22、過去に思いを馳せました Ⅵ
ちょっと遅れました!すみません……
それからのこと、僕の夢の中の住人である4人の子は危なっかしくも、とても楽しそうに遊び続けている。
やれ魔法球を使ったキャッチボールだの、氷の魔法で作ったお城で涼んだり、常に形を変え続ける植物の迷路でかくれんぼをしたり……とても僕らのいた世界ではできそうにない、本当に楽しそうな遊びばかりをして【僕】らは一夏の思い出を満喫していた。
そして現在、二人の少年少女が隣り合ってとても真剣な面持ちで何かをしようとしている。
両手を胸の前で組み、サクヤの紡ぐ言葉を追うように同じ句を詠み、自分のイメージを組んだ手に集中させる。
「―――っ!せいっ!」
「―――てりゃあ!」
そして一気に目を見開いたかと思うと、二人は同時に両手を開き、勢いよく目の前に突き出した。
まるで波動の拳のようなものが出てきそうなほどのいい突き出しだったが……彼らの十数メートル離れた先にある丸太はビクともせず、そもそも彼らの手からは何も出る事はなく、ただ夏の風が冷たい風を運んでくるだけだった。
「あ~あ、また駄目だったわ」
「ぼく、がんばったのになぁ……」
しばらくしたのち、自分たちの試みが失敗に終わってしまったことがわかってしまった二人はあからさまに落胆してしまった。【僕】なんて少し目に涙まで浮かべてしまっている。
「あぅ、その、魔法は人によってはできない人もいるってお母様が言ってたから……あ、あんまり落ち込まないで?」
そんな【僕】らにサクヤは慌てた様子で慰めに入った。
そう、サクヤが言っていたとおり、彼らは魔法の練習をしていたのだ。なんでも、魔法は適正さえあれば少しコツをつかむだけで簡単な魔法くらいは撃つことができるらしい。しかし、魔法を出すことはできてもそれを実用化、つまり攻撃・防御などの戦闘系魔法などに発展させるにはそれなりの時間と労力が必要になってくるという。
その話を聞いて、【僕】らでも魔法ができるようになるのではという子供ながらの好奇心でいざ挑んでみたんだけど……どうやら二人に魔法に対する適正はなかったみたいだ。
「あぁもう、もし魔法が使えるようになったらイロイロと使い道があったのにぃ……」
姉さん、なんか『イロイロ』のところに何かまずいものが含まれている気がしたんだけど、気のせいだよね?なんだか視線が怪しいし、【僕】のところを凝視しているように見えるけど、それはただ弟を案じているだけなんだと僕はシンジルヨ。
「おにぃたん、だいじょーぶ?」
サクヤに慰められてもなお涙目で鼻を鳴らしている【僕】に、もうすっかりこの場に慣れてしまった志穂がぎゅっと抱きついてきた。いや、抱きついたというよりバランスを取るために寄りかかったという感じだろうか……?
志穂はその大きな目を悲しそうに歪めて【僕】の顔を覗き込む。いつも明るくて笑顔の耐えなかった志穂が滅多にしない顔に、思わず僕は胸が締め付けられるような気持ちに陥った。
実の妹にこんな顔をさせるなんて、いったい昔の僕は何をやっているんだ!バカなのか!死ぬのか!?
そんないたいけな妹の様子に気がついたのか、【僕】はすぐさま服の袖で顔をぐしぐしと拭い、にかっと笑って見せた。まだ目は赤いし、口元はフルフルと震えてしまっているが……まだ幼い志穂にとってはそれが満面の笑みに見えたのだろう。すぐに悲しげな表情から一変、まるで向日葵のように温かな笑みを浮かべて兄の体に額を擦り付けた。
あぁ、どうして僕の妹はこんなにも可愛いのだろうか。まるで猫か何かのような、癒される居心地のよさを感じるよ。もしかしたら僕にはシスコンの気があるのかもしれないけれど、志穂に対してならそう言われようとも構わないかもしれない。
夢の外……現実の志穂も、特に反抗期などになることなく、優しくて純真なまま成長してくれたから、兄としてこれほど嬉しいことはないよ。願わくば、このまま志穂が幸せな人生を歩んでくれることを願うよ。
「ねえねえおにーたん、しほも!しほもキラキラ出してみたい!」
「キラキラ?」
「う~ん、たぶん魔法のことじゃないかしら?」
志穂は両手を高く上げてぴょんぴょんと跳ねながら、目を輝かせる。先ほどまでサクヤが色とりどりの魔法を披露していたのを見て、自分も出してみたくなったのだろう。
「でも志穂でも魔法って撃てるのかしら?」
「えっと……適正さえあれば小さな子でも光球くらいなら出せるらしいから、もしかしたらできるかもしれないけど……」
姉さんの疑問にサクヤは少しだけ考えるようなしぐさをして答えた。魔法を放つという行為自体、そこまで難しい話でもないみたいだけど、志穂はまだまだ幼い。いくら魔法に適正があっても、そうそうに出せるわけは――――――
「わぁ~!みてみておねぇたん!キラキラ!キラキラ!!」
『なん……だと?』
あまりのショックに僕は思わず口をあんぐりと開けてその場に固まってしまった。
僕の目線が捕らえる志穂の小さな体……先ほどの【僕】らと同じように突き出された手のひらからは絶え間なく小さな光の球がシャボン玉のように飛び出してきては、空の遥か彼方へフワフワと飛んでいく。
サクヤが見せてくれたものとは少し違う……もっと柔らかみを帯びたそれらは、まるで志穂の内面をあらわしているかのように僕は思えた。
「す、すごい……初めて魔法を放ったとは思えないくらいの魔力量……もしかしたら私どころかお城の魔法使いさんたちより出せてるかも……」
光の球を自在に操っていたサクヤでさえここまで驚愕するほどのことらしい。小さな手で顔を覆って、目を見開いた様子からは感心と驚愕の両方の心情が読み取れる。
そういえば志穂は常人には扱えないほどの魔法をいくつも使いこなすことができるとか言っていたような……まさかその伏線がこんなところに隠れていただなんて……
「綺麗な光……」
「うん……見てるとなんだかこのあたりがポカポカするね」
胸の辺りを摩りながら、【僕】は姉さんと隣り合ってその光の行く末を見守る。
その光はまるで天の川のように綺麗で、それでいてどこか儚さのようなものも含んでいた。光は一人の少年と少女を包みながら、あたりに広がりながら、消えていった。
◆◆◆◆◆◆
志穂主演の光の協奏を見終わった【僕】らは、サクヤの案内で彼女の自室へと招待された。
場所は中庭内を少し歩いた先、草のトンネルを潜ってついた先にある、あの豆腐ハウスだ。
やはりこの場所はあの家があった場所とほぼ同じだ。違いといえば、豆腐ハウスが最初から建っていること、それを本来出現させるためのオブジェも湧き水もない。豆腐ハウスの屋根に草木はなく、あるのはただただ白い、何の変哲もない四角い屋根だけだった。
一致しているようでどこか違う……それが余計に僕の頭の中を混乱させる。
ここは異世界なんだろうか?それとも現実世界のどこか?両方違ってもっと違う何か?
いろんな考えや予想が乱立して、頭の中をどんどん埋め尽くしていく。僕はあまりこういうことを考えるのが得意なタイプではないから、なかなか整理するのが難しい……どうする?
などと一人で悶々としていると、いつの間にか彼らがいなくなっていたことに気がついた。どこに行ったのかと思い辺りを見渡すと、どうやら部屋の中に入ったことが透明な窓越しに見えた。
幽霊のような状態になっている僕は、ドアをすぅっとすり抜けて中に入る。
『(やっぱり中もおんなじ……か)』
もしかしたら中に入ったらぜんぜん違った、なんてことにならないかと期待していたけど……そんなことはなく、同じ部屋のつくりをしていた。
妙に禍々しい杖や妖艶な女性の絵などはなかったが、例のごとくあの金髪の人形と小さな人形集団は部屋の隅に礼儀正しく座っていた。たまにぴくりと動いたりもしている気がするけど……
「わぁ~きれいな部屋だね!本もこんなに!」
「おにんぎょうさんがいっぱいいる!」
僕と志穂は物珍しさからか興奮鳴り止まないという様子で部屋中を目を輝かせながら見ていた。
その様子を嬉しそうに見ていたサクヤだったが、ふと姉さんが神妙な面持ちで部屋を眺めていたことに気がついた。
「えっと、何か変なところあったかな……」
不安げな声色で姉さんに質問する。すると姉さんはハッとした感じで我に返り、あわててサクヤのほうに振り向いた。
「い、いや別にたいしたことじゃないんだけどね?この部屋、とっても綺麗だし整理整頓もされていていいんだけどね……机がないなぁ、って思ってね」
「あ……」
するとサクヤはあからさまに落ち込んだ顔になる。目線は姉さん……ではなく、その後方。現実世界では確かあそこには大きめの机が置いてあった場所だ。
「実はちょっと前に机の脚が折れちゃって……お父さんの手作りでとっても気に入っていたんだけど……」
しまった、というように顔を覆って天を仰ぐ姉さん。どうやら見事に地雷を踏み抜いてしまったようだ。
見ると確かにサクヤの視線が向いている一帯だけ、日焼けせずにまわりより白くなっている。脇に丁寧に積んである本や小物がつい最近まで机が健在であったことを物語っている。
……場の空気が重い。まだ幼い志穂でさえ、なんとなく居心地の悪い空気を感じ取ったのか、なんだか今にも泣きそうな顔をしている。
「……そうだ!」
しばらく天井を見つめてブツブツと何か独り言を言っていた姉さんが、何かを思い立ったかのように、自分の懐をゴソゴソと漁り始めた。
しばらく何かを弄っているうちに、懐から一本の金槌と数十本の釘が出てきた。
「私たちで新しい机をつくりましょう!そうすれば全部解決だわ!」
いや、全部解決って……どこからツッコんだらいいか僕もうわからないよ。
なに?姉さんの服は四次元か何かに繋がっているポケットなの?狸とか言われると怒る青い猫型ロボットと友達か何かなの?そもそもなんで釘とかそんなものを常時持っているような様子なのさ?これで藁人形とか出てきたらかなりまずい事態になるのですが!?
しかし姉さんの提案はあながち間違ったものでもないらしく、それまで悲しそうにしていたサクヤの顔が一瞬の驚愕に染まり、みるみる明るくなっていった。まだ【僕】と志穂は要領を得ないという様子だけど……
「お姉ちゃん、トンカチなんて持って何するの?大工さん?」
「ふふん、海斗ぉ?これからわたしたちはある任務を遂行するのよ?名づけて、『サクヤちゃんにウルトラスーパーな机をプレゼントしちゃおう大作戦』よ!」
姉さん、そのネーミングセンスはあまりにもナンセンスではないですか?さすがにダサすぎだと思うんだけど、そんなことを思っているのはこの場では僕だけなんでしょうか!?
「え、え?本当に、本当に私たちで作れちゃうの?」
にわかには信じられないという様子であたふたと僕と姉さんを交互に見るサクヤ。期待と不安が織り交ざったなんとも子供らしい戸惑い方がなんとも微笑ましい。
「あったりまえよ!この果穂お姉ちゃんとみんなの力が合わされば、かっこいい机のひとつやふたつ、あっという間に作れちゃうわよ!」
「おぉ~おねぇたんかっこいい~!」
天に向けて拳を高く掲げる姉さんを見て、志穂が目を輝かせ、両手を叩いたりして全身で喜びを表現する。
かっこいいかはともかくとして……確かに姉さんの手にかかればそれくらいちゃっちゃと作れてしまいそうだ。昔から手先は器用だから、男の僕なんかより圧倒的に大工仕事はできるし、何より姉さんは美的センスがいい。それはたぶん、幼いこの頃からそれなりに発揮され始めていたんだと思う。
「サクヤちゃん、僕らも手伝うから……一緒に大きな机を作ってみようよ!」
【僕】も姉さんのやる気に感化されたのか、姉さんの意見に大いに賛成のようだ。
「しほも!しほもつくる!」
どうやら志穂もエンジンが掛かってしまったようで、両手をぶんぶんと回して気合十分だ。
そんな二人の様子を見たサクヤはさらに明るい表情になり、「うん!」と大きくうなづいた。
「それじゃあみんな~?サクヤちゃんのためにも、頑張るわよ!」
「「「おー!!」」」
部屋の中でこだまする高い声。期待も不安も底上げしてくるワクワクに満ちた声だ。
さて、いったいこれからどうなるんだろうか……どうか大変なことが起きませんように。
やっとここまで持ってこれました。過去編がなかなかいい味出してくれているとは思うのですが、あまり長くするのもあれなのでやはり早めに終わらしてあげたいです。
感想・評価、【東方 永夜抄】をクリアしつつ待ってます!
やばい……もこたん強すぎです……




