたとも、ええ。


「まさかお前、海斗……なのか?」


しばしの沈黙が続いたあと、白いコートを来たその人は声までも女性のものであったが、僕にはその目の奥から感じる感覚から、思わず悟ってしまった。


「そういうお前は……孝?」


「…………」


返事はない。しかし、首はゆっくりと縦に動き、僕の言葉を肯定する意思表示をした。


…………


………


いやいやいやいや、ありえないでしょ、どう考えたって!


だって、孝って言ったら、顔はいいけど殺し屋みたいに目つきの悪い、肩幅の広い巨人なんだよ!?声だって合唱でバスパートしか歌えないくらい低いのに!


それがどうすればあんな華奢で声の高い、いわゆる『美人』になるのさ!目だって確かに細いけど、なんか気持ち柔らかくなって違和感がほとんどないんですけど!


あれですか、突然変異ですか!進化ですか!なんかよくわからない石でも使ったんですか!?


「……みんな、しばらく部屋から出て行ってくれないか。こいつと少しだけ、話がしたい」


孝を名乗る女性が流し目で後ろにいた後輩たちにそう言うと、後輩たちは少し不満そうにしつつもすぐに部屋から出て行った。


「優奈たちも、悪いが少しだけ出て行ってくれ。頼む」


「もう、しょうがないわね」


「……海斗のメイクの時間もある。できるだけ手短に」


優奈も美琴も珍しく孝の言う事を聞き、そのまま部屋から出て行ってしまった。珍しく聞き分けが良いのは、僕の着せ替えに満足していて機嫌がよかったからだろうか。


部屋に残ったのは、僕と孝(?)の二人だけ。


孝はしばらくの間、耳を澄ませ、優奈たちが部屋から遠ざかっていくのを聞き取っているようだ。


僕も耳を澄ませると、最初は部屋の前にいたようだけど、しばらくすると観念しておとなしく部屋の扉から離れたみたいだ。


「はぁ……やっといったか。まったく、冗談じゃないぞ」


首につけていたチョーカーのようなものを外す孝。すると孝の声がいつもと同じ低いものに変わり、目の前に座っている人物が本当に孝だということがわかった。


「本当に、孝だったんだ」


思わず本音が漏れる。孝は鏡に映る自分の姿を見て、再びため息を吐いた。


「信じられないのも無理ねぇだろうな。俺だって鏡で見たとき、これが自分だってわからなかったくらいだからな」


自分の頬のあたりを手で撫でながら、孝はどこか諦めたような目をしていた。その手の動きはなんだかぎこちなく、肩あたりまで上げた手に顔を近づけるような動作で無理やり撫でているようであった。


「孝、その、腕が上がらないの?」


「さすがは海斗、ご明察だ。俺はお前と違って肩幅や胴がしっかりしすぎてて、どう着飾っても女装が似合うわけがねぇんだ。俺はそれを狙ってこの女装騒ぎを抜けようと思ったんだが……連中、俺の体をさらしやらコルセットやらギブスやらでとにかく無理やりに体の形を縮めてきてな。おかげで今俺の肩はガッチガチに固められていて、可動部分が肘までしかないんだ」


後半からまるで呪詛のようになり始めた孝の声。それはまるで、地獄の底から響いてくるようであった。


これを見ていると、自分の体が華奢であったことに安堵を覚えてしまう。いつもは男らしくなりたいと思っているのに、皮肉にも今はこの体であり続けたことに心の底から感謝していた。


孝は僕のほうを見て、なるほど、とでも言いたげな顔で口元をふっと歪めた。


「お前のほうはさながら『現代娘』ってところか。似合ってるじゃないか」


まったく嬉しくないけど、今の孝には言い返す気にもならなかった。


心身ともに疲弊しきっているのか。化粧だけとは思えないほど青白くなった顔からは、生気というものを感じない。脂汗のようなものは浮かんできていないところを見るに、ギブスによる痛みはないみたいだけど、かわりに心のダメージがかなり大きいみたいだ。


後輩たちは孝の体に配慮して痛みがないようにしたみたいだけど、心のケアまではしていなかったみたいだ。


……後輩の取りこぼしを拾ってあげるのも、先輩の役目ってところなのかな。


「孝」


「あ、なんだよぶぇっ!?」


孝のところまで歩みよった僕は、孝の両頬を両手で思いっきり叩いてやった。


いきなり叩かれたことに呆然としている孝の顔を見ながら、僕はすぅっと息を吸い込み、


「このバカ野郎!!」


と、思いっきり叫んでやった。


「お前はこんなところでへこたれるような奴じゃなかっただろ!僕らはいつも妙なことに巻き込まれるけど、いつだってどうにかして乗り越えきたじゃないか!」


「海斗……」


「って、孝っぽく言うとこんな感じかな。孝、ここで項垂れていたら、最後までみんなの思うがままだ!だけど、ここで踏ん張れば、まだ挽回するチャンスはある!」


一通り叫ぶと、僕は自分の息が上がっていることに気付いた。こんなにツッコミ以外で叫んだのは久々だったから、少し体が追い付かなかったみたいだ。


怒鳴られた孝のほうは、最初こそ呆然としていたけど、その目にはだんだんと光が戻り、やがていつも通りの、不敵で頼りがいのある、いつもの悪友に戻っていた。


「すまねえ海斗、情けねぇところを見せたな」


「いや、お互い様だよ。それに、その手じゃ自分に気合を入れるのにも苦労しそうだしね」


僕らは互いの顔を見合い、ぷっと吹き出したかと思うと、そのまま大笑いしてしまった。


どんなに外側を変えられようとも、結局のところ、僕らの本質は変わらないということだろうか。僕はそのことを、今は誇りに思うよ。


「ははは……さて、そろそろ優奈たちが戻ってくるかもしれないから、ここからは手短に作戦を話すとしようか」


「作戦……ここまできて、まだ何か俺たちに出来ることがあるのか?」


笑いが収まり、僕らは再び真面目な顔つきになり、声のトーンも落とした。ここから先は、僕ら以外、誰にも知られるわけにはいかない。


「ここまできてしまったからこその作戦なんだ。もうこのイベントを参加しない手立ては残されていない。なら、僕らの被害を最小限に抑えるのが重要になってくるんだ」


孝は僕の言葉から何かに気付いたのか、不意に意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「何か、いい案があるんだな?」


目くばせで肯き、僕はここまでに考えた作戦を孝に打ち明けた。





◆◆◆◆◆◆





『レディース、アーンドッ、ジェントルメェーン!!みなさーん、クリスマスは楽しんでますか~?』


――――――うおぉぉぉぉおおおおお!!!


『いいですねぇ、みなさんクリスマスをとことんエンジョイしているみたいですね!』


『さてさて、みなさーん?これから、この特設ステージの上で繰り広げられる一大イベントのこと、もちろん知ってますよねぇ~?』


『そう、学園でこれほど欠かせないイベントはないと言われている女装コンテスト……』


『『その名も【ミスター・シンデレラ】ッ!!』』


――――――わぁああああああああああ!!


『いやはやすごい熱気だねチアキ?これはなかなか、実況しがいがありそうだよ~?』


『そうだねアヤノ!これは、実況姉妹の血が騒ぐってものだよね!!』


『『さぁみんな!今日はお祭りだ!鼓膜つっき破るくらい騒ぎまくるぞー!!』』








――――――――ゥォォォォォォォォォォォォォォ


「うわぁ、ここまで歓声が聞こえてくるよ……」


「いつもはこんなバカ騒ぎしないくせによ。いや、いつもやらないから、こういうところで反動がくるってことか?」


「あの感じ、女の子も普通に騒いでいるみたいだよ?」


「いや、たぶん声量からして男子以上に騒いでいるんだろうな。はぁ、普段はもっとまともなはずだろうが……」


作戦会議が終わった直後、美琴たちが大急ぎで戻ってきて、僕のメイクに取り掛かってから一時間半、開始時刻十分前のアナウンスがなり、ぎりぎりメイクの終わった僕と、変声機(チョーカー型)の調整を終えた孝は、ステージの脇の待機エリアまで移動した。


やっぱり僕の予想通り、最初に僕が着替えをしていた場所こそがステージ裏だったらしく、そこにはすでに何組もの出場者が集まっていた。


何人か本当の女子も混ざっているらしいのだけど、見分けるのは案外難しい。というのも、誰が女装をしているのかほとんどわからないくらい、みんな女装がうまいのだ。


何人かは女装らしい派手さというか、違和感があるのだけど、それもここにいるほんの一部なので、ほとんどは女装だとわからないくらい上手い女装ということだ。


これは、ある意味女装が似合っていてよかったのかもしれない。ここまでレベルが高いと、中途半端なほうがむしろ恥ずかしく感じる。


いや、だからといって似合いすぎてもそれはそれで問題がある気が……


「……海斗」


女装のあり方について考え始めてしまった僕の視界の端に、受付から戻ってきた美琴が、僕のほうへと走り寄ってくるのが見えた。外にある受付からここまでずっと走ってきたのか、いつも整っているショートヘアーは少しだけ乱れてしまっていた。息はまったく切れていないみたいだけど。


「どうしたの美琴、なんかいろいろ跳ねてるよ?」


あまりにも気になった僕は手櫛でサッと美琴の髪を梳かそうとしてみた。美琴の髪は思いのほかさらさらとしていたため、それだけであっさりと元の形に戻った。


「…………」


「あれ、美琴?」


さっきから美琴が微動だにしない。妙に感じた僕がもう一度美琴に話しかけようとしたそのとき―――ー


「ぷぱっ」


勢いよく鼻血を噴出しながら、美琴は意識を手放してしまった。


「うわわっ」


正面にいた僕は咄嗟に襲い掛かる飛沫しぶきを避け、倒れる美琴をぎりぎりで支えることに成功した。


「お前って、たまにわざとやってるのかって思うときがあるんだよな……ま、どうせ無意識なんだろうけど」


後ろのほうで孝がやれやれといった調子で首を振った。なんだろ、言いたいことがあるならはっきりといえばいいのに、孝らしくもない。


「美琴―、ちゃんと海斗に渡せたー?って、どうやら失敗したようね」


美琴が走ってきた道から、今度は優奈が走ってくるのが見えた。僕と、僕の腕の中で鼻血を出しながら気絶する美琴の前まで来ると、あちゃーと言いながら片手で頭を抱えた。


「美琴の髪が珍しく乱れていた時点で嫌な予感はしていたんだけど……まったく、気絶してるっていうのに、ホントに幸せそうな顔してるわね、この子は」


優奈はしゃがみこみ、ポケットから取り出したティッシュで美琴の鼻血を拭いてあげた。確かに美琴の顔はこれ以上ないくらいにとろけていて、そのまま液体にでもなってしまいそうなほど口元は緩んでいた。


いったい何がそんなにも幸せだったのかはとりあえず気にしないとして、いつも無口無表情キャラを演じてる分、これはやっぱりギャップが高いな。


他の人も美琴のこの姿を見るのは初めてなのか、みんな目を丸くして美琴の寝顔を遠目に見てきていた。こらこら、見世物じゃないんだよ?


「本当は甘えん坊のくせに、どうしてこうも捻くれてるんだか……あ、そうそう海斗、忘れていたわ。はいこれ」


優奈は優しい手つきで美琴の頭を撫でたあと、床に投げ出された美琴の手から、銀色の輪を取り、僕に手渡してきた。


これは、孝につけているチョーカーと同じ型……てことは、変声機かな?


そういえば、僕はまだ変声機をつけてなかったな。いくら優奈たちでも、僕の声がこのままだとすぐに男だってバレるってことに気が付いてくれたのかな。


そうだよね、いくら声が高いっていっても、僕だって男なんだし、すぐにばれちゃうよね。


「あ、言っとくけどそれ、ただのチョーカーだからね。孝のと違って変声機能はついていないわよ?」


「なんでついてないんだよ!」


やっぱり優奈たちの常識はどこかに置いてきてしまったんだ。変声機がないとちょっと声を出しただけで僕が男だってバレちゃうじゃないか!


いや、作戦のためには、これはこれでいいのかもしれないけど……いやいやいや、それはそれ!これはこれだよ!


「ほら、海斗みたいに何もしなくても女の子と差支えない声をしている人もいるけど、普通の男子は声ですぐにばれちゃうからね。だけどその人たちだけチョーカーをつけてたら、『つけてる人が女装している人です』って言っているようなものじゃない」


「なんか最初の言葉がものすごく気になるんだけど……でもまぁ確かにそうだね」


今回は本物の女子も混ざったクイズ形式のコンテストだ。確かにそれだとすぐに正解がわかってしまっておもしろくもなんともないだろう。


「なるほどな。だから声の高さ云々関係なく、全員がチョーカーをつけて、それによる判別ができなくなるようにする、と」


僕のかわりに孝が女性の声で答えた。改めて聞くと、本当にすごい技術だねこれ。いったいどんな技術でこんなものを作ったんだろうか。


というかこれ、なんかスパイとかそういう方面に悪用されたりしないのだろうか。


僕は自分の首に渡されたチョーカーを装着し、適当に声を出してみる。ホントに僕のやつ、変声機能がついてないよ。優奈は正気なのか、まったく。



『それではみなさん!そろそろ主役の皆様方にご入場していただきましょう!』



「あ、もう始まるみたいね。それじゃ、美琴のことは私が介抱しておくから、あなたたちも頑張ってね」


「できれば頑張りたくない」


「だな。ていうか帰りたい」


僕は美琴を優奈に任せ、ステージ脇に並んでいる列の最後尾に並んだ。優奈に渡すとき、美琴がものすごく嫌そうに首を振ったり僕の服の裾を握ってきたりしてきたけど、どうやら起きたわけではないみたいだ。


列には僕と孝を含めた計20人の参加者が並んでおり、そのうち5人が女子だという話だ。少し多くないかとも思うけど、もはや誰が女子なのかわかったものじゃない。


「(おい海斗)」


僕の後ろ、最後尾に並んだ孝が僕の後ろから耳打ちをしてきた。


「(今回の作戦、本当にうまくいくんだろうな?)」


「(大丈夫だよ。ここまで徹底的にされちゃったら、もう残す手はこれしかないしね)」


今回の作戦……僕が孝と楽屋で話した、この局面を切り抜ける唯一の作戦のことだ。


「(もう一度おさらいをしておこうか。今回のコンテストでは、前半の観客参加型のクイズ形式と審査員のみの個人審査型の二つの判定で行われるんだ)」


「(あぁ。で、俺たちが作戦に打って出るのが――――)」


「(前半の観客参加型のほうだ。これは、本物の女性も含めた計20人が個人、または二人組で観客にアピールをして、その終わりに、投票によって、誰が女装をしている15人なのかを選別してもらう。そして残った5人の中で、女装をしていた人……つまり、女装を見破られなかった人だけが、後半の決勝へと進出できるっていう寸法なんだよ)」


「(逆に言えば、そこで15人の中に入ったやつはそのまま退場できるってわけだ)」


「(そういうこと)」


僕は脳内で先ほど立てた作戦をもう一度思い浮かべる。


今回の作戦というのは、孝の言った前半で女装だと判断されてしまった15人の中になんとか入ってしまおうというものだ。


ここまで来るともう参加を逃れるとか、そういったことはもはやできない。だから、せめて被害だけでも最小限に抑えようというのが、今回の目的だ。


そしてそのハズレ枠(僕たちからしたらアタリ枠)に入るのに重要なのが、観客の前で行うアピールだ。


ここでヘマを打てば、最悪の場合、たった5人だけのアタリ枠(僕たちからしたらハズレ枠)に入ってしまう。だけど、ここをなんとかすれば、僕たちの羞恥心はここで終わりを告げるのだ。


「(……やっぱり、男らしさをアピールすれば、女装だってすぐにわかるんじゃないのか?)」


「(いや、それだとダメなんだよ。優奈から聞いた話なんだけど、本物の女子のほうはハズレ枠に入ると学校側から賞品ていうか特典みたいなのがもらえるらしいんだよ。だから男らしく振る舞ってくる可能性が高い)」


「(だったらそれに便乗すればいいんじゃ―――)」


「(けど、観客もバカじゃない。わざとらしくやりすぎると、むしろ女子なんじゃないのかって疑われるに違いない。それに、僕らと同じように〝脱出″を考えている女装男子もいるはずだ。そいつらは深く考えずに男らしさをアピールして、結果アタリのほうに取り残される)」


「(てことは、つまりどうするって?)」


孝は疑問形で返してきたものの、その〝綺麗″な顔には不敵な笑みが浮かび上がっていた。


つられて僕もニヤリと口角を上げ、二人揃って顔を突き付け、誰にも聞こえないように声を揃えた。


「「(あえて女子のフリをする!)」」


他の男子参加者の皆様、残念だけどこの戦いは僕らが確実に負けさせてもらう。


試合に負けて、勝負に勝つ。腹の探り合いを怠ったこと、後半戦で強く後悔するんだね!


『ではでは、最後は二人組でアピールしてくれます!』


『エントリーNo,19、20の方々の入場です!』


『『では、どうぞステージへ!!』』


どうやら最後尾にいた僕らが最後みたいだ。話し合いに夢中で他の出場者のアピールを見ていなかったけど、僕らは僕らで全力を尽くすまでだ!


「孝、いくよ!」


「あぁ、奴らに目にもの見せてくれようぜ!」


僕らは互いの拳を打ち付け、スポットライト照らすステージへと足を踏み込んだ。


この勝負、僕らの負けだ!!
















『それでは、最終的に残った5人のうち、女装をしていたメチャカワ男子は~……この二人!!』


『みんなのアイドルこと一年K組の新井海斗君と、おなじく一年K組の寡黙なる博愛イケメン紳士こと井上孝君、決勝進出、おめでとう!!』


―――――――うおおおおおおぉぉぉおお!!


―――――――きゃああああああああああ!!


「「嘘だあぁぁぁああああ!!」」


この日、僕らは宣言通り、確かに負けた。


しかし勝負に負けたかわりに、試合には勝ってしまった。


僕らの絶叫は、獣のような学園のみんなの歓声にかき消え、消滅した。





~TO BE CONTINUE~



というわけで前編は終わりです!


いかがだったでしょうか。学園生活をする海斗たちは今まで描写できなかったので、いい機会となりました!


過去の設定とかも振り返ってなんとか書き起こしましたが、やっぱり難しいですね。


次回は本編の続きか、このお話しの後編を投稿するか、まだ未定ではあります。


とりあえず、時間することにします!


感想・評価、お正月を楽しみつつ待ってます!


いやぁ、久々にのんびりできました♪

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