15、記憶の欠片を見つけました
「くぅ…よいしょっと!あぁ~、重かった…」
両腕に掛かっていた負荷が一気になくなり、思わず体が仰け反りその場に座り込んでしまった。
床の上にはいくつもの書物や紙束が山のように積まれており、ちょうど僕を囲むような形になっていた。
なぜこんな形に本が積まれているかというと、ちょうど今僕がこうしたからだ。
なんせ机の上を探ろうにも、あまりにも本がうず高く積まれすぎて、とてもじゃないけどそんなことができるような状況じゃなかったのだ。仕方がないのでひと山ずつ床に降ろしていったんだけど、机の前から動かないような動作でやっていたせいで、必然的に本は僕のまわりをぐるっと囲むように積まれたというわけだ。
「この位置から見えるものでも黒魔術の本に経済学の本……何かの論文書から小説、それから二冊の絵本……いろんな本がありすぎて、この部屋の主さんの人物像が全くと言っていいほど掴めないよ」
生贄を使用するにはどれくらいのコストが掛かって、現実と空想を参考にし、絵本で荒ぶる気持ちを抑えながら研究に没頭する……
うん、そんな姉さんの料理みたいにごちゃ混ぜな研究をする人なんて、この世の中に存在なんてしないよね。
これはきっと何かしらの繋がりがあるか、あるいは侵入者に個人を特定されないための偽装か、はたまた全く別の意図があるか……きっとそんなところなんだろう。
だから、別に論文書が明らかに登山の良さについて語っているだけのものであったとしても、小説が完全にBL物だったとしても、絵本に紅い吸血鬼の姉妹が出てきていたとしても、僕は何も見ていないし読んでもいない。そうだ、ソウニチガイナイ。
「さてと、ようやく机の上が片付いたみたいだし、さっそく捜査といきますか」
僕は軽く体を曲げたり伸ばしたりして体をほぐす。筋肉が少しだけ悲鳴を上げて、脳髄に爽やかな気持ちよさが走る。
何か罠が仕掛けてあるかもしれないから、油断せずに取り掛からねば…
「そうだね、まずは……これなんてどうかな?」
まず手に取ったのは、いかにも見たものを呪ってきそうな金髪の女の子を模した人形。結構な大きさがあり、持ち上げるとなかなかの重量を感じた。
とりあえず腕を動かしてみたり、軽く回してみたりする。腕の可動領域が広かったこと以外は、特にはなかった。
試しに頬を突いてみると、信じられないくらいの柔らかさが僕の指先から伝わってきた。
「な、なにこの柔らかさ……まるで生きてるみたいだよ……」
マシュマロのようでいて、スライムのようなハリもある。こ、これは……革命だ!
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷにぷに……
ふぅ……つい一心不乱にムニムニしすぎてしまった。
突きすぎたせいか、人形の頬がほんのり赤くなってしまっていた。これだけの完成度だ、きっと持ち主もかなり気に入っている品に違いない。傷なんてつけてしまった日にはもう目も当てられないよ。
僕は先ほどから潤んだ目で見つめてくる人形をそっと床に積んだ本の上に置く。
……大丈夫だ、あれはただの最高級人形なんだ。だからさっきから視線を感じているのも、僕が軽く自意識過剰になっているだけなんだ、うん。裾とか軽く掴まれてるような形になってるけど、少し服の先が腕に引っ掛かっただけなんだからね!
「はぁ…いけない、今のだけで少し時間をとられちゃったよ。次!次のにいこう!!」
大声を上げてせり上げてくる恐怖をかき消し、僕は目を瞑った状態で、すばやく掴んだ物を目の前まで持ち上げた。
「(……重量からしてだいぶ大きいものみたいだけど……手触りが妙に柔らかいなぁ……それに、掴んでいる部分は重さのわりにだいぶ小さい気がする……柔らかくて、それでいて細長くて重いもの……)」
細長いこんにゃく、ウナギ、子ゾウの鼻先……
何なのか頭の中で予想を立てていくものの、確実性の高いものはなく、僕の頭の中には疑問符で埋め尽くされてしまった。
「(いったい僕は何を掴んだんだろうか……)」
意を決して目を開ける。
わらわらわらわらわらわらわらハーイわらわらわら……(手のひらサイズの人形が我先とばかりに僕の腕によじ登ってきている光景をイメージしてくださいませ)
「相手のゴールにシュゥゥゥゥゥウト!!」
『『『ふわぁぁぁあ!?』』』
僕の細めの肩は、見事人形を部屋の角へと追いやる事に成功した。なんだかものすごくふんわりと飛んでいったから、どこか壊れているとかそういうことはないはずだ。
あと、僕は人形たちが軽く叫んでいたことなんて知らないし聞いていないから!ただ人形が絡まっていてちょっとだけ気持ち悪いって思っただけなんだからね!
だから別に部屋の角から涙交じりのジト目を感じても気にしないし、本の上に置いた金髪人形がそれに対してドヤ顔を披露していても、僕は絶対にそのことに触れたりしないんだから!!
「お、おかしい……まだ全然手がかりを見つけられていないのにこの疲労感……これはきっと、この机に何かトラップが仕掛けられているということ。それはつまり、この机には何かある、ということなんだろうね……」
人形のことを完全に意識の外に追いやった僕は半ばヤケ状態でそう答えを出した。
何かとはそれすなわち、ここから脱出するための手がかり、あるいはそれに近い重要なアイテムのことだ。
これでも、元の世界にいた頃はこの手の脱出系ゲームはある程度こなしてきているつもりだ。どこにどんなものがあるかくらいなら大体見当がつく。
……まぁ、予想外でなんだかよくわからないものが出てきたりもしたけど。
「よし、なんだか希望が湧いてきた!このまま調査を続行しよう!」
服の袖を軽く捲り、間違いがないように今度は両目をちゃんと開いて探索を進める。
どんなに小さなものにも注意を払い、見落としがないようにしていく。
そして確認し終わった小瓶などの小道具はどんどん机の上から排除していく。あんまりにも物が多いのでこうでもしないとどれがどれだかわからなくなりそうだからだ。
「……それにしても、この机……なんでだろう、さっきも感じたけど……ものすごく懐かしい感じがする」
物が片付き始め、机の表面がさらに明らかになっていくにつれ、脳裏で何かがはじけるような感覚が強くなっていく。
まるで大きな切り株を薄く切ったような丸机の、でこぼこした側面や途中で曲がったまま打たれた釘、それから、妙に不恰好なくせにものすごく安定している脚……その一つ一つに、何かよくわからない、甘いような儚いような記憶がチラチラと浮かび上がってきては、思い出す前に消えていった。
……この机自体にも、何か重要な鍵があるのかもしれない。机の上のものと一緒にこっちのほうも調査の対象に入れたほうがよさそうだ。
「この紅い液体の入った小瓶は……中身以外特に変わったところはなさそうだ。飲んだらそのまま魔物になりそうだからとりあえず放置っと。こっちの小箱の中身は、薬草らしき葉が数枚か」
考え事はしながらも、手と目はどんどん机のものを選別していく。しかしあまり手がかりになりそうな物は見つからず、延々と机の上を整理する作業となってしまっていた。
そしてしばらくするうちにどんどん机の上にあった物は床や本の上に置かれ、散らかっていた机の上はすでに整理整頓された使いやすい机へと姿を変えていた。
匠の力も何も使っていないけど、軽くビフォーアフターできてしまったような……
「あちゃ~何か手がかりがあると思ったんだけどなぁ……ここまでで収穫ゼロ、さすがに絶望的かな……?」
これじゃあただの取り越し苦労になっちゃうな……おかしいな、少なくても一つ以上はここに手がかりがあるはずと踏んでいたんだけど……
「あと机に残っている物って言ったら、羽ペンとインクに羊皮紙が何枚か、なぜかまた出てきた怪しげな本が二冊……倒れてしまっている写真立て、だけかぁ……」
とりあえず怪しすぎる雰囲気をかもし出す本を床の上のそっと置き、さらにその上に別の本をいくつか重ねて厳重に封印する。
ダメなんだあれは……あれは僕が見ていい物じゃないんだ。
なんかタイトルに『血染めの果実~俺と勇者の禁術歌~』っていうタイトルがちらりと見えたけど、あれ絶っ対に普通の本じゃないよ。表紙に半裸の男しか載っていない時点で僕の脳内で警告音が全力で危険を示してきてるもん……
「あと残っているので気になるものっていったら……やっぱり、これくらいしかないよね」
本の影になって最初のうちは見えていなかった木製の写真立てに、僕は恐る恐る手を伸ばす。
埃が被っていないから、今日はたまたま倒れていたみたいだけど……
人の部屋で、写真……それも明らかに日常的に使っているであろう机の上にあるものを見るとなると、かなり罪悪感というか申し訳なさが湧き出てくるけど…ここまで来てしまったからにはしょうがないことだと割り切るしかない!
「ええい、ままよ!」
意を決して写真立てを表にする。
カタンと軽い音とともに、写真立てが机の上で反転。そこに窓からの日差しがあたり、写真が明るく照らされた。
「……この写真は……」
少しだけ色あせた写真が僕の目に映る。
そこに映っているのは、金髪と黒髪の両方を持つ少女と、その少女と同じくらいの年の黒髪の少年だった。
場所はおそらくこの隠し箱庭の前に通った中庭迷路、その入り口にあったアーチの前だと思う。けど、空は青く澄み渡り、迷路などどこにもなく、ただ綺麗な庭園が写真の中には広がっていた。
「少し違うとはいえ、これはたぶんあの草花でできたアーチと同じやつだ。ということは、この金髪と黒髪の少女はもしかしなくても……サクヤ?」
よく見れば髪の毛の隙間からは小さいながらも黒い角が生えており、背中からも小悪魔のように小さな翼が伸びていた。
「だけど僕の見たサクヤはもっとしっかりした角と翼を持っていたし……それに、この写真は少なくとも10年以上の月日は経っているみたいだ」
でもどこからどう見ても同一人物にしか見えない……背景といい、ここに映っているサクヤといい、同じなようで違うからなんだか頭が混乱しそうだよ。
「う~ん……でもまぁ、仮にこれがサクヤの映っている写真だったとしても、脱出の手がかりにはなりえないか」
そう結論付け、そっと写真立てを置こうとして……固まってしまった。
置こうとしたときに、写真の中の少年が視界の真ん中映ってしまったのだ。
……心の底から、断じて僕はショタコンなどではないので見惚れてしまった的意味合いで固まったわけではないことをここに宣言したい……!
って、そんなことはどうでもいいんだ。
僕は置こうとしていた写真を再び目の高さまで持ってきて、集中してその少年と少女を見つめた。
……少女と手を繋ぎ、楽しげに笑う黒髪の少年にはある特徴があった。
一つは、その少年が、となりの少女とも引けを取らないくらいの長髪の持ち主であり、髪を後ろでひとつにまとめていること。
もう一つは、年不相応にもその少年が袴と羽織……詰まるところ和服を着こなしていること。
そして最後の特徴……少年はその小さな手に、黒に紅で彩られた鞘を持つ刀『妖刀 村正』を持っていることだった。
「……格好は別としても……村正は僕の家系に代々継がれてきたものであり、帯刀が認められたのは初代を除けば僕が初めてだったはずだ……それなのにこの写真に映っている子はそれを持っている……」
これだけのヒントがあれば、いくら僕でも答えには辿り着く。
だけど、それを簡単には認めることは、まだ未熟な僕にはできなかった。
あまりにも突飛すぎることだし、なにより、これを認めるということはすなわち、もう一つの矛盾に立ち向かわなければならないことになるからだ。
そう……だけど、僕の脳は完全に答えを確定してしまったらしく、無理やり僕の口を開かせ、この問題の解を言ってしまった。
「この写真の子……これ、昔の僕だ……」
言ってしまえばあっという間だというのに、その一言を発した途端、僕の呼吸は乱れに乱れた。
頭に鈍痛が走り、視界がぐにゃりと曲がりくねる。色彩もおかしいことになり、全体に紫がかっているように見えてきてしまった。
「(……まずい……これは、かなりまずい……)」
なんとかして息を整えようと試みる……けど、足元がふらつく上に少しばかりショックが大きかったせいで、全く……どころか余計に呼吸が荒くなってしまった。
ふらついていた足も床の散らばっていた本につまずき、正面から盛大に倒れこんでしまった。
「(……あぁ、苦しい……意識が…途切れ…そう…だ…)」
ぼやける視線の先で、壁の角に追いやったはずの人形が必死に僕の元へと走りよってきているのが見えた。本の上に置いておいた金髪の少女も目からポロポロと涙を流しては僕の体を揺さぶっていた。
……あぁ、これは幻覚か何かなんだろうか……
こんなことが……前にもあったような……
あぁ……倒れてわかったけど、あの机の裏に彫られている文字……あれは……
ゆらりゆらりと揺れる意識の糸がついにプツンと切れ、僕はその場で眠りについた。
だいぶ話が進行してきました。どうしてこういう結果になったのかはもう予想がついてしまっているかもしれませんが……王道って悪くないと思うのですよ!
感想・評価、高校の課題に四苦八苦しつつ待ってます!
ちょ、先生そんなにできませんよ!?




