16、脅し&一喝しました
『いたぞ!例の侵入者だ!!』
『逃すな!』
「誰が侵入者じゃ!お主らが勝手にわしをここに連れてきたんじゃろうが!!」
薄暗く照らされる石廊下を、わしは疲れた体に鞭打ち走り続ける。
まったく、わしとしたことがいささか油断しすぎたようじゃ。
武器庫を出て意気揚々と歩いていたところを看守に見つかるとは……なんとも情けない話じゃ。
普段のわしなら完全に気配を消すことも、気づかれることなく敵を斬り伏せることだってできるというのに……こんな醜態、主に知られたりなどしたらわしは情けなくてその場で腹を切れる自信があるぞ。
『止まれ!』
『ここから先は一歩も通さんぞ!』
「ちっ……回り込まれておったか」
三叉路の両側から敵の増援……数こそ少ないが、なかなかに統制が取れておるようじゃな。
長物を中心とした壁部隊とは、なかなかいやらしいことをしてくれたものよ。いくら形状を変化できるとは言うても、わしは基本的に打刀形態で戦うのが一番得意なんじゃ。だと言うのに、素直に戦わせてくれないとは、いやはや血も涙もない連中じゃなあ。
『でかしたぞお前ら!』
『もう逃げられんぞ……魔王様と勇者様に仇なすその四肢、バラバラにしてくれるわ!』
むぅ、後ろからも追いつかれてしまったか、これでは撤退もままならぬの。
仕方がない。ここは文字通り、一肌脱ぐとするのじゃ。
わしは腕に軽く意識を集中させる。するとわしの腕はまるで溶け出すかのように崩れ、やがて黒光りする細身の大太刀へと変形した。
これがわしの能力……ありとあらゆる武器へと姿を変えられる最強にして最難関の能力じゃ。
『なっなんだありゃ!?』
『ひ、ひぃ……』
『くっ、化け物の類だったか!』
「なんじゃ、いきなり集団で囲んだと思えば、こんな可愛い少女を化生じゃと申すか。まったく、お主らの目玉は白玉か何かでできておるのか?」
……確かに、いきなり黒髪のか弱そうな小娘の白い腕がいきなり溶け出したかと思った途端に、禍々しいほどの殺意のこもった大太刀へと形を変えておれば、驚くなと言うほうが無理があるというものかの。
それでも、どんな武器に姿を変えても『ムラマサ』という本質は変わらないのじゃ。そんな風に露骨な敵意を向けられるのはいくらなんでも苛立つというもの。
わしは鋭い刃と化した右腕を胸の前で構え、軽く笑って見せた。
「感謝せいお主ら……わしはなろうと思えばそれこそ、一瞬で主らを灰燼へ帰すほどの熱を帯びた魔剣へとなることもできたのじゃ。ただ斬られるだけの痛みにしてやっただけ、ありがたいと思うのじゃな」
はて……わしはこんなにも黒い面を持っていたのじゃろうか。どうやらわしは主に会えないという本来あってはならない事実に、相当腹を立てているようじゃ。
今にも斬りかかりそうになる腕を必死に抑え、毅然とした態度で敵と相対する。
自分の中で沸き続ける殺意と闘うわしとは対照的に、連中はどうやら濁流のように流れ続ける恐怖心に抗っているようじゃ。
得物こそわしに向けて構えているが、足がまるで生まれたての小鹿のように震えておる。先頭にいる奴ほどそれが顕著に現れ、中には恐怖心に耐えるために唇を噛み切った奴までおる。
まったく、そんな状態でわしと戦おうとするとは笑止千万……この伝説の妖怪刀『村正』も舐められたものじゃな。
わしは構えていた右腕……もとい大太刀をダラリと降ろし、涙を流しながらわしを睨み付けてくる獲物を真正面から見据える。
「お主ら……そんな覚悟でわしに勝てると思うでないぞ!」
カビ臭い石廊下に、わしの魂の叫びが響き、まるで地鳴りのように震えた。
わしの一喝に気圧された連中は後ずさり、石床にへたり込み、情けないことに失禁したものまで出る始末……
それを見たわしの中でさらに何か爆竹のように弾け飛んだ。
「退け!わしに真正面から突っ込める覚悟がない者はすぐさまわしの前から消え去るのじゃ!!」
今にも飛び掛りそうになる怒りを、壁を一閃することで落ち着かせる。
まさに体の一部である刀身は、まるで蒟蒻でも切るかのような滑らかな動きで石壁をバラバラに切り崩した。
そういえばこの大太刀……特別な能力こそないが、切れ味と破壊力だけ恐ろしいことになっている業物じゃったな。まだ主が幼い頃に言っていた『ぼくのさいきょーのけん』なる物を再現したものじゃったが……さすがは主、幼子でも素晴らしき才能を持っていたということじゃな、惚れ直したのじゃ!
輝く刀身には、妙に顔の赤い黒髪の童女が映っている……ふむ、わしも体外、主のことになると情けない顔を平気で晒しているようじゃな。
『あ……あぁ……』
『笑ってやがる……あんな馬鹿げたことした挙句、嘘みたいに笑ってやがる……』
『あ、あんな狂ってる奴と戦うなんて俺はごめんだ!』
『嫌だ……俺は…俺は……う、うわぁぁぁぁあああああ!!』
そんなわしを見た敵連中は、蜘蛛の子を散らすかのように一目散に逃げ出してしまった。仲間を押し合い圧し合い、自分だけ助かろうとするサマは何とも醜いというかなんというか……
それに武器まで投げ捨てて逃げ隠れるとは……本当にどうしようもない奴らじゃな。
しかし、何ゆえあのような『たいみんぐ』で逃げ出したのじゃ?逃げるなら先ほど壁を崩したときでもよかったじゃろうに……
……まぁ、どうせ奴らは斬ってはならぬ存在じゃったし、結果上々ということかの。せいぜい主に感謝することじゃな……
……なんだかわし、妙に悪漢のようになってしまっておるの……いくら主から離れておるからといって、こんなことでは主に合わせる顔がない。
わしは少しだけ自身の頬を斬りつける。鋭い痛みが流血とともに走り、ほんの少しだけ涙が出たが……これもすべては主の得物であり続けるため。これくらいの痛み、罰にすらならぬわ……
着物の裾で軽く血と涙を拭い、腕の形状を元に戻す。これ以上ここに長居する必要はもうない。早々に移動を再開するとしようかの。
「さて……逃げ回ったせいでだいぶ目指していた場所から遠ざかってしまったようじゃ。」
石廊下が続いているのに変わりはないが、少しばかり豪華なつくりになっておるというか……それに、地下廊のように薄暗くはなく、隅の隅まで確認できるくたいの明るさはある。
それに、見渡せばあたりには見覚えのないものばかり目に映った。
「あそこに飾られておるのは甲冑のようじゃが、どうやら素材にかなり強い魔力を持ったものを使っておるの。こんなものを身に着けた者と戦うことになれば、いくらわしとて少々斬るのに苦労しそうじゃ……」
ま、主ならば一瞬の間に、鎧の隙間から中におる者の息の根を止めるくらい造作もないじゃろうがな。
わしは高笑いしそうになる口を必死に抑え、できるだけ音を立てないように少ない影の中に身を潜める。
これ以上見つかって面倒なことになれば、わしだけでなくもしかすれば主の身にまで危険が及ぶやもしれん……ここは、全力で気配を消してゆくべきじゃろう。
わしは全神経を、自身の気配を消し去ることと敵の気配を感知することに注ぎ込んだ。
ここからは、わしの全身全霊をもって行かせてもらうのじゃ……
すべては主のために。すべては己の欲望のために。
◆◆◆◆◆◆
謁見の間は、信じられないくらい緊迫した空気に満ちていた。
いつもはひしめくようにして玉座の後方に待機している大臣も、今は部屋を出たり入ったりと忙しなく働き回り、兵士もいつも以上に己の職務に集中している。
そんな焦燥と不安で満ちた箱の中に、ひとつの追い討ちが掛かる。
『報告っ!第三森林地帯班、第二火山地帯班、カーグル空洞班、その他少数探索班、ただいま帰投しました!』
髭が立派な部隊長の一人が、玉座の前に跪き、報告の声を高々と上げる。頬に入った大きな傷と、その鋭い眼光はいくつもの修羅場を潜り抜けてきた証だろうか。
そんな野太い声が特徴的な部隊長の正面、玉座に座するガルド王国の最高権力者、サファールは今までにないくらいの真剣な面持ちで髭面の男を見下ろした。
それは演技などではなく、正真正銘サファールの本気だった。
「面を上げよ……続きを申せ」
いつものゆるい口調などではないひどく厳かな口調に、部隊長だけでなく部屋にいた大臣や兵も思わずすくみ上がった。
しかしそれでも、今まで幾多の戦場を駆け抜けてきただけあるのか、軍団長はすぐさま頭の中で報告の内容を確認し、現状の報告をする。
『帰投した捜索班のうち、魔物に拉致された者が15名、襲われ負傷したものが30名、死傷者は0名、であります!』
今回戻ってきた班は、合計すると本来ならおよそ300名もの兵が編成されていた。そのうちの約45名が動けないか帰らぬ人となってしまったのだ。
拉致されたものはそのまま魔物の伴侶となり、未来永劫人間として帰ってくることはない。
しかし魔物はメスしかいない。そのため、女性を兵として出せばよいという意見もあったが、相手が女性の場合、魔物は対象を容赦なく殺しに掛かってくるため、それはできないということになった。
負傷したというのは、おそらく精神的ダメージや、拘束用の毒を体内に流し込まれたなどといったことだ。魔物には捕まえた獲物を拘束しようとする特性があるため、こういった事例は少なくない。
だがしかし、王様はそんな報告は関係ないとでも言わんばかりに玉座の一部を握り締めた。また果穂や海斗が突っ込んできてもいいように頑丈に作られた玉座は砕かれこそしなかったものの、ミシミシと潰れるような音がしみ出るように椅子の内部から鳴り響いた。
「……負傷者にはすぐに医療班の治療を受けさせよ。拉致された者の家族にはわし自ら出向いて謝罪の辞を述べてくるとしようぞ」
しかしどんなに本気であっても、本質は変わらないもの。サファールはいつもと変わらず、兵士やその家族にも最大の感謝を込めて接した。
その言葉に部隊長はすぐさま反応し、『自分にこそ責任がある。私自身が謝るべきであり、王様が責められにいくようなことはない』という旨を伝えようとしたが、それを感じ取ったサファールは片手で制した。
「わしのことは今はよい。それよりも……本題のほうを頼む……」
本題、という言葉に先ほどまで何ともなかった部隊長の顔に、初めて変化が現れた。
『……捜索対象である勇者カイト、その方がいると思われる場所……どちらも手掛かりすら発見すること適いませんでした……』
それは悔しさという人間の感情の元素でありすべての感情の根幹……部隊長は床をめいいっぱい殴り、歯を食い縛って体を震わせた。
その様子に大臣たちはうな垂れ、兵士は悲痛な影を鎧で覆った顔に落とした。中にはその場で泣き崩れる者まで……謁見の間は痛いほどの悲壮感で包まれた。
「皆の者、気を確かに持てぃ!!」
そんな混沌とした空間に響く凛とし、それでいて力強い言霊。それは、部隊長の報告を直に聞いていた王様本人だった。
玉座から立ち上がり、右手を振り上げ、威厳に満ちた声色ですべての迷える子羊を一喝した。
「そなたらの不安、焦り、悲哀……すべて理解した。じゃが、ここで腐りきっておっても、決してよい結果には繋がらぬ!勇者奪還を成したいのならば、己が心を腐らせるでない!すべては、そなたらの心に掛かっておる……皆の者、気合をいれるのじゃあ!!」
高々と掲げられた右腕、そこに刻まれている傷は努力と辛苦の涙の痕、そして成功の証だろうか。
気づけば謁見の間にいたものの目には今まで以上の活力が満ちていた。自分にできることを確実にこなし、ひとつの目的を果たすために一丸となっていた。
その様子にサファールは満足し、再び玉座へと座り込んだ。
その際、降ろした手が足に触れた。腕から伝わってくる微振動が、現在の自分の心の内を教えてくれた。
「(まったく、ああまで言った自分がこのざまとは……なんとも不甲斐ない話じゃの…)」
震える膝を優しく撫でながら、王様は玉座の先を見据える。忙しなく動き回る自分の部下が、まるで焦燥感で散らかった自分の頭の中のように思えて仕方がなかった。
「(おそらく今回関わっておるのは『奴』ではなくその娘のほうか……あまり詳しいことはわからぬが、あまり時間を掛けすぎるのは得策ではないの……何か早々に手を打たねばの……)」
再び部隊長へ細かな指示を与えながら、サファールは散らかった頭の中心で、そんな焦りと一人闘っていた。
なにかと忙しいせいで、一週間での投稿回数が減る可能性が出てきています!もしそうなった場合は必ず報告致しますので、なにとぞご容赦くださいまし!!
感想・評価、美術部でお絵かきしつつ待ってます!
ちょ、デッサンなんてほとんど描いたことないんすけど!?




