27、救出作戦が始動しました
『第一部隊第三部隊、突撃準備…………突撃ぃ!!』
『『『『『うおおおおおおあああぁぁぁあああ!!!!!』』』』』
『魔法準備!詠唱開始!!』
『弓兵よーい!放てっ!!』
『敵進軍!盾部隊、陣を固めろ!』
そこかしこで部隊長の怒声が轟き、それをさらに打ち消すように激鉄、爆発、破壊……あらゆる音が混ぜっ返しに響き、まさに場は混沌としていた。
まだ誰も命を落とすようなことはしていないが、少しでも気を抜けばあっという間にあの世送りにされてしまう。
そんな状況下、敵陣の真っ只中で大剣を振り回す金髪の若い男が一人、敵を片っ端から叩き斬っては敵の数を減らしていた。黒い鎧を身に纏い戦う姿は、黒騎士と呼ぶにふさわしい雄々しさだった。
「ふんっ!……まったく、こうも敵が多くては前に進むのも大ご苦労じゃ。こんな調子では、日が暮れる前に敵陣にたどり着くのはちと厳しいかもしれんの」
兵に死者が出ないよう立ち回りつつ、総指揮官であるサファールは憤りを感じていた。
どんなに倒しても、まるで魔物は無限にいるかのように沸き続けた。獣のような姿をしたものから、まるで昆虫のような姿をしたものまで様々だが、その辺りにいる魔物より遥かに強力な魔物ばかりだ。
防戦一方とまでは行かなくても、攻めきることができないのが現状である。そんな拮抗した今の状況に、サファールは焦りを感じていた。
「このままでは、わしらが城にたどり着くのは厳しい……どうすれば……」
「何を言っているのですか、お父様!」
戦場には似つかわしくない可愛らしい声が響く。その少し後にサファールの後方では何かが弾け飛ぶ音。
見れば、サファールに襲い掛かろうとしたの形で、昆虫型の魔物が頭をなくしたまま絶命していた。
「まったく、いくら何でも油断しすぎです。仮にも戦場なのですから、万が一のことを考えて行動してください」
ブンと杖を振り、呆けるサファールに呆れた声をあげたのは、彼の愛娘であるエルだった。
今日はガルド王国第一王女としてではなく、王立学園の長としてここにいる。服もいつもの煌びやかなドレスではなく、魔力を高める陣の描かれた戦闘に特化した法衣だ。
若干露出が多い気がしなくもないが、エルは近接でも戦えるため、このように動きやすい格好をしているのだろう。と、王様は勝手に自己完結させてしまう。
「しかしエルよ。こうも魔物が多くては本命に攻め込むことができぬ。何か突破口を見つけたいところなんじゃが……」
「何を呆けたことを言っているのですか。私たちの目的はあくまで『足止め』です。無理に攻め込んでここにいる敵を敵の本陣に誘導するわけにはいきません。ここは、この場で魔物たちを引き付けるのが一番の方法なのです」
「いや、それはわかってはいるのじゃがな……」
なんだかのぉ……と、サファールは不満そうに空いている手で頭を掻いた。大剣を握っているほうの手では魔物を屠り続けているというギャップに、エルは苦笑いせざるを得なかった。
「我慢してください。この作戦で重要なのは個々の作戦を確実にこなすことです。私だって攻め込みたい気を抑えて……こうしてっ!」
エルが少し本気めに杖を振るうと、少し遠くにいた敵の集団が木っ端微塵にはじけとんだ。
「敵の進行を食い止めているんです!ですから、お父様もまじめに自分の職務を全うしてください!」
それだけ言うと、エルは高く跳躍して敵の波に突っ込んでいった。まるで魔物が紙切れのように吹き飛んでいく様子は、彼女が本当に人間なのかに疑問を抱かせる。
そんな娘の様子に王様は乾いた笑いをするしかなかった。
「……育て方を間違えてしまっただろうか。昔はあんなに積極的な女子ではなかったというのに。だがしかし……」
サファールが地を踏みしめると、あたりに亀裂が走り、空気がビリビリと振動した。周囲で戦っていた兵士たちも思わず戦いの手を止めかけてしまうほどに、あたりにピンとした空気が張りめぐる。
「娘にこうも言われてしまっては、父親として……一国の王として!無視するわけにはいくまい!!」
「皆の者!このサファールに続けぇぇい!!!!」
―――――――数日前
事の発端は、とある学園の職員室から始まったことだった。
海斗の拉致された場所を探知したはいいものの、あまりにも救出に困難な場所という事実に、室内の空気はあまりにも混沌としていた。
そんな職員室で唯一まともな思考を持って、作戦を熟考していた夫婦、ルックとマーズのところに、小柄な薬師マリネが息を切らしながら駆けつけた。
「それでマリネ先生、お伝えしたいこと、というのは一体……?」
今にも倒れてしまいそうなマリネに慌てて駆け寄って看護をしていたマーズは、マリネの様子が落ち着いたところでそう一言声をかけた。
落ち着いたと言っても、マリネの顔は蒼白で、明らかに大丈夫ではない。しかし「わたしは大丈夫です」と言い続けるマリネに、マーズは仕方なく話の本題に入ることにしたのだ。
マリネはすぅっと息を大きく吸うと、意思の強い瞳でマーズを見つめた。
「カイト先生を救出する方法の……作戦要項が纏まりました」
「「「「!?」」」」
その一言に、ルックやマーズだけでなく、他の室内の者も思わず顔を上げた。
多くの人の目が一気にマリネに集まる。が、マリネは動じることなく、話を続けた。
「実は、私のほうで個人的にカイト先生のお仲間の方と連絡を取り合っていまして……詳細は省きますが、『黒の魔城』の位置、およびその侵入方法の確保……そして、王国軍の協力を得ることができました」
「なんですって!?」
「それは本当か、マリネ先生!?」
思いがけない言葉に、マーズもルックも上擦った声を上げてマリネに迫った。それでもなおマリネは動じることなく、マーズの腕にぐったりと体重を預けたままだ。
「……もうしばらくすれば……協力してくれる方たちが……詳細は、その人たちに…………」
言葉はだんだん途切れ途切れになっていき、声もじょじょに小さくなってきた。
「マリネ先生?マリネ先生!しっかりしてください、マリネ先生!」
不安になったマーズは必死になって声を掛けるが、マリネの声からは力が抜け続けるばかり。
そして……
「すみません……あとは……お願いしま……す………」
搾り出すようにそう言った途端、マリネの手から力が抜け、まったく動かなくなってしまった。
瞼は重く閉じられ、四肢はだらりと床に投げ出されたまま、ピクリとも動かない。
「嘘……そんな……」
マーズの顔から見る見る血の気が引いていき、マリネを抱いた手は小刻みに震え始めた。ルックも、今目の前で起こっている出来事に頭が追いつかず、ただ呆然とその様子を見ている事しかできなかった。
急速に冷たくなっていくマリネの体。それが今目の前で起きている事実を酷薄に伝わり、直接触れているマーズへと流れ出す。
動かない肉体、開くことのない瞳、声を発しない口……その事実が示すマリネの〝今〟。
「あなた……マリネ先生が……」
「っ!?」
妻の悲痛な声色にルックはハッと我に返った。
すぐにでも妻を抱きしめて慰めたい衝動に駆られたが、ルックは素早くマリネの右腕を取り、人差し指と中指で脈を取ろうと試みた。
しかし、指先からは命の鼓動を感じ取ることはできなかった。
「あ……あぁ……」
ルックが苦い表情をしたことからマーズは察したのだろう。顔に絶望の色を浮かべ、その双眸からは涙が流れ落ち……
「って、ちょっと待ちなさいあなたたち!おとなしく見ていれば、勝手に私たちの協力者を殺すんじゃないわよ!」
急にドアを荒々しく開けて侵入してきた女性に涙を拭かれた。言葉とは裏腹に、その手つきはとても優しいものだったが。
「……え?」
いきなりのことにマーズだけでなくルックも、職員室内にいるすべての者が唖然とした。中には状況が理解できずそのまま倒れてしまう者まで出る始末である。
そんな事など知らぬとばかりに女性のあとに続いてどんどんと少年少女たちが入ってくる。
「……ただの疲労による意識喪失。無理はしないでって言ったのに、こんなに無茶をするだなんて……」
「どうやら回復薬の副作用で体温もだいぶ低下してしまっているようですね。これじゃあ死人と間違われても仕方がないレベルですよ」
「げ、脈がないから妙だと思ってたら、鞄の重みで腋が思いっきり締め付けられてやがる。これじゃあ脈が取れなくても仕方ないぞ」
「まったく、人騒がせな薬師さんね」
「あはは……優奈さん、容赦ないなぁ……」
入り込んできたのは最初の女性を含め5人。そのうちメイド服姿の女性と一番小柄な少女は協力してマリネの介抱を始めた。
ガタイのいい少年は他の倒れている者や呆然としている者のところへ駆けつけていった。
残ったのは最初に扉を突き破ってきた一番年上そうな女性、短めの髪に無表情が特徴な少女、そしてそれとは対照的に表情豊かな髪の長い少女の3人だった。
「んんっ、その、あなた方はいったい、どちら様でしょうか?」
一番最初に冷静さを取り戻したのは、先ほどまで一番呆然としていたルックだった。一見当たり障りのない言葉の投げかけだが、その動きに隙はなく、警戒心が滲み出ていた。
そんな態度にも嫌な顔はせず、むしろ当然だろうという態度で女性はその質問に答えた。
「先ほど、マリネ先生よりご紹介に預かった『協力してくれる方』……と言えばわかってもらえるでしょうか……?」
「!?ということは、まさか……」
「……自己紹介が遅れました。私の名前は荒井果穂……海斗の姉です」
一番先頭に立っていた女性……果穂がそう名乗り出る。
『カイト先生の……お姉さん!?』
『綺麗な人……』
『胸おっきい……』
海斗の姉……その言葉に、急に室内にどよめきが走った。半信半疑な者もいそうなものだが、その人を引き付ける美貌は、あのカイトを彷彿とさせ、誰もそんな愚考をするようなものはいなかった。
ルックのほうも警戒心は若干残しつつも、とりあえずは気を緩め話を聞く姿勢になった。
それを肯定と見たのか、果穂は軽く微笑み、すぐに表情を引き締めた。
「いろいろと話したいこと……海斗の学園での生活や海斗が学園の誰かにセクハラやらパワハラをされていないか、聞きたいことは山ほどありますが、今は時間がありません。さっそくですが本題に入らせていただきます。他の皆さんもどうか私の声に耳を傾けていただけると幸いです」
前半部分でなにやら不穏なことを言っていたことに看病をしていた志穂は半分同意しつつも慌てていた。しかしそのことに誰も触れないので自分がおかしいのかまわりが麻痺しているのかわからないまま、看病を続ける事にした。
他の者も黙って視線をこちらに向けている事を確認した果穂は小さく礼をすると、んんっと喉を鳴らした。
「今回、不覚にも我が愛弟が外道の手によって拉致されてしまいました。我々、荒井家のものはこのことを深く悔い、悲しみにくれました。しかし、このまま泣き寝入りなどできましょうか……いいえ、出来るはずがありません!!我らの愛する家族を……愛する人を奪われて、どうして泣き寝入りができましょうか!!」
うんうん、と後方にいる美琴と優奈も強く頷く。マリネの介抱をしていたフィーのほうは早くも涙を流し始め、志穂もつらそうに顔を伏せた。
他の人の介抱をしていた孝のほうは同意半分、呆れ半分という様子で果穂の演説を見ていた。あまりにも芝居臭い果穂に苦笑いが耐えない。
「そこで我々は熟考の末、あるひとつの作戦を思いつきました。しかし、この作戦を行うには多くの協力が必要となります。幸い、我々はサファール王とコンタクトを取ることに成功し協力を取り付けることができました。しかし、それだけではまだ足りません。この作戦にはより大きな戦力、それこそ、全モンスターを敵に回してもいいくらいの戦力が必要なのです。どうか、ご協力を……私のたった一人の弟のために、どうか手を貸してはいただけないでしょうか!」
果穂の普段の姿を見ていて、今の状況を知らない者が見たら、驚きのあまり腰を抜かしてしまうかもしれない。あの果穂が、他人に頭を下げたということに。
「(まぁ芝居だっていうのはすぐわかるが……ありゃ半分は本気だな)」
半分本気……それは普通の人間で言えば命を掛けた願いに等しいレベルの話なのだが、それはまた別のお話。
ルックはしばらく考えたのち、厳しい表情で志穂に顔を上げさせた。
「……私は一人の教師。私の一存でこの作戦への協力を……まして、生徒の命を預けることなどできません。例え、それがカイト先生の実の姉の頼みであったとしてもです」
「あなた……」
「…………」
果穂の顔色は変わらず、ただ真剣な様子を維持し続けていた。しかしその握った手は怒りからか、それとも悲しみからか、小刻みに震えていた。
そんな果穂の様子を知ってか知らずか、ルックはにっと笑った。
「しかし、今この学園は学園としての機能を失っています。どこかのバカのせいで生徒も先生もカイト先生を救出すべく、各々の力を自分勝手に使っています。いまさら私がどうこう言おうと、止まりませんし、私も止める気はありません。代わりに、私も自分勝手に動いてしまおうと思います」
「!それじゃあ……」
「はい。我々王立学園の人間、すべてがあなたの作戦に協力します。共に、カイト先生を救出しましょう!」
「あなた……!」
マーズは感極まったという様子で旦那に飛びついた。自分の旦那の男らしさに惚れ直したのだろうか、深い口付けを交し合う。
「ありがとうございます……ありがとうございます!!」
そんな二人の様子など無視して、果穂は深々と頭を下げた。傍から見れば、まるで映画のワンシーンの如く感動的な情景だろう。
「(だがこの角度に座っている俺だけは知っている。長い髪に隠れた果穂さんの顔には『計画通り』の文字が浮かび上がっているということを)」
感動的な空気が流れる中、孝だけは恐ろしさを果穂から感じていた。
なんとか締め切りに間に合いましたが……おそらく来週は厳しいと思われます。(テストが近いため)
ちょっと間を開け過ぎたせいで話を繋げるのに苦労しましたが、どうにか続きを書くことができました!このまま最後まで書き切って次回作をぉ!!
感想・評価、肩の痛みに喘ぎつつ待ってます!
久々のタイピング……肩がぁ!!




