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20、過去に思いを馳せました Ⅳ

「僕の名前は海斗、君の名前は?」


広い空間に響く声。紛れもない、過去の自分の声。


笑顔なのは【僕】のみで、夢を見ている僕も、父さんも母さんも、皆唖然としてしまっている。姉さんにおいては、【僕】が知らない女の子に話しかけたのがよほどショックだったようで、泉の水の中に顔をつけてブクブク言ってる。なんか痙攣とか起こしてるけど、夢の中だから別に助けなくてもいいよね?


「え……その……」


そんなことよりも、問題なのは【僕】に話しかけられた少女のほうだ。いきなり、しかも今日初めてあった男の子に話しかけられたのだ。


話しかけられた内容は単に『名前を教えてほしい』というものだから普通だったら特に問題はないのだけど……雅雪さん曰く、少女は箱入り娘らしく、歳相応以上に人見知りしてしまうらしい。


その説明はつい先ほどされたはずだというのに、どうして昔の僕は地雷源へと突っ込んでいくような真似をするんだ!


「あぅ……えっと…」


あぁまずい、なんか女の子の顔が急激に赤くなってきてる。黒髪と金髪の間からひょこっと見える尖った耳の先なんてもう破裂寸前のトマトレベルだし。


ほら父さん、あなたの息子がなんだからしくないことをしているのですが!?どうしてそんなところでボーッとしているのさ!


母さんもなんとかしてよ!家族の誰よりも早く意識を取り戻したのならさ、まずは身内の恥をなんとかしてよ!なんで意識が戻って早々に父さんの体を触りまくってるのさ!


「まさか、時が止まってるのかしら……いくら誠さんの体を触っても反応されない。ほかのみんなも動かないし……これは、もしかしなくても絶好のチャンスだわ!」


なに都合のいい解釈をしているのさ!それは絶好のチャンスじゃなくて絶望へのフローチャートだから!そういう都合のいいことは同人誌とかの中だけでしか起こらないんだからね!


あ、駄目だよそんなところ触ったら!いくら夢の中だからって、少しは分別ってものをつけるべきだよ!


……だめだ、夢の中の僕の両親はまったくと言っていいほど頼りにならない。


いったいどうすれば―――


『わたし……サクヤ……よ、よろしくね?』


『サクヤちゃんだね。僕のほうこそよろしくね』


『う、うん!』


……あら?なにかしらこの会話。なんだか聞き慣れた声と聞き慣れない声が聞こえてくるんだけど……


『あ、そうだ。今からどこかに遊びに行こうよ!なんだかお父さんたちのほうは話が長くなりそうだし……』


『じゃ、じゃあ一緒に中庭で遊ぼ!あそこでなら魔球遊びもしていいから!』


『まきゅうあそび?う~ん、よくわからないけどわかった!』


『あ、中庭までは私が案内するから着いてきてね!』


微かに聞こえてくる声だけを聞き取ってみると……なるほど、どうやら二人は仲良くどこかへ遊びにいくみたいだ。


って、あるぇ?なんで女の子のほうはさっきまであんなに他人を拒絶していたのに、ちょっと目を離した隙に打ち解けてるの?


会話だってたった数行分しかないのに、どうしてそう簡単にショタ僕は人の心をこじ開けちゃうの?もう少しドラマチックな展開を経てからようやく仲良くなるんじゃないの?何があって、そんなクリア後特典みたいなショートカットしているんだよ!


あ、ちょっと、勝手にどこかに走り去っていくんじゃない!僕の夢なのに、僕の思い通りにならないっていったいどうなってるんだ!


言葉にならない叫びを消化し、僕は部屋の入り口へと消えていく二人のあとを追いかける。幽霊のように浮いた体はそれなりにスピードが出せるようで、二人を見失うことはまずなさそうだ。


後ろを見れば、父さんも雅雪さんも呆然としたままその場に固まっているまま。母さんと姉さんは……いいとして。志穂は相変わらず。


「(サリーさんは問題なさそう……って、え?)」


全員の様子を一通り見て、最後に雅雪さんの奥さんであるサリーさんに目を向けたところで、思わず僕はその場に固まってしまった。


―――ペコリ。


サリーさんはその天使のような笑みを浮かべたまま、少しだけ頭を下げた。その目は明らかに僕のほうを向いており、水色の瞳の中まではっきりと見ることができた。


見えているわけがない……これは夢であって僕はこの世界に存在しているわけではないのだから。そうはわかっていても、そのときの僕にはサリーさんが僕のことを見つめているような気がしてならなかった。


背中に生えた禍々しい黒い翼と額のあたりに映える闇色の捻り角、しかしそんなものは飾りだと言わんばかりの、なんとも形容しがたい穏やかなオーラが視線越しに伝わってくる。


……不思議な人だ。


僕は謎の既視感を感じつつ、はっと思い出したかのように二人の幼子のあとを追う。


あの人はもしかしたら何か僕の過去に深く関わる人なのかもしれないけど、今はそんなものは気にしていられない。


あるはずのない使命感に駆られつつも、僕は【僕】を追いかけ、その場を飛び去った。




◆◆◆◆◆◆




廊下を駆ける少年少女を追いかけること数分。迷いそうになる分岐を右に左に曲がりくねり、ようやくたどり着いたのは、緑豊かな庭園だった。


抜けるような青空の下、緑の絨毯が敷かれ、涼しげな水色をした花が咲き誇る。それを良しとし、昼寝に勤しむ動物たちがちらちらとい

新緑のアーチはいくつも重なり合い、直射日光をほどよく遮る穏やかな空気を作り出している。


少し離れたところに見えるのは……丸いテーブルと木製の上品な椅子がいくつか。整えられている感じからして、雅雪さん一家はあそこで午後の紅茶でも楽しんでいるのかもしれない。


そして一番の特徴は、その標高。先ほど庭全体を見渡すために空中へと体を浮かせたところ、なぜか庭の端に雲海が広がっているのが見えた。酸素は十分にあり、気温もちょうどいいくらいだというのに、標高だけはかなり高いみたいだった。


……初めて見るはずの光景なのに、どうして僕は夢の中でそんなものを見ることができたのかはわからない。おそらくは夢から作り出した推測の風景なんだと思うのだけど、ここまで鮮明に映るとなると違う要因が絡んでいる可能性もあるかも。


「こう手のひらに魔力を集めて……はい!」


「うわぁ、すごいすごい!ピカピカの玉だ!」


などと考え込んでいる僕をよそに、夢の中の住人たちは楽しげにはしゃいでいる。


少女……サクヤが見せてくれているのは魔力を扱った遊びだ。原理はいまいちわからないけれど、サクヤの手の中には子供の頭くらいの大きさの光る玉が浮かび上がっている。無論、その光球は先ほどまでなかったものであり、先ほど何かを唱えたサクヤの手の中にいきなり出現したのだ。


……確かあの光景は小さい頃に見た記憶がある。今の今まで忘れてしまっていたけれど、今のを見て思い出した。


しかしあれはどう見ても魔法だ。僕らのいた世界には決して存在しているはずのない、空想上の産物だ。


そしてあの『サクヤ』と名乗る少女。見た目は完全に現実世界の僕が見たあの『サクヤ』と同じだ。


だけど妙に内気なところや、年相応な口調で話すあたりは共通点とは言えないし、何より、もしこの『サクヤ』が同一人物だったとしたら、現実世界の『サクヤ』はこの数年間でまったく成長していないことになる。


あの手紙には『魔王』とか書かれていたけれど……仮にそれが真実だったとしてもまったく成長しないというのはいささか不自然ではなかろうか。


ま、あんな小さな子が世界中から狙われている(はずの)魔王ではずはないし、きっと名前が一緒なだけの、よく似た女の子だというだけだろう。


そうだ、そうに違いない。


だから遠くに見える白い大きな箱みたいなものも、ただの豆腐建築に違いない。夢の中に入る前に僕が漁っていた部屋にひどく外観が似ているけれど、ここが異世界なわけがない!


「えへへ……こうやってお父様やお母様以外の人と話すのって初めてだから、私とっても楽しい」


「そうなの?」


いつの間にか魔球遊びは終わり、今はベンチに座って二人仲良くお菓子を食べていた。【僕】とサクヤの間にはなんとも美味しそうなクッキーが10枚ほど。香ばしい薫りが風に乗ってここまで漂ってきそうなくらい上手に焼けている。


サクサク、パクパク、モグモグ……クッキーを食べる小気味よい音。


その間には少年と少女の楽しそうな笑い声と話し声が入り込み、平和なハーモニーを奏でる。


「(……そうか、これが僕の体質なんだ……)」


もうすっかり打ち解けあってしまった二人を見ながら、僕は一人納得する。今まで主観でしか見た事がなかったのでわからないこともあったが、こうして客観的な視点に見る事により、ひとつだけわかったことがあった。


それは……【愛され体質】の対象となった人物が、本当に楽しそうにしているということだ。


僕はずっと、この能力の対象になった人は、表面上は嬉しそうでも、心の中では拒絶しているんじゃないのかってずっと思ってた。何せどんな人でも僕とは打ち解けられるなんていう不自然極まりないものだから、ある種洗脳などの類に近いんじゃないのかって、ずっと考えていた。


だけど、こうして見ると、サクヤは本当に楽しそうに【僕】とおしゃべりをしている。どんなにうまく洗脳しても、どこかに不自然さは必ず出るものらしいのだけど、他人という視点から見たかぎりそういう点はまったくないようだ。


だからどうしたという話でもあるんだけど……なんていうか、少しだけ救われたような気がするんだ。


僕の【呪い】のせいで、みんなは不幸な思いをしているんじゃないのかって、いつも不安だった。みんないい顔してるだけで、本当は僕のことを……みんなを無理やりに付き合わせてしまっている僕のことを恨んでいるんじゃないのかって、毎日ビクビクしていた。


だけど、この笑顔を見て、全員が全員……少なくてもサクヤだけは不幸な思いをしているわけじゃない……そう思えた気がする。


ただの自己満足・自己暗示、都合のいい解釈なのかもしれない。夢が見せてくれた、ひと時の幸せなのかもしれない。だけど、今までの僕にはそれすらすることができないくらいまわりが見えていなかったから、本当に救われたような気がするんだ。


「(ははっ、まさかこんなことで気が楽になるなんて。僕ったら、自分ですら気づかないくらい追い詰められていたみたいだね)」


この【呪い】に実害はないと思っていたけれど、知らぬうちに僕の精神を蝕んでいたみたいだ。もしこの夢を見ることなく当たり障りのない毎日を過ごしていたら、僕はいつか破綻していたのかもしれない。


そのあたりも含めて、僕はサクヤに感謝の気持ちを覚えた。夢の中だから伝わることはないだろうけど、もしどこかで会えるのならば『ありがとう』の一言くらい伝えたい。


「あぁ~、美味しかった♪ごちそうさまでした」


おや、どうやらもう焼きたてのクッキーはすべて二人の胃袋に納まってしまったみたいだ。僕《、》はお腹を軽く擦りながら幸せそうに空を仰ぐ。


「お粗末さまでした。喜んでもらえてよかった!」


サクヤのほうはクッキーの乗っていた紙を小さく折りたたみながら【僕】に可愛らしい笑みを向けるサクヤ。


昔の自分ながら、二人の姿は中庭の温もりとも相まって本当に似合っている。まるで、このまま風景に溶け込んでしまうんじゃないのか、というくらい自然とその場に収まってしまっているような―――――


「みぃつけたぁ♪」


――――そんな【僕】の後ろに忍び寄る謎の影。


……駄目だ、やはり僕の悩みの種はなくなるところを知らないらしい。


僕は、背後から姉さんに奇襲を掛けられた自分の過去に手を合わせつつ、またひとつ悟ってしまった。




いつもよりほんの少しだけ短めです。過去話はもう少し続きますが、どうかご賞味くださいまし。


感想・評価、【東方 風神録】のエンディングを見つつ待ってます!


次は……諏訪子と対決だ!



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