33、妖精さんがわからなくなりました
妖精さんを引っ張り出してきたとはいえ、何か話があったというわけでもなく、かと言って今はギャグやものまねを聞きたいとは思わない。結局、僕と妖精さんは暇つぶしの王道中の王道『しりとり』を始めることになったのだけど……
『わ……わ……和歌!』
「川」
『わ…………ワイルド!』
「童話」
『また“わ〟かよ……いい加減それ以外のにしろよ!卑怯だぞ!』
「最後を何かを絞って答えるのはしりとりの基本だよ?」
今のところ、僕が追いつめているところだ。
「わ」で始まる単語は多いようで、意外と思いつかない。「ら」でもよかったのだけど、こちらは横文字が入ってくると途端に強くなる傾向があるのであまり使わないことをおすすめする。
というわけで僕は適当に「わ」で止めて様子を見ていたのだけど、これでは僕のワンサイドゲームになってしまいそうだ。
どうして脳内で生成された妖精なのに、僕より知識の量が少ないのだろうか。こういうときはもっとこう、僕の記憶の奥底にあるような古い知識を引っ張り出してきて応戦するものでしょうが!
『お前の頭の中、結構漁ったんだけど……案外空っぽだったんだよな』
などと言いながら未だに「わ」つながりの言葉を考えている妖精さん。
まったく、なんて失礼なんだ。この真っ白い僕の頭の中にある膨大な知識の湖を見つけられないだなんて、君はそれでも脳の管理者か!!
『誰が脳の管理者か!それに、頭真っ白になったら、ふつうはなにも考えられなくなるだろうが……』
なんか妖精さんが言っているが、いったい何のことだかさっぱりだ。
「ふあぁぁ……ねえ妖精さん、もっと何か暇を潰せるようなことはないかなぁ」
妖精さんは未だに頭を抱えて「わ」で始まる言葉を探していたので、僕はあえてそれを中断させるようなことを言った。このままではしりとりが終わる前に僕の暇ゲージが限界突破してしまう。
すると妖精さんは眉間に皺を寄せて必死に知恵を振り絞っていた顔を上げて、今度は僕の質問の答えについて考え始めた。
さっきは知識云々でボロボロに言ってしまったけど、こんなんでも僕の脳内に棲みつく妖精さん。もしかしたら僕がすっかり忘れているような、とっておきの暇つぶしを教えてくれるかもしれない!
『うーん、そうだなぁ。あ、そうだ。歌を歌うとか、どうだ?』
「…………」
ダメだ、やっぱり妖精さんは妖精さんだ。僕と同じ思考回路をしているんだから、思いつくことも僕と同じ程度に決まっているじゃないか。
いや、わかってたよ?どうせこんなことにはなるんだろうなってことは。
だけどさ、ちょっとくらいは期待したっていいじゃないか!
……まいったな。暇になりすぎて、そろそろ本気でここから脱出したくなってきた。
だけど今の僕は文字通りの丸腰の真っ裸。針金一つ持っていない今、できることなんて皆無だ。
くぅ~、八方塞がりじゃないか!僕には桃姫よろしく、ただ指をくわえて助けを待つしか手がないっていうのか!?
『あー、なんだ?もしかして、ここから脱出したいのか?』
一人で悶々と考え込んで水の中で縦横無尽に転げまわっていると、脳内で頭を掻きながら妖精さんが僕にそんなことを聞いてきた。そうか、さっきまで無意識にやっていたけど、こいつには僕の考えていることが全部筒抜けなんだったけか。
だったらさっきのしりとりも余裕だったのでは、などと考えてみたけれど……やめた。なんか知らないけど妖精さんが涙目になり始めたから、これ以上は余計なことを考えないことにした。
『ああいうゲームは、思考を読み取らないようにしているんだよ!』
誰も聞いていないのに答えてくれる妖精さん、意外と正々堂々とした性格である。
『ま、まあいい。そんなことより、ここから脱出したいんだよな?』
「そうだけど……まさか、何か手があるっていうの?あいにくだけど、僕はこのとおり裸に剥かれているし、周りも液体に満たされていてとてもじゃないけどまともに力も出せない。こんな状況で、いったい何ができるっていうんだい?」
すると妖精さんはチッチッチッと人差し指を振りながら、得意げな顔で、
『僕が外側から開ければいいだけの話だ』
と言って見せた。
「…………はい?」
一体何の冗談だろうか。
外から開けるって。自分でそれができればこんな苦労はしないし、そもそも外に出るために外のスイッチを押さなければならないって、それどんな無理ゲーだろう。
かといって今この空間には外の協力者がいない。妨害電波のようなものでも流れているのか、ここの付近に誰かいるのかもまったく感じ取れない。
うん。やっぱり妖精さんの言っていることはわからない。これは妖精さんがアホなことを言っただけということで片づけるとしよう。
さて、これからいったいどうしたものか……
『ちょ、ちょっと待ってって!何勝手に僕の作戦を潰しているのさ!まだ何も言っていないだろうが!』
「そんなこと言ったって、僕はここから出ることができないから困っているんだよ?なのに外から鍵を開けるって……矛盾しているじゃないか」
『だーかーらー!カイトじゃなくて、僕が外から鍵を開けるって、言ってるじゃないか!』
へ?
今……なんて言ったんだ?
今、妖精さん、僕のこと『カイト』って呼んだよ?
妖精さんは僕の生み出した、いわゆる『脳内天使・脳内悪魔』みたいな存在であって、妖精さんもつまり『海斗』であって……あれ?なんか混乱してきたぞ?
『はぁ……普段はあんなに活躍しているっていうのに、どうしてこういうときは頭が回らないかなぁ。ま、論より証拠ともいうし、よく見てろよ?』
そう妖精さんが言った途端、急に頭のあたりが明るくなり始めた。
いや違う。ガラス越しに見てわかったけどこれ、僕の頭が輝いている!?
「待って待って待って!僕はまだ髪の毛がなくなるような年齢じゃないよ!?まして、僕は人より髪がしっかりしているほうだからそんな簡単に抜けたりしないんだからね!」
慌てて頭を触ってみると、つるりとした肌の感触……ではなく、水にぬれた髪の毛が指に絡まる感覚だけだった。光は熱くも冷たくもなく、緑色の液体の中で綺麗な光を放っているようだった。
やがて光は収束していき、太陽が西に沈むようにスッと消え失せる。
「ん、しょっと。ふぅ」
そして頭の上を何かが這いずる感覚。髪を掴み、全身でへばり付くようにして、何かが僕の頭の上にくっついていた。
「んん?」
不審に感じた僕は再び頭の上に手を持っていく。
むぎゅ
なにか、何か柔らかいものが手に伝わってくる。布越しなのだろうか、押すとふにふにと弾力のある感触が指から伝わってくる。
もぞもぞ
もがくようにしてうごめく手の中の何か。ガラス越しに見ても、黒っぽいものがもぞもぞと動いているのがなんとなく見えるだけでその正体まではわからない。
余計に気になった僕は、両手でそれ掴みあげ、顔の前にまで持ってくる。
「な、なんだこれ?」
最初にそれを見た感想は、まさにこの一言であった。
真ん丸で大きな目が僕のことを見てくる。全体の大きさはせいぜい30cmくらいだろうか。子供のような背格好だけど、きっちりと和服を着こなし、長い髪の毛は後ろで束ねている。さっきまで触っていたのかこの子供の頬だったみたいで、まるで付きたての餅を彷彿とさせる柔らかさだ。
というかこれって……
「なあ、いつまで持ち上げてるんだよー。はやく降ろしてくれないか?」
「え、ああごめん……」
――――――じゃなくって!
え、ちょこれって、このまるで僕を縮めたような、いわゆる「デフォルメ」したようなコレって、まさか……妖精さん!?
どうして僕の空想上の性格が具現化しているのさ!姿も僕が脳内で想像したのとまったく同じだし!
「あー、まぁその、なんだ。なんかいろいろと誤解がありそうだけど、とりあえず今はここから脱出することだけを考ようぜ?そのあとでも話はできるしな」
「え、うん、まあ……」
驚きのあまり、僕は突然現れた妖精さんの言いなりになる。とりあえず掴んでいた妖精さんを手から離すと、妖精さんはぷかりと水中に浮かぶと、
「せーの、ほいっ」
とゆるゆると指を回したと思ったら、光とともにガラスの外側に移動していた。
もう、なにがなんだか僕にはさっぱりだ。
妖精さんはそのまま背中に青白い羽根のようなものを生やし、僕を捕えている装置の周りをぐるぐるとまわる。ときに止まってはじっと装置の一部を凝視したり軽く叩いたりしている。
「ふーむ、たぶんこれが封印になってるんだな?」
そういうと妖精さんはガラスを覆う格子の一部に手をかざし、何やらブツブツと僕には聞こえない声で呪文のようなものを唱え始めた。詠唱が進むにつれて、妖精さんの手の先に魔法陣が展開されていき、その輝きを増していく。
妖精さんの額に玉のような汗が浮かび上がっているのが見える。何やら苦しげだけど、大丈夫なんだろうか。
「――――――っ!よし、解除完了!カイト、受け身の体勢を取れ!落ちるぞ!!」
「なっ!?」
妖精さんが力を込めた、と思ったときには、魔法陣の光はガラスのように砕け散り、それから少し遅れてギギギィと錆びついた音を立てながら僕の目の前のガラスが空き始めた。
そしてそのままゆっくりと開くのかと思いきや、いきなりガバッと下向きに開き、僕の体はそのまま床へと落ちて行った。
中に入っていた液体も一緒に下に落ち、床に当たると同時にビチャビチャと音を立てて砕け散ってあたりを濡らした。
「とっ!あ、危なかった……」
妖精さんに言われたとおり、受け身の準備をしていた僕は、体を打つことなく、床に無事に着地することができた。裸だからあんまり恰好つかないけどね。
「たくっ、なんて厳重な封印なんだ。解除できたからいいものの、こんなの、永久封印武器にすら使わないぞ?」
妖精さんも額の汗をぐいっと手の甲で拭い、僕のところに舞い降りてきた。
……ここまでの流れからして、もしかしてこいつは僕の脳内で勝手に作られたものなんかじゃなくて、もっと別の、僕とはまた関係のない何かなんじゃないんだろうか……
だって、そうでもないと、説明できないことが多すぎる。僕に召喚獣を呼び出す力なんてものはないし、新しい生物を創造する力も持っていない。
「んー、そのままだとさすがに歩けないか。仕方がない、有り合わせだけど、これで我慢してくれ」
僕の前にちょこんと立った妖精さんは小声で再び呪文のようなものを唱え始めた。詠唱はすぐに終わり、妖精さんの手のひらからポンッという音とともに、なにやら畳まれた布のようなものが出てきた。
「お前のインデックスから取り出した予備の服だ。武器のほうはなかったけど、お前なら素手でしばらくは問題ないだろ」
布を広げてみると、確かに、僕がインデックスにしまっている和服だ。紺を基調とした少し暗めの服で、簡単なステルスには向いている比較的実戦向きの服だ。
一応素手での戦いも心得ているから妖精さんの言うとおりたしかにしばらくの間は大丈夫だ。足技も駆使すれば今の僕ならクラスターレックスくらいなら問題なく倒せるだろう。
僕は濡れたままなのも気にせず、さっさと渡された服を着込み、警戒も兼ねてあたりの様子を伺う。せっかく脱出できたのに、これでまた逆戻りなんてことになったら冗談抜きで困る。もうあんな狭いところに閉じ込められるのはこりごりだ。
「準備できたか?よし、それじゃあさっさと行くとしようぜ」
そう言って妖精さんは出てきたときと同じように僕の頭に乗っかり(頭から伝わってくる感覚から判断して)大の字で寝っ転がった。
「ちょ、自分で歩きなよ。翼だってあるんだから飛んでいけばいいじゃないか」
「いいだろー少しくらい。さっきガッチガチな封印を解除したばっかだから疲れたんだってば」
動くもんかと、言外に言っているかのように妖精さんは僕の頭にしがみついて離れなくなってしまった。
はぁ。まあ、さっきは助けてくれたんだし、少しくらいはいいか。
「わかったよ。それじゃあとりあえずここから脱出すればいいんだね?」
「あぁそうだよ。あ、間違っても下には行くなよ?馬鹿みたいに遠回りになるからな」
まるでこの城のことを知っているかのような口ぶりで、ダラダラと僕の上から適当な指示を飛ばしてくる妖精さん。
本当に、何者なんだ?
「……その疑問には、帰りの道中で話すとしよう。大丈夫だ、少なくとも、お前に害のある話じゃないからな」
心の中を透かされたかのような気分にされて度胆を抜かれたけど、これ以上ツッコんでいたら身が持ちそうにない。
ここは、妖精さんの今の言葉を信じて、僕は脱出に注意を払うとしよう。
海斗も真の意味で解放されかけています。
「自力で脱出できたんだから果穂たちいらないんじゃない?」と思った方もいるかもしれませんが……物語はそう簡単にはいかないのが世の常です。
ちなみに脳内妖精さんの正体については、過去の話にもちらりと載っているのでわかる方はわかるかもしれません。
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待ってろよ!リロード!!




