25、矛盾が解き明かされました
だいぶ遅れてしまい、すみませんでした!
「うっ……ん、ここ……は?」
重く覆いかぶさっていた瞼をうっすらと開けると、目の前には見知らぬ天井……ではなく、人形の顔、顔、顔……がめいいっぱい広がっていた。
(……うん、かなり怖い。いきなりすぎて、正直心臓がズキズキと痛むんですが?)
とりあえずそのままだと怖いので、再び目を閉じ、現在の状況を整理・判断する。
(そうだ……僕はずっと、長い夢を見ていたんだ。あれは、たぶん過去の記憶の断片だ)
先ほどまで見ていた摩訶不思議な夢を思い出す。幼き日のなんとも不思議でおかしくて楽しい、陽だまりのような暖かさを持った思い出。
しかしなぜだろうか。こんなにも強烈な記憶だというのに、この夢を見る今の今までまったくと言っていいほど思い出すことなんてできなかった。というより、そういうことがあった、っていう曖昧な取っ掛かりすらなかった。
(まるで、意図的に切り取られていたんじゃないかってくらい、綺麗に抜けていた、って感じがするんだよね)
などと思いつつ、もうひとつの気がかりについて考える。
そう……そもそもこの夢を見るきっかけとなった、『写真』。そして、倒れ際に見えた机の裏の文字。
あの写真と文字には心当たりがある。あれは、完全に夢の中に出てきたものとおんなじものだ。記憶を取り戻した直後だからだろうか、今思えばあの机の脚にあった小さな傷も、木と木のつなぎ目も、当時の記憶と一致するものがある。
しかし、そうするとやっぱり矛盾が生じてくる。
そう、それは無論、サクヤのことだ。
夢の中の記憶と、今現在の僕が出会ったサクヤ、どう見ても、容姿が一致している。子供やら兄弟やらという線も考えてみたが、あまりにも似すぎていて、それこそ一卵性の双子でもない限りありえないレベルだ。
そして僕の憶測だけど、たぶん魔族も僕ら人間と同じくらいのスピードで、見た目は成長するんだと思う。
夢の中で会ったサリーさんは年齢不詳だからアテにはできない……が、代わりにその旦那さんである雅雪さんが今回の証人と成りうる。
雅雪さんは父さんや母さんと同じ時期に同じ世界、つまりは日本からこちらの世界に移住した『人間』だ。
たとえ途中で種族が変わろうと、そこからサリーさんと出会い、恋が芽生えて、夫婦の契りを結び、子ができるまでの時間は、僕らのときとまったく変わらない。それはつまり、その期間にサクヤも成長したという証であり、魔族の成長が人間とあまり遜色ないということの裏づけになる。この世界と僕らの世界の時差はほとんどないみたいだし。
だからこその矛盾だ。
「……何かしらの方法を使って、姿形を当時のままにしている、とかかなぁ……」
自分で言っていて恐ろしく現実味のあるものだと思ったけど……いやいや、それはさすがに無理があるだろう。
魔法があるこの世界ならばそれくらいのことは可能だろうけれど、あの姿になるメリットが今の僕には考えられない。好きな異性がロリコンだから、とかならまだ考えられなくもないけど……う~ん、やっぱりそれも無理があるなぁ。
やっぱり、名前や容姿がそっくりな別人と考えるべきなんだろうか。しゃべり口調とか性格とかも当時とは若干違うみたいだし。
「あ、目が覚めたみたいですね。おはようございます、勇者様」
などと考えをめぐらせていると、不意に天から可愛らしい声が降ってきた。
目を開ければ、人形の顔に混じって、サクヤの顔が入り込んでいた。その顔には微笑というか、まるで母親のような優しい笑みが浮かべられていた。
そしてこの状況、もしかしなくても、僕はサクヤに、いわゆる膝枕をされているみたいだ。道理で床に寝転がっていたのに頭が痛くないわけだ。
そのまま寝ているままだと申し訳ないと思い、起き上がろうと腹部に力を込めたが、ガシッとサクヤに頭を押さえつけられ、結局起き上がることはできなかった。
(起き上がらないでほしい、ってことなんだろうか……?)
理由はよくわからないが、どちらにしろ頭を押さえられてしまっているので、諦めてされるがままになる。
(……相変わらず見た目に反してとんでもない力だ。力を込めてもピクリとも動かないや……)
するとサクヤは満足そうにさらに口元を緩めて笑った。
「……どうやら、すべて思い出してくれたようですね」
今度は僕の頭においた手を、そのまま僕の頬、顎、そして首というように順繰りに這わしてきた。まるでガラス細工のように綺麗な指が皮膚を撫で回していき、くすぐったい。
……にしても、妙だ。
見た目は確かに僕が拉致されてきたとき、そして、夢の中で見たサクヤと一緒だ。だけど、なんといえばいいんだろうか……雰囲気というか、中身に違和感を感じる。
拉致されてきたときに出会ったサクヤはもっと見た目相応の幼さというか、大人ぶりたくてちょっと背伸びしている感のある雰囲気だった。
だがしかし、今僕を膝枕してくれているサクヤは背伸びなどではない、真の大人の魅力というのだろうか……そういうものを孕んだものを感じる。
しかしそれはまた、夢の中のサクヤとどこか重なるものがあるような気がしないでもない。気品さというのだろうか……嫌味には感じない、お嬢様然としたオーラというのか……そんなようなものが隠し切れずにあふれ出てきているようだ。
「……どうやら気づいたようですね。ふふっ、さすがは勇者様……いえ、この場合は―――」
――――――ちゅっ。
いきなりサクヤの顔が近づいてきたと思ったら、そのまま口付けをされた。
触れる程度の、軽いものであったけど、僕を動揺させるには十分の行動だった。
「なっ!?」
いきなりのことに顔がカァッと熱くなるのを感じる。驚きのあまり、そのまま硬直してしまった僕に対して、サクヤは――――
「久しぶり、カイト君」
と、まるで子供のように(見た目は確かに子供だけど)、うれしそうに僕の名前を呼んだ。
その姿が、夢の中のサクヤと完全に一致する。
「……やっぱり、君は夢の中で……過去に会ったあのサクヤなんだね」
「はい。本当に、お久しぶりです」
僕から声を掛けると、口調は再び落ち着きのある大人びたものへと変わった。あのときのような無邪気さは感じられず、少しだけ寂しく感じてしまったのはここだけの秘密だ。
「きっと、カイト様は今の状況を完璧には把握出来ていないのでしょうか……」
いったい何から話せばよいか、とサクヤは少し思案顔になり、やがて何かを決心したかのように大きく息を吐いた。
「カイト様、ほんのしばらくの間だけ、失礼します」
そういうと、サクヤは懐から一枚の絹を取り出すと、それを床に敷いて、その上に僕の頭をそっと乗せた。
サクヤの手が離れたことで起き上がれると思い、腹に力を込めるも、まるで金縛りにでもあったかのように体がまったく言うことを聞いてくれなかった。
サクヤはそのまますくっと立ち上がると、両手を合わせて聞き覚えのない言葉で何かを唱え始めた。それらは文字となり、形となり、サクヤの体をどんどん包み込んでいき、やがてサクヤのまわりに真っ黒な殻ができる。
寝転がったままの体勢でそれを見ていた僕は何が起きているのかまったく予想することすらできず、ただただ時の流れに身を任せることしかできなかった。
そして殻にヒビが入り、中から漆黒の光……とでも言えばいいのだろうか。光とは名ばかりの黒い何かがあふれ出してきていた。
ヒビはどんどんその亀裂を増やし、そしてついに、サクヤを包んでいた黒い殻が音を立てて砕け散った。
「っ……いったい何がどうなって……って、なっ!?」
思わず目を瞑り、そして次に目を開けたときには……見た事もない、綺麗な女性が立っていた。
黒い……それがその女性の第一印象だった。気品さを感じさせる黒のドレスに靴。スカートや肩から伸びる足はその黒さとは対照的に白く、あまり健康的でない色素の薄さをしていた。髪は黒と金のコントラストが絶妙に絡まりあい、ひとつの芸術品のような美しさすら感じる。
そして、それらすべてが飾りであるかというくらいの存在感を出す、大きな黒翼と天を穿つ二本の角。
そして、まるで血のようでいて宝石のように透き通る、こちらを魅了する真紅の瞳。
「サクヤ……なの?」
目の前で起きた事象に対応しきれず、ようやく出せた言葉は、この状況にはあまりにも稚拙で何の趣も感じさせない、無骨な本人確認の意だけだった。
それを聞いてか聞かずか、女性はうやうやしくこちらにお辞儀をした。
肯定……ということなんだろうか。
「本当に、サクヤなの?」
あまりにもショックが大きすぎたせいか、いまだに今目の前にいる人(角と翼があるけど)がサクヤだと信じることができなかった。
すると女性は僕のところまで歩いてくると、寝転がる僕の枕元で正座し、僕の頭をそっと抱きかかえた。その豊満な胸が顔を圧迫し、息が苦しくなる。
「カイト様、サクヤは……サクヤはここにおります」
ぎゅっと、僕の頭をさらに胸に押し込み、吐息を熱く感じるくらいの近さで囁くようにそう言われ、僕は思わず背筋が凍るようなものを感じた。
まるで、何かに全身を舐め回されているかのような、獲物の口の中に放り込まれているような、生物としての命の危機……
「(って、本当に胸が顔に密着しすぎて、こ、呼吸が……くるし……)」
なんとか抜け出そうと、サクヤの手をタップする。
「あぁ……こうすることができるのをどれだけ待ち焦がれたことでしょうか……」
が、サクヤにはまったく届いていないようで、それどころか何か感極まったという様子でさらに僕を抱きしめる力が強くなった。
まずい、このままだと息が……息が、できない!!
命の危険を感じた僕は、先ほどから言う事を聞かない身体に鞭打ち、本気の力を込めて脱出を試みた。
「ぶはっ……けほっけほっ……」
何とか胸の呪縛からは解き放たれたものの、腕からまでは抜け出せず、僕の顔はサクヤの胸の上に乗っかる形となった。
顔が……サクヤの顔がいままでにないくらい近い。心臓が早鐘を打つ……
しかし、こうして近くで見ると、なるほど。小さい頃の面影というか、そういうものがちらほらと残っていることがわかった。
「本当に……サクヤなんだね……」
「はい……カイト様と出会った頃と比べますと、だいぶ姿形が変わってしまいましたが……」
先ほどの立っている姿から、身長は僕より少し高いみたいだ。胴体の一部分も、著しくその存在を主張している。
あぁ駄目だ、煩悩に身を任せると、ロクな目に合わないってじいちゃんに言われていただろ!
「そ、そういえば、どうしてあんな姿に……昔の姿なんかになっていたの?」
頭の中で沸き続ける煩悩を払拭するために、疑問に思っていた事を聞くことにした。
するとサクヤは少しだけ照れた様子で僕の頬を両手でそっと包んだ。
「……先ほども申したとおり、私はカイト様と離れていたこの数年間でだいぶ容姿が変わってしまいました。このままではカイト様に私だということを思い出してもらえないのでは……そう思い、禁術を使って姿を当時の頃にまで戻したのです」
なるほど……だからまったく成長していない姿で僕と再会したのか。なんだか考え方が僕らとはだいぶずれているような、なんというか、天然?なのかな……
「ただ、今回のは少々失敗してしまいまして、性格が私のものではなく、誰とも知れない少女のものに。それに、角と翼だけは魔力の塊というせいか、当時の大きさにまで小さくすることはできませんでした……」
そういうことだったのか、道理で考えても結びつかないわけだ。魔法のある世界だから何でもアリだろとは思っていたけど、まさかこんなものまで本当にあっただなんて……
「……あ、そうだ。ひとつ、サクヤに聞きたい事があるんだけど、いいかな」
「はい、なんなりと」
未だサクヤの抱擁から逃れられないまま、僕はサクヤにある質問を掛けることにした。
「……どうして、サクヤは僕をここに連れてきたの?」
それは、今の僕が持つもう一つの疑問。
なぜ、僕はここに連れてこられ、こうして脱出不能なところに軟禁状態なのか。何か恨みを買った、というわけでもないようだし、かと言って何か脅迫や人質として利用されている、という風でもない。
掴みどころのない不安と疑問が、僕の心の中に染み渡る。知らないということは、本当に恐ろしいことだ。
するとサクヤはしばらく無言で僕の目を見つめたあと、そっと僕の頭を太ももに乗せた。柔らかく、ほどよい暖かさが後頭部から伝わってきて、心地よさと恥ずかしさで顔が再び熱くなる。
「そうですわね……カイト様……ひとつ、昔話をしても、よろしいでしょうか」
「昔話?」
「はい。不思議で、それでいてどこか当然のように感じさせる、一風変わった物語を……」
サクヤは目を瞑ると、その薄い唇を動かし始めた。
そこから紡がれる言霊は、僕にとってこれ以上ないくらい重要で、それでいて耳を塞いで何も聞かなかったことにしたい……そんな物語だった。
三週間ぶりの投稿です。まさかテストの日を読み間違えていただなんて……おかげでこの一週間、小説どころか愛機(PC)に触れる時間すらまともに取れませんでした。
これからはまた一週間に一度程度の投稿スピードで投稿を再開します。なんとかエンディングまで漕ぎ着けようと思います!
感想・評価、「うたわれるもの」をプレイしつつ待ってます!
う~ん、「うたわれるもの 偽りの仮面」もよかったですが、こちらもかなりおもしろいですなぁ!




