12、病んでいました
「……全員、気をつけて」
意識を失っていたはずの美琴は、『シャイニング・ギア』に乗った状態で周囲を警戒し始める。レールガンだけでなく、スライサーや砲身も顔を出しており、いつでも戦闘に入れる状態だ。
それを見て察したのか、他の少女たちも各々の得物を取り出して身構えた。さすが実力者揃いなだけあるのか、どこにも死角はない。
『あらあら、そんなに警戒なさらなくてもよいではありませんか』
「姿を隠したまま話しかけてくるような人を信頼しろっていうほうが、私としては難しい話だと思うのだけど?」
虚空から響いてくる気品と余裕に満ちた声に向かって、果穂は少しだけ苛立たしげに言い放った。手に持つ細剣を片手で構え、どこから来ても刺しに掛かれるように意識を集中させている。が、苛立ちのせいか少し手元がブレているのは、仕方のないことだろうか。
「……『AOS』を使っても索敵できない?いったいどこにいるの?」
珍しく狼狽する美琴。
それもそのはず。『AOS』は装備者の性能を飛躍的に上昇させる。索敵ともなれば距離1000m以内を目視で可能となり、第六感も研ぎ澄まされるため物陰や死角……もっと言えば幽霊までも感知することができる。
しかし現在、美琴は敵と思われるものの存在を感知することができないでいる。
ともすれば、『AOS』の性能を知っているものには、それが異常事態であるということがわかってしまうのだった。
声を念話で飛ばしてきているとも考えられたが、念話は登録した者同士でしか会話をすることができないためこれもありえないと断定できる。
「!?そこです!!」
突然、何かに反応したフィーが何もない空間に向けてダガーナイフを投げつけた。
あまりの出来事に驚きを隠せない一同は……その数秒後に更なる驚愕を味わう事になった。
「げっ、なんだこれ!?」
「く、空中に……」
「刺さってる……」
フィーの投げたナイフは壁や地面に激突することなく、空中に『突き刺さった』のだ。
ナイフの周囲の空間は歪み、着弾点は凹んで刃も半分ほど見えなくなっていた。
あまりにも常軌を逸している光景に、ナイフを投げた張本人までもがその整った顔に焦りの色を見せた。
「まったく……来客に向けていきなりナイフを投げるメイドなど生まれてこの方、初めてお会いしましたわ」
ナイフの突き刺さった空間に、今度は細長い切れ目のようなものが出現した。切れ目はじょじょに広がっていき、やがてぽっかりと開いた暗闇から妖艶な笑みを携えた女が霧のようにふっと現れた。ナイフは刺さるものを失ったせいか、床にカランと音を立てて落ちた。
黒髪と金髪を持ち、すらりと伸びた手足と豊満な胸、女性にしてはかなり高身長なその姿は、おそらくこの世の女性の大半が憧れる姿であろう。
あまりの出来事に、もはや体を動かすことすらできなくなってしまった果穂たち。
しかし、そんな状況下で、素早く敵に接近した少女がいた。
「……動かないで。少しでも抵抗した瞬間、あなたはこの世に塵ひとつ残せなくなる」
ブレードの刃は切れ目から現れた女の首筋を捉え、砲身もすべて頭を中心とした人体の急所に向けられている。
『シャイニング・ギア』を携えた少女、美琴はその目に人間とは思えないほどの殺意を込めて、無許可の来訪者に肉薄した。
「あなたは……随分珍しいものを持っていますのね。でも、そんな物騒なものを人に向けるのはいささか不謹慎ではなくて?」
あと数センチで自分の命が絶たれるという状況だというのに、女性は恐れるどころか、まるで悪戯をする子供のように楽しげな様子で口を歪ませた。
その異常さに思わずロロとサーシャはその場にへたり込んでしまった。あまり戦闘経験がなく、異常なことに耐性のない二人ならば、仕方のないことだったのかもしれない。
他の立っている者も、さすがに不気味に感じたのか、はたまた生理的嫌悪感に襲われたのか、さらに体に力を入れて身構えた。
それでも美琴だけは変わらず、渇いた唇をいつもどおりの速さで動かす。
「……確かにこの兵器は人間に対して向けるようなものじゃない。だけど、あなたは『人間』ではない……魔物……いや、それよりももっと凶力で危険な存在…違う?」
「あら……」
すると、またもや女性の様子に変化が現れた。感心や興味といった類の感情が綯い交ぜになった目で美琴を見つめ、やがて口元を隠して上品に笑った。
何のことかさっぱりな上、二人の間から出る緊張感に当てられ、フィーや志穂はすでに武器を構えているのが精一杯な状態だが、それを咎めるような者はこの場にはいなかった。一番戦闘に慣れている優奈や果穂もかなり苦しいことに違いはなかった。
「私が人間ではないと思ったのはなぜ?」
今度は挑発的ではなく、親しみのようなものがこもった様子で女性は美琴に質問を投げかけた。
「……私は昔から霊感のようなものが強い。だから気配だけで、相手がどういった存在なのかというのもある程度把握することができる。それは単純に、『人』なのか『海斗』なのか『それ以外の存在』なのかというだけの簡単なセンサーでしかない……だけど、そのセンサーの結果からあなたは――――」
「『それ以外の存在』だった……ということですわね?」
「…………!?」
美琴の言葉を遮って続きを言ったであろう女性は、すでに美琴の前からは姿を消しており、代わりに部屋の中央……この部屋にいる少女たちの作り出す輪の中心で、切れ目に腰掛けていた。
奇襲をかけるつもりだった美琴は変に体に力が入ったままだったが、すぐに体勢を整え、『シャイニング・ギア』を女性のほうへと方向転換させる。見た目とは裏腹に身軽な動きを見せる『シャイニング・ギア』に、女性は再び賛美の言葉を掛けたが、美琴には侮辱にしか聞こえなかった。
……人の姿をしているのに『人以外の存在』だという事実。それはつまり――――
「それにしても、まさかこうも簡単に正体がばれてしまうとは……さすがは勇者様のお仲間、実力が桁違いで、私、感服致しました」
豊満な胸に手を置いて軽く会釈する女性に、今度はずっと動けなかった少女が話しかけた。
「その勇者様っていうの……もしかして、お兄ちゃんのことなの?」
もはや得物である弓は両手にぶら提げられ、息も絶え絶えな志穂。しかし目だけは気力に満ち溢れ、普段の様子からは信じられないくらいの真剣さで女性をにらみつけた。
「お兄ちゃん……あぁ、確かあなたは勇者様の妹様でしたね」
「「「!?」」」
意外なほどあっさりと答えた女性に、志穂だけでなく果穂や優奈も驚きを隠すことができなかった。
まだ何か言おうとする志穂だが、口が言葉を発する前に切れ目に座る女性によってそれは遮られて呑み込まれた。
「ご安心ください妹様、あなたのお兄様はご無事ですよ」
なぜそんなことが言える、と誰もが追求したかったが、まるで糸で縫い合わされてしまったかのように口は動かず、いつの間にか体も金縛りのようにまったく動かなくなってしまっていた。
それでも、海斗が無事だという事を知った一同は内心ホッとする気持ちを抑えることができなかった。
しかしそんな暖かさも、またもや紡がれる言葉によって絶対零度のような冷たさに変わった。
「それもそのはず。なぜなら勇者様は私の……この黒角の魔王サクヤの婚約者なのですから!!」
両手を広げ、歓喜の声を上げて打ち震える魔王。一瞬闇に包まれたかと思えば、頭部からは月のような美しさを持つ黒い角を生やし、背中からはコウモリの羽をさらに黒く染めたかのような翼をのばしていた。
それはまごうことなき魔王の降臨であり、その存在感と威圧感はあたりの家具を破壊するほどのものだった。魔王が勇者……海斗への愛を叫ぶたびにその威力は高まり、もはや部屋の中は壊滅的な状況となってしまっていた。
「私は勇者様のすべての愛を受け、勇者様は私の愛をすべて包み込んでくれる。お互いを支えあい、励ましあい、恋しあい、愛し合う。生けるときも、病めるときも、そして死に逝くときも私たちはすべてを受け入れあい、求め合う。晴れた日は庭先に咲く花々を見て微笑み、雨の日は隣り合うお互いの温もりを感じる。子が生まれれば二人でそれを慈しみ、互いが老いれば今と過去を繋げて物思いに耽る。そして死が近づけば互いに輪廻の輪にのり、再び現世に舞い降りてまた愛し合う。こうしてわたしたちはずっと一緒に居続ける。ずっとずっとずっとずっとずぅぅぅっと!たとえ世界が滅びて壊れてしまっても、私たちは永遠に愛し合う。こんな幸せを甘受するのは、もしかしたら図々しいのかもしれない。それでも、私は勇者様と共に在りたい!もう……これ以上は望まない。なぜなら私は、勇者様と……カイト様と永遠を生きてゆくというこれ以上ない幸せを手に入れられたのだから!!」
もはや呪詛と化したその言の葉は、空間さえも歪ませてしまいそうなほどに濃密で、力強いものとなっていた。
「……ふざけるのも大概にしなさい……」
すでに魔王以外は全員地に伏し、体どころか口も動かせないような状況の中、一人だけ小さいながらも声をあげたものがいた。
「……魔王だかなんだか知らないけど……そんなポッと出の婚約者設定の女なんかに……私の……私の大切な弟は、渡さないわよ!」
ようやく片膝で立っているという状況でも、顔だけはキッと魔王を見据える、KYK団最年長の果穂。その顔にいつものふざけた様子はなく、ただ弟を思う強い姉の姿がそこにはあった。
その姿に勇気づけられてか、倒れ伏してしまっていた者はゆっくりとだが体勢を立て直し、美琴は朦朧とする意識を必死に呼び覚ました。
崩れ落ちそうになる体に鞭打って、果穂は魔王に向けて、人差し指を立てた右腕を突き出した。当の魔王はいまだに海斗へ愛の言葉を捧げているが、果穂はそれを気にすることなく大きく息を吸った。
「それから……海斗とそういう世界に入っていいのは、私だけなんだから!!」
って、散々かっこつけた挙句、やっぱりいつもと変わらないじゃないの!?
あなたカイト君のお姉さんなんでしょうが!もうちょっと姉としての威厳とか見せ付けなさいよ!
ほら、まわりの子たちだって呆れて気が抜けちゃって――――
「だ、ダメだよお姉ちゃん!」
「……聞き捨てならない」
「いくら果穂さんでも、それはないんじゃないかな?」
「そうですよカホさん!いけませんよそんなの!」
「ったく、しょうがねぇなカホは」
「あ、あの!さすがに、それはよくないと思います!」
んん?なんだか呆れていない様子だけど……
あぁそっか!カホちゃんの発言があまりにもひどいもんだから、みんな怒っちゃったのか!
うんうん、そうだよね。ここはしっかりと注意してやらんといけないよね。
「「「カイト(お兄ちゃん)(さん)(様)と一緒にイクのは私(あたし)(ボク)なんだから!!」」」
もう嫌この子たち!!
……頑張りなさい私、もうちょっとで終わりそうなんだから。
いつの間にか完全に立ち上がった少女たちは、愛という名の呪詛を吐き続ける魔王と、裏切り者と判別された果穂に向かって叫んだ。
あまりの団結力に言葉を失う果穂と、ついに呪詛を止めた魔王。人数が人数なだけに、さすがに我を取り戻すには十分だったらしい。
「あら、私としたことが……随分と見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」
「……見苦しいというより、あれは狂気を感じた」
的確な美琴のツッコミに苦笑いなKYK団に、魔王は深々と頭を下げ、再び空間の切れ目に体を滑り込ませた。
「あ、こらてめぇ、逃げる気か!!」
「いいえ。本日は最初から皆様と戦うつもりはありませんでしたの」
「じゃあなんでここに……?」
閉じ始める切れ目から、魔王は妖しげに微笑みながら口を動かす。
「今回の訪問の目的は……言うなれば、忠告……ですわね」
「忠告……ですか?」
「ええ。勇者様とあなたたちのための……」
疑問符を浮かべる少女たちに、魔王はその白魚のように白く細い指を向けて『忠告』する。
「勇者様奪還を諦めなさい。そうすれば私からあなたたちに何かすることはありません」
非常に魔王らしい発言。しかしそこにはある意味、優しさのようなものが含まれているような印象を感じる。
「……もし、諦めなければどうなるのですか?」
今までの中で一番の殺気を帯びながら、フィーは魔王に問い詰めた。口調は相変わらず丁寧だが、その目はすでに殺意と憤怒で真っ赤に染まっていた。
そんなフィーの様子など知らないとばかりに、魔王は相変わらずの態度で指を空中に踊らせる。
もう切れ目の穴は魔王の顔がやっとこ見えるくらいまで小さくなってしまっていた。
「諦めなければ……あなたたちの存在がこの世から消えることになりますわ」
くすくすくす……おかしげに笑う声だけが部屋にこだまする。その笑い声を最後に、部屋を埋め尽くしていた強烈な気配は消えうせ、いつもの静寂な夜が戻ってきていた。
「「「…………」」」
少女たちは黙ったまま消えた穴のあった場所を見つめ続ける。もう空間に歪みはなく、月明かりがその場をスポットライトのように照らすだけだった。
「「「……………………」」」
やがて何を思ったのか、一人また一人と暗い部屋の中央に集まり始めた。
少女たちは拳を突き出し、互いの拳をあわせる。それは円状に繋がり、何か力のようなものを感じさせた。
「……絶対に、取り返すわよ」
「「「(こくり)」」」
魔王の言葉なぞどこへやら。少女たちの団結力は最大限に引き上げられ、その思いをひとつへと昇華した。
……月明かりは、いったい誰を照らすのか。
◆◆◆◆◆◆
「『……月明かりは、いったい誰を照らすのか。』っと。ふぇ~、終わったよ~」
私は覗き込んでいた水晶玉を放り投げ、その場に大の字で寝転がる。
「はぁ……あまりにも創造神業が面倒だったから、試しにカホちゃんたちの一日を小説っぽくナレーションしてみたけど……やっぱりこういうのって難しいわねぇ。最後のほうなんて、軽く投げやりになっちゃってるし……わたし、こういうのは向いていないのかなぁ……こんなんでも『創造の神』なんだけどなぁ」
スナック菓子の袋を開けながら、お茶の用意もする。仕事のあとはちゃんと休まないと、いくら神様でも体が持たない。
え、サボりは仕事に入らないですって?だだだ大丈夫よ!これだって、立派な『文の創造』という大事なお仕事なんだから!!
……それにしても、事態はなかなか深刻そうね。『あの子』が絡んでいることは知っていたけど、まさか直接出てくるとは思わなかったわね。
それにあの様子だと……もしかしたらカイト君にも危険が及ぶ可能性が出てくるかも。
「まいったわねぇ。わたしは神様だから下界のことに直接手出しするのはまずいしなぁ。かと言って、このまま放っておくといつまで経ってもカイト君といちゃラブできなさそうだし……」
……仕方がない。こうなったらあの人たちを呼んでみようかしら。きっと力になってくれるはずだわ!
「よーし、アルティナも仕事するぞー!おー!!」
というわけで、今回の三人称は創造神ことアルティナが担当してくれました!
本当に三人称って難しいですね。いつも海斗やら他の人の視点で書いていたので、かなり書くのに手間取りました。おもしろかったですが……
今回は果穂と美琴がメインでした!
感想・評価、ペンタブでお絵かきしつつ待ってます!
デジ絵……最高です。




