26、真相の末端を知ってしまいました
またしても遅れてしまいました……
それは、とても昔の物語……
おもしろくて、不思議で、楽しくて、悲しくて、そして怖いお話。
――――あるところに、とても強い魔物と、それを退治する役目を持つ異界の出身の青年がいました。
青年は仲間を連れず、単身で魔物の棲む城へと攻め込みました。手にはとある国の王様から渡された聖剣を携え、頭には邪を払うと言われている兜、そしてその目には使命を全うするという強い信念の炎を燃やしていました。
青年は城に巣くう者たちを斬り伏せていきます。魔物の配下たちもそれに負けじと数で攻め、力で押し、知力で追い込みます。
しかし配下たちの奮闘も青年の前に惜しくも散っていき、そしてついに、青年は魔物の元へと辿り着き……思わず、それまで怒濤の如く攻め込んでいた体を止めました。
そこにいたのは、輝かんばかりの金色の髪を持つ美しい女でした。その目はまるで紅玉のように映り、その肌はまるで透き通るような白さと温かさを感じさせる朱を持っていました。
惹かれてしまったのです。青年は我を忘れ、思わず剣を手から滑らせ、まるで吸い寄せられるように女へと近づいていきます。
ですが近づくは女とはいえ紛う事なき強き魔物。もしもこの場を見ている者がいれば、間違いなく青年が殺される未来を想像したでしょう。
しかし、我を失ってしまったのは、青年だけではなかったのです。
青年が無防備に近づく。殺すには絶好の好機だというのに女は襲いかかるどころか、その場から動こうとしません。
どころか、顔を手に持っていた扇で隠して顔を赤らめる始末。
そう、女の方もまた、一目見た青年に心を奪われてしまったのです。
青年の足取りはふらついたものから、だんだんとはっきりした足取りとなっていき、女のほうも一歩、また一歩と青年へと近づきはじめ――――
そして、二人の距離は零となり、お互いを抱きしめ合いました。
「不思議な気持ちだ。初めて会うはずなのに、こうも心惹かれるだなんて」
「私も、あなたは忌むべき存在のはずなのに、なぜだか恐ろしいくらいにあなたが愛おしい」
狂おしいほどにお互いがお互いを求め、二人は混じり合ってゆく。熱く、濃厚で、むせ返るような気持ちが二人を覆っていく。
長いようで短い歳月が二人の間に流れていき……そして、血で染まった雪が、雪解け水として地に染みこみ始めた頃……世界に新たな命が生まれました。
そう、青年は城の住人となり、そして女はその妻であり、そして一児の母となったのです。
青年は自分の愛する女を優しく抱き、女も歓喜の涙を流しながらそれに応えます。
魔物と人間の混血……誰も想像も、考えたこともなかった事象。それを成し遂げた二人の子が可愛らしい産声を上げる。
そんな歴史的であり、とても愛らしいこの赤子は、母の愛情と父の温もりによって育まれる……はずでした。
魔物と人間は長きに渡っていがみ合う存在……そう考え続ける愚かで悲しい者が、二人の存在を許さなかったのです。
青年と女は赤子を抱え、同士の守りに隠れながら東へ西へと逃げていきました。しかし、人でも魔物でも執着心というものは大変厄介なもので、彼らはどこまでも追いかけてきました。
もはやこれまで、と考えた二人は、一つの決心をしました。
「「せめて、この子だけでも幸せに……」」
二人は赤子を優しく抱きしめ、言霊を紡いでいく。
―――どうか、どこにいっても、人に愛される子になりますように。
そして二人は、世界の裂け目に、身を裂かれる思いを堪えて、愛する我が子を投げ込みました。
赤子はふわりと風に乗るとそのまま、どこともなく流れていきます。その様子を泣きながら見送る強くて脆い夫婦。
子供が見えなくなった頃でしょうか……ついに追いついてきた追跡者の人間に青年は捕らえられ、女は捕まる寸前に配下の者によって上空へ逃げさせられます。
二人の悲痛な叫びがあたりに響き渡りました。お互いの名前を叫び合い、女は配下の制止の手を必死で振りほどこうと藻掻きます。
しかし自分の主に無駄死にされたくないのでしょう、配下の者たちも各々の力を振り絞って必死に彼女の特攻を制止します。
青年のほうも自分を捕らえようとする手から逃れようと体を捻りますが、相手は手練れも手練れ……戦いから長らく身を引いていた青年では太刀打ちできません。それでも青年は諦めることなく、死に物狂いで動き続けます。
「チッ、できるだけ殺さずに捕らえよと命じられていたが……仕方ねぇ」
面倒そうな顔をしたまま、追っ手の一人が腰に差した剣の柄に手を掛けました。
「お前さんがいるといろいろと面倒なんでな。悪いがここいらで黙ってもらうぜ」
スラリと抜かれる白銀の刃。男はそれを大きく振りかぶり――――
「やめて……やめてぇぇえ!!」
青年の首と胴体をスッパリと切り離してしまいました。それと同時に聞こえるのは、ゴトリという重い物が地面に落ちる音と、粘性のある液体が勢いよく噴き出す音だけでした。
「あ……あぁ……」
女は信じられませんでした。青年が死んだこともそうでしたが、それ以上に信じられなかったのは、人間が人間を切ったことでした。
同族が同族を殺すという行動は、決して自然界にないわけではありません。しかし人間においてのそれは自然界のものとは異なり、ある種の狂気を感じさせるものでした。
見る限り男に躊躇いはありません。おそらくこういうことを何度も繰り返ししてきているのでしょう。つまらなそうにあくびをして、ほかの仲間へ撤退の指示を送っていた。
ドクン……
「!? いけません姫様!!」
ドクンドクン……
「あ……あぁ……」
『ガアアアアアアアアアァァアア!!!!』
気がつけば、女のまわりは焼け野原となり、あたりには人どころか、生き物の息吹すら感じられません。
そして女は、血の池に映った自分の姿を見て、そしてその腕に抱かれた首のない男の死体をみて……大粒の涙を流しました。
その涙はやがて川となり、湖となり、乾いた大地に芽吹きの力を与えていきます。
女は元の姿に戻り、自分と自分の愛した男と暮らしていた城へと帰りました。主の帰りに配下の者たちは歓喜の涙を流しましたが、女はそれに笑顔で応えることはできませんでした。
それからと言うもの、女は自分の部屋から出ようとしませんでした。食事もほとんど摂らず、毎日男の死を思い出しては寝床を濡らしていました。
そんなある日、女に変化が起こりました。朝、急に吐き気に襲われ、なくなく侍医を呼びつけて診察を受けます。
しばらく触診や魔法による解析をしていた侍医は、顔を涙でくしゃくしゃにしながらも笑顔で小さく一言「おめでたでございます」と答えました。
そう、女はもう一人、自分の愛した旦那との間に子を成していたのです。
それを聞いた女も呆けた表情からじょじょに表情を歪め、やがて大声を上げて泣き叫びました。
―――――とある丘の上に、暗黒に包まれる大きなお城がありました。そこは、人間を惑わし、ときに襲い、ときに殺す、恐ろしい魔物の巣窟。
そんな城に、立派な黒い角と、禍々しくも美しい翼を持つ女主がいました。
自分にそっくりな幼い少女をその腕の中であやしながら、女は念じます。
【いつの日か、あの人と私の欠片が再びめぐり合いますように……】と。
◆◆◆◆◆◆
「……おしまい…と。いかがでしたか?」
「いや、いかがでしたか?と、言われても……」
膝枕をされたまま語られること数十分くらいだろうか。悲しいけれど、なかなかおもしろい話だったとは思うんだけど……どうしてそれを今話したのかさっぱりわからない。
もしかしたら僕がここに連れてこられたことと何か関係があるんじゃないのかととは思ったけど、どこにもそれと感じられる要素を感じられなかった……
強いて言うなら、物語の最中に出てくる青年が僕と同じ異界出身ということくらいだろうか。魔王……というか魔物の親玉を倒そうとしていたあたりも僕と共通している。
けど、せいぜいそれくらい……いや、待てよ?
話の流れからして、もしこの話が実話なら、おそらく魔物の主って言われていた女の人の子孫は、おそらく僕の目の前にいるサクヤだろう。魔物を統括していることや、(丘の上かどうかは不明だけど)城に住んでいるっていうところで共通している。
だけど、それは最後のほうで登場してくる子のその後であって……世界の境目に投げ込まれたっていうもう一人のほうの行方が明確になっていない。
世界の裂け目っていうのは、僕の予想だとおそらくアルティナ……の祖先である先代の創造神が作った『穴』のことだろう。
そしてそこに流されたってことは、おそらく流れ着いたのは地球だ。日本なのか、世界のどこかなのか……どちらにせよ、この世界からあの赤子は地球へと渡ったのだ。
そしてその子供に授けられた呪い……あの夫婦が最期に言霊に込めた想いが、なんらかの力で実体化したのなら……そしてその子供が無事、地球で成長し、子を成し、繁栄してきたというのなら……
「あ……あぁ……」
ありえない。馬鹿げてる。そう言ってここまでの仮説をすべて吹き飛ばしたくなったけど、口はパクパクと魚のように動くだけで言葉を発してはくれなかった。
そんな僕に、さらなる追い討ちとなる言葉が脳裏をよぎった。
女の人が最後に自分の娘に願った言葉……あれはおそらく、生き別れた自分たちの子供たちが再び出会うように、と願ったのだろう。そして恐らく、それにも何らかの力が働いて……
「うふふ……やっぱりカイト様は私の運命の方でしたわ。あの話を聞いて自分の境遇をここまで判断することができるだなんて……やはり私たちは、出会うべくして出会ったのですね」
今の僕は口が言う事を聞かないせいで、悪癖も発動しない。どうやらサクヤは僕の考えている事を覗き込んでいたみたいだ。
「長い年月のせいで、私たちのほうの一族には呪いの効果が切れかけていましたが……お母様が人間のお父様と契って下さったおかげで、私はこうしてカイト様に出会えた。これを運命と言わずに、なんと言いましょう!!」
感極まった、という様子で天を仰ぐサクヤ。その溢れ出す魔力がさらに膨れ上がり、部屋がビリビリと震えるのを肌で感じた。
(違う……こんなのはあの夫婦が望んだことじゃないはずだ……)
胸がズキンと痛むのを感じる。言いたくても言えないことがこうももどかしいだなんて……
だけど、今この言葉は言うべきではない。どちらにせよ言えないから仕方のないことだが、もしこの言葉を言えば、間違いなくサクヤは取り乱し、暴走するだろう。
この粘りのある空気……強さは格段にこちらのほうが強いが、雰囲気は姉さんや美琴たちのそれとそっくりだった。
しかし僕の頭の中を覗き込む行為はまだ継続されているかもしれない、という可能性を僕はすっかり失念していた。
「……そんな、わけがない」
急にサクヤの声が低くなった。あんなに歓喜に満ち溢れていた顔も、今は自慢の長い髪に隠れてしまって窺えない。
「私たちの出会いが運命でないだなんて……そんなこと……そんなことあるはずがない……私たちは出会うべくして出会った。そう、私たちは出会い、愛し合うために出会ったの……」
ぶつぶつと言っているが、残念なことに僕は難聴などという便利なスキルは持ち合わせていないためすべて丸聞こえである。
戦慄が走った。今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。が、体が言うことを利かないせいでそんな要求が叶うはずもなく、ただ体が強張るだけだった。
「どうして逃げようと……どうして……あぁ、わかりました。そういうことですね」
何かを一人で理解したような様子で、サクヤは急に僕を強く抱きしめてきた。その豊満な丘に顔を押し込められ、呼吸が苦しくなる。
(ちょっ!?ホントに苦しいのですが……サクヤさん!?サク……ヤ……?)
抵抗もできず、ふたたび意識が遠のいていく。
『だい……………で……から……カイ……を惑わ…………消し……』
なにを言っているのか、もはや聞き取ることすらできない……
あぁ……そういえば、みんなは元気に……してる……の、か……な
昔話風に書くのがこうも難しいものだとは思ってもいませんでした……ですが、いい感じに思い描いた方向へと物語が進んできています。このまま何事もなく終わりまで向かってくれれば良いのですが……
感想・評価、勉強と部活と依頼に揉みくちゃにされつつ待ってます!
……投稿、遅れてしまい申し訳ありませんでした!




