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32、監禁されていました

またしても……またしても遅れました!

「ここは、いったいどこなのでしょうか……」


「野原?いや、とんでもなく広いけど、中庭か何かみたいだ……」


「昔、いろんなところに空き巣に入ったけど、こんなに広い中庭、今まで見たことないぞ……ていうか、このバカデカイ空間、本当に中庭って呼べるのか?」


「そうですね……お城の庭よりも広いですし……」


果穂たちが飛ばされてきたのは、『黒の魔城』の頂上部にある庭の一角。彼女たちの目の前に広がっているのはありえないほど広大な、草原とも取れるほどの空間と、そのさきにそびえ立つ漆黒に塗り固められた敵の根城、『黒の魔城』と言われる、その本丸である。


「いよいよ……なんだな」


「……長い戦いだった」


孝は腰に差していた双剣銃『マッド・クッカー』を抜き、美琴も背中に担いでいたSIG SG550 Sniperを胸の前に構えた。敵陣に入ったと認識した二人は、火器を持つものとして最優先で警戒に当たり始めた。


他の面々も、構えこそしないものの、いつでも武器が取り出せるように、手で自分の得物に触れ、その存在を確認し、即座の構えからターゲットへの攻撃の流れまでを入念にシミュレートしていた。


そんなとき、シミュレートを兼ねて適当に得物である銀刃の薙刀を適当に振り回していた優奈が、城と自分の得物を見ながら、ふふっと笑った。


「……どうしたの、優奈」


誰よりも警戒を厳にしていた美琴が、優奈のほうを見ずに疑問を投げかけた。しかし無関心というわけでもないらしく、スススッと音もなく優奈のほうへと近づいた。


すると優奈はふぅとため息をついて紫電飛び交う暗雲を見上げた。


「いやね、こうして改めて考えると、なんだかおもしろいなぁってね」


「何がですか?」


フィーや他の面々も気になり始めたらしく、こちらは視線も向けながら優奈の言葉に耳を傾け始めた。


「これは私たちのいた世界での話なんだけどね……異世界から飛ばされた勇者が、いろんな出会いを果たして、最終的には悪の元凶を倒して世界に平和をもたらす……なんていう作り話があるの。こんなこと、現実には絶対に起きないんだろうなって思っていたんだけど……まさか私たちが経験することになるなんて、ねぇ」


「……それは、確かに言えているかも」


「だな。唯一違うのは、救い出すのが、その勇者様ご本人ってところか?」


ハハハとおかしそうに三人は笑い声をあげる。もとからこの世界にいるものたちからしたら何のことかさっぱりという感じだが、楽しそうな三人を見ていると、別にそれでもいいかと思えてきた。


「ふふっ……あれ、どうかしましたか?二人とも、なんだか顔色が優れませんが……」


三人に釣られて一緒になって笑っていたフィーは、しばらくして果穂と志穂の様子がおかしいことに気が付いた。志穂はまだわからなくもないが、こういう話が大好きな果穂が黙っていることにとても違和感を感じたのだ。


二人の目はかっと見開かれ、その視線は、目の前にそびえ立つ真っ黒な城へと注がれていた。その顔色は、ほんの少しだが、どこか血の気が引いているようにフィーは思えた。口までも、しっかりした二人には珍しく唖然とした感じで開けっ放しになっていた。


「あの……もしもし?本当に、大丈夫ですか?」


そう言ってフィーは二人の目の前に立って、目線の先でふりふりと両手を振ってみる。


すると二人ははっとしたような顔になり、動揺したような様子で姉妹で視線を交えた。


「志穂も、何か感じたの?」


「う、うん。初めて来た場所のはずなのに、さっきからその……既視感、っていうのかな。まるで、前にここに来たことがあるような、そんな気がするの」


「そう……私と同じなのね」


何やら二人でぼそぼそと話し始め、もはやフィーには状況を把握しきることができなくなってしまった。


「……既視感、いわゆるデジャヴという現象は稀に起こる」


いつの間にか、二人の間に入り込んでいた美琴が果穂と志穂の視線を見ながら淡々と話し始めた。いったいどこから沸いたのだとツッコミたくなったのはフィーの中だけの秘密である。


「……デジャヴというのは夢で見たり、似たような風景が現象を見たときによく起こると言われている。二人もおそらくそれに近いことがあったのだと思う」


「そ、そうなのかしら……」


果穂が不安げに美琴に問う。美琴はただこくりとうなずくのみで、それ以上は何も言わない。


「ま、ここは多分美琴が正しいんだろうな。なにせここは異世界の、しかも敵の親玉の総本山。仮にもし一度でも入り込んだことがあるのだとしたら、既視感どころの話では済まないだろうしな」


「そ、そうだよね。きっと気のせいだよね」


孝の言葉に、志穂も無理やりながら納得するような声を上げた。他の面々もうんうんとうなずき、二人の疑問はうやむやとなった。


よし!と、果穂が自分の頬を両手でバシッと叩く。再び開けられた目には、先ほどまでの不安そうな色はどこにもなく、あるのはただ、海斗を救出するという使命感に燃える赤い炎の色だけだった。


「ごめんなさいね、みんな。もう海斗がすぐそこにいるっていうのに、私としたことが情けない姿を晒したわね。ここは敵の本陣。さっきまで呆けていた私が言うのもあれかもしれないけれど……みんな、気合入れていくわよーっ!!」


「「「おぉっ!!」」」


拳を掲げ、全員気合を入れなおす。果穂、志穂、優奈、美琴、孝、フィー、サーシャ、マリネ、そしてロロ。それぞれがそれぞれの想いを胸に、城へ向けて一気に駈け出した。







「ところで孝君、いまさら聞くのもあれなのだけれど……イリアちゃんは連れてこなくてよかったの?あの子、普段は頼りない感じだけど、確か魔法がそれなりに使えたのよね。少数精鋭とは言ったけれど、あの子ひとりくらいなら連れてきてもよかったのよ?」


走りながら、果穂は隣を走る孝へと声を掛けた。


その言葉を聞いた途端、孝の頭の中に、泣きそうな顔で見送ってくれたイリアの姿が鮮明に思い浮かんだ。


しかしそれを振り払うかのようにして、孝は頭を振った。


「……確かに、イリアを置いてきたのに、不安を感じないと言えば真っ赤な嘘になります。あの子には力があり、それは俺も認めています」


「だったら――――」


「ですが……いや、だからこそ置いてきました。あれだけの実力があれば、よほど強い敵が集団で襲ってこないかぎり、負けることはありません。ですが、あの子の使う魔法は広範囲に及ぶものが大半……狭い場内で放つにはリスクが大きい。ですから、彼女には屋敷の防衛を任せることにしました。帰る場所がないと、この作戦も本当の意味では成功にはなりませんから」


屋敷にはダドリーや海斗の教え子も何人か防衛に当たってくれていますし、と孝は付け加えて笑って見せた。


もちろんそれも孝の本音ではあるのだろうが……果穂にはなんとなく裏が読めていたので、傍から見れば無関心そうにただ納得したような表情、だがしかし内心ではニヤニヤと笑っていた。


(どうせイリアちゃんが心配だから連れてきたくなかっただけなんだろうけど……ま、それは言わぬが花かしらね。まったく、『私も行きます!』って涙声で訴えてきたあの子を宥めるのに、私がどれだけ苦労したことか)


などと珍しく他人に優しくする果穂であった。


それは、海斗が世話になっているという恩義と同時に、いつも海斗といる孝を本人も知らないうちに家族……とまではいかなくとも、それに近い感情を抱いていたのだろう。


いわゆる義姉心というものだろう。







◆◆◆◆◆◆







う……ぁ……


(熱い……頭が……割れるように……いたい……)


まるでマグマにでも浸かっているんじゃないのかっていうくらい、体が熱い。頭も、かき氷を頬張ったときのようなものなどではなく、鈍い、それでいて持続的な痛みがする。


まぁ、マグマになんて浸かったことないんだけどね。


なんて、脳内で一人ツッコミしてる場合じゃないぞ僕。


なんとか痛む体に鞭打って、目を薄らと開ける。しかし、視界は薄緑がかっていて、まともに視認することができない。


いや、視界が薄緑がかっているわけじゃない?これは、景色自体がそうなっている?


そこで僕の意識が一気に目を覚ます。目を見開けば、やはり予想した通り、僕の視覚に直接異状があったわけではなさそうだ。


(ここは……どこだろう。そうだ、僕はサクヤと昔の話をして、それでそのあと、サクヤに抱きしめられて、それから……)


そこからの記憶はない。たぶん、そこで意識を手放したんだろう。


(手や足に拘束器具の類はなさそうだ。だけどなんか動きにくい……てっ、ななな、なんなんだ、ここは!?)


手足に拘束器具の感触がなかった割に、妙に体が言うことを聞いてくれない。それも筋肉疲労などの内部原因ではないことに違和感を感じた僕が視線を動かすために頭を動かしたときに、体の感覚器官が、事の異常さを警告してきた。


この独特の抵抗感、思い通りに動かない肉体、そして全身にくまなく密着するこの感じ……


どうやら僕の体はなぜかは知らないけれど、液体の中に入れられているようだ。それも、水のような、とても粘度の低い液体に。


「っ!?い、痛みがいつの間にか消えてる」


さっきまで割れるように痛んだ頭部からも、焼けるように熱かった全身からも、何も感じない。


あれは、幻だったのだろうか、それとも―――――


「……というか、本当に何も感じないな。さすがに体に触れる感触はあるけど、暑いとか寒いとか、そういうのがないな」


そういえば、液体の中だっていうのに、息も普通にできる。液体が入り込まずに酸素だけ取り込めるって、いったいどうなってるんだ?


そもそも、どうして僕はこんなところにいるんだ?


だんだん目が覚めてきたからわかったけど、どうやら僕は、ガラスのように透明な何かでできた球状の小さな空間にいるようだ。ガラス越しに見える景色は……薄暗くてよく見えない。この液体自体がそれなりの光を放っているみたいで、唯一わかったのは、ここが床から5mくらいの高さにあることと、僕の真下に玉座のようなものがある、ということくらいだろう。


(察するに、サクヤがまた僕を閉じ込めたってところかな。それも、さっきみたいな軟禁じゃなくて、完全に身動きを制限した監禁……)


直接的な拘束こそされていないけれど、このガラスのケースのようなものを内側から壊すのはかなり骨が折れそうだ。おまけにこの水みたいなやつのせいで、まともに身動きが取れない。これじゃあ殴って壊したりするのはまず無理だろう。


「……というか、この格好じゃ、どちらにしても出歩くのには相当な勇気がいるし……」


ガラス越しに映る自分の姿。そこに映るのは、一糸纏わぬ姿で水中に漂う、情けない自分の姿であった。


まさか、肉体的にだけでなく、精神的にまで拘束してくるだなんて……これはさっきの比じゃないくらいの警戒の強さだね……


「だけど、ここまでされちゃうと……さすがに退屈だ」


さっきまでのようにあたりを捜索することもできず、かといって周囲にはサクヤのように話し相手になってくれそうな人もいない。


なるほど、このもどかしさ。監禁というのは肉体を拘束することによって、精神的に追い込んでいくのか。


暗い空間、誰もいない場所で、体も満足に動かせない。これはたしかに、ふつうだったら一日二日すれば気が狂いそうだ。


かと言って、なんとか脱出しようとはしても、ここまで手がかり無し、おまけに丸裸じゃあできることもできやしない。


「そうだ、もしかしたらインデックスが…………ダメか、やっぱりここでも開けないか」


空中(というか水中)に手をかざして振ってみるが、空間の裂け目はできず、ただ液体をむやみにかいただけであった。


ここまでくると、できることって言ったら、手遊びか、声を出すってくらいかな。だけど、手遊びはともかく、独り言を言っているのはいくらなんでもつまらなすぎるし。


いっそのことエンドレスで歌でも歌っていようかと思ったそのとき、僕の頭にピーンと豆電球が灯った。


そうだ、いつもは腹の立つことしかなかったからすっかり忘れていたけど……僕には、話し相手になる、憎たらしいやつがいたじゃないか。


僕は脳内に意識を集中させ、適当にガムテープとロープとお札みたいなのでぐるぐる巻きにされた塊を意識の奥の奥から引きずり出してきた。


脳内妖精さん……僕の中にいつの間にか住み着いた、まともな助言をしてくれない、僕がしばらくの間封印していたやつだ。


しかし封印を解除してわかったけど、こいつ、解放されたっていうのに、寝たまんまだ。


(ほら、起きてってば!)


適当に頬をパシパシと叩く(イメージ)を送ってみる。すると妖精さんはぐわんぐわんと頭を揺らしながら、ゆっくりと目を覚ました。


ぼへーっとした顔のまま僕のほうを見てきている。いつも思うけど、僕の中で勝手に生まれた脳内人格とは思えないほどこいつって人間っぽいというか、なんか僕とは別の感情で動いている気がしてしょうがない。


ま、そんなこと、あるわけがないんだけどね。


さて、と。これからどんなことをして暇を潰せばいいんだろうか。


とりあえず、しりとりか何かかな……


『ふあ……て、なになに?なんで起こされてるの?あれ、あれぇ?』


まだ目が醒めきっていないらしい妖精さんを放って、僕は二人で(事実上一人だけど)潰せることを考えるのであった。



久しぶりに主人公メインの文章を書きました。話数的にはそこまで間は空いていないのですが……なにぶん最近は書く時間が減ってしまいまして……と、言い訳をしてしまいました、すみません。


感想・評価、久しぶりの休みを楽しみつつ待ってます!


あぁ……一か月ぶりの休み……至福です……

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