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18、過去に想いを馳せました Ⅱ

花畑で一通り遊んだあと、僕らはみんなで仲良く木陰で涼んでいた。


夏の暑さは相変わらずだったけど、あのときに感じた風はなんというか……泣きたくなるほどなつかしいような、そんな感じがしたなあ。故郷とかそういう感じじゃなくて、たぶん人間の本能的な意味で昔を感じたとか、そんなところなんだと思う。


「ふぅ……ここにくるのはかなり久しいが、相変わらずいいところだな」


「そうね。この空気とか、花の香りとか……まるでつい最近のことみたいだわ」


父さんと母さんは疲れて寝てしまった志穂と姉さんを優しく撫でながら、目を細めてそう呟いた。その笑顔が僕には何だか少し悲しげで、まるで二人がどこかへ行ってしまうのではという、よくわからない恐怖感に襲われた。


「お母さん、お父さん……どこかに行っちゃったり、しないよね?」


あまりにも恐ろしかったのか、僕は小さな体を母さんの空いている腕に巻きつけて顔をうずめた。


顔と服の間から見えた母さんと父さんはとても驚いた顔をしていたけど、すぐにいつもの優しい顔に戻って僕の顔をそっと撫でた。


言葉はなかったけど、それだけで僕は驚くほどの安心感に包み込まれて、その体を完全に母さんのお腹のあたりに預けた。


「あらあらこの子ったら……」


「……きっと寂しかったんだろうな……この子の未来のためとはいえ、俺ももう少しこの子との時間を取ってあげたほうがいいのかもしれないな」


「ええ、きっとそれがいいと思うわ。はぁ~、なんだか母心をくすぐられちゃったわ。わたしも少しシフト減らしてもらおうかしらね」


そういえば母さんは食卓に彩りをつけたいっていう理由で、近くのスーパーでパートをしていたっけ。


昔の僕はあんまりそのことに興味はなく、ただ母さんと遊ぶ時間が減って嫌だというだけだったけど……母さんも父さんも、僕ら兄妹のためにいつも働いていたんだ。


もう何年も会えていないけど、もしいつかまた会えたら……そのときはただ一言『ありがとう』って言いたいな。


「ん?そこにいるのは……もしかして、いや間違いねぇ、まこと真美まみさんじゃねえか!」


そんな僕らの家族の団欒のもとへ、一人の白髪の若作りな男性が近づいてきた。


夏だというのに妙に刺々しいマントや暑そうな黒い服で全身を覆っていた。


幼いながらに僕は、その人が危ない人か変態だと思ったね、うん。


だけど眼帯をしていないほうの目はとても穏やかで、少なくとも悪い人ではない、ということもなんとなく感じ取っていた。


「よお雅雪まさゆき、相変わらず変な格好しているな」


「お久しぶり雅雪さん、おじゃまさせてもらってるわ」


父さんも母さんも座ったままではあるものの、とても嬉しそうに黒服さんらしき名前を口にした。


名前を呼ばれた雅雪という人はというと、嬉しそうな反面、少し呆れているような様子でもあった。はぁ、とため息を吐き、頭をガシガシと掻きながらゆっくりと近づいてくる雅雪さんは少しお疲れなような……


「よお、じゃねえよ!来るなら来るって一言連絡入れろよ!客間の準備とか、食事の準備とか、何もできねぇじゃねえかよ!来いっていうときは来なかったくせに、こっちが何も準備してないときにくるとか、お前らどんだけ不意打ち好きなんだよちくしょう!」


言っていることは少し厳しめだけど、その顔は本当に楽しげで、雅雪さんはバシッと父さんの肩を叩いた。


その行動を目にした母さんがものすごい目つきで雅雪さんを睨み付けたけど、それすら懐かしいと言わんばかりに雅雪さんは豪快に笑ってみせた。


「まったく、お前も相変わらず元気なようで俺も安心したよ」


「ホントね……誠さんに妙に馴れ馴れしいところとかも、ね」


父さんは家族の前以外では基本的に自分をあんまり出さないタチだっただけあって、こんな風に素で自分たち以外に接していることが、僕にはとても珍しいことのように思えた。


それから……母さんや、そんな視線だけで人が数人殺せるくらいの殺意を出さないでくださいな。ほら、昔の僕、びっくりして目を見開いてるじゃないか。夢越しとはいえ、僕のほうもけっこうゾクッとするような恐怖感を感じているのですが、そのあたりどうなんでしょうかお母様!?


睨まれた雅雪さんもさすがに二度目は無理みたいで、思いっきり冷や汗をかきながら後ずさりしてしまった。


会話振りからしてこの三人は相当仲が良いみたいだけど、それ故に母さんになにかしらのトラウマがあるのかもしれない。懐かしさで潰せるトラウマはどうやら一回分が限界みたいだ。


「待つんだ真美さん、俺にはもうすでに可愛い妻も愛すべき娘もいるんだからな!だから誠と何かあるっていうありえない妄想で俺を一方的に敵視するのはやめてくれ!!」


「あら、世の中には略奪愛という存在してはならない愛もあるみたいよ。あなたもそのあたり、いける口かもしれないじゃない?」


「ねぇよ!男同士で略奪愛とかどんだけ腐ってんだよその関係!」


「腐っても愛、という言葉もあるじゃない……その程度で私から誠さんを奪えると思わないことよ!」


「ねえよそんな嫌すぎる名言!てか、腐ってんのは真美さんの頭ん中じゃねぇかあああ!?」


ああ、そうだ。確かこのとき僕は生まれて初めて母さんが本気でキレているところを見たんだった。


あまりにも衝撃的だったから、思わず口をパックリと開けて呆然としちゃったっけ。


姉さんの変態振りはいったいどこから発生したのかずっと疑問に思っていた現在の僕だけど……夢のおかげでその謎が少しだけ解明できた気がするよ。


……あんまり解明したくなかったんだけどね。


「まあ二人とも落ち着くんだ。子供たちもいるんだし……」


ずっと争いの末路を見守っていた父さんだけど、さすがについていけないと思ったのか、ついに止めに入った。


膝の上に乗せていた姉さんたちをそっと芝の上に寝かせ、すくっと立ち上がる父さん。


風になびくその姿が、僕にはまるで絵本で見た勇者のようにカッコよく見えた。


「お前はどうなんだよ誠!真美さんの頭ん中、絶対に腐ってるよ!!」


「あ、誠さんにそこまで近づくなんて……あぁ誠さんが汚されてしまったわ……こうなったら、まずはコレを掃除して……それから夜に誠さんを隅々まで『消毒』してそれから……」


そんな父さんに詰め寄る雅雪さんと、何やらブツブツと光のない目で呟く母さん。


うん……やっぱり父さんは正真正銘の勇者だったんだ……だって、あんな混沌とした空間に、子供の安眠と健やかな成長という小さな理由だけで、自ら突っ込んでいったんだもん。


僕は今、父さんを心から尊敬しているよ。


……あと僕が成長してしてから見た夢だからなんだろうけど……当時何言っていたかわからなかった母さんの言葉がね、その、思いっっっきり聞こえてくるんだよね……


ダメだ、母さんはてっきり僕の回りでは稀なまともな女性だと思っていたのに……父さんが絡んだ瞬間に不穏な思考回路へと変更されるみたいだ。


知らなかった……知らなければよかったよ。いやホントに、切実にそう思うよ。


「まったくお前らは……そんなことより雅雪、お前さっき娘がどうこうとか言ってなかったか?」


そんな二人に動揺するどころかいつもどおりの態度で接する父さんは、そんなクリティカル判定確定な切りかえしを見せてくれた。


さすが父さんだ……まったく違和感を感じさせない話の転換……さすがです。


はっ、さてはこういう手合いに慣れているのか……?僕も経験を積めばこういうスマートな立ち回りができるようになるのかな?


そんな返しを受けた雅雪さんは待ってましたとでも言わんばかりに目を輝かせ、両手を広げて叫んだ。


「ふっ、よくぞ聞いてくれた親友よ!そう、何を隠そう……なんと、この俺にも念願の娘が出来たのだぁ!!」


天よ地よ震えよというほどの大音量で叫ぶ白髪の変態に、当時の僕は恐怖を覚え、思わず母さんの腰あたりにしがみ付いた。8歳ともなると僕もさすがに母離れし始めていたんだけど、このときは本気で抱きついたものだよ。


ちなみにさっきの腕の件は、子供特有の感傷故だからノーカンなのですよ。誰に言い訳しているのかわからないけど、なんとなく言っておかないといけない気がしたんだ。


「いやぁアイツと頑張ったかいがあったよ。なかなか子宝に恵まれないって嘆いていたんだけど、子供が出来た途端さらに可愛くなってなぁ!もう妻も娘も可愛すぎて、俺……幸せすぎて、死ぬんじゃないかって、最近思ってるんだ……」


大仰に振舞ったかと思ったら、今度は昇天しそうなほど幸せそうな顔でその場にひざまづいたり……やっぱりこの人、どこか変かもしれない。


父さんも母さんもさすがに驚いたのか、ただ苦笑いを浮かべることしかできなくなっていた。母さんも最初は鋭い目つきだったけど、娘の自慢話が始まったあたりからいつもの穏やかなものへと戻っていた。


「っと、ついつい再開が嬉しくって話し込んじまったな、わりぃわりぃ」


しばらく神様に祈っていた雅雪さんは、はっと我に返り、少しだけ申し訳なさそうに頭を軽く下げた。


その様子がなんだかおかしくて、僕は思いっきり吹き出し、そのまま声を上げて笑い転げた。


父さんも同じだったのか、声を出さないようにしてはいるものの、腹を抱えてその場で震えていた。


母さんは……いつもどおりの微笑み(父さん曰く、【女神の微笑み】)を浮かべているだけだ。


「な、なんでこんな笑われてるのかわかんねぇけど、まあいいや……ようこそ我が城へ、歓迎するよお客人」


先ほどまでとは打って変わって、優雅な立ち振る舞いを見せる雅雪さん。その後ろには、真っ黒な、それでいてどこか平穏さを感じさせる大きな建物が僕らを見下ろしていた。


お辞儀まで丁寧で、まるで物語の中に出てくる王子様みたいだなぁ、とそのときの僕は思っていた。


だけど今になって思うと、これは王子というよりどちらかというと吸血鬼のような妖しさを孕んでいるような気がする。どこかこう、余裕さを醸し出しているというか、妙な迫力があるというか……


「さて、堅苦しい挨拶はこんなもんだな。ったく、いくら立場が立場とはいえ、誰にでもこれをしなくちゃいけねぇ、ってのはホントに面倒だな」


「ははっ、お前がやると冗談にしか見えないからな」


「あ、てめ、人が気にしてることを事も無げに言いやがって!……ま、んなこたぁいいか。ほれ、中を案内するから、そこのチビッ子たち連れてついてきな!」


先ほどまでの迫力やらが気のせいだったかのように、明るく振舞う雅雪さん。さっきまでのあれはたぶん演技だったのだろうけど、あそこまで相手を萎縮させるほどのものとなると、嘘でも相当すごいと思う。


でも、今も昔も僕はこういうゆるそうな性格の雅雪さんのほうが好きだ。


僕は木陰で眠り続ける姉さんをゆり起こしながら、父さんと雑談を繰り広げている雅雪さんを見つめる。


……あんなに強烈な人なら短い間しか一緒にいなくても、そう簡単にはわすれないものだと思うんだけど……どうして僕はあの人のことをついさっきまでまったくと言っていいほど憶えていなかったんだろう。



区切りがちょうどいいので、いつもよりほんの少し短いところで切らせていただきました!


まだまだ過去編、続きますよ!


感想・評価、デッサンに打ち込みつつ待ってます!


ふむふむ、ぼかすとそれなりに見える、と。勉強になるなぁ……

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