28、交渉(?)しました
一ヶ月も更新できませんでした!本当にすみません!!
いきなりの出来事に、学園の長であるエル女王は困惑のあまり、ただ呆けた様子で先ほど起きた出来事を頭の中で整理していた。
先ほどまで海斗救出のための作戦を一人黙々と作成していたエル。しかしその白魚のように白い手に握られた羽ペンはほとんど動かず、作戦の立案がとてつもなく難しいことを物語っていた。
自分の無能さ、どうしようもない絶望感に押しつぶされそうになっていたそんなとき、エルの座る執務机のちょうど正面にある扉が大きな音を立てて吹き飛んだ。
いきなり顔面すれすれのところを飛んできた扉の残骸は後方の床に深く突き刺さり、埃を撒き散らしながら鎮座していた。その様子を、エルはただ驚愕の表情で見ていると、壊れた扉のほうから何者かが入り込んでくる気配。
ハッと我に返ったエルは弾かれるように正面を向き、そして唖然とした。
「エルー、ちょっとお邪魔するわね?」
「あわわ、姫様のお部屋の扉が……」
「……馬鹿力」
「なんで破壊する必要があったんだろうか……あーあ、ご丁寧に蝶番まで綺麗に破壊されてるじゃねぇか……」
まるで友達の家に遊びに来たかのような気軽さでズカズカと入ってくる果穂、そしてその後ろから申し訳なさそうに何人もの人間が入ってきた。そのすべてがエルの顔見知りだった。
エルの頭の中はもはや混乱を通り越してショート寸前であった。先ほどまであった絶望感はどこへやら……恐ろしく静かだった部屋は埃立ちこめる様相になり、騒がしい知り合いが何人も部屋の中になだれ込んできている。
(いったい何が起こったのでしょう。扉が壊されたと思ったら、入ってきたのは賊ではなくてカホ様やタカシ様たち……攻め込んできたなどという様子ではないですが、でしたらなぜ扉が壊されてしまったのでしょうか……)
明確な答えを導き出せないまま、エルはう~んと頭を抱えた。彼女の自慢の流れるようなパールグレーの髪が机上に広がり、作戦内容を模索していた羊皮紙の上に落ちていく。
「ほら、何を項垂れているのよ!あなたの力が必要なんだから、もっとシャキッとしてちょうだい!」
そんな状態のエルの机の前まで、エルが頭を抱える原因を作った張本人である果穂はこれまたズカズカと近づいていき、エルの細いながらもほどよく筋肉のついた肩をぐわんぐわんと揺らした。
「あぁっ!?あぁっ!?」と驚きと困惑に満ちた声を上げながらエルの頭が激しく揺れる。そのたび、自慢の髪の毛は乱れまくり、自体が収まった頃にはエルの髪はボサボサの状態になってしまっていた。
「あぁ、姫様ぁ!」とフィーが叫んだのも同じくらいのときだろうか。
そんな状況の中、孝はすべてを悟った仙人のような表情で、荒れ果てた部屋の窓から差し込む日差しを見つめていた。その目は、何者も映していないかのように真っ暗だった。
◆◆◆◆◆◆
混乱もようやく収まり、エルと果穂はそれぞれ向き追うようにして応接用のソファーに体を預けた。他の者は皆、果穂の背後に立ち、フィーはせっせとエルの乱れた髪の毛を自前の高級櫛で梳いていた。
ほどよく緊張した雰囲気があたりに漂う。しかし剣呑な雰囲気はなく、比較的穏やかな……典型的は話し合いの場が今ここに形成されていた。
「……この際回りくどいことは言わないわ。エル、私たちに手を貸して頂戴」
先に口を開いたのは果穂だった。
その顔には真剣な雰囲気が漂い、冗談など言えるような状況でないことは誰の目にも明らかだった。
エルはフィーの入れてくれた茶を一口、上品に口に含んだ。乾いた舌根が潤い、喉を濡らしていく。
「手を貸す……それは、カイト先生を救出するために、と捉えてよろしいのですね?」
エルはとても賢い人だ。誰からか事情を聞いたわけでもないというのに、瞬時に状況を判断・分析していた。おそらく、その奥の奥まで見据えている……そう果穂は心の内でエルを賞賛した。
そしてあえて海斗のことを『様』ではなく『先生』と呼んだのは、言葉の裏で今の自分の立場……学園長としての立場を明確にしておいたのだろう。
(今の状況でカホ様が持ってくる話としたらそれしか考えられない。今までまったく動きがなかったのは、きっとその作戦を実行するための準備を整えていたということなのでしょう)
エルは表面上では冷静さを装ってはいたものの、その内心は今すぐにでも叫びたくなるほど心躍っていた。
(そして今、その話題をここに持ってきたということは準備の最終段階……つまり作戦はすでに確固たるものとなっているということ!)
今まで暗雲の中を彷徨うにして作戦を練っていたエルからすれば、急に光が差し込んできたような状況である。ようやく敬愛する人を救う目処が立ったのだ。これが心躍らずにいられるだろうか!
しかし、そんな嬉しい感情半面、エルの中にはある邪……と言うには少々可愛い思いがとぐろを巻いていた。
(いきなり来て扉を破壊したり頭を揺さぶってきたり、髪の毛をめちゃくちゃにしたり……あまつさえ全くの説明抜きで『手を貸せ』だなんて……いくらなんでも横暴すぎます!)
表向きでは微笑を浮かべたまま紅茶を啜り、裏では頬を膨らませて不満げに憤慨する。
心のどこかではそんなことを考えている暇はない、とわかってはいるものの、果穂のそのあまりの唯我独尊気味な行動に少々、腸が煮えくり返っているのも事実である。
(それに、このままはいそうですかと受け入れるのは女王や学園長としての威信を揺るがす恐れがあります。そう、これは正当な理由であり、決して私利私欲のためではないのですわ!これは等価交換……そう、等価交換ですわ!)
そう心の中で自分を無理やり納得させたエルは、口元をハンカチでそっと拭い、まっすぐに果穂の目を見据えた。
「ひとつ、条件があります」
ざわっ……
部屋の中がほんの少しだけ騒がしくなった。皆驚きのあまり目を見開き、信じられないモノを見るかのように驚愕した。孝でさえ、意外なエルの発言に「ほぅ」と少しだけ驚きのため息を吐いたほどだ。
そんな中、一番動揺すると思われた果穂だけは冷静なまま……いやむしろ微笑すら浮かべるほどの余裕を浮かべていた。
「まぁこんな理不尽な頼みごとだものね。条件の一つや二つ、出ないほうがおかしいわ」
そう言って、少しだけ冷めてしまった紅茶をこれまた優雅に飲み下す。まるでどこかのお嬢様のような気品溢れた雰囲気に、一緒にいたルックやマーズは思わず感嘆の声を上げた。
その反応にまんざらでもない様子で果穂は紅茶のお代わりをフィーに頼みながら、再びエルに向き直った。
「それで、その条件というのはいったい、何かしら?」
もう余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)、この交渉は勝ったも同然だという様子で果穂はエルに尋ね、湯気の上がる紅茶を少しだけ多めに口に流し込んだ。
エルはその様子を確認したあと、少しだけ目を伏せ、吐き出すかのように言葉をつむいだ。
「作戦の協力をお約束するする代わりに、作戦が成功した暁には、カイト先生を……いいえ、カイト様を私にくださいまし」
ぶふぅ!!
その瞬間、果穂は盛大に口に含んでいた紅茶を噴き出した。先ほどまでの優雅さなどどこへやら、霧状に噴射された紅茶は果穂の口元を濡らし、真正面に座っていたエルの顔面に思いっきり吹きかけた。
「きゃぁあああ姫様ぁぁぁああ!!」
そしてようやく髪が整ったと一息ついていたフィーは、突然の出来事に混乱しつつも、すぐさま手に持っていた手ぬぐいでエルの顔を綺麗にするのだった。
化粧の類をほとんどつけないエルの顔は濡れてもなお、その美貌を崩すことなく、落ち着いた様子でソファーに身を委ねている。
一方で紅茶を噴き出した果穂はというと、顔を真っ赤にし、その両手はわなわなと震えていた。
「な、何を言っているのよ!海斗をくださいって――――」
「はい、つまりカイト様を私の婿として迎えたい。そう解釈していただいて構いませんわ」
あくまで冷静に、エルは果穂に告げる。
場の誰もが驚きのあまり言葉を失い、美琴に至っては怒りを通り越し、目を開けたまま気絶するほどだった。
しかし、エルの身だしなみを整えていたフィーだけは一人冷静に給仕をしていた。
(あぁ~私のバカ!勢いに任せてなんて大胆なことを……確かにそれも魅力的ですけど、この場で言うなんていくらなんでも……あぁでも!)
(姫様の背中……ものすごく湿っています……紅茶とは違いますから、おそらく冷や汗でしょう。冷静さを装ってはいますけど、きっと内心ではかなり慌てていらっしゃるのでしょうね)
エルはもはや見た目だけの仮面を被り、中身は沸騰寸前にまで羞恥心に埋め尽くされていた。そしてそれを肌で感じた優秀なメイドであるフィーは、あえて何も言わず、黙々と給仕をこなすのだった。
「あ……あ……」
俯いたまま身体を震わせる果穂の様子から感じ取ったのか、エル以外の者は全員耳を塞ぎ、これから起こりうるであろう惨事から逃げる体勢に入った。状況を把握していないルックとマーズの耳は孝と優奈がそっと塞ぐ。
「あんたなんかに渡す海斗は居ないわよっ!!この欲情姫め、恥を知りなさい恥を!!」
そして始まる、醜い争い。
「よくじょっ!?」
「こんな状況下で、何をいけしゃあしゃあと言っているのよ!海斗を婿にもらうですって?まだ私だってまともにイチャつけていないっていうのに、あなたなんかに渡すわけがないでしょうが!海斗と結ばれていいのは私!そう、実の姉である私だけなんだからっ!!あなたみたいなお子様に海斗を譲るわけがないんだから!!」
いや、あなたもまだ19歳でしょうが……とは口が裂けても言えない雰囲気だと孝はルックの耳を塞ぎながら思った。
「た、確かに私はまだ16歳になったばかりの若輩者ですが、むしろカイト様と近しい歳であることに誇りを感じています!それにあなたがカイト様とどんなに親密な関係になろうと、姉という血縁関係がなくなるわけではありません。姉弟でそんな、ふ、不純なことが認められるわけがありません!否、女王である私が認めません!カイト様はもっと歳の近い……そう、私のような女性と結ばれるべきなのです!!」
先ほどの発言を撤回しようとしていたはずのエルも、なぜかムキになって果穂の言葉に真正面からぶつかっていった。
フーッ、シャーッとまるで獣のように威嚇しあう二人の美少女……しかし、そのあまりにも醜い争いに、フィーはため息を隠し切ることができなかった。
(カホ様はまだわかりますが、まさか姫様がここまで対抗意識をお持ちになるだなんて。昔から負けず嫌いなことで有名ではありましたけど、今日ほど激しいものは今までお仕えしていた中では初めてですね)
あ、ちなみに一番カイト様と結ばれるべきなのは私ですからね、と心の中でそう付けたし、フィーは事の成り行きを見守ることにした。
時間が経つにつれ、じょじょにエスカレートしていく争い……もはや交渉とはなんだったのかと思わせるほどの罵詈雑言の応酬に、もはや周りのものたちは自分に暗示をかけているのではと思えるほどの無表情で、ただ争いの炎が自然鎮火することを待つだけであった。
誰もがわかっていたのだ。この炎の中に突っ込んだが最後、自分まで巻き添えを喰らうか、同じ争いの渦に巻き込まれるかのどちらかしか道がないということを。
そうして小一時間ほど経った頃だろうか、二人の喉は枯れ、怒りに任せて叫んだせいで、お互いのソファーに身体を預けるようにしてぐったりとしていた。
結果は『引き分け』。このままでは埒が明かないということで、『エルが一日だけカイトを好きにできる。ただし、全年齢対象行為のみとする』というところまで条件を引き下げてようやく協力の話は纏まったのだ。
(((こんなことで時間使うなら、さっさと作戦会議をしろよ!)))
交渉が終わったあと、ぐったりしている二人以外の頭の中に浮かんでいた言葉は皆同じだったというのは、少々余談が過ぎるだろうか。
ようやく忙しい毎日に一区切りがつき、ほんの少しだけ余裕を作ることができました。久しぶりの投稿で勘がなかなか戻りませんが、なんだか調子がいいので、このままどんどん書いてしまいたいですね!
……投稿が遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
感想・評価、続きを着々と書きつつ待ってます!
今ならネタが溢れてくる……気がします!!




