表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/158

29、結託しました

満身創痍……という言葉がしっくりくるだろうか。まるで獣のような荒々しい闘いを終えたエルと果穂の顔には疲労の色が浮かび上がっていた。それも、かなりギリギリのところまで消耗したらしく、しばらく回復の時間をとったにも関わらず、いまだに息が少しだけ荒い。


しかしエルは女王としての威厳を、果穂はその友人として、身体の芯に力を入れ、ようやく話し合いの場を再構築することに成功した。


「ふぅ……それで、作戦に協力するのはいいのですけれど、具体的にはどんな内容なんですか?そのあたりを話していただかないとこちらとしても動くことができませんし……」


エルは執務机から何も書かれていない羊皮紙の束と羽ペンを持ってきて、応接用の机の上に置きながらそう切り出した。


その言葉に、コクコクと首を縦に振って同意するのは、先ほど果穂たちとの協力を誓ったルックとマーズだった。彼らもまた、契約をした途端に走り出した果穂に慌てて付いて来ていただけだったので、作戦の内容をまったく把握していないのだ。


「そうね……紙に書いて説明するのはちょっと面倒だし……美琴ちゃん、アレ(、、)ってここに展開することは可能かしら?」


「……本体の起動は無理だけど、部分展開ならばこの空間でも可能」


いつの間にか意識を取り戻していた美琴が果穂の質問にその抑揚のない声色で答える。表情もいつもどおりの無表情に戻っていることから、どうやら先ほどの件については美琴の頭の中で「なかったこと」にされたようだ。


「十分だわ。それについてるスクリーンを使って作戦会議をしましょうか」


「……了解」


いったい何のことなのかさっぱりなエルと夫妻は三人で顔を見合わせて首を傾げた。


と思っていた次の瞬間、


「……『シャイニング・ギア』の装甲を右腕に部分展開」


そう美琴が独り言のように呟いた途端、音もなくいきなり美琴の右肩から下に真っ白い腕が生えた……ようにエルたちの目には見えた。


正確には『シャイニング・ギア』の右腕部分だけが現れただけなのだが、何も知らない3人はただただ驚くだけだった。


「なるほどな……引き篭もって何をやっているのかと思っていたが、そういうことか。確かにこいつの開発に力を入れていたのだとすれば、いちいち屋敷の中を出回っている時間はなさそうだな」


何かを一人で納得している孝は、うんうんと満足そうに頭を振った。


彼も、今朝方になって作戦云々の話やら『シャイニング・ギア』の話を聞いたばかりで、所々納得していないところがあったのだ。そもそも、海斗が連れ去られてからずっと部屋に引き篭もっていたと思っていたらいきなり出てきて『海斗を救出に行くわよ!』と言われた彼の心境はどれほど混乱していただろうか。


とりあえず、皿洗いをしていたタライの水に思いっきり顔を突っ込むくらいには混乱していたようだが。


「美琴ちゃん、お願いね」


「…………」


ウィンクしながらそう言ってきた果穂に何の反応も示さずに、美琴は空中に青白い半透明のスクリーンを作り出した。そこに映る情報は、どれも海斗救出のために洗練されたものばかりであった。


敵の総戦力や使用武器はもちろん、敵の居城がどこにあり、どこからの侵入がもっとも効率が良く、かつ安全性か高いのかまで、洗いざらい調べつくされていた。


「こ、これは……」


「すごい……これだけの情報を、いったいどうやって」


「信じられん……はっ、ここに映っているのは、もしや『黒の魔城』じゃあないのか?あ、いやしかし、こんな高度からとなると……一体どうやって確認したというのだ?」


スクリーンに映る情報に目を白黒させるエル達。彼らも決して情報収集能力が劣っているわけではなく、むしろこの世界では相当洗練された諜報技術を持っている。だが、それを大きく凌駕するほどの力を、美琴たちが有していたというだけのことなのだ。


「……戦争において重要なのは、相手の情報をいかに詳細に手に入れられるか。敵対勢力の情報が多ければ多いほど、味方の損害も最小限に抑えることができる」


淡々とスクリーンの映像を切り替えながら、美琴は静かな声でそう呟く。これらの情報のほとんどを集めたのは他でもないこの冷静沈着な少女、片桐美琴だ。これだけの膨大な情報を一人で集めるのは至難の業だというのに、彼女は自身の最終兵器を作るついで程度にこれらを収集していたのだ。


だが、ついでだからといって、決して手は抜いていない。むしろ誰よりも正確に、より慎重に情報を集めていたほどだ。


彼女にとって情報とは最大の「武器」であり、「武器」の手入れをおろそかにすることは命取りとなる。故に彼女は、こと情報においては一遍たりとも油断も隙も見せない。


そんな情報の波に呑まれ、ルックや志穂、優奈は早々に目を回し始める。フィーやエル、マーズなどの比較的情報処理能力に長けた者も、美琴の世界で使用されていた見た事もないような文字や数字の数々に、少々戸惑っているような印象を受ける。


「……まぁ、これはあくまで、こちらがどれだけの情報を有しているのかを簡単に示したかっただけでもあるから、そんなに深く考えなくてもいいわ。作戦概要については私のほうから、スクリーンの情報とも合わせて説明させてもらうわ」


そう言って、果穂は美琴と目配せして、スクリーンを切り替えさせた。そこに移るのは、先ほどまでの複雑怪奇な文字の羅列などではなく、『黒の魔城』とその一帯の平面的な地図であった。


「ここにあるのが海斗を捕らえている憎き魔城、そしてその南西の森を抜けた先にあるのがガルド城、そしてそのちょうど北に位置するのがこの学園よ」


果穂は指で漆黒に覆われた場所を指差し、そこから滑らせるようにガルド城の示されてる場所まで地図をなぞった。その間にある森は大きく、二つの城の間に大きな隔たりを作り上げている。


「森の最奥部や魔城周辺には強力な魔物がいることを私たちは少し前の依頼で確認済みよ。強さは昔の私たちが余裕で相手できる程度だったけど……」


「……おそらく数がとんでもないことになっているはず、それこそ、一国の軍隊と同じか、それ以上の勢力が配置されていると考えられる。それに、海斗が連れて行かれたことによって魔物の増強もかなりされているはず」


果穂の言葉に補足するように、美琴が無表情のまま付け足した。


「黒の魔城」とガルド城を隔ている森というのは、他でもない果穂たちがモンスター討伐でよく出入りしている「クラスタの森」だった。本来ならば立ち入ることも躊躇われるほど危険なモンスターがひしめく禁忌の森なのだが、海斗を始めとしたパーティーにとってはただの狩場でしかなかった森である。


だが果穂と美琴は、海斗を保護するという名目で、森の中の戦力は大幅に強化されていると予想したのだ。


「……ここは本来、Aランク以上の者が10人以上のパーティを組んでようやく入れるくらいの森です。そんな森に棲む魔物が強化された状態で布陣しているだなんて……」


エルは苦々しく顔を顰めながらスクリーンに映る森と魔城を見つめた。


ただでさえ危険な森が、さらに強化されている。しかし魔城の周辺に道などという都合の良いものはなく、全方位を深い森に囲まれている。


あまりにも絶望的な状況に、エルの指は小刻みに震えていた。


(こんなの、どうやって突破すればいいのかしら……)


答えなどはなから求めていない自問自答。


しかし、そんな絶望を覆すように果穂がバンッとテーブルを引っ叩いた。その顔に絶望などはなく、むしろその場にいる全員に、余裕さすら感じさせるほどであった。


「何を一人で絶望に浸っているのよ王女様。あなたはこの国の未来を背負っている身なんだから、そんな情けない姿を晒してはいけないわよ!」


「カホ様……」


いきなり王女のなんたるかを語られ、呆然としているエルに向けて、果穂は何も声をかけることはなく、ただ憮然と紅茶を飲み干すだけであった。


「……何も真正面から攻めようだなんて、そんな筋肉バカ丸出しなことはしないわよ。いい、みんな?これから私が言うことをよーく聞きなさい。ここからが重要なんだから」


そう言って果穂が指で示す地図の位置は……


「ここは……カイト様のお屋敷?」


「ええ。私たちの作戦はここから始まるわ」


その作戦の概要は、エルや、それまで黙って聞いていたルックやマーズにはとても信じられるような内容ではなかった。


「まず、王様が率いる王国軍と王女様が率いる魔道兵隊は合流後、5班に分かれて森からちょっとだけ離れた場所に布陣する。位置はそうね……魔城とガルド城を一直線上に結んだところを真正面として左右に二分隊ずつ布陣、主力隊が真ん中、というところかしらね」


そう言って、森の外側5箇所に赤い印をつける。城の正面には一際大きな丸印がされている。


「だけどこれはあくまで陽動部隊よ。絶対に自分たちから森の中に入るようなことはしないように。森に入ると四方八方から狙われることになるし、大部隊だと身動きが取れなくなる上、強力な魔法は巻き添えの危険があって使えないわ。森の外から挑発して誘き寄せるのよ」


そう説明しながら、森と赤印の間になにやら柵のようなものを付け足していく。このような防御陣を引け、ということだろう。


「そして魔物が引き寄せられている間に、私たちは別の方法で屋敷から直接、魔城へと攻め込み、一気に海斗を奪還、犯人の殲滅を行うわ」


そして屋敷と魔城とが、弧を描くようにして書き込まれた線で結ばれ、魔城にバツ印がつけられた。


「とまぁ、大まかな作戦はこんな感じよ。細かい指示や編隊についてはあとから出すとして……何かここまでに質問はあるかしら?」


ふぅ、と一息つきながら果穂はやりきったぜという様子でフィーに煎れてもらった新しい紅茶を口に流して口内を潤した。


そんな余裕綽々な果穂の態度とは対照的にエルは内心恐ろしく戸惑っていた。


作戦自体に不満はない。陽動で敵の主力を引き付け、手薄となったところを本命が攻め落とす。戦争においては定石ともいえる手段に、エルとしても特に文句はない。


だがしかし、それとは別のことでエルには不可解な点があった。


「私が潜入部隊ではなく陽動部隊であるということについては……不承不承ながら了解しました。ですが、いったいどのようにしてお屋敷から魔城に潜入するのですか?まさか抜け道が繋がっているわけでもないでしょうし……」


そう、魔城までの移動方法と、その潜入法であった。


魔法にも確かに転移魔法という長距離間を一気に移動する手段はあるものの、大変大規模な魔法のうえ、一度行ったことのある場所同士でないと転移することができない。


かと言って飛んでいくにも、魔城の周辺には黒雷雲が立ち込め、強力な両翼モンスターまで徘徊しているため、下手に近づくと一撃であの世の召されてしまうのだ。


「あぁ、そのことね。それなら大丈夫よ。ちょーっとここじゃあ言えないけれど、私たちにはある特別な移動手段があるから問題ないわ。今回の作戦は相手の強さが未知数というのもあって、時間が勝負なの。侵入は容易でもそこで魔物との戦闘に足をとられているわけにはいかないの。そのために陽動は重要なんだから」


「は、はぁ……」


ものすごく胡散臭い。エルは果穂のその妖しい光を灯した瞳に一抹の不安を感じつつも、それを払拭するように頭を軽く振った。


他にも孝やフィーが苦笑いしているのが目に入ったが、もう見なかったことにしたかったエルはそのことについては一切触れないことにした。


「作戦の内容はわかりました。ここまでの流れからして、もうお父様……ガルド王にも同じことを?」


「ええ、そのあたりは抜かりないわ。なにせ国の兵力のうち、最低限の防衛部隊以外の全兵力を作戦に当ててもらうのだから。早めに言っておかないと動かせる兵も動かせないわ」


「さすがというか、なんというか、ですね……」


にやりと笑みを浮かべる果穂。それに対してエルは呆れと同時、ある種の安心感と恐怖心を抱いた。


それは頼りになるという信頼と、もし敵だったらというところからきているのだが、エル本人はそれに気づくことなく、矛盾した感情を胸の中にしまいこんだ。


「……身勝手だということは重々承知しているわ。だけど……お願いします。私の弟のために、どうか力をお貸しください」


プライドの高い果穂は滅多なことで本気で下手に出る事はない。たとえ相手が大統領や王様だろうと、腹の中では悪知恵を働かせて影で嘲笑っているのだ。


そんな果穂が、プライドをかなぐり捨て、本気で頭を下げる。いつもの余裕ぶった口調すら今はなりを潜めている。


その目から、一滴の涙が流れた。海斗が攫われた日から一度も泣き言を言わずに、着々と海斗救出の準備を進めていた果穂。その気高き勇者が初めて身内以外に弱味を見せた瞬間であった。


だが、その涙をエルたちは見ることはなかった。たった一滴の涙は誰にも見られることなく、紅い絨毯へと吸い込まれて消えてしまったのだから。


それでも、果穂の纏った、いつもの豪語不遜なものではなく、たった一人の弟を想う姉の姿に、エルはその気持ちを確固たるものへと昇華していた。


「わかりました。私は、学園長として……いいえ、エリス・R・ハスタットの名に賭けて、その願いに応えて見せましょう。共に、カイト様を救出し、平和な日々を取り戻しましょう」


エルは、いつもの穏やかな表情とは違う、自信に満ちた力強い笑みをもって、果穂の言葉に応えた。


二人はそれ以上言葉を交わすことなく、強く、固く互いの手を握り合った。


……そして世界に、大きな争いの火種が投下された。

すぐ書くつもりが、少々時間を取られてしまいました。ですが、ここからは滑らかなストーリー展開に出来そうです!


感想・評価、暁の軌跡をプレイしつつ待ってます!


これ、最低でも『零の軌跡』をクリアしておかないとわからないやつですね。初見でこれをやるには少々抵抗感を感じる人が出てきそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ