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13、惚気ました

「はぁ…はぁ…」


ドタドタと大きな音を立てて廊下を疾走するのは、バカ正直で剣の腕前が自慢の熱血少年ラルフ。


移動式の床ではさすがに止まるものの、足だけはせわしなく動かし、どこか焦燥感にあおられている様子だ。


普段だったら廊下を走ったりすれば、生徒や教師が何かしら声を掛けたり注意するが、今は誰もそれを咎めたり止めたりはしなかった。


そして走る勢いそのままに、横開きの扉を思いっきり開け放ち、すぐに視界に入った人物のところへと駆け寄る。


「ルック先生!マース先生!何かわかったって、本当ッスか!?」


走ってきたばかりだというのに、一息もつくことなく大声で叫ぶラルフに、ほんわかした雰囲気を持つマースは思わず耳を塞ぎ、筋骨隆々のルックは少しだけ顔をしかめた。


「……ラルフ、もう少し声を落とせ。いくら緊急事態とはいえ、職員室では静かにするのがマナーだ」


「……はい、すみませんでした。ちょっと慌てすぎていたッス」


先生らしくラルフを諭すルックだが、その顔には若干安堵のようなものも混じっているようにラルフは感じた。


マースも同じ感想を抱いたのか、ゆっくりと耳から手を離したと思うと微笑ましそうに笑った。


「まったくアナタったら……それで、ラルフ君は何を聞きに私たちのところへ来たのかしら?」


まるで聖母のようなマースの雰囲気に、思わずその場にひざまきたくなる衝動に駆られつつも、ラルフは我に返って再びあたふたとした様子で、ルックに詰め寄った。


「カ、カイトセンセーのいる場所がわかったって、本当っすか!?」


凄まじい剣幕で睨み付けてくるラルフに、ルックは軽く呆れたが、すぐにマジメな顔に戻り、机の上にある羊皮紙の束をラルフの前にドンと置いた。


「まだ確定したわけじゃないが、生徒たちの努力と教師陣の魔法による偵察が利いたみたいでな。かなり有力な情報が入ってきた」


その言葉を聞いて、ラルフは驚き、そしてそれまでずっと不機嫌そうだった口元をようやく綻ばせた。


それは彼の慕う海斗の拉致されたであろう場所がわかり、救出のための障害がひとつ減ったというのもある。が、それと同時に、自分の立案した作戦が正しかったと自身が納得することができたからでもあった。


「まぁお前の立てた作戦が正しかったということなんだろうが……なんというか、かなりゴリ押しな作戦だったと、俺は今でも思うぞ?」


「あはは……ま、まぁ結果よければすべてよしとも言うじゃないっすか!」


「終わり良ければ、だがな……」


苦笑いを浮かべるルックに対し、ラルフは少しばかり冷や汗を掻きながら軽い言い訳をする。




◆◆◆◆◆◆




……今回ラルフが立てた作戦、それはルックの言うとおり、かなり力技の作戦であった。


『全校生徒は自身のできるあらゆる手段を用いて先生の居所を探ってくれ。聞き込みや偵察、魔法を使った遠視でも何でも構わない!とにかく海斗先生に繋がる情報を集めるんだ!!』


これが、ラルフが学園の緊急集会で言った言葉の一つである。


これに対する反感などは上級生などからもなかったが、そのせいで必然的に、全学園生徒が一時的に授業をボイコットするという、教師陣頭痛確定な出来事が起こるようになった。


さらには、


『他の先生の皆さんには魔法による細かな探索をお願いします。基本属性魔法はもちろん、合成魔法や集団魔法もガンガン使いまくってくださって結構ですから!!』


という、かなり強引な作戦を掲げたのだ。


合成魔法……水・火・風・土・雷の基本属性と、光・闇・時・空の特殊属性などから2種類以上の属性を掛け合わせて使用する魔法だが、属性を二種類以上持っている人がそもそも稀な上、魔力消費が尋常ではないのでかなりきつい魔法でもある。


教師陣には2種類の属性を持つ教師陣が何人もいるので可能といえば可能だが、ガンガン使えるようなものではない。


まして集団魔法……複数人の人がひとつの魔法を形成して放つものともなると、精神的ストレスもかなり負荷としてかかるので、この作戦はかなり無茶があると言えた。


そもそも、魔法の合成には、いわゆる『レシピ』というものが存在せず、任意の効果を発現させるにはかなりの労力が必要となる。ただでさえ海斗失踪事件により心身ともに疲れていた教師に対して、今回の作戦はかなりきついものがあると言えた。


だがしかし、生徒同様、それに反発するような教師も誰一人として存在してなかった。


それどころか、手を打ち鳴らす人までおり、それが人から人へ伝染し、いつしか会場には割れんばかりの拍手の渦で呑まれていた。


拍手をする誰もが、胸の中に共通の想いを抱いて、手を打ち付けた。


≪カイト先生を救ってみせる!!≫


果たしてそれが人としてあるべき姿なのかはわからない。体が壊れそうになるのを歯を食い縛ってまで耐えて、たった一人の人間のために行動するのは、生物学的には非効率的で間違っているのかもしれない。


だが、海斗を慕う人間にとっては、それを苦痛とさえ感じないのかもしれない。


すべては海斗の体質によって生まれ出た擬似的な信仰なのか、それとも……





◆◆◆◆◆◆




「……なるほど、確かにこれはそう簡単には見つからなかったわけっすね」


「ええ、私たちもまさかそんなところにあるとは思いませんでした」


ラルフは食い入るように羊皮紙を見つめたあと、ドサリと羊皮紙の束を机の上に戻す。その顔には苦笑いが浮かんでおり、マーズも同調するようにうなずいた。


ルックも置かれた羊皮紙の束を見つめて、深いため息を吐いて机の上を指で弾く。


「この場所は確かに篭城ろうじょうするにはうってつけの場所だが……俺だったら決して使うことはないだろうな」


「先生だけじゃないっすよ。たぶん王国軍の参謀さんあたりも、こんなところを使おうとはしないと思うっすよ。だってここって――――」


束の中から羊皮紙を一枚取ってピラピラと揺らしながらラルフはあからさまに肩をすくめた。






「―――『黒の魔城まじょう』……魔物の巣窟そうくつって言われてる、かなり危険な区域っすからね」






それなんだよなぁ、とルックは珍しく頬杖をついて深いため息を吐いた。


マースはそんなルックと、羊皮紙と睨めっこを続けるラルフにお茶を出し、音を立てることなく椅子に座り込み、物憂げな様子で誰と無しに口を開いた。


「あの魔城って、たしかとても険しい山岳のてっぺんに建っているんでしょ?このあたりと違って魔物もかなり強力だという話だし……そもそもどうやってあんなところに行くのかしら。人数は?武具は?この情報の正確性は?カイト先生をどうやって救出するのかという大きな目標のためとはいえ、なかなか考えさせられることは多いわねぇ」


「ぬぅ……どうしたものか」


この夫婦が揃ってため息を吐いている姿を見たことがない……ラルフは内心で少しだけ珍しい物が見れたと興奮するが、それもすぐに鳴りを潜めた。


マーズの言うとおり、場所がわかっても、カイトを無事に救出できる算段がまったくと言っていいほど、現段階では思い浮かばない。


人の身では入れない場所となっている魔城ともなれば、相手は風紀委員などとは比べ物にならないくらいの強さを誇る、おそらく人間ではない何かになるだろう。


ラルフの顔筋を一滴の汗が流れ、羊皮紙に垂れて消える。それはまるでラルフの努力が無意味であるとでも言いたげで、ラルフは思わず床を思いっきり蹴飛ばした。


ジンッとした鈍痛が足から伝わってきて、それが余計に心を煽って、ラルフは歯を食い縛ってうつむいた。


笑っているようにも見える彼の口元を、夕焼けに輝く何かが幾筋も流れては彼の蹴り上げた床に落ちて弾ける。


マースはそれが何なのかを察し、彼の目元に真っ白なハンカチを押し当ててそれを拭ってやる。ラルフは声こそ上げないものの、その肩は小刻みに振るえ、足は今にも崩れ落ちてしまいそうなほど弱々しかった。


見れば同じ職員室にいるものも同じように現実から目を背けようとしていた。


ルックと同じように机の上で両手を組んで悔しげに目を細める教師。話し声が聞こえてしまったのか、声を上げて泣き伏す女生徒と、それを優しく抱きしめる女性教諭。


「(これは、とてもまずい空気ね……)」


濃密な絶望さが職員室全体に広がっている事態に、一人マーズは危機感を感じていた。それは魔法職のスペシャリストならではの経験なのだろうか、マーズは今の状況をかなり危険なものと捉えていた。


「(マース、大丈夫か?あまり顔色が優れないようだが……)」


妻の異状にいち早く気づいたルックは、小声でマーズにそうささやいた。


夫の優しさに心が暖まるマーズだが、それも先ほど同様、考えている不安要素に踏みにじられてしまった。


「(アナタ……このドロリとした絶望感……このままだと、いずれよくないことが起きるわ)」


「(魔法との関係は……かなりありそうだな)」


ルックがそう反応すると、マースは無言でうなづいた。


「(おそらくこの職員室を起点としてかなり強めの闇魔法の付与が学園全体に掛かってしまうわ。そうなってしまえば、9属性のバランスが大きく崩れて、魔法が使えなくなるだけじゃなくて、空間的な作用が働いてしまう恐れがあるわ)」


魔法とはそれぞれの属性のバランスが取れていることで、はじめて使用することができる。何かひとつが不足したり供給過多になりすぎると、属性の調和を現した正九角魔方陣はその意味をなさなくなり、魔法は不発に終わってしまう。


ルックは武術系の教師だが、それくらいの基本知識は持ち合わせていたためそこまでは理解することができたが、それ以上にマーズが懸念けねんしていることの真相にまでは辿り着かなかった。


「(いったい……何が起こるというんだ?)」


「(おそらく、属性の暴走によって、闇属性の殻……いわゆる結界のようなものが学園全体に張り巡らされてしまうわ。そうなってしまったら学園の外から人が入るのはおろか、わたしたちまで学園の外に出ることができなくなるわ)」


ルックはそれを聞いて、妻の言葉とはいえ最初は信じることができなかった。


そもそも闇魔法は特殊属性のひとつであり、それ単体で魔法としての効果を発揮することは基本的にありえない。


例外として、以前海斗が対峙したエレメントのみ、闇属性単体の魔法を使いこなしたが、それ以外での事象は記録には残っていない。


しかし未だに謎の多い魔法という存在において、マースがこれだけ危惧するということはおそらくその仮説は現実となり得るだろう。


そう判断したルックは、マーズを椅子から立ち上がらせて、自分の妻の肩を抱きながらその瞳を真正面から覗き込んだ。


その際、マースの手が、涙を拭いてあげていたラルフの顔からはずれてしまったがルックはそれを気にすることなく、思いの丈をぶつけた。


「マース……俺は何としてでもカイト君を救出し、彼にこの学園に更なる平和と幸福をもたらしてほしいと思っている。だがこのままではそれを成し遂げることができない……どうか、手伝ってはくれないか」


ひどく真剣な面持ちで懇願するルック。それを見たマースは嬉しさが半分と、怒りが半分沸いてきた。


マースはその細長い両手で少し強めにルックのごつごつとした顔を挟み込み、触れるような、それでいて夫婦でしかできないような口付けをした。


あっけに取られるルックに、マースは思いっきり抱きついて両腕をその大きな背中の前で組んで密着した。


「私たちは夫婦よ。どんなに苦しくてつらいことでも、アナタと一緒ならばどこまでもついて行けるって、私は思っているのだから」


「マース……」


「だから、そんな風にかしこまらないで、いつもどおりでいいの。ね?」


「……ははっ、さすが俺の愛する妻だ。そうだったな……俺としたことが、とても大事なことを失念していたようだ」


「まったく、困った旦那様ね」


お互いに慈愛に満ちた笑顔を向け合う二人。


しばらくそうしたのち、二人はようやく離れて、ふたたび現実に直面することとなった。


「さて……この教室で動けるのはどうやら二人のみ。いったいどうするべきなのか」


もはや職員室にいる人々は自分の世界に入ってしまい、ルックとマーズの惚気のろけはおろか、まわりの嗚咽や嘆きすら聞こえていないようすだった。


「一番効果的なのは絶望の根源……つまり『カイト先生の救出がほぼ不可能』ということを打ち砕ければ、すべてが解決するのだけど……」


そもそもそんな案があれば、こんなことにはなっていないという結論を出し、二人は互いの頭を撫でながら思案する。


海斗を救出するにはどうするべきなのか。どういう方法なら安全確実に実行することができるのか。


二人はフル稼働させていた脳をさらに限界まで動かし、あらゆる方法を模索する。


「……安全性が高く」


「……なおかつ確実性の高い案……」


しかしなかなか案は思い浮かばず、二人の口からは低いうなり声しか出てこない。


そして……二人が互いの頭の形をほぼ完全に把握できるくらい撫で回した頃、バシンッと職員室の扉が開けられ、外から誰かが入ってきた。


それは少しだけ息を整えて、思いっきり息を吸い込んで言霊ことだまとともに吐き出した。


「話は聞かせてもらいました。そのの作戦、わたしにひとつ名案があります!」


小柄な体系にぶかぶかの白衣、そして恐ろしいほど大きなリュックサックというシュールな格好をした少女が、開けっぴろになった職員室の扉の前に立っていた。


呆然とする二人だが、ほんの一瞬だけ早く回復したルックが、目をぱちくりさせながら、不自然な生命体に話しかけた。


「マリネ……先生……?」


「はい!マリネ・ワーロン、皆さんにお伝えしたいことがありましてただいま参上しました!!」


ビシッと敬礼をするこの学園きっての薬剤師。それは、小柄で愛らしく、それでいて現状最強の救世主だった。


というわけで久しぶりにバカップル教師に出てもらいました。


こんな状況でもいちゃラブするとは……作者でさえ少し恐ろしさを感じました(笑)

前に書いた魔法について出したのですが……今頃になって出したりしてすみませんでした!よくわからんかったというかたは第二章『7、魔法知識を得ました』でフィーが詳しく解説しているので、よろしければそちらを読み返してみてください。


感想・評価、ペンタブに時間を食われつつ待ってます!


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